超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
35 それはもう一つのゲイムギョウ界
──私は、誰だ。私は誰だ。私は…………誰だ。ここは、どこだ。
青い空。白い雲。青い森。息づく無数の生命。自我を生まれ持った“ソレ”は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
人の気配に振り返れば、人ならざる雰囲気を纏う少女が立っている。両手に剣を携えて。顔をバイザーで覆って、表情まではわからない。
──私は、誰だ?
「……あなたは、わたし達の仲間」
──仲間……?
「だけど、あなたには使命があります。そのために、生まれたんですから……」
──使命……使命とは、なんだ?
「人々を、導くこと」
──あなたは、一体?
「わたしは────」
少女は、自らを女神と名乗った。そして、自分も似たようなものなのだと告げられた。
人々を導く。その使命を帯びて生まれた“ソレ”は、疑うことを知らなかった。ただ、純粋に自分がそのために生を受けたのだと信じて止まなかった。
──それが、世界に弓引く行為であったとしても。
イストワールから告げられた一言、それは次元移動する為の
エヌラスは旅支度を済ませると、肩を組む。
「んじゃ、行くかクソメガネ」
「……なんで僕を巻き込んだ」
「お前ご自慢の次元間高速ネットワーク回線の領域拡大は俺にとっても悪い話じゃないから」
電脳国家インタースカイ国王、琴霧ソラが目の下にクマを作って不機嫌そうにしていた。というのも、ここ数日の国務が多忙を極めていたのが原因である。しかし、とはいえ。エヌラスの提案を断るというのも難しい話──早い話が脅迫された。
そして。もう一人、二人の目付役として同行することになった人物がふんぞり返る。
「こーら。わかってる? ただの次元旅行じゃないんだからね」
商業国家ユノスダス国王、ユウコ。普段の制服姿から一転、赤いスカジャンを羽織ったラフなパンツスタイル。
「一応これ、お仕事なんだから」
「なら、お前の足元のソレはなんだ」
「何いってんの、お邪魔するんだから粗品は当然でしょ!」
紙袋から見えているぞ、子供用の手袋とか靴下とか。間違いなくピーシェ目当てでついてきている。しかし、そうなると懸念されるのがアダルトゲイムギョウ界のパワーバランス。神格者が二人も不在で大丈夫なのだろうか? 商業国家は軍事国家アゴウがユウコ不在の間預かることになっている。インタースカイは元々国民が仮想現実空間で生活をしているため、それほど問題はない。
「あーあ、わたしも一緒に行きたいなー。ね、いーすん今からでも」
「だめです」
「まさかの即答!?」
プラネテューヌの外れ、青々とした草原地帯では見送りの為にネプテューヌとネプギア、アイエフとコンパ。そしてイストワールの五人が集まっていた。
「そもそもエヌラス、次元移動できるんじゃなかったの?」
「いや、確かに出来るんだけどな。なんか最近調子悪くて、以前ほどあちこち移動できなくなってるんだよ。なんでかは知らんが」
「えぇ~? またまたぁ、いくらわたしと離れ離れになりたくないからって」
「イストワール、もう行っていいか俺達」
「ちょちょちょちょっとー!? 相変わらずわたしの扱いが雑じゃない!? まだわたしが話してる途中だよ!? 会話イベントスキップオート選択肢でセーブとか、そういうタイムアタック形式なの!?」
「ネプテューヌ、うるさい」
「だって、またしばらくエヌラスと会えないんだから、ちょっとくらいいいじゃーん。デレてもよくない?」
