超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
プラネテューヌへと帰ってきた頃には既に日が傾き、町が夕焼け色に染まっていた。エヌラスはハウンドスーツのポケットに手を入れて雑踏の中を歩く。
あの後、ブランと別れてからずっと考えていることがあった。見たことのないモンスターの出現──パンドラの複製体、あるいは模倣体とも言える。それがルウィーにだけ出没するとは考えがたい。念の為ラステイションとリーンボックスにも注意喚起しておくべきだ。
ポケットに忍ばせた、女神メモリーに酷似した黒い結晶。今はひび割れてしまっているが、これが力の源であるというのは疑いようがない。恐らくパンドラ・イルバード自身も同様に女神メモリーに酷似した結晶を源にしているのだろう。弱点が分かっただけでも収穫はあった。
「…………」
エヌラスとすれ違う人々は道を譲っている。スーツを着込んだ人相の悪い相手に自分からぶつかりに行くような判断能力の欠如した人間はそれこそ九龍アマルガムでどうぞ。
教会に向けて寄り道せずにまっすぐ帰ろうかと思ったが、エヌラスの足は道草を食うために逸れていく。
向かった先は公園。ブランコにシーソーにジャングルジムと、昔懐かしい遊具が揃っている。ベンチに腰を下ろして、瓶の飲料水を隣に置いて、ドラッグシガーに手を伸ばす。取り出そうとして思い留まり、エヌラスは手を戻した。
ヌルズ・エクス・モルテスとの死闘から、中毒症状が治りつつある。血中の魔力濃度も以前ほどではない。それほどまでに体組織が破壊され、血液も入れ替わったということなのだが。
臨死体験で見た、妹の顔を思い出す。泣いていた。ひとりぼっちで置いていかれた虚無の深淵で。死に瀕したことで再会できたということは。そこに手を差し伸べるには──。
しかし。セロンが果たして、それを許すだろうか。
次元神との契約。アダルトゲイムギョウ界の塔争によるバトルロワイヤルの概念を消去する代わりの邪神狩り。それは、まだ終わらない。まだ、終わっていないのだ。最後の一柱が生き残っている。
絶望の邪神。終焉の邪神。誰にも望まれず、誰にも願われない最悪の結末。
即ち、バッドエンド。本来ならば自分が“なるべきだった存在”だ。
記憶の中にあるのは、絶望を前に挑み、折れた人々を手にかける記憶。そうすることでしか救われなかった人達を救済するために。だが、これは本当にヌルズ・エクス・モルテスとしての記憶なのか。
(…………)
はっきりと覚えている。手にかけた人達の最期の顔を。アダルトゲイムギョウ界で繰り返してきたコンティニューの地獄を。自分がどれほど恨まれて憎まれて、嫌われても仕方ない。だが、それでも。
ここまで来たのは、自分が諦めなかったからだ。ならば今更どうすることも出来ない。終わらせることはいつでも出来る。それは誰も望まれない形で。絶望の魔人として。
その抑止力となっているのは、自分の中にある女神達の顔だった。その笑顔に手を掛けると考えるだけで、堪えきれない罪悪感に苛まれる。自己嫌悪に陥ってしまう。“そうするべきだ”と体が理解していても、心が耐えきれない。
そんなことが出来るはずがない。震える手で、拳を作って額に押し当てる。
もうこれ以上、誰も失いたくない。誰も。
今までこの手に掛けてきた人々のためにも。ここで自分が戦うことをやめてしまえば、何のために殺してきたというのか。
きっと、救われると信じて戦い続けてきたんだ。諦めることだけは絶対にしない。それが例え自分にとって、どれだけの不利益だろうと。
エヌラスは瓶の蓋を素手で捻じ開けると、中身を飲み干す。ゴミはゴミ箱に。ベンチの横に備え付けられている錆びた網カゴに捨てた。
重い腰を上げて教会に戻ろうと体を伸ばす。すると、遠くから声が聞こえてきた。
「エヌラス~~~……!」
「……プルルート? どうしたんだ、そんな急いで」
「はぁ、はぁ……よかったぁ~。帰ってきてたんだぁ……はぁ、ふぅ……」
「もしかして、俺を探してたのか?」
「そうだよぉ~。中々帰ってこなくて、しんぱい、したんだから~……!」
駆け寄ってきたプルルートは息を切らして、汗を流している。ハンカチで顔を拭い、ポケットにしまう。
