超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
黒の結晶大剣が破壊され、ケイオスハートが最後の浮遊結晶に手を伸ばした。その腕が、投げられた打刀によって貫かれる。地面に縫い込まれた腕に動きを封じられ、そこへ野太刀を担ぎ上げたブラッドハートが笑いながら振り下ろした。
《コード:アイリス──!!》
「DAAYDARAAA!!」
間一髪で防御したケイオスハートの手には、青い結晶蛇腹剣。似ても似つかぬ贋作の女神武器にブラッドハートは不愉快な舌打ちをした。
「テメェは、次から次へと女神の武器を真似しやがって!」
《くっ……!》
「最初はブラン、次はベール。ノワール。そして今度は、プルルートと来た! テメェ自分の武器ってもんはねぇのか!」
《何をそこまで怒る!》
「テメェによく似たやつを知ってるからだよ!」
プラネテューヌ国境防衛隊、B2AM最高司令官にして戦技教導官、シロトラ。だが、目の前にいるケイオスハートの姿は若干異なる。カラーリングも、細部も。そしてその中身も。
しかし、シロトラは裏切った。レオルド達、国境防衛隊と袂を分かち、今はその消息不明となっている。武装企業に協力していたらしいがその後どうなったかまではキャロラインも把握していない為に判明していない。ただ分かることは、女神の天敵であるということだけだ。
野太刀と刃を打ち鳴らす度に、結晶蛇腹剣が破片を散らす。
「答えろ、パンドラ。シロトラという奴を知っているか」
《そのような名前は初めて聞く》
「そうかよ! 他人の空似とはとても思えねえが!」
ケイオスハートから感じ取れるシェアエナジーは、何か不可解なものだった。不規則で不明瞭にして不鮮明。靄がかかったようにぼんやりとしたものだ。
結晶蛇腹剣を振るい、ブラッドハートを弾き飛ばすと刀身を切り離して振るう。刃先を切り払い、打刀を拾い上げながら納刀すると紫電を纏わせた蹴撃で迎え撃った。
《ちいっ……!》
「チッ……」
《貴様のその力はなんだ……今や、私は女神と同等。それ以上の力を持つというのに──これほど苦戦するとは思いもしなかった》
「そりゃどうも。確かにお前も大したものだよ。俺もまさか、こうも手間取るとは思いもしなかった」
だが、次で決める。ブラッドハートの野太刀が紫電を纏う。それに応じるように、ケイオスハートも青い結晶蛇腹剣を構えるが、異変が起きた。
《ッ────!》
剣を取りこぼし、右腕の装甲に亀裂が走る。内側から膨れ上がるように弾け飛んだプロセッサユニットの中からは、赤黒く澱んだ結晶の腕が覗いた。
右腕だけでなく、全身のプロセッサユニットがひび割れていく。それはケイオスハート自身も理解できない様子で狼狽えていた。
《なん……だ──私の、シェアエナジーが……!》
そして。ケイオスハートの背後の空間が切り裂かれたと思った瞬間、その胴体を剣が貫いていた。鈍く輝く紫色の刃が腹部から生えているのを見下ろして、そのまま振り返る。
そこにいたのは、一人の少女だった。左手には剣を携えている。それがケイオスハートの身体を深々と突き刺していた。
「ご苦労様でした、パンドラ・イルバード。あなたの役目は、ここまでです」
《──女神、様…………何故?》
「あなたでは、決して。あの人に勝つことが出来ないからです」
《バカ、な……私はまだ──》
「ええ。今のあなたなら、確かに守護女神と戦って互角のはずでした。しかし、気づいていますか。あの人と戦えば戦うほどにシェアが低下していることに」
《そんなはずが……!》
「あの人は、全てを無に帰す力。破壊の化身のような人なんです」
「人のことを好き放題べらべら喋ってるテメェは、なにもんだ」
剣を引き抜いて、膝をついたケイオスハートの背後。その少女は、ブラッドハートの知っている相手に酷似していた。だが、そんなはずがない。ゲイムギョウ界でネプテューヌと一緒にいるはずだ。
「────ネプギア……?」
「……はい」
「冗談キツイ。もう一度聞くぞ。“誰だお前”は」
「誰って、私ですよ。ネプギアです。覚えてないんですか?」
