超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
カジノの中をキョロキョロと周囲を見回しながらバニーガール姿のブランがトレイを両手で持って歩く。その隣をエヌラスは背筋を伸ばして並んでいた。
「ブラン。両手じゃなくて、片手で……こう」
「こ、こう? バランスが難しいわ」
アドバイス通りに片手でトレイを持つが、見ていて危なっかしい。フラフラとグラスの水面に波が立つ。
「手のひら全体じゃなくて、指先で支えるように持つといいぞ」
「確かに、このほうが安定する気が」
「後はそうだな。まっすぐ歩くくらいか」
「……どうしてそんなに詳しいの?」
「俺も通った道だからな……」
指先と、手首でトレイを安定させる。ブランとカジノの中を歩いていると、その姿を見かけた小太りの中年男性が片手を挙げた。
「おぉい、こっちに一杯」
「ほら、ブラン。お客さんだ」
「ええ……」
歩いて近づくと、グラスを差し出す。男性のテーブルは、ポーカーの席。チップの小山が出来ていた。調子が良いらしい。エヌラスはそのテーブル席をぐるりと見渡して、一番の勝ち筋が今の中年男性であるとすぐに判断した。
「はい、どうぞ」
「いやぁはっはっは! ありがとう。見かけない顔だけど、新入りの子かな?」
「え、ええ……」
「そうか。うんうん、慎ましい胸も良いものだ。なにぶん大きい子が多いからねぇ此処は」
その言葉にブランの顔が引きつるが、隣に立つエヌラスの表情は対面の相手が凍りつくような顔をしている。幸いなことに、その男性はブランに釘付けになっていたようで気づかなかった。
「新入りのお嬢ちゃんにサービスをしてあげよう。ほら、これを」
「ありがとう……いいの?」
「ああ、せっかくの厚意だからな。貰っておけ」
「なんなら、カジノの外でも払いたいくらいだが──」
「お客様?」
「ひ、ひぃ……」
エヌラスの顔を見た瞬間、中年男性は椅子から転げ落ちそうになる。声だけが笑っていた。顔は……鬼も逃げ出すほど。咳払いを挟んでから、中年男性の肩に手を置いて向き直らせるとゲームの進行を宣言してポーカーのテーブルから離れた。
「驚いたわ」
「ま、ああいう客もいる。聞き分けのいいセクハラ親父ならいいんだがな」
「このチップはどうしたらいいの?」
「俺が預かっておく。後でシルヴィオ爺さんに渡しておくさ」
ポーカーから始まり、ルーレット、ブラックジャック。ビリヤード場にも足を運び、空のグラスを回収しながら店内を一通り二人で歩いて回った。何度かシルヴィオのバーカウンターに戻り、飲み物を補充しつつ、店内の警備に目を光らせる。
イカサマをしている客がいないか、不当な取引が無いか。エヌラスが見て回っていたが、今のところは問題らしい問題は起きていなかった。
「二人も少し休憩するといい、喉が乾いただろう?」
「ええ……さすがにこの熱気の中を歩くのは疲れるわ」
「こっちの客で怪しいのは?」
「来るはずが無いだろう? 私が何のためにこの腕章を着けていると思っているんだ」
黒と金の縁取りがされた腕章には『警備班』と刺繍がされている。ただのバーテンダーではないことを示す証に、シルヴィオのカウンターは人が近寄らなかった。他のところではチラホラと客足が動いているのに。それがブランには不思議でならない。
「どうしてお客さんは他のところに行くのかしら。ここの方が近いのに」
「なに、好き好んで国家公認の警備員と酒は飲みたくないだろう。何かしら後ろめたい気持ちがあれば尚更さ。此処にいるということは日々のしがらみから目を背けたい、忘れて楽しみたい。そんな輩ばかりさ」
「ま、言ってしまえばお目汚しってことさ」
「昔の職場も汚れ仕事と言ってしまえばそうなのだがな、ハッハッハ」
笑って飛ばせるだけの年の功。シルヴィオはエヌラスに水を出し、ブランにはミルクを出した。それに眉を寄せて不満そうにしているが、厚意から差し出されたものにケチをつけるのも気が引けたのでそのまま飲むことにした。
シルヴィオのバーカウンターはホールのほぼ中央。そこから店の出入り口とポーカーの席が見える。その奥にはスロットコーナー、隣にルーレットコーナー。ポーカーはその反対側。エリナがカードを見せると、テーブルの客たちが一喜一憂。頭を抱えるもの、ガッツポーズを取るもの。侍らせているバニーガールに笑みを見せるものと様々だ。
「毎度毎度~、へへー。おにいさん、また次もよろしくねー♪」