「悪い、ちょっと寄り道してただけだ」
「ブランちゃんに聞いたら、プラネテューヌに帰ったって、言ってたからぁ~。見つかってよかったぁ~」
「心配してくれてありがとな、プルルート」
「うん~」
夕焼けに照らされた笑顔の顔が赤いのは、夕陽のせいだろうか。それとも、走って体が火照っているせいだろうか。
そんな顔を見て、自然と頬が緩んでしまう。隣にいるのが心地よいと思ってしまう。こんな毎日が続けばいいのに、と願ってさえしまう。
「も~、ユウコちゃんがおかんむりだよ~」
「そりゃ怖い。俺の分の夕飯が残ってるといいんだけどな」
「無いかも~」
「マジかぁ……ショックだわ」
「その時は、あ~ん、してあげるねぇ~♪」
「それは嬉しいな。早く帰るか」
「はぁ~い」
両手をポケットに入れて歩き出すエヌラスと並んでプルルートも歩く。
「こんな風に、毎日平和だといいな~」
「……そうだな。一緒に出掛けたり、一緒に仕事したり、一緒に買物行ったりして」
「一緒にご飯食べたりして~。えへへ~」
「──嗚呼、そうだな。こんな毎日が続けばいいな」
「おかえり、エヌラス」
「ただいまクソメガネ」
「帰ってくるのが、遅いぞこのバカ!」
「ばかー!」
「はいはいはいはいさーせーんっしたー」
教会に帰ってくるなり、ソファーでくつろぐソラと、眉をつり上げたユウコに出迎えられた。ピーシェの頭を優しく撫でて素通りする。
「ただいま~」
「おかえりなさい、プルルートさん(゚∀゚)」
「うん~。エヌラス、ちゃんと見つけたよ~」
「そうみたいですね(*´∀`)」
「お腹空いた~」
「ちゃんと晩ごはんは残してあるから安心して、ぷるちゃん。エヌラスの分も」
「適当にメシ喰わずに済んだ。ちなみに献立は?」
「ナス」
「把握した」
昼に続き、またもや食卓はナス一色に染まっていた。ソラに非難じみた視線を向けると、肩をすくめてみせる。
「美味しかったんだけどね。しばらくナスはいいや」
「はげどう。そうだ、ソラ」
「ん? なに? 今ちょっと忙しいんだけど」
「知るかハゲ、どうでもいいわ。ほらよ」
「おっと」
エヌラスがポケットから黒い結晶を投げると、ソラが片手で受け取った。しばらく怪訝な表情で見つめて、これはなにかと目で訴えてくる。
「解析頼んだ」
「僕に投げるな。自分でやれよ」
「お前の方が早いだろ。片手間でいいぞ、いただきまーす」
「いただきま~す」
「はいはい。この配管の見取り図全部記憶した後でね」
気になったのか、イストワールがソラの手を見つめていた。
「なんですか、これは? 女神メモリーにとてもよく似ていますが(?_?)」
「んー? ルウィーでパンドラに似たモンスターに襲われてな。そいつの多分、心臓」
「お前そんなの僕に投げるなよ!? 気持ち悪いなぁもー!」
「メシ食ってる時くらい静かにしろよクソメガネ」
「そうだよぉ~! エヌラス、あ~ん」
「はむ、もぐもぐ……ん。あーん」
「あ~ん♪」
ソラは眉を寄せ、改めてその黒い結晶を観察する。ひび割れて力を失っているようだが、まだ僅かに力が残っている。そのエネルギーの波長を計測し、酷似したパターンを照会していた。
データバンクに照合──最も近いと思われるのが、やはりシェアエナジーだった。
「シェアクリスタル、っぽいけどね。シェアがまだ少しだけ残ってる」
「ほーん」
「ただ、他と比べて不規則みたいだ。どうなってるんだ、これ」
「それを調べるのがお前の役目だろうが。任せたぞ」
「はいはい、相変わらず適当だな。君は」
遅めの夕食をプルルートと食べるエヌラスに、ソラはため息をつきながら再び図面とにらめっこを始める。
エヌラスが入浴していると、再びプルルートが襲撃してきた。
「背中、流してあげるね~」
「あっはい」
もうこうなってしまうと何を言っても聞いてくれそうにないので任せることにした。下手に刺激して女神化されたらひとたまりもない。昨日の二の舞になってしまいそうだ。
「ふんふんふ~ん♪ じゃあ、流すね~」
「スポンジ、だよな? たわしじゃないよな?」
「……たわしの方が、い~い~?」
「俺のことを優しく癒やしてくれるスポンジくんでお願いします!」
「は~い」
