超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──リギホウテン教会・謁見の間。
パンドラ・イルバードは玉座に腰を下ろし、自らの手を見つめていた。答えの出ない自問を繰り返す度に、思う。自分は何故生きているのだろうかと。人々を導くために生まれた。だが、人とは明らかに違う自らの存在。あらゆる生態系から外れた自らの存在、いわば生まれた時から世界の蚊帳の外なのだ。
《…………》
真鍮の教会騎士達はそれぞれ武器を手にして並んでいる。自らの意思を持ち、こちらの命令には絶対服従。
格子窓から差す陽の光に、埃が舞っていた。十四名の教会騎士、そして自分。圧倒的な存在感を放つ者達がいてもなお、謁見の間には人の気配というものが存在しなかった。
外からは人々の生活する音。賑やかな声。モンスター達を扱うブリーダー達の掛け声が聞こえてくる。だが、それらをすべて切り離した時の静寂が支配する空間に身を置くことが、パンドラにとって唯一の趣味だった。
外界との隔絶。それこそが本当の望みなのかもしれない。
視界が徐々に暗転していく。人で言う眠りに落ちる感覚。何も見えず、何も聞こえず、何も感じない。玉座に腰を下ろしたままパンドラの意識が抜け落ちていき──不意に室内に響く足音に再び意識が戻る。
謁見の間に、いつの間にか一人の少女が立っていた。
黒いワンピースを着た薄紫色のロングヘアーの少女は、髪先が黒くグラデーションがかかっている。
《……どうか、されましたか》
「……順調なようですね」
《ええ。おかげさまで》
「この調子なら、そう遠くない日に女神を倒せるだけの力を得られます」
《ありがとうございます》
「……だけど、ひとつだけ懸念してることが」
《例の介入者ですか》
少女は、静かに頷いた。別次元からの介入は想定していなかった。
「あなたなら勝てると思います、けれど……」
《油断は禁物、ですね》
再び、少女は頷く。
「まだその時じゃありません。リギホウテンのシェア推移も上昇していますが、まだ他の国ほどではないです。モンスター達からの信仰も微々たるもの」
《……大量繁殖する度に、女神達が駆逐していますから》
「次は、そうなる前に。リギホウテンで保護してあげてください」
《分かりました。善処します》
シェアを急速に確保するためには人間だけでなく、モンスターも利用しなければならない。少女の手から黒い霧のようなものが溢れる。それはやがて掌の上で一つの結晶となった。
黒いシェアクリスタルを浮かべて、パンドラに差し出す。
《……シェア、クリスタル》
「以前に比べて、あなたの力も増しているはず。そして──その余波で、あなたの複製体もこの世界に生まれつつあります」
《……私の、兄弟のようなものですか》
「そう考えていいと思います。ですが、あなたのように崇高な意思はありません。自然発生したモンスターと一緒です」
《それは、人に危害を及ぼしますか?》
「モンスターですから、当然。他とは比べ物になりません」
くすくすと笑いながら少女は唇に指を当てる。
《私の兄弟は、どこに?》
「今はルウィーの方角にいます。見に行かれますか?」
《……遠慮しておきましょう。意思のない私に興味はありません》
「そうですか」
《他に、なにか用事は? ──女神様》
「いいえ、特にありません。あなたの国も平和で、順調なようですし」
口でこそ祝っているが、眩しさのあまりに目を細めていた。憔悴しきった目の下にはクマが出来ている。この女神が見てきた地獄などパンドラにはとても想像が出来ない。
「…………」
《──憎いですか?》
「憎くないと思っているんですか。わたしは──、わたしは……!」
《…………失礼。ですが私の国であなたの力を振るうのは、どうかご容赦を》
「わかって……います……! わかってます……!」
時折見せる底の知れない憎悪にはパンドラも肝が冷える。──肝がないが。
肩を震わせ、涙を目尻に溜めた少女はゆっくりと深呼吸を繰り返す。気持ちが落ち着いたのか涙を拭い、パンドラと視線を合わせる。
「この調子で、お願いします……」
《わかりました》
そして、音もなく少女は闇へと消えていく。
──こんな世界、消えちゃえばいいのに。