「……」
無言でネプテューヌに近づいて屈んだエヌラスが目線の高さを合わせて、頬にキスをするとすぐに離れる。
「ほれ、これでいいか……」
「…………う、うん」
唇の触れた箇所に指先を当てて、赤面したネプテューヌが小さな声で頷いた。
「恥ずかしがるくらいなら、こんな白昼堂々とイチャつかないの。見てるこっちが恥ずかしいわ」
「俺が悪いのか!? ネプテューヌがデレろって言うから!」
「加減って物を知らんのかアンタは!?」
アイエフのツッコミが草原に響き渡る。そんな様子を微笑ましく見ていたコンパが、思いついたようにエヌラスに歩み寄ると、頬にキスをした。
「コンパ?」
「えぬえぬ、気をつけて行ってくるです。無理しちゃ、めっ、ですぅ」
「まぁ、善処する」
「あー、コンパずるーい! わたしも行ってらっしゃいのキスするー!」
「こっ恥ずかしいからこれ以上勘弁な!?」
和気あいあいと賑やかな空気に水を差すようでイストワールは気が引けたが、咳払いをひとつ。わざとらしく大きめな声で。
「こほん! ……エヌラスさん、そろそろよろしいですか?」
「悪い。イストワール、すぐ始めてくれ」
ネプテューヌに飛びつかれ、それをなんとか引き離そうとするネプギア達からどうにか解放されて、エヌラスはソラとユウコの二人と並んだ。
「この天然」
「は?」
「なんでもないよプレイボーイ」
「よーしプレイボール、お前ボールな」
ゴン、ガンッ! ユウコの拳が唸りを上げる。
「いーちゃん、気にしないでさっさとやっちゃって」
「は、はい。そういうことでしたら──テレポート、起動します。皆さん。現在あちらの次元で起きている事象は一切観測出来ていません。十分に注意して下さい」
「まっかせて。ほら、いつまで寝てんの二人とも。二度寝すんな」
頭を押さえながらエヌラスとソラがふらふらと立ち上がると、荷物を持って草原に浮かびあがるテレポーターの中へ入った。ユウコも手荷物をまとめて一緒に並ぶ。
三人が光の中に収まったのを確認してから、あちらの次元のイストワールと連絡を取る。次元を繋ぐことが出来るのはそう長く出来ない。行き来が出来るとは言え、今は次元干渉にエラーが吐き出されていた。まるで、その次元を隔絶するかのように。
「それじゃ皆、いってきまーすっ♪ お土産期待しててね」
「ユウコ、気をつけてね」
「大丈夫だって、なんかあったらコイツ等に投げるから」
「任せた」
「ふざけろ」
他愛ない会話を最後に光が収束すると、その中にいた三人も一緒に消えていた。
草原を爽やかな風が吹き抜けていく。ネプテューヌ達は見送ってから、その場を後にした。
「エヌラスさん達、無事に帰ってきてくれるといいのですが……」
「考え過ぎだよ、いーすん。なんかあってエヌラスなら大丈夫だって。むしり周りの方が心配になるっていうかぁ……でも、ぷるるんもいるから絶対大丈夫! 多分!」
「お姉ちゃん、それじゃどっちだかわからないよ……」
「でも本当に良かったんですか、イストワール様。エヌラスを送り出してしまって」
「仕方ありません。こちらも四女神会議などやることはたくさんありますから」
「えー、まだ会議するのー?」
「もちろんです。女神ともあろう方が四人揃って、やることがゲームばかりでは国民の皆様に示しがつきませんよ、ネプテューヌさん。大体ですね、四女神会議だけでなく教祖も混じえた合同会議はこの先のゲイムギョウ界の行く末を案じる重要な──」
「あうー……いーすんのお説教が始まっちゃった……」
一刻も早くその説教から逃げ出したい一心のネプテューヌだった。
──???
