超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──翌日。日が昇って、エヌラスがかけていたD-Phoneのアラームを即座に切った。ノワールに生活リズム矯正の名目で設定させられたが、鬼のいぬ間に何とやら。二度寝を決行する。
二度寝から目を覚ませば、時刻は十時過ぎ。寝ぼけ眼で起き上がろうとするエヌラスの身体に乗せられる小さな違和感。
隣で眠るブランが腕枕で安らかな寝息を立てていた。髪を梳き、頬を撫でて。唇をなぞる。
「…………ぅ」
(……ねみぃ)
二人共に、裸のまま寝ていた。──あの後、結局シャワールームでも致した。
ブランが小さく呻き、目蓋をゆっくりと開ける。焦点を合わせてエヌラスの顔を確認すると、優しく微笑んだ。
「おはよう、エヌラス……」
「ああ、おはよう。ブラン」
「……まだ、眠いわ」
「もう十時過ぎてるぞ」
「身体も、なんだか重いし」
「あー……それは」
「……がんばりすぎ」
「すいません……」
頬を小さく膨らませて、赤くなりながら頬をつつく。しかし、すぐに笑みを浮かべて唇を突き出すブランに、エヌラスはキスをした。
「もうちょっと寝てていいぞ。仕事まで時間あるしな」
「あなたは?」
「少し、買い物。ネプテューヌ達のお土産」
「ゲイムギョウ界に戻ったらエヌラスはプラネテューヌに送らなきゃいけないのよね……」
「無期懲役刑に処されるとは思いもしなかった」
大魔導師の妙案。しかし、公的な立場からの観点で女神達と行動を共にするにはそれしかなかったのだろう。まさかゲイムギョウ界でもタダ働きさせられることになるとは考えもしなかったが。
エヌラスは起き上がり、服を着る。シーツを胸元に寄せて身体を起こしたブランは、そんな様子をジッと見つめていた。
背中まで傷跡だらけだが、その中でも一際目につくのが──左肩から、肩甲骨までを裂いた傷跡だ。すっかり真新しい肉で治っているが、皮膚の色が違うために目立っている。理由はそれだけではない。
邪神ヌルズ・エクス・モルテスの一撃から、自分を庇った際に出来た傷は致命傷だった。即死して然るべき肉体の損傷。だが、エヌラスは生きている。心臓も元通りだ。生身の心臓と魔力の貯蔵庫たる銀鍵守護器官による魔力の心臓。
もしも。エヌラスを殺すというのならば、その二つを破壊しなければならない。
「…………」
ブランは、そんな事を考えていたが、ひとつ疑問が思い浮かんだ。そもそもにして、その無限の魔力貯蔵庫である銀鍵守護器官とは、何なのか。それひとつの制御を間違えるだけで世界の均衡を破壊し、あらゆる対象を差別なく次元から追放する“銀の鍵”である、ソレは。
いつものハウンドスーツに着替えて、視線に気づいたエヌラスが小難しい顔をしているブランの頬にキスをした。
「ん、なに?」
「なんか難しい顔してたから。どうした?」
「……なんでもない。もうちょっとだけ寝るわ」
「ゆっくり休んでくれ」
エヌラスはブランをホテルに置いて、一人でアクア・エデンの商店街へと向かう。
四女神の中で一番馴染みやすく、それでいて一番難しいのがネプテューヌだ。エヌラスはそう思っている。なにせ、何を贈っても喜んでくれそうだからだ。できるだけ喜ばせてあげたいが、何を渡せば喜んでくれるだろうか。一生の宝物、とまではいかないが形に残るもの?
──あーごめ~んエヌラス。壊しちゃった。
(言いそうだな……)
アクセサリー?
──うぅ、ゴメン。失くしちゃったぁ。
(言われたら凹むわ、間違いなく)
それなら大好物のプリンでも……。
──美味しかったー! もう一個ー! えー、ないのー!? プーリーンー!
