超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──リギホウテン・ルウィー方面居住区。
ソラは安ホテルに一泊し、朝食を済ませてからプラネテューヌ方面へと向けて歩く。
スチームパンク文化には馴染みがある。九龍アマルガム、地下帝国がそれだ。とはいえ、そちらは更に魔術文化の根付いたものになるので、複雑怪奇極まりない構造となっている。アンティーク、オカルト、何でもありだ。
しかし、このリギホウテンという国の文化は四カ国どれとも共通しない。街中を走る血管のような真鍮の配管をノックする。軽やかな音を立てて、空洞の中で響いた。
(水道管、というわけでもなさそうだ。ガス管でもなし。熱もそれほど感じられない。何のための配管だ? 振動も……それほどしていない)
手で触れ、メガネを調整する。造りは、ごく普通の配管だ。どこに伸びているのか目で辿っていくと──リヤカーで野菜を運んでいる女性を見かける。車輪がハマってしまっているらしい。見て見ぬふりをするのも後味が悪いので、声を掛けた。
青い肌。普通の人間とは違う毛色に少しだけ戸惑った。というのも、見覚えがある。──“前世”の記憶、塔争の中で出会った対敵。マジェコンヌ。
「なんだ、貴様」
「あー。いえ、困ってるようだったので」
「見ての通りだ。車輪がぬかるみにハマってな。手を貸してくれれば、悪いようにはしないが」
「言い方が上から目線かつ悪党ムーブですが、放っておけないので手伝いますよ」
とはいえ肉体労働が得意なわけでもない。多少手こずったが、なんとか脱出に成功した。抜け出す頃には一汗をかいていたソラに、マジェコンヌは手ぬぐいを差し出す。
「そら、使うがいい」
「ええ。ありがとうございます……やっぱ肉体労働は苦手だ」
「だというのに、私に手を貸したのだから貴様はお人好しだな」
「困ったことによく言われます」
「……貴様、名前は?」
「琴霧ソラです」
一瞬、相手の名前を言おうかと思ったが──ここが超次元とは異なる次元ということ、加えて前世の記憶ということを踏まえ、ソラは名前を尋ねた。
「私か? 私は、世界を終焉に導くもの。マジェコンヌだ。覚えておくがいい」
「そのマジェコンヌさんは、なんでこの……ナス? を運んでたんですか」
「決まっているだろう。朝市で売りに出すためだ。ここらじゃ私のナスもだいぶ評判でな。ところで、貴様。ナスは好きか?」
「あー……好きか嫌いかで聞かれれば、割とどっちでもいい感じです。食えないわけじゃないので、嫌いじゃありませんよ」
「なんだ? その曖昧などっちつかずの意見は」
「そんなにナス食べないので」
「ふん。それならば、この特製ナスでも持っていくがいい。先程の礼もかねてな」
「これはどうも、ご丁寧に。手ぬぐい、ありがとうございます。洗って返しますね」
「几帳面なやつだな。まぁいい。次に会う時が楽しみだ。私が丹精込めて作ったナスを食べた感想も聞かせてもらうぞ。品種改良の参考にさせてもらうからな」
(なんでいちいち言い方が悪党なんだろう)
疑問に思ったが口にはしない。そして、立ち去ろうとしたマジェコンヌが再びリヤカーのタイヤをぬかるみにはめて立ち止まった。今度は両輪で。
「…………」
「…………」
「…………おい」
「手伝います」
朝から思わぬ重労働となった。
マジェコンヌを見送り、ソラは汗だくになりながら手ぬぐいで顔を拭う。きっちりお礼にナスを一袋貰って。
「なんで、朝から僕はこんなに汗かいてるんだ……! もうちょっと、身体鍛えようかな……」
メガネを外し、改めて地面を観察する。雨が降っていたわけでもないのに、リギホウテンの地面は濡れていた。ソラはかがみ込み、水たまりに触れてから指先の匂いを嗅ぐ。無味無臭。成分分析、薬物検知異常なし。
(……なんだ、これ? 昨日は晴れてたし、気候も安定してたはずだ)
「おーい、そこのメガネの兄さん! そこにいると危ないぞ!」
「え? あ、はい!」
ルウィー区画市民に声を掛けられて歩道に移動すると、配管から蒸気が吹き出した。市民の話によれば、この時間になると毎日ガス抜きをしているようだ。ただ、それは日によって変わるらしく、今日はルウィー区画だが、明日はラステイション区画でガス抜きが行われるらしい。
「しかし地面がぬかるむほどの蒸気なら、不便だと思いますが」
「ああ。だから、みんな歩道を歩いてるしモンスターの背中に乗って移動してる」
「なるほど」
そんな中を一人でリヤカーを押して歩いていたマジェコンヌには、事情があるのだろう。ソラは深く考えないことにした。まだ初日だ。時間はある。ひとまず、リギホウテンで滞在してわかった情報を持ち帰ることが先決だ。
ソラは市民に案内されてモンスタータクシーを体験がてら、乗って帰ることにした。
「ただいまー、って言っていいのかな……ここ僕の家じゃないしな……」
プラネテューヌ教会に戻ってきたソラを出迎えたのは、ピーシェを肩車したユウコ。頭に三角巾をつけて、家政婦スタイル。今はお掃除モードのようだ。
「おっ。ソラ、おかえりー」
「おかえりっ! なにそれ?」
「ああ、これ? お土産」
「ナス? へー、結構良さそうじゃん。でもなんでナス?」
「人助けの報酬。ユウコ、これも洗濯頼める?」
「ちょうどこれから洗濯するところだったから、ついでにやっとく」
