超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「はろー、エヌラス。差し入れ持ってきたよー」
「帰れぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
一連の事件の後──カジノに戻ってから仕事を切り上げ、エヌラスとブランはユウコが予約してくれていたホテルでくつろいでいた。そこへムルフェストが襲撃してくる。両手にビニール袋を持っていた。中身は何かと確認してみると、驚きの十割アイスクリーム。人の腹を下しに来たのかと疑われても仕方がないラインナップ。
「まぁまぁまぁ、そう言わずに。お手柄だったんだって?」
「お前、勝手に入ってくるなっての……」
エヌラスが言っても聞かず、ラフスタイルのムルフェストは部屋の中に入り込んできた。ソファーで買ってきた本を読み漁っていたブランが目を丸くしている。しかもベッドにダイブして早速寝転がっていた。本当に一国の主である自覚があるのかと問いたくなるが、力強い否定が目に浮かぶので何も言わないでおく。エヌラスはアイスが溶けない内に備え付けの冷凍庫へ全部突っ込んだ。
「というか情報速いな」
「ユノスダスだからねぇ、情報もお金ですよ、ビジネスの一つだよ」
「で、何しに来たんだよお前」
「それよりエヌラス、アイス取ってー」
「ふんっ!」
「にゃふんっ!?」
適当に取ったアイスクリームを寝転がっていたムルフェストに投げつける。スプーンも一緒に渡しておいた。
「ありがとー、ブランちゃんも食べる?」
「わたしは本が読みたいの。静かにしてもらえない?」
「おとなしくむーちゃんはアイス食べるよ。いただきまーす」
「……だから、何をしに来たんだよお前は」
エヌラスは腕を組み、前髪を留めていたヘアピンを外し、まとめていたハーフアップの髪も解いて髪を指で梳いて軽く整える。それを見ていたムルフェストがスプーンで指した。
「似合ってたのに、それを解いてしまうなんてもったいない」
「うるせぇ。仕事でなけりゃ俺だってこんな髪型にしねぇっての」
ブランも本から視線を外して、いつもの髪型に戻したエヌラスを見て同意する。だが、すぐに読書を再開した。
「で、何をしにきたのかって? ほら、例の反吸血勢力とやらの顔を見にきました」
「物見遊山気分か、てめーこの野郎」
「だって気になるじゃん。吸血鬼許さへん勢力とか」
吸血鬼の個体数は決して多くない。しかし、それも大きく二種類に別けられる。
先天性と後天性、ムルフェストは前者。ユウコは──。真祖と使徒。そもそも月面国家で主だって見かけられるはずだった吸血鬼がこうしてアダルトゲイムギョウ界でも散見されるようになったのもムルフェストが原因だ。
「で、月のぐぅたらお姫様から見て、どうだった?」
「にゃーんていうかねぇ、眷属と呼ぶのもおこがましい連中。ヴァンパイアというよりも一般吸血鬼でヴァンぴーですよ、ヴァンぴー」
「そうなのか?」
「ほら、ワタシってばさ純正純血真っ当吸血鬼なわけ。それに比べたら月とスッポンだよ」
「テメーと比べんな
その気になれば月すら落とせる魔力の持ち主が何を戯けたことを。そんなレベルの吸血鬼と正面張って勝てるのはそれこそ大魔導師くらいだ。物理的に言えば剣姫クラス。危険度で言えばアダルトゲイムギョウ界の中でもトップスリーにランクインする。
「で、具体的には?」
「吸血鬼成分が薄い。人間ベースだからか、そっちに引っ張られてる感じ?」
「吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になる。違うの?」
「ブランちゃんの言う通りなんだけど、誰かの眷属というわけでもなかった。そういうのは気配とか匂いでわかるんだけど、無味無臭。感染者みたいな」
「ムルフェストが言いたいことはアレか? 吸血鬼ウイルス感染者ってことか」
「そーんな感じ」
その点で言えば悪魔憑き達の感染と似たような印象を受ける。どちらにせよ、普通ではないようだ。おかげでこちらは相応に吸血鬼対策をする手間が省けるのは助かるが。
ページを読み進めているブランがしおりを探してベッドをぽふぽふと叩く。
「しかし、それならそれで。なんでそんな奴らが反吸血勢力なんて掲げてんだ」
「ぶっちゃけ気に食わないんでしょ。ユウコのこと。後天性吸血鬼だし、吸血鬼らしい能力なんもないのに国王様だよ?」
「そうなの?」
「うん。そもそも吸血鬼ってのは月面国家特有の種族。それが七人、それぞれの領土を持ってて権力争いをしてました。他の六人を出し抜いて国王の座を掠め取ったのがワタシ。なんだけど、思ったよりも面白くないんだよねぇ、国王様って」
それで遊び呆けていたら、他の六人が同盟を組んでムルフェストから王座奪還戦を仕掛けてきたものの、国の信仰心を得た吸血姫には敵わず逆に全滅。その部下達も国を捨てて逃げ出した。それがアダルトゲイムギョウ界の吸血鬼伝説の始まり。
ユウコはその中でも古残の一人。それが何をどう間違ったのか、商業国家国王にまでなってしまった。
「ま、そんなわけで。適当やっている月面国家国王様よりも、あくせく真面目に働いている商業国家国王様が不出来な吸血鬼であることに不平不満を抱いている連中──とまで言えば、エヌラスは分かるでしょ。相手がどういう奴なのか」