「記憶にあるネプギアと似ても似つかなくてな、悪いが初対面だ」
報告にあった、ネプギアに酷似した守護女神だが、その性質は魔人と同等だ。確か、ネプテューヌが勝手にクロギアと呼んでいた気がする。なるほど確かにわかりやすい。
黒いセーラーワンピに、黒い十字コントローラーの髪留め。そしてなにより──赤い瞳。目の下のクマからは、ろくに眠れていないことが窺える。
「そうか、お前がクロギアとかいう魔人か」
「──クロギア……クロギア、そうですね。お姉ちゃんがいたら、きっと、私のことをそう呼んでいたかもしれませんね。だけど、もう私には、誰も……もういないんです。だって、みんな……もう、みんなは──私が──」
顔を押さえて、クロギアは呟く。歯ぎしりの音とともに振り払い、ブラッドハートを睨みつけていた。叩きつけるように叫ぶそれは、自責の念であると同時に自らの運命を呪う呪詛として。
「だって! だって、仕方ないじゃないですか! 私じゃないとダメだって、私がやらなきゃって! そう、思って──そう信じて──私が、みんなを……なのに、なのになんで……私は、守れなかった……」
「…………」
「おかしいですよね……私、お姉ちゃん達を……なのに。守れなかったんですよ……。だって、そんなの守る価値なんか、ないじゃないですか……壊されちゃって、何も無くなっちゃって……だから、私が」
「どうしてパンドラを斬った」
「──。もう、この人の役目は終わりました。計画は失敗です」
《私の、役目は……まだ終わっていない。私は、人々を導くためだと、貴方が》
「その通りです。だけど──
《──────》
右手に銃と一体化したビームブレイドを持つと、パンドラの頭部に突きつける。
「あなたは、何もしなくていい。あなたは、ただ存在するだけでいい。何故ならあなたは、女神メモリーによって生み出された致命的なエラーコード。自然発生するモンスターと同様の方法で生み出された意思を持ったシェアクリスタル。それが、あなたです。パンドラ・イルバード」
《私が……》
「あなたはただ存在するだけでシェアを収集できる。女神への関心が薄い人々から、モンスターに至るまで。存在するだけでこの世界の女神達を弱らせることが出来る猛毒なんです。おかしいと思わなかったんですか? 女神が国を興すこのゲイムギョウ界で、なぜあなたが国の指導者として君臨できたか。それは、私がこの国を治めているからです。あなたを立役者にして」
《あ────》
思えば。自分が生まれたその瞬間に、クロギアは見届けてくれた。自分が生きる意味も、生まれた理由も与えられた使命も何もかもすべては計画されていたことだ。
ビシッ。亀裂が走る。身体にではなく、心に。自分を形作るクリスタルに。
「私は表立って行動できませんから、あなたに全てを任せていたんです。ただ何もせず、自分の国を統治していればいい。それなら女神達は理由もなくあなたを攻めたりしない。その間にも少しずつ、少しずつ女神達のシェアを削り取っていけばリギホウテンのシェアが増加していく。そうすれば、純度の高いエネルギー伝導体であるあなたが女神を打倒できるだけの力を蓄えることが出来る。その時が来れば、後は私がこの剣で命を奪い取って力にする──あの人の為に、もっと強くならなきゃいけなかった」
《ならば、なぜ私の命を奪う必要が──!》
「強い信仰心は、それを失った時に……どうなると思いますか? 災い転じて福となす。なら、その逆もまた、同じことです」
クスクス、と。まるで憐れむように笑うクロギアの前で、ケイオスハートは取りこぼした結晶蛇腹剣を手にして横薙ぎに振るう。だが、それを事もなげに左手の剣で打ち砕くと、右腕を貫いて捻るように剣を引き抜いて砕いた。
「あなたは、空っぽなんです。希望のないパンドラの箱。それが、あなたです」
《私は──私は、何のために……!?》
「さようなら、パンドラ・イルバード。あなたの本当の役割は、死んだその時に生まれる絶望と混乱に人々を陥れる為だけに」
