超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「パンドラ様」
《どうした》
「プラネテューヌ区画より侵入者ですが、なおも侵攻中。我々だけではとても止めきれません。市民の避難を急いでいますが、すでに犠牲者が……いかがされますか」
《相手の目的は》
「貴方です。急ぎ、避難を」
《いいや。市民の避難を最優先してくれ》
「はっ」
教会騎士に避難誘導を任せ、不安に駆られる人々に向けてパンドラは一度だけ、カメラに視線を向ける。
『リギホウテンに住まう皆様方、どうか安心されたい。我が国土を踏み荒らす不届き者は私が狙いのようだ。皆様は避難を。罪なき人々に歯牙を掛けるほどの狼藉者では──』
言い終えるより先に、教会前の城壁が吹き飛んだ。破片を教会騎士達が防ぎ、市民の安全を確認すると早急に避難誘導を開始する。
土煙の中から姿を現す黒い影は、右手に紫電をまとう倭刀を握りしめていた。その顔には返り血が付着している。目を合わせるだけで生きた心地がしない赤い瞳には人としての感情など欠片も感じられない。深い憎悪と殺意を宿して、パンドラ・イルバードを睨みつけていた。
《……貴方は》
「よぉ、パンドラ。邪魔してるぜ」
教会騎士達が殺到する。しかし、ただの一突きで次々と動きを止めて崩折れていく。胸元、頭部、左胸部。的確に反りの少ない刀が背中まで貫通するとピクリとも動かなくなっていた。
「遠い国の言葉で“仏舎利”って言うらしいな。中身が空洞でどうやって動いてるのかと思ってたが、なるほど。お前の欠片で動いてるなら納得だ」
──遥か異国の地、東洋ではそう呼ぶらしい。かつて渡り歩いた次元の中で見知った知識だがよもや役に立つとは思いもしなかった。
弱点を見抜かれていては教会騎士達が役にも立つまい。パンドラは尚も食い止めようと武器を構える教会騎士達を片手で制し、市民の避難に当てた。
壇上から下りて、血振りを行って頬を拭うエヌラスと相対する。
《……分かっているのか。自分が何をしているのか》
「ああ。わかってるさ。そこまでバカじゃない」
《リギホウテンに危害を加えるということが、どれほどの意味を持つか──彼らは皆、女神への信仰を捨てたわけではない》
「全員がそうじゃないのは先刻承知の上だ。その見分けが付くほど俺も目利きじゃないがね」
《ならば何故。私に、私の国に刃を向ける》
「──当方の一身上の都合により、お前を殺しに来た」
《……馬鹿な。それこそ愚の骨頂だ。一身上の都合だと!? そんな理由で平和を乱される人々の気持ちを》
「考えたことなんか一度もねぇよッ! 正義? 平和? そんなものを手にできるなら、嗚呼そうだろうよ! お前みたいな御高説で人々はさぞ幸せだろうよ! 俺は──俺には、そんな甘ったれた夢を語る資格なんかねぇんだよ!」
例えどれだけの平和を願おうと。
例えどれだけの正義を語ろうと。
それが叶わないことは、百も承知だ。今までも。そしてこれからもずっと。
なぜならそれは、自分が壊してしまう。決して叶わない願いだから。
絶望の魔人。戦禍の破壊神。偽りの旧神──嘘で塗り固められた自分の存在。呪いのようなものだ。なぜなら自分は、次元神の創り出した世界の規律を破壊するためだけに生み出された存在なのだから。
守護女神達の守る平和を壊すものとして。
誰かの笑顔を守るために壊して。殺して。そんなことを繰り返して。
願えば遠く、語れば叶わず、祈れば届かずに。だが、だからこそ狂おしいほど愛おしい。
守護女神が。女神達の笑顔が。そんな彼女達の作る平和が。
「パンドラ・イルバード。お前は正しいよ。お前が願う人々の平和も、お前が導こうとする人々も何も間違っちゃいない。何も悪くない」
ただ平和を願った人々に罪などない。新しい国に関心を示すのを誰が咎められようか。それは人々の自由意志を尊重するべきだ。女神が引き止める理由にはならない。だからこそリギホウテンを女神達は止められない。パンドラ・イルバードを守護女神達は倒せない。
手を掛ければ、それは即ち自らの国民に危害を加えることになるのだから。そんなことをすれば、人々は女神に対し不信感を抱くだろう。──だが、エヌラスは女神ではない。
治めるべき国を持たず。守るべき民を持たず。願うべき平和を叶えず。
《ならば、貴方は自らの過ちを認めた上で私を殺すというのか?》
「ああそうさ。俺は────」
例え──女神を敵に回そうとも。それがどれだけ自分にとって不利益を被ろうと。
成さねばならぬ悪道ならば、それは俺が叶えるべきだ。
──笑え。──嗤え。今この瞬間だけは!