「うん、まぁなんというかさ。座標とかって手違いでズレたりすることあると思うんだ。僕もたまに計算間違えて笑われたりすることあるし」
「そうな。普段自信満々に計算して、いざ間違えるとすげぇ恥ずかしいよな。俺も似たような経験あるわ。薬剤の調合配分間違えて工房爆発とか」
「いやー、なんなんだろうねー、恥ずかしいよねー」
「ホントなー」
「……あのさ。二人とも?」
なんでもないような会話をしているようだが、ユウコは非常に焦っていた。
「今、私達パラシュートもない状態で超高々度から投げ出されてるんだけど。よく平気で会話してられるね」
「現実逃避だ」
「ごめん、ちょっと現実から目を背けたいんだ」
「目を覚ませ、死にたいの!? 無駄話している間にも地面が近づいてきてるからね!? 」
高度三千フィート(多分)から三人は、投げ出されている。次元移動は成功したのだろうが、場所が悪すぎた。はて、なにかイストワールから恨みを買うようなことをしただろうか。エヌラスはまったく心当たりがない。他二人も同様に。
「いいからなんとかしてよー! やだー、私ぴぃちゃんに会う前に死にたくないぃー!!」
「バカ言うな、俺だってプルルートに会う前に死ねるか」
「いや、僕は普通に死にたくないんだけど!? っていうかエヌラス、君はやけに冷静だな!」
「慣れてる」
「慣れって怖いな!?」
腕を組んで頭から落下している状態から、器用に体勢を整える。ユウコはしっかりとバッグと荷物を抱きかかえ、ソラも少なめの荷物を詰め込んだバッグから手を離さないようにしていた。
「ま、僕はシュミクラムユニットでフライトシステム転送すれば済む話だからね。お先に失礼」
【ネットワーク通信エラー:接続を確認してください】
「ごめん死んだ僕」
「ヴァーッハッハッハッハヒッヒッヒッヒホッホホホホ!!!」
「ちくしょぉおおおおおお笑うんじゃねぇええええ!!!」
自信満々にシュミクラムユニットを展開しようとした瞬間に、これである。抱腹絶倒のエヌラスが目尻に涙を浮かべていた。
「はー笑った。ま、俺もハンティングホラー召喚すりゃ二人分はなんとかなる」
指を鳴らして呼び出すが、反応が全く無い。しばし無言のまま落下を続ける三人。
「……そういや師匠に預けてそのまんまだったの、すっかり忘れてた」
「お前ぇぇぇぇーーーー!! いいか、一大事だぞ!? ほんと一大事だからな!?」
「まぁまぁ落ち着けよ。ようは空を飛べりゃいいんだろ? ──
エヌラスが変神を試みるが、その手に浮かび上がるシェアクリスタルは光を失っていた。
「あ、やべ」
「どうしたのーエヌラスー!」
「変神できねぇ」
「ざまぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
「うるせぇぞクソメガネ、角膜剥がれて死ね」
「それものすごく痛いやつだからな!? 嫌だよ!?」
そうこうしている間に、ぐんぐん地面が近づいてきている。おぼろげだった眼下の風景も徐々に輪郭がハッキリと見えてきていた。
青々とした地面。踏み鳴らされた山道。止めどなく流れる川と滝。
「ギャグ補正とかでなんとかならないー!? ほら、原作的に!」
「悪い無理。俺達にそういうの無い」
「そっかぁー」
「納得するところじゃないからなユウコ! 今、ものすごくくだらないことで僕たち命の危機を迎えているんだから! ちなみにこのままだと地面に激突するまで二十秒未満だと思われる!」
「おい、ソラ! こっち来い! ユウコ、離れるなよ!」
「わかった!」
「こう!?」
エヌラスに言われた通り、ユウコとソラはなんとか空中で移動して手を掴んだ。
「先に言っておくぞ、ソラ!」
「なんだい!?」
「お前の犠牲は忘れない、すまんな!」
「は──いぃぃぃぃっ!?!?」
足に紫電を纏わせて、エヌラスはソラの胸板に当てると──川に向けて──蹴り飛ばした反動でユウコと共に離れていく。
「この人でなしぃぃぃ────…………ぃ……!!!」
フェードアウトしていく呪詛は聞き流し、エヌラスは着地体勢を整える。魔術で落下速度を緩和させようとはするが、いかんせん時間が間に合わなかった。
「くそ、こうなったらSHTしかねぇか!」
「SHTって何!? スーパーヒロポンタイム!?」
「
最大限、エヌラスは落下速度を魔術で緩和させながら、右腕に奔る紫電を着地と同時に地面へと叩きつける。
