超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――エヌラスは独り、フォートクラブ生産工場の前に止まる。倭刀とレイジング・ブルマキシカスタムだけを準備して整息した。目蓋をふと閉じるだけで眠気に意識を持っていかれる。氣功――クンフーの気を練り上げるのと魔力の制御を両方同時に行う、という離れ業は確かにエヌラスの神経をすり減らした。その快復の為には食事と睡眠が不可欠なのだが、今はその両方が不調である。頭を振って工場のドアの前に立つ。当然ながらカードキーなど持っているはずもなく、鉄の扉を気迫一閃で切り開いた。
内部は人の手が入っていないのか、ひやりとした空気が流れている。機械油と駆動音だけが規則的に聞こえてきた。生産ラインを覗くと、外部装甲の取り付け作業を行われている作りかけのフォートクラブ達がズラリと並んでいる。全ての工程を終えたフォートクラブは然るべき場所へ稼動を始める、そのはずだ。
機能停止と同時に復旧プログラムが起動して、それによる再稼働が見込めない場合は即座にセットされている自動転送アプリケーションによって生産工場に戻される。そうなれば後は解体作業から始まり、他の機体の部品として組み込まれる――可能な限り資源の消費を抑えた生産性に配慮したこのプログラムは全てインタースカイ側の手によって作り上げられていた。
“……異常生産、というわけでもなさそうだな”
エヌラスの見立てでは、週に三体がいいところだろう。そこでまずは管制室へ向かう。
ユノスダス周辺で被害が出始めた時期から今までの工場の稼動記録を漁り、予め購入していたメモリにコピー&ペーストする。ひとまずの物的証拠を手にして、大あくびを漏らした。
どうやら、こちら側はハズレだったようだ――。
ドラグレイスが向かった生産工場Cポイントでは、道中で大量のフォートクラブによる妨害もあり、遅々として生産工場に辿りつけなかった。アゴウへ向けて移動をしていたフォートクラブと近辺の警戒を行っていた機体が同時に脅威とみなしたからである。
「ええい、くそ! カニ風情が俺の邪魔をしおって!! 喰うぞ貴様ら!!」
たんに運が悪かった、としか言いようがない――。
ノワールが肩で息を整え、アルシュベイトはその背後に着地する。途中で何体かのフォートクラブによる進路妨害があったものの、ノワールが相手をするよりも先に撃沈していた。結果として生産工場までの道を駆け抜けたということになる。
《いや、驚いた。足が速いのだな》
「そういう……わけじゃ、ないわよ……!」
立ち止まれなかっただけだ。左右に六匹、後方から二匹、正面に一匹。合計九匹を立ち止まることなく撃破したアルシュベイトの腕があってこその走りだった。もし一瞬でも立ち止まっていたら爆発に巻き込まれていただろう。それに追随できるだけの速度で撃破し続けるのも相当な離れ業だが。
生産工場の扉を前にしてアルシュベイトがパスワードを入力する。それはすんなりと開いたものの、ノワールが顔をしかめた。
《どうした、ノワール》
「アルシュベイト、アナタ……この臭いに気がつかないの?」
《すまんな。俺の網膜ユニットに臭いの識別機能はない》
「甘ったるいというか……なんというか。頭が痺れる感じの臭いよ……」
《……あまり多量に吸引しない方がいいだろうな。恐らくは瘴気、魔力の類だ》
「でも、こんなの今まで嗅いだことないわよ」
《それはそうだろうな。本来であれば“存在しないはずの臭い”なのだから。此処で待て》
目に見えない力が香りとなって識別できるようになれば、それはもはや侵食されているということだ。アルシュベイトが機械の身体を得て以来、そういった瘴気で魔力酔いということに悩まされなくなったのは嬉しい誤算だが、それをノワールが嗅ぎとったということは――どうやら本命はココらしい。
長刀を担いでアルシュベイトは網膜ユニットを左右に向けて警戒しながら工場の生産ラインへ近づいた。中は電源が落ちているのか、薄暗い。まだ昼間であるはずなのに、閉めきった工場の内部に射すはずの光がなかった。
《……霧? この中でか?》
わずかにだが、センサーにモヤのようなものが映り込む。水蒸気のような、雲のような水分子のわだかまりを辿って機首を上げた先。視線の先には、見慣れないフォートクラブが一匹。
《まさか……》
まるで眠るように生産ラインへ繋がる扉の前で沈黙していた。センサーを切り替えてデータを照合するが、存在しないタイプのフォートクラブをアルシュベイトは知っている。それはログに残らずとも、魂に記録された彼の記憶だ。
机上の空論として、あらゆる力学的観点から不可能と烙印を押された。技術的には可能だったのだが、魔術的には不可能だったのだ。
人の魂を機械に写しとる“魂魄転写”を、フォートクラブに使うことは出来ない。機械人類であるには理由がある。人の魂が人の器に馴染むのは自明の理。それを要塞ガニに使うことなど出来るはずがない。腕も足も使い勝手が違うのだ。機人の装備に腰部ブースターを追加するのが精一杯だったように。
魔導兵器搭載型