席を立つ客に向けて、にこやかな笑みを見せるエリナが投げキッスとウインクをプレゼントすると頭を掻きながらも頬を綻ばせて去っていく。エヌラスと視線が合うと、近くのディーラーと交代してバーカウンターへと小走りで近づいてきた。その胸元にチップを挟んで。
「サービスサービス♪」
「いらん」
「水商売はよそでな」
「んもー、冷たいなぁ。それよりも、エヌラス。ちょっと耳を貸して」
「どうした?」
「あのね……」
エヌラスが身をかがめてエリナに耳を貸すと──短く、優しい吐息を吹きかけられた。
「ふぅ──」
「ん、ふ……。エリナ、お前なぁ!」
「あはは、かわいー。ジョークジョーク、イッツカジノジョークー♪ ちゃんと話すから」
「ったく……そんで?」
(あそこのスロットの席のお客さん。さっきから様子がおかしいの)
エリナに言われて、視線をスロットの席に向ける。
スタンダードタイプのスロット台は、特別な演出などを極力省いたモデル。チャンス目とビッグボーナスで演出が入る程度のものだ。もちろん、他の台もあるが、エリナの言う客は少し妙な気配があった。
はたから見れば、スロットに慣れていない客にしか見えない。しかし、その出目は確かに変だ。リプレイ、リプレイ、小役、リプレイ──つまりは、ハズレが出ていない。
「わかった。ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
「教えてくれてありがとな、エリナ。ブランはここに居てくれ」
「気をつけてね、エヌラス」
「相手に言ってくれ」
手を振って、エヌラスはバーカウンターを離れる。ポケットから黒手袋を取り出して、指先を詰めながらスロット席の客に接近した。
──気配を気取られないように、半歩後ろで手元を注意深く観察する。
スロットは、左、中央、右のボタンにレバーを操作していくものだ。もし、機械に何かしら手を加えているのだとしたら指の触れる箇所。悪魔憑きならば、無機物との融合も出来る。
(……視覚強化)
魔力を視神経に集中させて、客の指先を見逃さない。スローモーションのように動く指先がボタンから離れて、レバーを操作する。回転を始めるリールをじっと見つめて、客はボタンを順番に押していった。リプレイ。再びレバーを操作しようとする手が、一瞬だが変化した。
悪魔憑きとしての変化は、人差し指で隠すように中指だけ。それがレバーと一体化して、手を離す頃には元通りだ。今度は小役のベルが並ぶ。排出されるコインを入れて、再びリールを回そうとする客の後ろ。エヌラスが足に紫電をまとわせて椅子から感電させた。
「っ?」
ナノマシンのバランスを崩されて、客の手元が狂う。押そうとしたボタンから指先がずれた。そして、不意に後ろを振り返って驚いていた。
エヌラスは、あくまでも平静を保っている。素知らぬ顔で首を傾げていた。
「なにか?」
「いえ、お客様の台は中々良い当たりをしていますので。よろしければお飲み物をお持ちいたしましょうか? その様子ですと、席を離れられないご様子」
「いえ、結構です」
「そうでしたか、大変失礼を。……お客様、生まれの方は?」
「……」
ムッとした表情で睨みつける客に、一歩も引かずエヌラスは目を細める。
「九龍アマルガムのご出身で?」
「だったらなんだよ」
「“
「────!」
目を見開いて驚く客の手を取り、スロット台に向かせる。そのまま何事もない風を装いながらエヌラスは淡々とリールを回した。リプレイ。
「おっと、騒ぎにはしたくない。そのままプレイを続けて」
「アンタ……」
「他に仲間は?」
「……答えるとでも」
「知ってるか。悪魔憑きの身体のナノマシンは電気に弱い。特に、電磁パルスには」
「いッ──!」
顔を苦痛に歪ませて、自分の手を見つめる。そこにはうっすらと焦げ付いた跡が残っていた。エヌラスの左の手のひらがぼんやりと発光している。その気になれば、感電死する致死量の電磁パルス発勁で即死させることが出来た。そうなった場合、死因は心臓麻痺ということになる。
「答えろ。うっかりポックリ死にたくなけりゃ、見逃してやる」
「……アンタ、一体何者だ」
「雇われのエージェントだよ。反吸血勢力だな」
「っ……」
「知ってること話してくれりゃ、こっちも命までは取らないさ」
出目が揃わずハズレた。再びリールが回転し、今度はチェリーのチャンス目が出る。
左のボタンを押すと、再びチェリー。更にもう一回、二回転。今度は赤の七が止まった。
(くそ、万事休すか……!)