光学銃の引き金に指を掛けて、クロギアが全身に亀裂の入ったケイオスハートにトドメを刺そうとした瞬間、全身に悪寒が走った。顔を上げれば、そこには野太刀を担いで紫電を纏うブラッドハートが殺意を込めて睨んでいる。
「
「っ──!!!」
そして、光速の殺意が振り下ろされるのを両手の剣を交差させて間一髪のところで防御するクロギアとブラッドハートの間に電撃が迸った。拮抗する刃と刃に、歯を食いしばって耐える。
「庇うんですか、パンドラを……!」
「いいや、そんなつもりはねぇが。気に食わねぇ」
「あなたがやろうとしていた事ですよ。なのに」
「人の獲物を横から盗ろうって態度が、気に入らねぇんだよ!」
クロギアの身体を蹴り飛ばし、ブラッドハートは野太刀を担いだ。膝をついたまま呆然と見上げてくるケイオスハートを横目で見下ろしながら。
「テメェに同情はしねぇよ。つまりは、お前が集めた信仰心は、お前が死んだ瞬間に消えるってことだろ? 大したもんだ、生きた洗脳マシンかよテメェは」
《…………》
「なら、今死んだらどうなる?」
《リギホウテンに集った人々もモンスターも、統制を失う……》
「そんなことは、俺にはどうでもいいことだが。テメェは後回しだ、パンドラ」
《何故だ……?》
「人の獲物横取りしようとしたあいつが、テメェ以上に気に食わねぇ!」
標的をケイオスハートからクロギアに変更したブラッドハートの凶刃が迫る。それを光学銃を連射しながらビームブレイドと左手の剣の二刀流で迎え討つクロギアの戦いから、ケイオスハートは急いでリギホウテンから逃げるように人々に伝えようと立ち上がって背を向けた。
「っ」
「させるか」
銃を向けた矢先に、鋼糸で銃口を逸らすと回し蹴りで吹き飛ばす。だが、クロギアは口元に笑みを浮かべていた。
「無駄ですよ」
「なに?」
「だって、彼はもう詰んでいるんですから──」
教会から離れ、閑散とした広場に戻るまでの間でもプロセッサユニットの損壊は徐々に始まっていた。すでに頭部は半ばほど崩れ、脚も、腕も見る影もないほど壊れている。
嘘だと思いたかった。だが、自分という存在がずっと疑問だった。その答えが──まさか、魔人に利用されていただけだとは。この国も、指導者としての立場も、全ては用意されただけのもの。そして、この力ですら自分は借り物でしかない。何もない。空っぽの信仰で成り立つ、虚栄の国──リギホウテン。
しかし、この国で生きようと選んだ人々に罪はないはずだ。ただ自分と同じように利用されただけだ。女神の力を失わせる為に。ならば一人でも多く逃がそう。
そう、パンドラが歩を進めようとした目の前の空間が歪む。
《…………》
《……貴様は──》
自らと瓜二つの装甲を纏った戦機。だが、全身を純白のカラーリングに染め上げたその存在は異質なものだった。
《そうか、貴様が……シロトラか》
《……お前の処分が決定された。悪く思うな》
《まだ私は、倒れるわけには──!》
自らの腕を刃に変化させて、パンドラはシロトラに斬りかかる。肩口から袈裟斬りにするはずの結晶刃は、触れた瞬間にガラスのように砕け散った。傷一つ付かず、表面にかすり傷すら残らない。
戦斧も長槍も大剣も、蛇腹剣も。シロトラは避けようともせず、それどころか触れた瞬間からパンドラの方が崩れていった。
《……気は済んだか》
《私は──》
一閃。手にしていた大型の両刃剣で胴体を貫き、引き抜く。全身を形成していたクリスタルが砕かれて、手足の末端から黒く炭化していくパンドラをシロトラは静かに見下ろしていた。
《私は──、貴様は……何者だ…………》
《……私か。女神の為に、世界を敵にすると誓った、教会騎士最後の生き残りだ。貴様と一緒にするなよ》
《…………教会、騎士だと……!?》
《貴様には関係のないことだ。散れ》
そして、パンドラ・イルバードは頭部を破壊され、砕け散る。光を失ったシェアクリスタルはやがて風化し、ゲイムギョウ界から消え去った。
シロトラは空を見上げ、やがて人々の悲鳴と混乱の声を聞きながら渦巻いた異空間へと姿を消す。信仰を捧げると誓ったのは唯一人。それ以外など、彼にとってはどうでもいいことだ。