超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ユノスダス教会食堂はいつもの通り、大繁盛。賑わいを見せるテーブルの一角で、エヌラスとムルフェストは向かい合って座っていた。椅子の背もたれにスーツの上着を掛けて、ネクタイも緩めて第二ボタンまで開けているエヌラスの首元、鎖骨をジッと見つめる。
「……なんだよ」
「むーちゃんは吸血鬼なので、無防備にされるとよだれが……じゅるりん」
「おしぼりでも食ってろ」
「ぺふっ。なにさー、なんでそんな機嫌悪そうなのさ?」
「うるせ」
「……記憶が戻ったの、そんなに不安? また昔みたいに戦いが始まるんじゃないかって」
ムルフェストの言葉に、エヌラスは何も答えなかった。ただ、黙って壁を睨んでいる。
「そーだねー、まぁエヌラスの気持ちはよくわかるよ。もしもまた、塔争が始まったら今までしてきたことが全部台無しになるし? それこそ敵の思うつぼ、セロンの掌の上ってことになる」
「だったら」
「でもそれは昔の話。はい過去バナしゅーりょーのおしらせー」
投げつけられたおしぼりをくしゃくしゃに丸めて、ムルフェストは笑った。面白くないことには徹底して興味を示さないのが、この吸血姫の長所であり短所でもある。
「今は邪神狩りがトレンドですよ、流行りなのですよ。だから手を取り合って仲良く頑張りましょーって、うまくいけばいいんだけどね」
「…………」
「そこら辺のフォローは任せといて。むーちゃんは機嫌が良いので」
「俺がやらなきゃ意味ないだろ」
「アハハ。エヌラスってほんとそういうところは真面目だよにゃー。でも」
おしぼりを投げ返して、目を細めた。
「でも、独りで戦うのはもうおしまい。今までそれで、誰も救われなかったんだから」
「ああ」
「聞いてる? 聞いてます? お耳に入ってます、むーちゃんのお言葉?」
「聞いてるし聞こえてるし耳に入ってる」
面白くなさそうな顔をしていたエヌラスとムルフェストの前にランチが運ばれてくる。
エプロンを外してユウコは自分の頭に載せていたトレイを手にすると、ムルフェストの隣の席に座った。
「はい、お待たせ。なんか面白くなさそうな話してたみたいだけど? そういうのは抜きでご飯を食べよう」
「いただきまーす」
「……いただきます」
「はいどーぞー。私の手作りだから、そこんところヨロシク。いただきまぁすっと」
ああどうりで。エヌラスは馴染みのある味に一人納得していた。黙々と箸を動かす顔を見ながらユウコは頬杖をついている。
「なんだよ、食いづらいだろうが」
「んー? いや、なんか機嫌悪そうにしてたから」
「気のせいだろ」
「どーせ、ソラとかアルシュベイトに顔を合わせづらいってだけだろうけど。そんなんだから九龍アマルガムから出てこなかったんだろうし。引きこもりかってーの」
「永世中立独占守銭奴国家の国王は言うことが違うな」
「おーっと私もしかして喧嘩売られてる系? おいくら?」
「どの面引っさげてアイツ等に顔を出せってんだよ。どうせ喧嘩売られるに決まってんだろ、面倒くせぇ」
「だからって後回しにすると後悔するよ、エヌラス。ちょうどソラのところに配達するものあるから、午後からついでに行ってきて」
「……へいへい。どうせ断っても押しつけるだろ」
「そりゃもちろん」
改築工事の件は、次元間テレポーターに関するものだった。ユノスダス教会の一部区画をゲイムギョウ界用に解放するという工事は、剣姫ならびにユウコ。そしてソラの三人が四女神達と取り決めたものだ。もちろん、教祖達にも話は通してある。原則として使用許可が降りるのは、大魔導師を除いた神格者達だ。前科持ちだけにそう簡単に使わせてはもらえない。
──とはいえ、あまりそれも意味はないのだが。
「事業拡大とかー商品流通とかー。そういうのはまだ先の話。私としては、まず相互理解の段階かな。こっちのことを知ってもらって、そこから」
「ユウコはえらいねー。むーちゃんそういうの面倒だし」
「国のことほっぽってバイトしてるくらいだもんな」
「月面国家は完全自立型──まぁいいかそのへんのお話は。めんどい!」
「んで。エヌラス、なんでユノスダス来たの?」
「ん? ああ、ちょっと欲しい物があってな」
「片手間でよかったら調達しておくよ。そのかわり」
「はいはい、手伝えばいいんだろ。ほら、これがリスト。それ全部集まったら俺はゲイムギョウ界行くつもりだから、早めにな」
どれどれ、とユウコがリストアップされている品物を眺めていく。大半が軍事品。
「これの調達、アゴウでよくね?」
「御姫に襲撃されるのが目に見える」
「あ、そ。二日もあれば揃えられるかな……」