ボディシャンプーを染み込ませたスポンジでエヌラスの背中を洗うプルルートの視線は、全身の傷跡の見つめていた。背中についたひっかき傷を洗うと、傷に染み込んで痛いのか少しだけうめき声を漏らす。
「いっつ……! そこは、もうちょい優しく頼む」
「ちゃんと洗わないと、だめだよ~?」
「染みる、超染みる、いっててて! プルルート、そこは痛い!」
「なんか楽しくなってきちゃったぁ~♪」
「勘弁してもらっていいっすかねぇ!! イッテェェェッ! いま、いま爪ガリって言わなかったか!?」
「気のせいだよ~?」
「ぜってぇ気の所為じゃねぇ!!」
これ以上新しい生傷を増やされてたまるか。エヌラスは早急に手を打つことにした。
「プルルート、背中はもういいから……」
「じゃあ~こっちぃ?」
「……俺はここ最近、地雷原を踏み抜いている気がする」
バスタオルを巻いたプルルートが、目の前に座り込んでいる。手にはスポンジ。ニコニコと満面の笑みを浮かべて。
「一応言っておくけれども。変なことしないでくれよ?」
「しないよ~。でもでもぉ……ど~しても、って言われたらぁ……どうしよっかな~?」
「どうしてもしないでくださいお願いします女神様」
「ぷる~ん……普通に洗ってあげるから大丈夫だよ~」
なんでそこで残念そうにするんだ。エヌラスは胸を撫で下ろし、安堵したのも束の間──脱衣場に新たな人の気配。
「ぷるちゃん、背中流し────」
「…………」
「あ~……」
エヌラス、窮地に陥る。背中に残っているひっかき傷と、真新しい生傷にバスタオルを巻いたユウコの顔がみるみる赤くなっていった。
「え、あ、や、あの──なんでいるの……」
「そもそも、俺が風呂に入ってた」
「だって、ほら。ぷるちゃんお風呂に入るって言ってたからさー……ははは」
「そっかーそうなのかー、そうなんだなー。はははは」
「あー、えっと……どうしよ」
「一緒に入ろうよ~」
「すまん、俺はもう先にあがる」
体を洗うのも程々に、エヌラスは泡を流すとすぐに脱衣場へ向かおうとして──強い光に咄嗟に目を覆った。
「っ……なん──」
「おまたせ、ユウコー! ぴぃも背中ながしたげるね!」
「ダイナマイッ!!」
ピーシェ、もとい全裸のイエローハートが飛び込んでくる。それを受け止める形で浴場の床に倒れるエヌラスはなんとか受け身を取るが、後頭部をぶつけた。
「イッ~~……!!」
「あれ? えぬらす? どしたの?」
「人に、ぶつかった時は……! 何ていうんだっけ……?」
「えっとねー、ごめんなさい!」
「よく言えましたこんちくしょう……!!」
体を起こすエヌラスのことを不思議そうに見つめるイエローハートが身体をくっつける。
「…………」
「…………♪」
「ユウコ、これお前よりでかくないか?」
「言いたいことはそれだけ?」
ユウコの笑顔が、いやに怖い。だが、胸を押しつけるようにくっついてくるイエローハートは離れようとせず、それどころか逆に抱きついてきた。
「えぬらす、おっきいね!」
「ピーシェもな。あと、抱きつくな」
「やだ! ぎゅーってしたい! するね、ぎゅー!」
「…………」
「ぎゅーってしてると、なんだろ。頭がほわほわして、胸がポカポカしてくる……ユウコもぎゅー、する?」
「えーっと……ぎゅーは、今じゃないかな……」
「しないのぉー? じゃあ、ユウコにぎゅーってするね!」
エヌラスにのしかかったまま立ち上がろうとするイエローハートが足を滑らせて、再びのしかかる。位置が悪く、エヌラスの頭はそれはもうたわわに実った爆乳の谷間に埋まった。咄嗟にしがみついたせいで抱きしめる形となり、それには流石に顔を赤くしている。
「ぁ……」
「むぐ……!」
「────」
「ぴーしぇ、ちょっと。離れろ……! 頼むから!」
「あ、うん……ごめんなさい……」
「ぷはっ……あーっぶね……窒息するかと思った。立てるか? ほら」
エヌラスがイエローハートを転ばないように立ち上がらせた。無邪気に裸体を見せつけて、ユウコに抱きつく姿を見て、深く息を吐き出す。
「……股間に悪い」
「エヌラス~?」
「…………」
プルルートの笑顔が、いやに怖い。背筋が震えるほどに。
「オーケーわかった、俺が全面的に悪い」
「ちゃんと、身体洗わないと~。ね?」
「ハイ、オネガイシマス」