反吸血勢力の男性は中央のボタンを飛ばして右のボタンを押す。ビッグボーナスのチャンスだが中央のボタンを押そうとする手が震えていた。だが、その様子を見かけた仲間がビリヤード場からキューを手にしたままエヌラスの周囲に集まる。
「スタッフさんよー、うちの仲間になんか用か?」
「いえ、目押しのお手伝いを。失礼しました」
会釈してやんわりと答えたエヌラスが、最後に一度だけ中央のボタンを押して離れた。ボーナス突入の音を置き去りにして、シルヴィオのバーカウンターに戻ってくる。
「……どうだった、エヌラス?」
「間違いないだろうな。集まったのは全部お仲間だ」
「それで?」
「とりあえず様子見。店を出たら即追跡開始、スタッフに伝達してくれ」
「わかった」
シルヴィオがカウンターから内線でホールスタッフに連絡すると、スロット台の男たちは一斉に出口に向かって走り出す。
「エヌラス、あれ! 逃げるわよ」
「あんの野郎どもッ! 爺さん、悪い任せた!」
「気をつけろよ!」
「行くぞ、ブラン!」
「ええ! ──って、わたしこの格好のままで!?」
「言ってる場合か、逃がす訳にはいかないんだよ!」
走り出すエヌラスを見て、一瞬うろたえるブランだったが、背に腹は変えられない。後を追うことにした。
放置されたビッグボーナスの席には、ちゃっかり中年男性が座り込む。ホクホクとした顔でボタンを押し始めていた。
夜のアクア・エデンの町並みは、昼間以上の活気と雑踏に溢れている。その中から相手を見つけ出すのは至難の業かに思えたが、騒ぎが起こしてくれているために分かりやすかった。
「しっかし、どうやってアイツ等此処まで入り込んだんだ? 表は検問かかってるはずだが」
「スパイ物なら貨物船に紛れてとかよね」
「となると、物資搬入のコンテナにまぎれて来たか!? なんつー古典的な!」
陸路がメインとなるとはいえ、だ。エヌラスは後ろから遅れて走ってくるブランを抱えて走り出す。
「きゃふっ! エヌラス!?」
「まともに走っていられるか、飛ばしてくぞ!」
「あなた、バイクはどうしたの?」
「車検中だ! ──“
相手は既に車を奪って逃走中だ。人混みの中をかき分けて走ったのでは、とてもではないが追いつかない。自らを撃ち出して、エヌラスが着地した先は、電柱──その電線に足を乗せて、リニアモーターよろしく、滑るように追跡を始めた。
頬を打つ夜風がカジノの熱気で火照った身体を急に冷やす。ブランが身体を震わせて、かわいらしいくしゃみをした。
「くちゅん……」
「寒いか?」
「ちょっとだけ」
「そんな薄着だもんな。すぐ終わらせて、ホテルに行くか」
「えっ──ほ、ホテルって!? 何を言って」
「他意はねぇよ!?」
電線から電線へ飛び移り、エヌラスは派手にドリフト走行をしながら夜の街を走る乗用車を逃さないように追った。その速度に振り落とされないようにブランはしっかりと首に手を回してしがみついている。
「エヌラス、あれ!」
ブランが指を差すと、乗用車に変化が起きた。モンスターが上から生えてくる。悪魔憑きが無機物と融合して、上半身だけでこちらを睨んでいた。
《テメェ、さっきはよくもやってくれたな!》
「記憶にねぇよバーカ!」
悪魔憑きの腕には、サブマシンガンが融合している。連射される弾丸を魔術防壁で弾きながらエヌラスは追跡を続けた。
「どうするの、このまま追い続けても埒が明かないわ」
「このまま突っ込むぞ! しっかり掴まれ!」
エヌラスが更に加速して、電柱に足をかけるとカーブで速度を落とす乗用車めがけてアクセル・ストライクによって強襲する。横から強烈な衝撃を加えられて何度も横転する車両だが、悪魔憑きが防御していた。
着地したエヌラスはブランを降ろし、倭刀を構えようとして──大魔導師から言われたことを思い出して細剣を形成した。