「ごちそうさん。それじゃ、そっち任せたぞ」
エヌラスは会話を切り上げて、空にした食器をカウンターに置くと上着を羽織って食堂を後にした。後ろ姿を見送ってから、ユウコは深くため息を吐き出す。
「どうしたの、ユウコ。アンニュイ?」
「……んー。なんだかなぁって」
記憶を取り戻してからもやることは変わらない。だが、少しだけ変わったことがある。
エヌラスに対するモヤモヤとした気持ちだ。わだかまりのようなものが積もっていた。それは顔を見てから、よりハッキリと形になって影を落としている。
「むぐもぐ……もっきゅもっきゅ……」
「これから先、どうなるんだろう」
「んーとね、わかんない」
「こーのお気楽お姫さまってばーもー。人がちょっと不安に駆られてるってのに、うまそーにご飯食べてくれちゃってさー」
「いふぇふぇふぇふぇ。だって考えたってどうにもなんないんだし、どうにかなる範囲でなんとかすればいいんじゃない? あ、おかわり」
「セルフで!」
「はぁい……」
ムルフェストは記憶が戻っても、こんな調子だ。何を考えているのか……いや何も考えていないのだろう。
「はー、まいっちゃうなぁホント……」
やることは毎日山積みだというのに、ため息しか出てこない。
──商業国家ユノスダス・パルフェ通り。エヌラスはインタースカイ経営の喫茶店へと足を運んでいた。そこでは、人の顔を見るなり嫌そうな表情を見せる教会の警備職員がいたが気にしているわけではないので無視する。
「ちーす、クソメガネいるか。訂正、店長は?」
「訂正の意味を成していませんよ!? メガネ店長でしたら厨房の方に。すぐ来ると思います」
「配達頼まれたから持ってきた。まぁ、そんだけ。渡したらすぐ帰る」
ウェイトレスがその旨を伝達に向かうまでの間、エヌラスは横目で睨んでくるケモミミの警備職員を睨み返した。両手にはドーナッツ。
「はぐはぐ。なんですか、あげませんよ」
「いらん。ユウコの手料理食ってきたばかりだ」
「なんですと!? 私が街の巡回をしている間にそんなうらやまけしからないイベントを! ぐぬぬ~、やっぱり貴方は悪です。ずるいです、狡猾です、ずる賢い!」
「うるさい黙れドーナッツこぼしてる」
何かと噛みついてくるアイルを適当にあしらいながらエヌラスはソラが来るのを待つ。
やがて、エプロンを着けたソラが顔を見せる。
「人の店の前で騒ぎは起こしてほしくないんだけど」
「勝手に絡まれた、俺に言うな。ほれ、ユウコからの配達の品」
「はいどーも。よろしく言っておいて」
「ああ」
「……他には?」
「別に、なんもねぇよ」
「ま、君はそうだろうね。僕はそうもいかないけど。正直な話、まだ整理がついてないんだ。今までの記憶が戻ってから、どうにも不安でね。気分転換にドーナッツ作ったりしてたけど」
「え、これメガネさんの手作りなんれふか、ふがふが」
「食べながら喋らないでくれるかな?」
ガツガツとまだドーナッツを頬張るアイルはこの際、無視。
「それで?」
「記憶が戻ってから、ろくに眠れてない。君に殺される夢を見るよ」
「……俺もだよ。たまにお前らを殺す夢を見る、一人の時は特にな」
「僕はアルシュベイトや御姫さんほど強くはないからね。そう簡単に割り切れないよ。しばらく君の顔を見るのは控えたいかな」
「本人を目の前に言うか、普通」
どうだか、ソラはそう言いたげに肩をすくめてみせた。しかし、口で予防線を張ってはいるがそれほど悪い印象は感じられないことにエヌラスは少しだけ安心する。
「あぁ、僕はともかく……ドラグレイスには注意したほうがいいよ。以前に増して凶暴だから」
「むしろ、アイツはそうだろうよ。お前だってあの時焚きつけられて俺を襲ったんだろうし」
「まー正直な話、ただの八つ当たりだったんだけどね。そこは素直に謝るよ」
口ばかりで、謝罪するつもりなど欠片もない。
ただ、ドラグレイスも最近はユノスダスに顔を見せていないようだ。
「アルシュベイトも御姫さんも、あの二人は相変わらずな調子だし──大魔導師もね」
「……」
「クロックサイコはどうなんだか。顔も見てないからなんとも言えないけど」
「お前、ほんとアレだな。お人好しだな」
「は? なんでさ?」
なんだかんだ、人のことを遠ざけておきたいと言っておきながらもちゃんと情報は渡してくれるところが。本人が気づいていないようなのでエヌラスは何も言わずにおいた。
「ま、しばらくはユノスダスで色々調達しつつ、あっちこっち駆け回るさ。用事片付けたら行きたいところもあるしな」
「……一応、念の為、先んじて注意しておくけれど。絶っっっ対に、僕を巻き込むなよ?」
「は? 寝言言ってんじゃねぇぞクソメガネ」
「チクショウ言わなきゃよかった!!」
フラグ成立。