盛大な土煙と地震を引き起こし、野生動物たちがバサバサと飛び去っていった。無事、川に着水したソラは溺れそうになりながらも、なんとか川辺に身を乗り出して一命を取り留める。
「し、死ぬかと思った……! っていうか、生きてる……!? 僕生きてる……!?」
「ッ~~~~!!! ユウコ、だいじょうぶか……!」
「え? あ、あーうん。すごい衝撃だったけど」
「くそ、これだから
「さっきと言ってること変わってない?」
痺れる右手を振りながら、エヌラスは離れたユウコが無事なことを確認してひとまず胸を撫で下ろした。それから、ずぶ濡れになったソラの姿を確認して頷く。
「おーい、クソメガネ! 風邪引くなよー!」
「うるせーばーかばーか! 誰のせいだと思ってるんだこのクソ外道ー!! 死ぬかと思ったからな人でなしのろくでなしの穀潰しー!!」
「っせぇなバーカ!! 膝の皿割れて死ね!」
喧嘩を始める二人をよそに、ユウコは周囲を見渡す。
幸いにして、人気が無い森林地帯に投げ出されたようだ。看板には『オオトリイ大森林』と地名が書かれている。案内板のようなものは見当たらず、腰に手を当てた。
「うーん、ひとまず聞いたことのない地名だし……ちゃんと次元移動は出来たみたいだけど。おっかしいなぁ。いーちゃんから聞いていた話では、プラネテューヌの近くに転送ってことだったのに……やっぱりなんか起きてんのかな。ぴぃちゃん、大丈夫かなぁ……」
「──っていうかお前早くこっち合流しろサルメガネ!」
「誰がサルメガネだ腐れ外道! 大体にして誰のせいだよ、言ってみろばーか!」
「俺だよ文句しかねぇだろどやぁ!」
「開き直ってんじゃないよっ! くっっそムカつくなぁ!!」
「はいはい、二人ともいつまで喧嘩してんの。ソラー、早くこっち来て服を乾かさないと本当に風邪引くよー! エヌラスじゃないんだからー!」
「遠回しに俺のことバカって言ってないか、ユウコ?」
ソラの服を、火力を落としたクトゥグアの火球で乾かしてからエヌラス達はオオトリイ大森林から移動を始める。先程の騒動で生息している小型のモンスター達が驚いて逃げ出してしまったからか、まるでピクニックにでもきたような心地で歩いていた。
「まったくどうしてくれるんだー、エヌラス。着替えも全部濡れたんだけど」
「だから悪かったっての」
「でも。なんか平和っぽくない?」
ユウコが先頭を歩き、エヌラス、ソラと続く。確かに、と──三人がオオトリイ大森林を抜けて草原に出た瞬間。
そこには無数のモンスターの群れがひしめきあっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
あーそっかー、異常事態ってこれかー。そんな事を考えながら、エヌラスは草原を埋め尽くすほどの群れを前にして空を仰いだ。
青い空、白い雲。息づく無数の生命。なんだこれは。なんの冗談だ。
「あ、国が見える」
「遠いな」
「遠いね」
「あ、モンスターに気づかれた」
「こっちに来てるな」
「こっちに来てるね」
「がーんば♪」
ユウコの無邪気な声援を受けて、エヌラスとソラは深々とため息を吐き出して武器を転送する。
倭刀とレイジングジャッジ・フリークスハントカスタムの異種二刀流。大型の自動式拳銃を構えて、二人が飛びかかってくるモンスターを迎撃した。ユウコは邪魔にならないように荷物を抱えて引き下がる。
モンスターの大量発生、異常な繁殖力。それに悩まされるのは当然、何の罪もない善良な国民達に他ならない。そんな人々を守り、国を治めるのが守護女神である。それがゲイムギョウ界における絶対のルール。
ここ、神次元においてもそれは同様であり──プラネテューヌの守護女神、アイリスハート。イエローハート。ラステイションの守護女神、ブラックハート。ルウィーの守護女神、ホワイトハート。リーンボックスのグリーンハート達による共同女神戦線が展開されていた。
各国の商業が打撃を受けたモンスターの大繁殖。それを解決しようとこれまでも何度か共に戦ってきたが、キリがなかった。
「ハァァァッ!!」
グリーンハートの長槍が敵を穿つ。ホワイトハートの戦斧がモンスターを薙ぎ払い、ブラックハートの剣舞が次々と切り裂いていく。
「てやぁぁぁっ!」