「俺は──
《……悪鬼羅刹の類ならば、私の国に刃を向けるのも道理だ。なるほど、いいだろう。私の願う平和に、貴様は不要だ!》
倭刀の閃きと、結晶の刃が火花を散らす。
正しい願いと祈りを打ち砕くために、自ら邪道を為す。だが、エヌラスの口端はつり上がり笑っていた。それこそが己の本懐であると言い聞かせるように。
刃を振るう度に、女神達が遠ざかるような気がして──それでも笑う。狂ったように笑う。
どれだけ夢見たことだろう。自分の手で平和を作ることを。誰かを守ることを。誰かを救うのを。それがただの一度でも叶ったことはない。
何も守れなかった。誰も救えなかった。アダルトゲイムギョウ界で繰り返してきた地獄を思い出す。どうしようもなかった。
「ハッ──! ハッハッ! ハッハッハッハハハハハ!!」
《ッ……! 悪鬼め!》
「悪鬼で結構! 邪道外道大いに結構だ! 俺は──!」
エヌラスは笑いながら、パンドラの腕を変化させた刃と切り結ぶ。頬を掠め、胴体を僅かに削る。
「ぶっ壊すのが大の得意でな! お前も、お前の国も、お前の作る平和も全部! 台無しにしてやる! 跡形もなく消し飛ばしてやる!」
《──ならば尚更! 私が負けるわけにはいかない! 去れ、邪悪!》
「正義、断つべし──!」
──エヌラスが教会前広場でパンドラと交戦すると同時。ソラはルウィー区画から教会を目指していた。プラネテューヌ区画での騒動の煽りを受けて、住民の避難誘導に混じって裏路地へと姿を消すと、配管を登って記憶を頼りに屋根から屋根へと移り飛ぶ。
オーバルフレームのメガネを時々直しながら、ソラは走りながら格納されている電脳武器庫へとアクセスする。現在アクセス可能とされているのは、ハンドガンとナイフのみだ。個人携行火器のみにしているのは、単純に容量の問題である。それでも破格の弾数を誇り、とてもではないが使い切れるような数ではない。
「よっ、と!」
ワイヤーガンを撃ち出して、身体を引き上げる。なんとか教会騎士達の目を逃れて教会区画に到着したはいいが……厳重な警備網にソラはため息をついた。
「なんで僕がこんな盗人の真似事しなきゃならないんだ……」
だが興味があるのも確かだ。列柱建築の造りは、まるで神殿のような拵え。広大な入口は開かれたまま、周囲を警戒する教会騎士は数えた限りでは三十名以上はいる。正面からは無理だと即座に諦めた。
周囲を索敵し、見張り塔を見つける。そこにいるはずの見張り番の姿が見えず、ソラはそちらから侵入を試みることにした。
消音装置を付けた自動式拳銃を呼び出し、手元に握る。姿勢を低くしながら見張り塔に侵入すると、中を探る。長く使われていないのか埃っぽく、舞い上がる埃にむせた。
「けほっ、けほっ。掃除ぐらいしろよーもー。こういうの嫌いだ」
なにか使えそうなものはないかと引き出しや机の上に投げ出されている資料を漁るが、特に役立ちそうなものは見つからない。内鍵を引き抜いて、ゆっくりと開けながらソラは扉の奥を覗くと教会騎士がいないことを確認して階下に銃を向ける。
多目的観測眼鏡のフレームに搭載されたスイッチに触れて、ソラは周囲を動体センサーで警戒する。視界内で動く物体があればレンズに表示されるが、誰もいないことを確認して階下へと銃口を向けながら下りた。
見張り塔から続く廊下では、教会騎士が三名。入れ替わるようにしながら警らしていた。