「で、エヌラスのバカは?」
「まだ寝てる」
「昼前なのに? まぁいいか。それじゃ僕も少し休憩するよ。長旅で疲れた」
というか、それを言ったら女神であるプルルートの姿も見えない。だが、イストワール曰くいつものことらしい。どうしてこう、プラネテューヌの女神はぐぅたらなのか。危機感というものが欠如していないか? ソラは考えたが、まぁ平和なのはいいことだ。
──まどろむエヌラスが、身体にのしかかる違和感にまぶたを擦る。不快感はない。むしろ心地よいくらいだ。
「……ん、んー……? なんじだ……?」
枕の片隅に投げていたD-Phoneの待受表示。昼前。投げた。アラームは起動していたようだが即効で切ったような気がしないでもない。
抱きつくような形で眠っているプルルートの寝顔を眺めてから、エヌラスは寝返りを打つ。起こさないように優しく抱きしめながら。
「……すぅ……スゥ……」
(……寝顔、かわいいなー)
「ん、ぅ──むにゃ~……」
腕を枕にして安らかな寝息を立てるプルルートの寝顔を見ていると、段々と眠気を覚える。エヌラスは欠伸をしてから、背中に手を回してしっかりと抱きしめて再び眠りに落ちた。
シャンプーの香りを吸い込んで、体温を全身で感じながら、二度寝する。
「……ラス──エヌラス……」
(んぁ? やべ、また寝てた……)
まぶたをキツく閉じて、少しだけ息を深く吸い込む。
「エヌラス──起き──」
「……ん、あぁ……」
「もう、いつまで寝てるのよ。起きなさぁい?」
「わかってる……。ふ、あ~ぁ……! は~……、おはようプル──」
「はぁい♪ おはよう~」
「ふゅ──!?」
目を覚ますと、何故かアイリスハートが馬乗りになっていた。一気に脳が覚醒して、思わぬ緊張に変な声が出る。いつものように意地の悪い笑みを浮かべてコロコロと笑う。
「うっふふふ、どうしちゃったのよ。変な声出しちゃってぇ?」
「──おはようございます」
「ええ、オ・ハ・ヨ♪」
「なんで女神化してるんだ……?」
「さぁ、なんでかしら? 知りたい?」
「知りたいような、知りたくないような……」
「うふふ。うふふふ……ちょっとしたサプライズよ。目は覚めた?」
「心臓に悪い」
「なによ、昨日はあんなに……してくれたのに?」
下腹部を撫で回しながら、優しく微笑む。それにエヌラスが顔を赤くした。
「あー……いやその。久しぶりだから……つい頑張った」
「五回もしたのに?」
「上の口もカウント忘れてるぞ」
「八回もしたじゃない♡」
「いいから、退いてくれ……着替えられないだろ。っていうかそれ、俺のワイシャツ」
裸にワイシャツ、ボタンをだらしなく閉じて胸の谷間が丸見えになっている。手を伸ばすと、無防備に構えていたアイリスハートの胸に触れた。
「いやぁん、こんな日が高いうちから……ほんっと、お盛んねぇ~」
「人の着替えを勝手に使っておきながら、なーにを言うか。いいから返してくれ」
「嫌よ。もうちょっとだけいいじゃない」
「お前なぁ……」
「そこまで言うなら、力づくで取ればいいじゃない」
「ほーう? こんな風にか」
腰を掴み、身体を横に倒す。怪我をしないようにバランスを崩した瞬間に腕で支えながら、エヌラスは両手を押さえ込む。
「アナタってぇ、寝技は得意よねぇ」
「そういうアイリスハートは誘うのが上手だな。いいから、ほら脱げ。返せ、この」
「きゃーん、脱がされちゃ-う♪」
「ええい、やめんか。誰か来る前にさっさと──」
「おらーいつまで寝てるんだ二人ともー! もうとっくにお昼すぎ──」
「…………最っ悪のタイミングで来やがる」
「はぁ~い、おはようユウコちゃん♪」
今まさにボタンに手を掛けた瞬間、ユウコが寝室に入ってきた。ばっちり目撃して硬直すること数秒。咳払いを挟み、赤くなった顔を逸らした。
「えーと、そういうのはもうちょっと暗くなってからの方がいいと、私は思うなぁ……っていうかいつまで寝てんだよ、もう昼過ぎてんだからご飯冷めちゃうだろー!」
「あーもうわかったわかった! すぐ着替えて飯食うよ! ちょっと部屋から出てろお前!」
「本当か! 本当だな!? 五分以内に来なかったらお昼抜きだからな!」
ユウコが素早く部屋から出ると、エヌラスは深々とため息を吐く。なにが面白いのか、ニマニマと笑っているアイリスハートに眉を寄せると、首筋に指を当てた。ふと、手首を見てみるとそこには歯型の跡が残っている。
「あー……そういや、噛まれたっけな」
「噛んでくれ、なんてお願いされたんだもの。へぇんたいさん♪」
「すぐ傷跡塞がって不満そうにしてたのお前だろうが。ったく、治していいか?」
「だぁめよぉ。何言ってるの?」
「だよなぁ、まったく……」
アイリスハートの足を持ち上げて、内股に顔を近づけたエヌラスが唇を触れさせた。
「ん……っ!」
ピク、と身体が反応してしまう。だが、それから小さな痛みに一瞬だけ顔を歪める。エヌラスが顔を離すと、肉つきのいい太腿に赤いキスマークが残っていた。それも股間に近い位置に。
「これでおあいこだ」
「……もう♡」
耳元で囁き、頬にキスをしてから──思い出したように顔をジッと見つめる。
「どうかした?」
「アイリスハート。八回って言ったな」
「ええ、そうよぉ」
「十四回だ。つまり、お前は──」
「~~~~もうっ!」
エヌラスは枕で顔を殴られた。