モンスターの群れにイエローハートが突撃し、敵陣をかき乱す。元々統率など取れていないようなものだが、それでもヘイトを取るのに一役買っていた。
「そぉ、れっ!」
そして、アイリスハートの蛇腹剣が更に敵を混乱させていく。鞭のように振るわれる剣が無残に傷口を広げてモンスターを倒していく。だが、そんな様子を見てつまらなさそうに髪をかき上げていた。
「退屈ねぇ……まるで農作業みたいだわ」
「そうは言っても、この数。放置しておいたら大変なことになるわよ!」
「そうだけどぉ」
「今回はプラネテューヌ方面に出た、と聞いて──はっ! わたくし達がこうして手を貸しているのですから、もう少し」
「ああ、まったくだ! そぉりゃ! これじゃアタシ達が骨折り損になっちまう」
そうは言われても、乗り気ではないものは仕方ない。だが、これだけのモンスターを無視しておくことも出来ない相談だ。
上空高くまで飛び上がったイエローハートが、一瞬だけ止まる。それから、地面に両手の爪を向けて思い切り激突し、衝撃波で周囲のモンスター達を吹き飛ばしてから合流した。
「ぷるると!」
「なぁに、ピーシェちゃん?」
「うんとねー、あっち! 人がいた!」
「なんですって!? こんなモンスターが異常発生しているってのに! なによそいつは何なのバカなの死にに来たの!?」
ブラックハートが驚愕とともにまくしたてるが、他の女神も同意する。ただでさえ街道には規制が掛けられ、各国の流通が厳しいというのに。
「見捨てておくわけにもいきませんし、行きましょう」
「そうねぇ。怪我でもされたら大変だもの。よく見つけてくれたわねぇ、ピーシェちゃん」
イエローハートが見たという人影に向けて、女神達は一時的にその場を離脱した。
──そこで見たのは、モンスターの群れを女神に負けず劣らず蹴散らしている黒いスーツ姿の男性。自分に襲いかかってくるモンスターだけを的確に撃ち抜くメガネの青年。そして、その二人から少し離れた場所で荷物を抱えて逃げる赤いスカジャンを羽織った女性の三人組だった。
「な、なによあいつ……? 一人であんな大量のモンスターを相手してるとか、何者よ」
「女神じゃ無さそうだな……」
(あ──、)
空からその戦闘を観察していたアイリスハートが、前に出る。まるで誘蛾灯に誘われる虫のように。その肩を掴んで引き止めるブラックハートの手を振りほどく。
「ちょ、ちょっとプルルート! 一人じゃ危な──」
「ふふ……うふふ……」
背筋が凍るような、不敵な笑みを浮かべていた。恍惚とした表情で。
極上の獲物を見つけた視線が自分に向けられない事を祈って、ブラックハートは伸ばした手を引っ込めた。
フラフラと危なっかしい飛び方から、舌なめずりをすると、蛇腹剣を持ち直す。立ちふさがるモンスターの群れへ向けて、一閃。
アイリスハートの背筋を駆け上がる高揚感と背徳感、爽快感のようなものがあった。
「うふふふ、あははは──アッハハハハハハハハ!!! 退きなさぁい、地面に這いつくばる姿がお似合いのザコ達! 今まで生きていられただけ奇跡みたいなものでしょぉ? アタシに手を掛けられた事を光栄に思いながら散るのねぇ!」
木の葉のように吹き飛ぶモンスター達。姿をかき消して翻弄しながら蛇腹剣の剣戟を残してアイリスハートは一直線に黒づくめの男性へと向かっていく。
「サンダーブレードキックッ!!!」
アイリスハートがいきなり必殺技を相手に向けて叩き込む姿には、流石にブラックハート達も驚愕して止めに入ろうとした。だが、相手は近くにいたモンスターを串刺しにすると、それを盾にして逃れる。雷の光球を蹴り出し、アイリスハートはすかさず自らも続いた。
紫電を纏わせたハイキックで蹴り返し、明後日の方角で破裂した魔力は大量のモンスターを黒焦げにして消失する。
「アハハハハハ、ああもう! うふふふ……あははは!! ああダメ、気が狂いそう!!」
蛇腹剣と倭刀が火花を散らした。片手では防ぎきれないと見たのか銃をホルスターに収めて両手で鎬を削る。
伸ばした左側の前髪から、刀傷が覗く。つり上がった赤い瞳を見て、アイリスハートはますます頬を紅潮させて吐息を漏らす。
「久しぶりねぇ……エ・ヌ・ラ・ス……♪」
「はははほんっと久しぶりで相変わらずで殺す気かテメェはよぉ!」
「やぁだ、人聞きの悪い。優しいあたしが、エヌラスのことを殺すわけないじゃなぁい?」
ギリギリギリ……!