謁見の間に、呪詛を吐き残して。
《……》
パンドラは外の喧騒に視線を向ける。格子窓から差す陽の光に手を差し出すと、黄色の結晶体は光を反射させて謁見の間を照らす。
《私は、この世界を愛おしいとさえ思っている。人々を平和に導くのが、私の使命だ──》
混沌など、ましてや戦争など望んでいない。人々の笑顔があれば、それを遠くから眺めるだけでいいのだ。
黒いシェアクリスタルを見つめる。おぞましい。恐ろしい力だ。きっとこれは、人々を混乱と恐怖に落とす力だろう。
願わくは──この混沌の力を使う日が来ないことを。
エヌラスとソラ、プルルートの三人はルウィーを後にしてプラネテューヌを目指して街道を歩いていた。
ソラはずっと大臣から受け取った配管の見取り図を見ながら歩き、道を踏み外しそうになるたびにエヌラスが引き戻している。
「おっとと」
「帰ってからでいいだろうが、いつまで見てんだ」
「今記録中なんだよ、邪魔しないでくれ」
「池に落ちても知らねぇぞ」
「それは困るな、やめとくよ」
しかし、と。エヌラスはポケットに入れたクエストの資料を取り出す。
「なにが起きてるんだ? モンスターが居なくなるなんて相当だぞ」
「さぁね。自然発生するとは言え、流石に生息地そのものから消失するなんて考えにくい」
「大量発生したり消えたりと忙しいな、こっちのゲイムギョウ界」
「それと他次元からの干渉を拒否したりね」
電脳国家特有の技術として、次元間通信ネットワークの構築が挙げられる。次元連結装置の開発もソラの協力が無ければ完成しえなかったものだ。ただ、あくまでもそれは他次元の観測・認識が可能となるだけであり、そちらへ移動するとなれば更に踏み込んだ技術が必要になる。
次元座標の特定が不可欠なのだが──現在、このゲイムギョウ界は観測不可となっていた。隔絶された次元座標。不特定となったゲイムギョウ界はまるで……。
「……嫌だね、まったく。アダルトゲイムギョウ界じゃないんだから」
「俺も同じだよ、クソメガネ。問題を解決しないと帰れない」
「あたしはこのままでもいいけどぉ……」
「俺はプルルートと一緒にいられるならいいけど、ネプテューヌ達に会えないと困るだろ?」
「……………………うん~」
「今の間はなんだ!?」
「僕の見解だと、君を独り占めできている今の環境とだいぶ悩んだと見た」
「うっせぇぞクソメガネ、テメェには聞いてねぇ」
「はいはい。すいませんねこんちきしょう」
プルルートと手を繋いで歩くエヌラスが、ふとルウィーに視線を向けた。それから、ポケットを何度か叩く。
「どうした、エヌラス?」
「どうかしたぁ~?」
「──……悪い、先に戻っててくれ」
「なんで?」
「財布落としてきた」
ソラが深々とため息を吐き出す。
「この、バカ。先に帰ってるからな」
「あたしも探す~?」
「いや、大丈夫だ。どうせ交番とかに届けられてるだろうし、すぐ取ってくる。また後でな」
駆け足でルウィーへ引き返すエヌラスに背を向けて、ソラはメガネを直した。
「どうせ大した金入ってないくせに」
「でも、お金は大事だよぉ~?」
「そうですね。まったく、財布落とすとか気を緩めすぎだ」
呆れながらソラはプルルートと二人でプラネテューヌへ向けて歩き出す。
二人が背を向けたルウィーの空では、火花が散っていた。
──ルウィーに突如現れた、パンドラ・イルバードは、ブランの姿を見るなり襲撃した。
結晶体である腕を武器に変化させて襲いかかる黒いパンドラに対し、ハンマーで殴りつける。キラキラとした結晶を散らしながら吹き飛び、体勢を立て直す相手に武器を突きつけた。
「なんのつもりだ、テメェ! アタシ達女神と争いは好まないんじゃなかったのかよ!」
《────》
「黙ってねぇで、なんとか言いやがれ!」
《────》
ジッと、黙ってブランの持つハンマーを見つめ、それから針のように変形させた自分の手を見つめ直し──形状を変化させる。
ハルバードのような戦斧に形を変えて、まじまじと眺めるとブランへと駆け出す。
「だんまりかよ。そっちがその気なら、手加減しねぇぞ! おぉりゃああっ!!」
ブランのハンマーと衝突し、激しく火花を散らして二人は弾かれたように距離を取る。
(ちっ……! なんつー馬鹿力だ……!)