『アッハッハッハ、いや無理だろバーカ! できるわけねぇって! 機械に魔術使わせる、だぁ? そんなん俺ぐれーしか出来ねーよ、ましてやこんなカニとか無理無理マジ無理できっこねぇよ!』
『やっぱそう思う? だよなー、無理だよねー。じゃあもういっそやりたい放題載せちゃおうか』
『おーし、思いつく限りぶっこんでやる。おいアルシュベイト、テメェもなんか面白い武装案だしてくれ』
『ハッハッハッハッハ、良いだろう。ならば俺が以前より温めていた武装案だがな――』
《くっ、頭が……!》
痛むはずもない。
記憶が確かならば、アレに搭載されているのは――そこまで思い出しかけて、アルシュベイトが網膜ユニットに捉えた人影を見て、長刀を構える。
まるでそこで眠りこけていたかのような素振りで、フォートクラブの足元から大あくびを漏らしながら立ち上がるのは絶世の美女。否、アレは傾国の美女だ。男を誑かし、権力者を唆し、国を傾ける人ならざる美女――真正の吸血鬼。神格者に名を連ねる一人。
《――ムルフェスト……なぜ、貴様がここに居る》
「……んにゃ~? だれかと思えば、アルシュベイトじゃーん……“誰か来てたのは視てたけど”さぁ。ワタシの寝床になんの用?」
《寝床だと……? ここはフォートクラブの生産工場だ。貴様の寝る場所ではない》
「ん~……!! だって、別に誰か使ってたわけじゃないでしょー?」
気怠げな口ぶりで身体を伸ばすと、たわわな胸が揺れる。ワンピースを翻して、指を鳴らすと血風がムルフェストを覆い、次の瞬間には戦闘服に切り替わっていた。令嬢のドレスのような華美なデザインでありながら、それがどこか怖気を走らせるのは、きっと彼女自身が放つオーラが人のソレではないからだ。
「じゃ、いいじゃん……あとワタシ、昼間はダルいからさー、話があるなら夜にしてよ?」
《貴様――!》
「うっさいよぉアルシュベイト。人の寝込み襲ってきてそういうこと言うの、感心しないなー……やっちゃっていいよ」
眠り続けていたフォートクラブが息を吹き返す。生まれるはずだった命は捨てられた。それは戯れに書き殴られた運命に抗うように目を覚ます。原案たるアルシュベイトを、生まれる以前より知っていた敵と判断して。
《……どうやら、今日の俺の運勢は最悪らしいな》
「んじゃ、ワタシはもう一眠りするからぁ……むにゃ……よろしくねぇ、アヴェンジャー……」
復讐者――そう名付けられた魔導兵器搭載試作型フォートクラブはアルシュベイトと対峙する。なんと皮肉なネーミングをしてくれる、自嘲しながらその突進を受け止めて、工場の屋根を突き破りながら外へ放り出された。
「んにゃー、もう……眩しくて寝れないじゃーん……暗いとこ行こ……ふわぁ~ぁ……」
フラフラとおぼつかない足取りでムルフェストは寝ぼけ眼を擦りながら生産ラインの扉を開ける。異常繁殖したフォートクラブの群れが外への自由を我先に手に入れようと殺到するが、その黄金の穂波のような金色の姫君には触れようともしなかった。
何故ならば、掠ろうものなら音もなく吹き荒ぶ血風によって細切れにされている。
「アルシュベイト!?」
――外で言われるままに待機していたノワールが、工場から飛び出してきたアルシュベイトを見て駆け寄った。腰部ブースターで姿勢を制御して着地すると長刀を構える。地響きに顔を向ければ、フォートクラブの群れが扉を突き破って押し寄せてきた。その最後尾に、小型化が進められる以前に生産された一回り巨体のフォートクラブがいる。その装甲表面が赤く脈打っていた。葉脈状に広がる血管からは魔力を感じる。それはアルシュベイトも気づいたのか、唸った。
《ムルフェストめ、奴に血を分けたなッ! 気をつけろノワール、他のフォートクラブはともかくあの赤いやつは他の三倍では効かんバケモノだ!》
「それをアナタが言うってことは、相当にヤバイ代物みたいね」
《バカを言うな。変神した俺からすればカニ漁のようなものだ》
「じゃあ変神すればいいじゃない!」
《俺は己の私利私欲の為に変神する気はない!》
「アナタって本当にバカなのね!?」
《バカで結構だ! 己を曲げる程度の信念、そこらの小石にくれてやれ。チェェェストォォォ!!》
言うが早いか、アルシュベイトが先頭の一匹を両断した。その爆発が開戦の合図となり、黒煙が狼煙となって他の二人もそれに気づく。
「向こうは――アルシュベイトか。派手にやっているようだな……」
都合三十体目のフォートクラブを溶断してドラグレイスは一瞥した。
「……成る程、面白い。加勢させてもらうぞ、護国の鬼神!」
まだ群がるフォートクラブを無視してドラグレイスは駆け出す。かの軍神を手間取らせるようならば、喰らうだけの価値がある。
「……んだよ、なんか派手にやってんなぁ」
ハンティングホラーに跨がり、一息ついていたエヌラスはため息を漏らして目頭を押さえた。
《READY_?》
「……ああ、行くしかねぇだろ? 飛ばすぞ、ハンティングホラー」
《Fine_?》
「死ぬほどつれぇ。だけど仕事放り出すわけにゃいかねぇだろ。いいから走れ」
心配する相棒の気遣いに感謝しながらも、エヌラスは重い体を無理やり叩き起こす。後でユウコになにを言われるか知れたものではない。