(三人か……だけど倒せるかなー、あれ中身空洞だしなー。しかもハンドガンだけだし)
動きを止めるくらいなら可能だが、さて。
「おい、手を貸してくれ! プラネテューヌ区画での避難誘導、ならびに負傷者の運搬に人手が足りていない!」
「わかった。だが、警備はどうする?」
「そんなことを言っている場合か。盗みに入る馬鹿がいるわけでもないだろう。急げ!」
(ハイハイ、馬鹿で悪かったですね)
柱の物陰に隠れていたソラが悪態をつき、派手に暴れてくれたエヌラスに感謝しつつ、教会騎士たちが居なくなったことを確認してから教会内部へ潜入する。
──赤絨毯の敷かれた廊下には、騎士甲冑が並んでいた。あくまでもインテリアのようで動き出す気配がないことに胸を撫で下ろす。これまで動き出されたらたまったものではない。
王城らしい荘厳な造りに、ソラは感心しながら廊下を歩く。時折、警備に残った教会騎士達から身を隠しながら、教会の内部を進む。
(センサー切り替え、っと。エネルギー体があれば、なにか反応するとは思うけど……)
シェアエナジーの波長パターンは記録してある。それに類似したものがあれば感知するはずだが……ソラは上下左右と首を動かして探りを入れて、一箇所だけその反応を示した場所を見た。それは、教会の地下。
(……? なんで動いてるんだ?)
シェアエナジーに酷似した波長パターンを検知。だが、何故かそれが動いていた。自らの意思を持つかのように。もう一箇所で激しく動いているのはパンドラだろう。そちらはエヌラスに任せるとして、ソラは地下へ続く道を探していた。
同じ作りの扉が並び、それが一ヶ所だけ開けられているのを見つけて扉から中を覗く。
中庭だろうか。しかし、教会敷地内に作られたそこは、もはや農園と化していた。見覚えのある野菜が青々としている。
「…………ナス農園? 教会の敷地で? どれだけナスが好きなんだ此処の住民は」
むしろこれが収入源か? ソラは構えていた銃を下ろし、少しだけ緊張を解すと奥に扉があるのを見つけ、無警戒にナス農園を進む。
「おい、誰かいるのか? 私のナス農園に何の用だ。収穫はまだ先だぞ──」
「────あー……」
身を屈めて、ナスの手入れをしていたマジェコンヌが立ち上がり、ばっちりと目が合う。みるみる相手の視線が疑いの兆しを見せていた。
「貴様、何をしている?」
「あーははは……どうもこんにちわ、マジェコンヌさん。いえ、ちょっと道に迷いまして」
「道に迷っただとぉ? 拳銃を手にしながらか? それにこの騒ぎ、教会に何の用事だ」
「見逃してくれたりしません?」
「ダメだ。私のナス農園に、私の許可もなく入り込んだ罪は重いぞ。覚悟は良いか、メガネ!」
「ちくしょう、誰も僕の名前を覚えてない」
麦わら帽子を投げ捨て、エプロンを放り、ゴム手袋を外したマジェコンヌが魔女帽子と杖を手にすると魔力弾によってソラを狙う。身を屈めて攻撃を避けて、扉に向けてダッシュで駆け込むと錠前をハンドガンで撃ち、蹴り壊して進む。
「おい貴様ぁ! 避けるな、私が丹精込めて作ったナスが台無しになるだろうが!」
「だったら追ってくればいいじゃないです、かぁ!!」
追撃の魔法をソラは銃弾で相殺させて舌打ちをひとつ。爆発した魔力の煽りを受けながら、転がって受け身を取る。
「くそ、これだから魔法は嫌いだっ!」