痺れる両手に力を込めて、ハンマーを持ち直すとブランはシェアクリスタルを取り出した。
それを見て、黒い人形結晶体は動きを止める。
「
女神ホワイトハートを見て、プロセッサユニットを模倣する。背中に一対の羽を生やすが、似ても似つかない鋭利な翼がきらびやかに光を乱反射していた。
「アタシの真似をしたところで強くなるわけじゃねーぞ!」
《────》
ルウィーの空で衝突する二人の戦いに、人々は避難する。ルウィーの衛兵たちが誘導し、ホワイトハートはその様子を盗み見てから黒いパンドラを殴り飛ばした。体勢を崩した相手に戦斧を横殴りに叩きつけて吹き飛ばし、追撃する。
しかし、羽が輝いた次の瞬間に、無数の針がホワイトハートめがけて飛んできた。咄嗟に防御しながら回避すると、黒いパンドラが腕のハンマーで殴りつける。
「ぐぁ……!」
ルウィーの通りに落ちるホワイトハートに向けて、黒いパンドラが迫っていた。地面に身体を叩きつけて咳き込む姿にハンマーを振り上げ──、腕が切断される。目にも留まらぬ一閃に両者が呆気に取られると、黒いパンドラが蹴り飛ばされた。
「……お前」
「忘れ物してな、戻ってきたら……どうなってんだ」
「知るかよ。パンドラのやつがいきなり襲いかかってきたんだ」
「……あれは違うな。パンドラじゃない」
「確かに、色はちょっと違うが……わかるのかよ?」
起き上がる黒い人型結晶体は、切断された腕を再生するとエヌラスの手にしている倭刀を見つめ、それを再現する。周囲に散らばる黒い破片を見て、鼻を鳴らす。
「アイツのような意思が感じられない」
「そんなの関係あるかよ」
「どちらかというと、モンスターに近いな。来るぞ」
「わかってる!」
《────!》
飛行する黒い人型結晶体をホワイトハートが戦斧で叩き潰し、エヌラスの倭刀が背中の翼を切断する。反撃に転じようとするのをアクセル・インパクトで地面に踏み潰す。結晶が一面に散らばり、黒い人型結晶体が地面を叩くと破片から氷柱が伸びる。咄嗟に後ろに飛んで二人が避けると、立ち上がって身体を再生させた。
大きく抉れた胴体から鈍く輝く結晶が覗くが、すぐに覆い隠される。
「ブラン、見えたか?」
「何がだよ」
「多分弱点だ。胴体を潰せ」
「アタシに指図するんじゃねぇ、何様だ!」
「んじゃ、お願いします女神様」
「ちっ……! いちいち癇に障る言い方しやがる!」
戦斧を構え直し、黒い人型結晶体に向けて振りかぶると全身を使って投げた。激しく回転しながら迫る戦斧に、ハンマーに変形させた腕で迎撃するが大きく身体を仰け反らせる。エヌラスは倭刀を納刀し、整息。意識を集中させる。
「──」
超電磁抜刀術を使おうかとも考えたが、ルウィーの町中で使うわけにはいかない。地面を踏みしめて、紫電を纏う。
身体を撃ち出し、地面から生える無数の針山を足場にして奇襲する。ホワイトハートの相手をしていた黒い人型結晶体の両足をすれ違いざまに居合で両断して、返す刃で左腕を切り落とす。背中合わせの状態から、一瞬だけ気を練りあげて発勁。背面からの強い衝撃に黒い人型結晶体が地面を転がる。
「これで、くたばりやがれぇぇぇぇっ!!」
《────!?》
身体を再生するよりも先にホワイトハートの戦斧が、胴体を粉々に砕いた。木っ端微塵になった破片が散らばり、それはすぐに光を失って消えていく。
「ふん……、アタシの敵じゃねぇな」
戦斧を担ぎ上げて、ホワイトハートは女神化を解除した。エヌラスが駆け寄り、砕かれた結晶を拾い上げる。
ひし形の黒い結晶は、光を吸収して鈍く反射していた。それを見たブランが眉を寄せる。
「……女神メモリー?」
「これが?」
「いいえ。でも、形が似ているわ……」
「さっきのこいつも、パンドラに似てたな。だが決定的に違っていた」
「どちらにせよ、ルウィーが無事でよかったわ。ところで、忘れ物ってなんだったの?」
「さぁ? さっきの戦闘で忘れちまった」
エヌラスがズボンのポケットから財布を取り出して、揺らして見せるとすぐにポケットに入れた。
ブランは呆れて何も言えない様子で、ため息をつく。
「一応お礼は言っておくわ、ありがとう。でもわたし一人でも十分勝てる相手だったわ」
「どういたしまして。俺としては良い予行練習になった」
「……? 予行、練習? なんの?」
「パンドラ・イルバードと戦う時の。予行練習」
姿形が偶然で酷似するとは考えがたい。エヌラスは粉々になった黒い人型結晶体を見下ろしていた。──その目に明らかな敵意を宿して。