超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──剣撃の応酬。激しく火花を散らし、教会前広場には被害が広がっていく。市民達を避難させながら、教会騎士達は体を張って防いでいた。空洞の鎧が壊れ、手足が砕けようともパンドラの命令に従っている。
ブラッドハートの太刀筋がケイオスハートの結晶剣を逸らし、切っ先を地面に打ちつける。その背を足で踏みつけて動きを止めた。剣を砕き、返し刃で頭部を狙う。しかし、頬を掠めるだけに留まった。
(──太刀筋が、見えぬ。追いつくので精一杯だ)
打刀を引き、だがその切っ先が不意に止まる。柄頭に手を置き、ブラッドハートの口端がつり上がった。
咄嗟に飛び下がろうとするが、掌底で打ち出された刀が今度は左脇腹を抉る。そのまま太刀で引き裂くと、逆袈裟で切り上げる。切っ先が頭部を掠めて亀裂を入れた。
「……チッ。今の避けやがるか! おとなしく死にやがれってんだ」
《なにがおかしい──! なにを笑っている、貴様!》
「気にするな。気分が良いだけだ」
《気分が良いだと……?》
「ああ、気分がいい。遠慮なくぶっ壊していいってのは──久しぶりでなぁぁっ!!」
ブラッドハートの全身を駆け巡る紫電に、ケイオスハートが浮遊する白い結晶に手を伸ばす。
《それが、貴様の本性か! コード:ホワイト!》
手にした結晶が形を変え、荒削りの白い戦斧となった。ホワイトハートの戦斧とは似ても似つかぬ贋作の結晶戦斧を振り回して紫電を薙ぎ払う。
「ああそうだよ。これが俺の本性だよ、自分じゃあ変えられねぇ俺の正体だ! 壊して殺して潰して、壊して壊して壊して──殺して──! 殺して、まだ終わらねぇ!」
《その戦いを終わらせるために、貴様は戦っていたのではないのか!》
「そのはずだったんだがなぁ!」
白い結晶戦斧と打刀が打ち合い、しかし刀が折れることはなかった。それどころか刃を食い込ませてすらいる。身体を蹴り飛ばされ、ケイオスハートが後退った。
「世界を平和にしたけりゃ俺が死ぬ他にねぇらしいが、一身上の都合でまだ死ねなくてなぁ! 俺が俺を殺すまで、俺の戦いは終わらないんだよ!」
《何を言っている。正気か貴様!》
「ああ正気さ。俺の気が狂っているとでも?」
《自らの死を望んで戦い続ける男が正気とはとても思えないが?》
「テメェもな」
地面に白い戦斧を叩きつけると、結晶の雪崩がブラッドハートに迫る。打刀を収め、右肩に担いだ背丈を超える野太刀を掴んで一気呵成に上段より打ち下ろした。その剣圧によって結晶が木っ端微塵に粉砕される。
《……冗談とばかり思ったが、その太刀筋はなんだ? シェアエナジーでは──無いのか》
「そんなもの……、俺は使っちゃいないさ。
《それがただの剣筋だと? ──化物め》
「お前に言われなくても、自分が一番よく知ってるよ」
だからこそ──女神達の平和に不要な存在なのは一緒だ。
野太刀と白い結晶戦斧が刃を鳴らす──。
その様子を、プラネテューヌのテレビから眺めていたノワール達が息を呑んでいた。
パンドラ・イルバードが変身したことも驚いたが、それ以上にエヌラスの姿だ。画面越しからでも分かるほど、見ているだけで背筋が凍える。──シェアクリスタルがざわつく。胸の奥から嫌悪感がこみ上げてくる。
ケイオスハートの白い結晶戦斧が叩き折られ、今度は緑の結晶を手にして長槍を掴む。
「どうやらアレは、わたくし達の武器を再現するようですわね」
「……そうみたいね。だけど」
「ええ……それ以上に、何よアイツは。あんな奴が、どうして──どうしてアナタと一緒にいたのよ!」
絶望の魔人。邪神の出来損ない。成り損ない。女神の敵だ。
そんなのを手元に置いておくプルルートにノワールが詰め寄る。だが、画面を見たまま何も答えず、ただ黒いぬいぐるみを抱きしめて黙って立っていた。
「…………」
「プルルート、聞いてる? ちょっと……アナタ──」
「………………ん、で……」
「え?」
「……なんでぇ……」
呟きが聞き取れず、ノワールが肩を叩こうとした瞬間、プルルートは俯いたまま黒いぬいぐるみの首を締め上げる。綿が行き場をなくして頭が膨れ上がっていた。それに思わず小さな悲鳴をあげてノワールは手を引っ込める。