「てめーの不始末じゃねぇか」
「わーアイスおいしー、つめたくておいしーなーいちご味ー」
「目を逸らすな耳を傾けろこっちを向けあっぱらぱー。じゃあなにか、その首謀者ほぼ月面国家のトップ候補だった奴ってことか?」
「可能性は濃厚だねぇー。それならインスタント吸血鬼、ヴァンぴーも増やせるの簡単だろうし。長生きしてる吸血鬼は手強いよー」
たまーに、ムルフェストは他の吸血鬼に襲われたりしているが相手にならないらしい。吸血鬼同士の戦闘など超常現象のオンパレードなのだが、それよりも心臓をぶち抜く方が手っ取り早い。というのがムルフェストの所感。
ブランはしおりを挟んで本を閉じる。
「……吸血鬼が率いる反政府組織……その尻尾を掴んだ国家エージェント……オカルト系も、いいかもしれないわ」
「何の話だ?」
「こっちの話よ、気にしないで」
「そうか」
「わたし、先にお風呂いただくわね。今日は慣れないことをしたせいで疲れたの」
「ああ。お疲れ、ブラン。のんびり疲れを落とすと良い」
シャワールームへ入るブランを見送って、エヌラスはベッドに座り込んだ。ムルフェストはアイスを空にして、容器をゴミ箱へ投げる。
二人きりの室内。脱衣場から聞こえてくる衣類の擦れる音……やがて、蛇口を捻ってシャワーを浴びる音が聞こえてくると妙な緊張感に包まれた。
「……なんで同室なの?」
「俺に聞くな。ユウコに言え」
「ベッドも一つだしー?」
「俺の手持ちの都合上、仕方なくだ」
ブランの買い物が予想以上の出費だったのもある。そして、タイミング悪くムルフェストがベッドの片隅に置かれていた紙袋を見つけた。何かと手を伸ばして中から出てきたのは──ブランの着ていたバニースーツ。
「……ハハァン? へ~、ほほぉ」
「お前、なにか変な勘違いをしていないか?」
「してないよー、してませんよー。いやぁごめんねエヌラス。ワタシ、邪魔しちゃったね~」
「ぜってぇ勘違いしてる」
「し~て~にゃ~い~よぉ~? それじゃ、むーちゃんはお早い退散をすることにしまーす。朝までごゆっくりー」
「待てやこら」
部屋から出ようとするムルフェストの肩を掴んで引き止める。すると、らしくもないしおらしさで頬を赤らめながら視線を逸らしていた。
「やぁん、そんな……ワタシも一緒がいいだなんて」
「脳みそ殴り飛ばされてぇか、ちげぇよ。そもそもお前どうやってここまで来たんだ?」
唯一の通行手段である陸路は厳重な検問が敷かれているはずだ。それに、ムルフェストは無邪気な笑みを見せて耳元でささやく。
「エヌラスに会うために、跳んできたの……」
「お前、検問飛び越えてきたのか……」
身体能力の無駄遣いにも程がある。無駄に色気をふりまくムルフェストから離れて、エヌラスは背中を押して部屋から追い出すことにした。
「それじゃ、エヌラス。頑張ってね」
「はいはいがんばりますよ」
「……夜のほうだよ?」
「テメェほんとうに黙れよ!?」
「もー、そんなにムキになって怒らなくてもいいじゃん。ワタシもユウコに朝までには戻るように言われてるし、もう帰りますよーだ」
渋々といった様子でドアノブに手をかけるムルフェストが、思い出したように一度だけ振り返って頬にキスをする。
(エヌラス、気をつけてね。仮にも月面国家の神格候補七十二柱のひとりだろうから、手強いよ)
「……おまえ」
「それじゃ、朝まで頑張ってね~♪」
問い詰めようとするエヌラスの手をするりと躱して、ムルフェストは素早くホテルを後にした。
ベッドに腰を下ろして、身体を投げ出す。天井の染みでも数えようかと思ったが清潔感のあるホテルには染みひとつなかった。ゼロ、終わり。
「…………」
サー……。シャワールームから聞こえてくる音が、やけに耳につく。
(ブランが今、シャワー浴びてるんだよな……)
つい、考えてしまう。亜麻色の髪。華奢な身体。小柄な背丈に、控えめな胸と主張しすぎないお尻。細い手首に、すらっとした太もも。白い肌──青い瞳に、柔らかい唇──。
「…………だぁー! あー!! あーーー!!!」
忘れろ。考えるな。思い出すな──バニーガール姿のブラン。露出した小さな肩。パッドで隠れた胸。大きく開いた白い背中。
エヌラスはベッドの上で身悶えしていた。両手で顔を覆い、奇声をあげる。
「ちょ、ちょっとどうしたの? 大丈夫?」
それを聞いて、不安に駆られたブランがバスタオルを巻いてシャワールームから顔を覗かせた。
「なんでもない! なんでもないから、気にするな!」
「そんなわけないでしょ、そんな声出しておきながら」
「今日一日の反省を脳内会議でしてました! 以上!」
「そ、そうなの……? それなら、わたしにも後で聞かせてもらうわね」
バタン。サー……。再びシャワーの音が聞こえてくる。
エヌラスは枕を引き寄せると顔に押し当てて悶え叫んだ。
「あーーーーー!!! ブランかわいいなーーーもーーーー!!!」
多分、聞こえてないはずだ。きっと、おそらく、絶対。そうであってくれ。くぐもった叫びを枕に簡潔に思う存分吐き出してからエヌラスは顔を離した。
……聞こえてないよな? そう、不安に思いながら恐る恐る。シャワールームからは変わらずブランが身体を流している音が聞こえてきていた。