(餌付け感へぁんぱねぇな……)
悩みながらエヌラスは人通りの少ないアクア・エデンの通りを歩く。ネプギアに贈るものは決まっている。アイエフとコンパ、ミリオンアーサーとチーカマも、まぁ大体決まっている。しかし、ネプテューヌだけが中々決まらなかった。
悩む素振りを見せるエヌラスの顔を見て、そそくさと通行人達は避けている。左目に刀傷のあるスーツの青年など、良識ある人間ならば道を譲って当然だ。それに声を掛ける怖いもの知らずの男性が一人。老齢の紳士に、エヌラスは挨拶をした。
「どうした、怖い顔をして」
「シルヴィオの爺さん。いや、なに。ちょっと贈り物で悩んでてな」
「ほう。昨日のお嬢さんかな」
「いいや、違う相手」
「はは、プレイボーイは大変だな」
「ほっとけクソジジイ」
「私など、とっくに贈る相手などいなくてな。もっぱら貰う側だ」
「やめてくれ、こんないい天気なのに辛気臭い話は」
「ハハハ、笑って聞き流せ、若いの。それで? 相手はどんな子なんだ」
アンタの知ってる相手だよ。とは言えない。なにせ前世の記憶がないのだから。どうあっても取り戻せない記憶を知っている自分がおかしいのだ。
「底抜けに明るくて、なんでも笑って許してもらえると思ってる女神様だよ」
実際、その笑顔で許してしまうのだから自分も甘くなったものだ。肩を落とすエヌラスに、しかしシルヴィオは顎に手を当てる。
「ふむん? 女神、か。さて何を贈ろうとしていた」
「アクセサリーとか、プリンとか、色々考えてたけどなにを渡しても喜びそうだから困ってる」
「なら、それでいいじゃないか」
「良くない」
「
「…………」
それを言われては元も子もない。贈り物、という形に囚われすぎだとも言われた。
形あるものは、いずれ壊れて無くなる。悲しいことだが、それは事実だ。しかし、思い出ならば忘れない限りは色褪せることのない宝物になる。なんでもないような一日が、二人の記念日になる──それは、何よりの贈り物になるのではないか。
「ま、もう少し考えてみる」
「うむ、そうするべきだ。大切な相手なら尚更。失った日々は帰ってこないのだから」
「爺さん、俺の話聞いてたか?」
「歳かのう、ふがふが」
「冗談キツイ」
おどけてみせるシルヴィオに肩をすくめながら、アドバイスには素直に感謝した。
「それで、なにか用だったか?」
「昨日の吸血鬼と悪魔憑きだが……、悪魔憑きはこちらで“処理”した。吸血鬼は捕らえて尋問中だ。わかったことは、反吸血勢力は“緑竜会”の一員らしい」
「──それって」
「うむ……」
二人の間を重い沈黙が流れる。
完全に、九龍アマルガムの不祥事である。国際問題待ったなし。
頭を抱えてエヌラスとシルヴィオは深い溜息をつく。冗談じゃない。よりによって犯罪国家でも有数の秘密結社が関与しているとは。
緑竜会。グリューネドラへ・ゲゼルシャフト。
「マジかよ……どうすんだ」
「この一件は私から国王に通達済みだ」
「なんて言ってた?」
「そちらの不祥事だからテメー等で片付けろ、以上だ」
「気が重くなる話だ」
「それを率いる首謀者も絞り込んだ。やはり吸血鬼、それも神格候補七十二柱の生き残りらしい」
「名前は」
「そこまでは明らかに出来なんだ。強敵だぞ」
「アンタと、勝利の女神様がいるんだ。負けるはずがねぇ」
「頼りにされているのかな、私は」
「当たり前だろ、伝説のヴァンパイアハンター」
「元を忘れるな。今はしがない喫茶店のオーナーだよ」
──夜のカジノ場は本日もオープンから客が満員御礼。エヌラスとブランも引き続き目を光らせながら店内を見回る。シルヴィオもバーカウンターでカクテルを用意しながら警戒していた。先日の騒ぎは、イカサマがバレたグループ犯行の取り押さえ、ということで処理されている。あくまでも、表向きは。しかし、それで相手が報復に出ないとは限らない。なにせ尻尾を出してしまったのだから。この閉鎖された空間の合法カジノ場、娯楽庭園内部から情報が漏れた場合逃げ場などあっという間になくなる。
「相手もあんなつまらんことで計画を台無しにされちゃたまったものじゃないよな」
「……何の話?」
バーカウンターで休憩するディーラー姿のエヌラスと、バニーガール姿のブラン。その二人に飲み物を差し出すシルヴィオ。出されたジュースを飲んで喉を潤しながらも、エヌラスは店内を見渡した。
「昨日の話」
「ああ、昨日の──」
呟いてから、ブランが顔を赤くしてそっぽを向く。……何やら別なことを思い出しているようだが、それじゃない。チラチラと見ながら胸を隠して睨んでくる。
「……えっち」
「なんでや!」
「オホン。狙われるのは当然ながら、此処になるわけだが……さて、今のところはそういった雰囲気はないな」
「そりゃそうだ」
エヌラスとブランがグラスを空にして、休憩終了。再び二人で店内を巡回し始めた。
一人、シルヴィオはグラスを洗い始めていると、珍しく客がやってくる。三人組の若者だ。
「注文をどうぞ」