「なぁんで……! いっつも、い~っつもぉ~……!」
エヌラスを模した黒いぬいぐるみは、繕ったばかりの箇所から綿がはみ出ていた。それを大きく振り上げて、プルルートは力の限りテーブルに何度も叩きつける。木製のテーブルが大きく歪み始めると、床に叩きつける。そして、頭を踏みつけた。
「自分ひとりでぇ、片付けちゃうかなぁ~! あたし、すぅ~っごく……!! 頭に! 来てるん!! だよね~!!! エヌラスは~……!!!」
怒髪天を衝くとはこのことか。ノワール達が恐怖ですくみ上がる。
「ひとりで傷ついてぇ……! ひとりで戦ってぇ~! あたしにぃ、なぁんにも~! 言ってくれないのって~! そんなに、信用ないのかな~!!」
何度も踏みつけて、何度も踏み潰して、何度も何度も、何度も。堪えきれない怒りをぶつけていた。プルルートの足の下、エヌラスのぬいぐるみがボロボロになっていく。綿がはみ出し、腕が取れかけ、足がもげそうになっていた。
「エヌラスは~! いっつも! いっつも! いつも──!」
思い出すのは、傷だらけの姿。自分の血に濡れて、血だらけで。血だるまになって、死に物狂いで戦い続けてきた背中。
「いぃっつも~!! 自分勝手なバカなんだから~っ!!!」
腹が立つ。頭にくる。怒りを覚える。プルルートが大きく足を上げて、エヌラスのぬいぐるみを今度こそ踏み潰した。
「こ、こんなに怒ってるプルルート初めて見たわ……」
「ええ……今はそっとしておくべきですわね……」
「触らぬ女神になんとかね……」
「……あたし~、リギホウテンに行ってエヌラスのことぉ~、止めてくるね~?」
「止めるって、どうやって……あんなやつ」
「ノワールちゃん~?」
「な、なに!?」
目元に影を落としたプルルートの笑顔に、ノワールが震え上がる。
「どうやってなんてぇ、言わなくても分かるよねぇ~。殴ったり蹴ったり、踏んだり斬ったり焼いたり刻んだり潰したりして止めるんだよ~?」
「そそそ、そうよね……?」
「あと~……あんなやつ、なんて呼んじゃダメだよ~? あ・た・し・の、エヌラスなんだから~……ねぇ?」
「ひ、ひえぇぇ! ごめんなさい、プルルート」
「い~よ~。あたしと、ノワールちゃんの仲だもん~」
緊張感漂う教会に、賑やかな足音が入ってきた。
買い物袋を下げたユウコと、ピーシェが戻ってくる。
「ただいま、ぷるると!」
「たーだいまー! はいおかえりぴぃちゃん!」
「ゆっこ、ただいま!」
「おかえり~、二人とも~」
テレビにユウコが眉を寄せて画面に食い入ると、そこに映るエヌラスに気づいて呆れていた。
「まーたバカやってんの、あのバカ?」
「うん~。エヌラス、またバカやってるんだぁ~」
「今日はアイツの晩飯抜きだね。ぴぃちゃんのおかわりにしちゃおっか」
「やったー!」
「それで、どうするの?」
「エヌラスにお仕置きしてくるねぇ~? すぅっごく。いっぱい~」
「うん、いってらっしゃい。半殺しくらいまでならいいよ。やっちゃってきて」
「いってきます~」
ゆるく手を振って、今度は上機嫌なプルルートが教会を後にする。あまりの恐ろしさにノワール達は呆然と立ち尽くしていた。
「あれ、のわちゃん達は行かないの?」
「なんで私達まで。あの、エヌラスって奴の為に」
「あーいいよ。あのバカの為とかじゃなくていいから。どーせ自分勝手に突っ込んで自分本意なこと考えて一人で突っ走ったんだろうし」
「あ、アナタね……そんなボロクソに言っていいの?」
「付き合い長いからいーの。それに、大体考えてること分かるし」
「……それなら、エヌラスの考えていることを教えてもらってもいいかしら?」
「いいよ。でもその前に野菜しまっちゃうね? そーれ、ぱぱぱっと」
手際良く冷蔵庫に野菜を押し込め、茶菓子を用意してユウコはお茶を一口。買い物に出ていて事の経緯を知らないが、ノワール達の話を聞いて静かに頷いた。
「──うん、バカだね。なんだよトイレって、アホかアイツは」
「中々帰ってこないとは思っていたのだけど……」