鼻先が触れるほど顔を近づけて、しかしエヌラスの顔は険しい。油断をしたら、押し負ける。
「嘘つけ、さっきの本気だったじゃねぇか……!」
「そうだったかしらぁ。うふふ、ごめんなさいねぇ。あまりの嬉しさに、つい……ねぇ♪」
「つい、で人を殺しに来るとかとんだ女神がいたもんだなぁオイ!?」
「死んだりしないって信じてるもの、当然じゃない?」
「当然の権利で死に目に遭わされてたまるか! 何様だお前!」
「女神様よ。文句ある?」
「ね ぇ よッ!」
押し返すが、蛇腹剣を鞭のようにしならせてアイリスハートは攻め手を緩めない。エヌラスはその刃を倭刀で切り返し、手短なモンスターを利用して攻撃を避け、防いでいた。
そんな二人の殺し合い(じゃれ合い)を見ていたブラックハート達が唖然としている。
「……だ、誰よあれ。プルルートとあんなに、仲が良さそうにしてぇ~!」
「っていうか、めちゃくちゃ強いなアイツ。女神と互角だぞ」
「そうですわね。気になることはたくさんありますが、ひとまずは彼らを救助しませんと」
だが……アレに? あの、無数の剣戟と近づいたら殺されそうなアイリスハートの狩場の中に入って引き止めてから? 自殺願望者でも泣いて逃げ出す殺意渦巻く場所から?
残念なことに、ブラックハート達にその度胸はない。一人を除いて。
「あーーーーー!!! ユウコーーー!!」
「ぴぃちゃーん! 元気ー!? おーい!」
「ユウコだー、わぁーい!!」
「あ、ピーシェ! こら!」
無邪気に笑いながら、イエローハートが突撃していく。ユウコも両手を振っていた。
「ユウコーー!」
「ぴぃちゃーん、会いたかったよぉぉぉー!」
荷物を置いてユウコが駆け寄る。だが、そこにソラが吹き飛ばされて横切っていく。イエローハートが見上げた先には、エンシェントドラゴンが立っていた。
電脳空間に保存している武器庫へのアクセス権限を保有していないソラには重荷となる相手だったが、爪を振り上げている。それを見た瞬間、ソラは察した。
「あ、死んだわアイツ」
そして、次の瞬間。現実のものとなった。
頭上に振り下ろされるドラゴンの爪を片手で受け止め、地面を踏みしめるとユウコが拳を作る。
「邪魔ぁ!!!」
「グゲギャアァァァァァァッ!!!?」
一撃。一撃である。ボディに深々と突き刺さる外見からは想像もつかない重い拳は、エンシェントドラゴンをピンボールのように吹き飛ばした。
「ぴぃちゃーん、アハハハハハ! ぴぃちゃーん!」
「ユウコだー! わぁーい!! くすぐったーい!」
そして、何事もなかったかのようにひしと抱きしめあっている。頬ずりまでしていた。再会を喜ぶユウコとイエローハートの後ろで、アイリスハートとエヌラスはまだ交戦している。
モンスターの群れも、本能的に察したのか襲いかかるような真似はしなくなっていた。現に、エヌラスの周囲は綺麗に円を描くようにモンスター達が離れている。
「ファイティングヴァイパー!」
「アクセル・ストライクッ!」
アイリスハートの蛇腹剣を受け止めて、一瞬だけ整息。
「……♪」
「…………」
嬉しそうな表情から一転、モンスター達に冷めた視線を向ける。
「なに見てるのかしらねぇ。生きているのもおこがましいゴミ虫の分際でぇ」
「何見てんだテメェ等、見世物じゃねぇぞ。おん?」
──そのようなことは滅相もございませんっ!! モンスター達が一斉に首を横に振るが、エヌラスの左手には既に刀の鞘が握られていた。
アイリスハートの頭上にも、巨大な雷球が形成されつつある。
「サンダーブレードキック──!!」
「
本日、快晴。にもかかわらず……どうしてか、ゲイムギョウ界にはクレーターが出来上がっていた。