「今の二人を」
「お断りします」
「これでもか?」
そう言って、客の一人が自分の口を開けてみせる。肥大化した八重歯を覗かせて、シルヴィオが固まった。それを見て下卑た笑みを浮かべる三人組はカウンターに身を乗り出す。
「わかるだろ、爺さん。アンタなんて、一捻りだ」
「老い先短いんだ、言うこと聞けよ」
「そうそう、俺達は親切だからな」
「ふむ。口の聞き方に気をつけることだな、若造。貴様らのようなインスタント吸血鬼など、それこそ一捻りだ」
キュ、と磨いていたグラスを置くと、シルヴィオは睨み返した。シワの目立つ顔だが、その眼光の鋭さは心臓に刃物を当てられたような悪寒すら覚える。それはシルヴィオなりの警告だったのだが、三人組はカウンターを叩いて逆上した。店内の視線が集まる。その異常事態にエヌラスとブランも遅れて気づき、店の前に車が停まるのを見逃さなかった。それも一台や二台ではない。
「っんだとクソジジイ!」
「度胸は認めるが、喧嘩を売る相手を間違えたな」
その様子を見ていたブランが仲裁に入ろうとするが、エヌラスが肩に手を止める。
三人組の一人が銃を抜いてシルヴィオに突きつけた。引き金を引いて、銃弾が撃ち出されるより先にジャブで銃口を逸らす。目にも留まらぬ残像を残し、あらぬ方向に飛んだ銃弾が棚に並べられているワインを撃ち抜いた。
あっけに取られている間に、カウンターのアイスピックで一人の手をカウンターに縫い付ける。二人が躊躇している隙を逃さず、取り出した氷を二つ。拳で撃ち出すと眉間を直撃した。呻いていた一人も言葉を失っていた。
「…………」
「さて、どうやら商売道具の出番らしい。邪魔だ、小僧」
鼻先に強烈なフックを叩き込んで気絶させるとアイスピックを引き抜くと、崩れ落ちる。
ブランが唖然としていた。
「恐ろしく速い拳……女神でなきゃ見逃しちゃうわ。一体、何者なの?」
「生身で吸血鬼狩りの伝説になった人」
「……それ、本当に人間なの?」
「残念だが人間だ。そしてそんな連中がゴロゴロいるのが九龍アマルガム」
「人外の巣窟じゃない」
「非常に言いにくいんだが、俺もその一角なんだよな……」
あんな場所で育てられもすればこうもなろう。
シルヴィオがカウンターにブリーフケースを置いて、鍵を外す。中には銀の篭手が二つ。袖を捲り、手を通すと留め具で固定する。
店の入口には悪魔憑きや武装した吸血鬼達が乗り込んできていた。悲鳴を挙げながら逃げ惑う客の誘導はカジノ店員に任せて、エヌラスはネクタイを緩めると第一ボタンを外して前に出る。ブランもハンマーを手にして、引きずりながら武装集団の前に立ちはだかった。
睨み合う武装集団の後ろに、一人の男が入り口で立っている。黒いコートに、黒いフードをかぶっているために顔は定かではない。
「緑竜会の一員と見て間違いないかな?」
「……貴様は」
「いやなに。年季のある吸血鬼であるなら私の自己紹介などいらんだろう。嫌という程耳にしているはずなのだから」
拳を震わせる相手は、どうやらシルヴィオに因縁があるようだ。
「吸血鬼狩りとして名を馳せた貴様が、この国の吸血鬼のために拳を振るうなど滑稽の極み!」
「吸血鬼の分際で、反吸血勢力を名乗るなど恥知らずも良いとこだ」
「耄碌したか、老いぼれ!」
「正気か、青二才。消す前に名乗らせてやる、紳士的にな」
「貴様が消える番だ。忘れはせんぞ……我ら月面国家神格候補七十二柱、そのことごとくを討ち滅ぼした銀の狼!」
「はて忘れたよ、歳でな」
「ならば、神格候補一柱であるこの私──」
「はーなーしがー、なげぇ!! お前原因、俺達迷惑、はい終了!」
「な、名乗らせてくれてもよくない? ほら、私の出番これっきりだから……」
「一気に腰が低くなったわね……」
エヌラスが話の腰をへし折り、出鼻をくじかれた相手に詰め寄る。
「テメェの都合なんぞ知るか! 俺はこの後プラネテューヌに行って用事終わらせたいんだよさっさとくたばれ!」
「き、貴様の都合なんて知るか! 大体どこだその国は、聞いたこともない!」
「ん だ と コラァ!! しばき殺されてぇかッ!」
「ヒィ怖い! なんだコイツ! お前ら撃て、撃てー!」
ドスの利いた恫喝に神格候補の吸血鬼が弱腰になっていた。だが、命令された悪魔憑き達は顔を見合わせると頷いて、銃器に掛けた指を引く。カジノの店内に響き渡る人々の悲鳴、銃声、金属音──パニック状態に陥る店内だが、怪我人は一人も出ていなかった。
硝煙の漂う先で広がる光景。それは、偃月刀の壁だった。銃口を向けられていたシルヴィオも涼しい顔で立って拳を鳴らしている。ブランにも銃弾は一発も当たっていなかった。
ゆっくりと、両手の拳を開くと無数の銃弾がこぼれていく。
「さて、出し物はしまいか? ヴァンぴー共。この私が直々に葬り去ってやると言うのだ、光栄に思え──」
「悪魔憑き共へ警告だ。テメェ等に人権はねぇ。まぁなんだ──死ね」
「やれやれ。これじゃ、どちらが悪党か分からないわ……」