「まさかリギホウテンに乗り込むとは思いもしませんでしたわ。大胆なのですね」
「そんなことより! 知ってること話してもらえる!? あいつ、どう見ても普通じゃないでしょ! そんなのがどうしてプルルートと一緒にいるのよ、というかなんでそんな平気な顔していられるの!」
ノワールが眉をつり上げてテーブルに身を乗り出す。
「え? だってアイツ女神様好きだし。そんだけ」
「……それだけ?」
「そんだけ。どーせ今回の件も女神様の為だろうし、バカだから何も言わなかったんでしょ」
「女神が好きだからなんて理由、私が信じると思ってる?」
「んー、どうだろ。見ての通りアイツ普通じゃない魔人だし? ま、本来なら敵同士なんだろうけどさ……殺したり、殺されたりするのなんていい加減やめりゃいいのに。飽きないものだねぇ──あの、バカは」
飽きるほど見てきた。飽きるほど、見送ってきた。見守ってきた。帰ってくるたびに傷だらけで。口を開けば「メシ」の一言。
自分を殺して、殺されそうになって──それでも剣だけは手放さなかった。戦い続けるのだけは止めなかった。
泣きそうな顔をして。涙を流して、血を流して、自分を殺して、繰り返してきても。
「まぁ、のわちゃん達も行ったほうがいいんじゃない?」
「……なんでよ」
「エヌラスさ。今、パンドラと戦ってるじゃん? リギホウテン潰すとなれば、国民含めて全部やるよ?」
「──!?」
「だから、止めに行ったほうがいいよ。女神様なんでしょ? だったら、ちゃんと魔の手から守ってあげなきゃさ。アイツが暴れてる意味なくなっちゃうよ」
「……なによ、それじゃまるで。エヌラスは私達から離れていった人達を取り戻す為に戦ってるみたいじゃない。何の罪もないパンドラに喧嘩吹っかけて」
「え、そうじゃないの? 言っておくけど! アイツ、ほんっっとうにバカだからね! 手段なんか選ばないし! 加減も知らないし! やると決めたら絶対に諦めないし! そのくせ、バカだからバカみたいに強いし!」
「とりあえず、エヌラスがバカだということはよくわかったわ……」
まだ何か言いたそうにしているノワールに、ユウコは指を突きつけた。
「私、晩ごはん作らなきゃいけないから代わりにぶん殴っといて! 行くなら行ってらっしゃい! 行かないならお手伝いしてくれる!?」
「ぴぃはお手伝いするー!」
「うん、ありがとう! ちなみにぶん殴るなら一発とか二発とかじゃなくていいから!」
「ゆっこ、ぴぃも“どーん!”していーい!」
「いいよー、遠慮なくどーんしちゃっていいよー。ズドーンくらいの勢いでいいからね、ぴぃちゃん」
「わかった! ズドーンする!」
「あーもー! いいわよわかったわよ! 私達もエヌラスを止めに行けばいいんでしょ! ただし帰ってきたら、晩ごはんご馳走になるんだから!」
やけくそ気味に怒りながらノワールは教会から走り去って行く。ブランとベールはお茶を飲んでいた。
「二人は?」
「そうね……ノワールだけじゃ不安だから、わたしも行くわ」
「わたくしも行きますわ。放っておいたらリーンボックスの住民たちに危機が及ぶというのでしたら、仕方ありませんもの」
「うんうん。いってらっしゃーい。私がぶん殴る分も残しといてね」
「ぴぃの分もー! ズドーンするー!」
「生きて帰ってきても、無事じゃ済みそうにありませんわね……」
「当たり前でしょ! 人に無断で国家転覆とか極刑ものだかんね!? それを半殺しで済ませてやってるってんだから私は優しい方だから!」
「……半殺しも、どうなのかしらね」
二人もプラネテューヌの教会を後にして、リギホウテンへと道を急ぐ。ユウコがテレビ画面を見るとブラッドハートが緑の結晶長槍を素手で叩き折っていた。
無数の結晶片を避け、無手でケイオスハートに迫ると姿勢を崩して殴り飛ばす。
──その顔は、笑っていた。心底楽しそうに。だが、本当にそうだろうか?
記憶の中にあるエヌラスの顔は、いつも────。
「……ゆっこ?」
「んーん、なんでもない。ぴぃちゃん、ご飯の用意しよっか。お手伝いしてくれる?」
「するー!」
テレビを消して、ユウコはピーシェの手を引いて台所へと向かう。