車両から這い出てくる反吸血勢力のメンバー達はそれぞれ手に銃やナイフを手にしている。悪魔憑きだけは車を動かして二人を轢こうとアクセルを踏むが、エヌラスがむき出しの上半身を切り飛ばしてブランが車両をハンマーで横殴りにふっ飛ばした。
「ち、くしょ……! テメェら、ただじゃおかねぇぞ……!」
「悪いがこちとら悪魔憑き相手に加減しないことにしてるんだ」
「人間そっくりだなんて、タチの悪いモンスターだな。覚悟しやがれ!」
吸血鬼と悪魔憑きの混合メンバーによる銃弾を細剣で弾き落とし、ナイフを持って飛びかかる吸血鬼をブランがハンマーで地面に叩きつける。
「……死んじゃいねえよな」
「この程度でくたばる吸血鬼かよ、おら死にやがれぇ!!」
「おい、殺すなって言われてたんじゃねーのかよ!?」
「悪魔憑きに人権あってないようなものだ、論外! おら次ぃ!」
デモニアックが腕から手から一体化した剣を振るうが、エヌラスはそれを捌いて、膝を正面からへし折る。くの字に曲がった足から崩れ落ちる身体に手のひらを当てて、整息。一気呵成に電磁パルスを頭から叩き込んだ。
《ゲ、ア! は、あ──……》
奇怪な鳴き声を挙げて、デモニアックの一人が息絶える。全身をナノマシンに汚染された悪魔憑きにとって、電磁パルスを直接叩き込まれるのは死と同義だ。理解出来ない痛みを知覚した瞬間に神経が焼き切れる。脳から心臓、果ては内臓までもが。
吸血鬼に向けて振り下ろしたブランのハンマーが受け止められる。ギリギリと拮抗していたが、不意に持ち上げると手首を返して柄頭でみぞおちを強打する。ひるんだ隙に、身体を一回転させて横から強烈に殴りつけた。ピンボールのように吹き飛び、駐車されていたタクシーに激突して吸血鬼が気絶する。
「はっ、ヴァンパイアと言ってもピンキリだな。あたしの敵じゃねぇ!」
「な、なんだあの幼女! めちゃくちゃ強いぞ!?」
「くそ、胸がないくせにバニーガールの格好なんかしやがって──」
ピシ、と──空気が一気に凍った。
「……おい、今なんて言った」
「はぁ?」
「わたしだって、好きでこんな格好してんじゃ、ねぇんだよぉぉぉっ!」
ブランが地面に打ちつけたハンマーからヒビが入る。軽く地震が起きた。
《大体未成年がそんな格好してるほうが犯罪だろ》
「まったくだ! そーんな子供に、大人の格好させてるなんてとんだ変態ヤローだな!」
「どっちが犯罪者だか分かったもんじゃないぜ!」
《悪いがペチャパイは守備範囲外──》
「ウガァァァァァ!!」
「お、おお落ち着けブラン! 落ち着け!!」
エヌラスが押さえるのも聞かず、ブランは悪魔憑きを殴り飛ばし、吸血鬼を地面に陥没させ、逃げ出そうとする相手にハンマーを投げて昏倒させた。足元に倒れる反吸血勢力の背中を何度も踏みつける。
「悪いかよ! わたしだって好きで小さいんじゃねーんだよ、わかるか!」
《ぐえ、げぇぇ!》
「きっといつかは成長するんだよ! 小さいからって、小さいからってテメーらバカにしやがってぇぇぇ!!」
「ひ、貧乳だって価値は──」
「だーれーがー、貧乳だコラァァァァッ!!」
「ごぶひゃあっ!?」
怒りの炎で手がつけられないブランがあっという間にその場にいた反吸血勢力のメンバーを制圧してしまった。息を荒げて肩で呼吸していた後ろ姿に、エヌラスが恐る恐る声をかける。
「ブ、ブラン……その辺にしとけ。な? もうそいつら気絶してるし」
「フー、フー!」
「どうどう。ほら、お前のおかげで無事にとっ捕まえることが出来たわけだ。お手柄だぞ」
なんとかなだめるエヌラスに、ブランも少しずつ頭を冷やしていく。何度か深呼吸を繰り返すとようやく落ち着いたのか、向き直った。
「取り乱して、ごめんなさい。みっともないところを見せたわね」
「いや、そのおかげでこうして無事に取り押さえることが出来たからな。感謝するのはこっちの方だ」
ひとまずエヌラスは反吸血勢力を拘束して、事情聴取などは後から追ってきた警備班に任せることにした。