超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
教会内で活動していた真鍮の教会騎士が、市街で国民の避難誘導をしていた教会騎士達が一斉に活動を停止する。そして、パンドラへの信仰によって団結していたモンスター達もまた、ブリーダー達の制御を離れて人々を襲い始めていた。
リギホウテン中から悲鳴と助けを求める声が教会にまで届く。だが、ブラッドハートは一瞥することなくクロギアの剣を捌き、足元を凪ぐ。跳んで避けたそこへ斬り上げるが、左手の剣によって防がれた。
「……助けに、行かないんですか?」
「誰が。誰をだ?」
「パンドラはもう、いませんよ」
遠くから聞こえる喧騒に舌打ちするが、それでも刀を構える姿にクロギアは肩を落とす。
「救われるはずだった人々。新たな国に関心を示した人々。そして、パンドラに感化されてこの国に集まったモンスター達。そこにあった希望が今、転じて絶望となって──此処に」
「……テメェ、そいつは」
「ええ。“あなた”のゼロクリスタルです」
捻れた双角錐。それは、ヌルズ・エクス・モルテスの力の根源でもある。そして、同質の存在であるエヌラスも。
黒い光が吸い込まれていく。それは、リギホウテンで指導者を失った国民達から発生するネガティブエナジーによるものであり、傷を癒やしているヌルズの活力でもある。
「あの人が、あなた達に敗れていなければこんな手間は省けていたんですけど」
「殺しきれなくて残念だと心底思ってるとこだ」
動きを止めているクロギアに斬りかかろうとしたブラッドハートの目の前で空間が裂ける。姿を現したのは、黒い甲冑に身を包んだ小柄な竜騎士だった。手にしている剣と刀が衝突し、膂力によって地面がひび割れていく。
目元を覆うバイザーに表情は窺えない、しかし口元に笑みを貼りつけていた。
「テメェは──!」
「ふっ……」
黒と赤の魔力放出によって弾き飛ばされ、後退る。ますます国中からネガティブエナジーが溢れ、ゼロクリスタルに吸収されていくのを眺めながらクロギアは小さく笑った。
「遊び過ぎだ。目的は果たしただろう」
「そうですね。それでは、さようなら。エヌラスさん──」
パリ、と──。肌にチクリと刺すような電撃が走る。
「
右肩に担いだ野太刀に紫電が迸る。背につくほど大きく振りかぶり、打ち下ろす。光を越えた大上段からの一撃を、黒の女騎士は赤黒い魔力を手にして相殺させた。その破壊の余波だけで教会が吹き飛びそうなほどの殺意と暴力の衝撃にクロギアは咄嗟に防御する。
ブラッドハートの必殺の一撃を防いだ腕が痺れ、篭手に走る電撃を鬱陶しそうに払う女騎士のバイザーがひび割れていく。
「流石は、といったところか」
砕け散り、その素顔が露わになる。光を失った金色の瞳に、ブラッドハートは想像がついていた。
──それは、いつだっただろう。邪神を追って多次元世界を巡っていた折に出会った、一人の王と騎士達。
「……テメェもな。“アーサー”」
「ふっ……今の私は、その名で呼ばれる事などない魔人だ。貴様の知る王の姿を借り受けた魔人に過ぎん。それでも私を呼ぶというのなら……オルタ、で構わんさ」
「そうかよ」
救えなかった。救われなかった。一人の騎士の裏切りによって滅んだ。それも邪神の手引きによって。夕焼けの丘の上、自分は王にかける言葉もなく、その世界から立ち去った。血に染まった荒野に背を向けて。……嫌な思い出だ。自分の無力さを思い知らされる。
手にしていた聖剣も輝きを失い、もはやそれは邪剣と化していた。
「貴様もよくよく、私達に縁があるものだ。いずれ会うこともあるだろう、続きはその時に」
クロギアが剣で空間を切り裂き、開いた裂け目の中へ姿を消す。ブラッドソウルは苦虫を噛み潰したような顔で睨み、野太刀を納刀する。
人々の悲鳴が聞こえてくる教会で、モンスター達の咆哮が轟いた。青空を睨むと、女神達が近づいてきている。その顔色は困惑していた。
リギホウテンは、モンスターと人間が共存関係にあるという不思議な国だった。だがそれも今となっては絶望と混乱の充満している地獄の縮図となっている。
「アナタ、なに突っ立ってるのよ! 人が襲われてるのよ!?」
「俺は助けねぇよ。お前らの国の人間だろう」
「最ッ低。私はラステイションの人達を助けるわ! 二人も!」
「ええ、わかっていますわ!」
「最初からそのつもりだ! おい、テメェ逃げんじゃねぇぞ!」
「逃げも隠れもしねぇから、さっさと行けよ」
ブラックハート、グリーンハート、ホワイトハートの三人は自分達の国民をモンスターの魔の手から助けるべく各方面へ飛び去っていく。だが、一人だけその場から動かない女神がいた。
蛇腹剣の切っ先をブラッドソウルの背中に突きつけて。
「……お前は行かないのか、アイリスハート」
「プラネテューヌ方面は、誰かさんが暴れたおかげでとっくに避難済みだもの。跡形もないけどね」
「そりゃよかったな」
打刀の鯉口を切り、引き抜いてアイリスハートへ向けて突きつける。
「それで? 俺に何か用か?」
「ええ。いい加減、愛想が尽きそうよ。あなたのそのバカさ加減には」
「はっ、そりゃ良かった。愛想つかして捨てられるくらいなら、殺してくれた方がまだマシだ」
「そこまで来るとバカも国宝級ね。理由もなくリギホウテンに攻め入れば、自分がどうなるかなんて分かってたくせに。こうなることも見越してたんでしょう?」
「当たり前だろ」
「そう……なら、アタシがこうするってことも想定済みよねぇ!」
アイリスハートが踏み込み、蛇腹剣を振り下ろす。ブラッドハートはそれに刃を合わせて鍔迫り合い、ギチギチと刃が擦れる不快な金属音を立てて拮抗する。
「ああ。もちろん」
「一度でいいから、あなたとは本気でやりたかったのよねぇ」
「気が合うな。俺もだよ」
互いに弾かれるように距離を取り、再び刃を重ねた。
こうなることを望んでいたなどと嘘ばかり。本当は手を繋いで、一緒に笑っていたかっただけなのに。手にしているのは、命を奪う武器で。目の前には好きな相手がいて。だけど、こうする以外に方法が無くて。
ブラッドハートの打刀が鞭となって振るわれる蛇腹剣の切っ先を弾く。縦横無尽に攻め立てる刃を器用に立ち回りながら距離を詰めてアイリスハートに刀を袈裟懸けに振り下ろす。避けながら蛇腹剣を戻して薙ぎ払うが、刃は空を切った。身を屈めるような後ろ回し蹴りで反撃する。蹴り飛ばすが、しかし、脚に絡みついた蛇腹剣がブラッドハートの身体を宙に浮かべて地面に叩きつけた。
紫電で蛇腹剣を振り払い、立ち上がる。刀身に纏わせた紫電を剣撃によって放つと、それを同じように剣で弾きながらアイリスハートが距離を詰めた。
二人の間を無数の軌跡が舞う。頬を掠め、首筋を掠め、胴を打ち、頬を蹴られながらブラッドハートとアイリスハートの剣は止まらない。
頬から滴る血を舐め取りながら、恍惚とした笑みを浮かべるアイリスハート。
額から流れる血をそのままに、迷うことのない断固とした意思で歩むブラッドハート。
「ひどいわねぇ。女神様の顔に傷なんてつけて……」
「そういうお前も、殺す気満々じゃねぇか。人の首狙いやがって」
「あら、その程度でどうにかなる人じゃないでしょう?」
「ちげぇねぇ。俺のことをよく理解してくれてて助かるぜ!」
再び、蛇腹剣と打刀が互いの命を奪わんと閃く──。
──リギホウテン教会内部で交戦していたソラとマジェコンヌもまた、教会騎士達が一斉に動きを止めて瓦解した様子にパンドラがいなくなったことを察した。
「……ふん、パンドラの奴がやられたか。まぁ私にはどうでもいいことだがな」
「貴方は何故ここに?」
「ただ女神達が気に食わんだけだ。その点、ここは居心地が良かった。だがこの様子では、外もどうなっていることやら」
ソラが廊下の窓から街の様子を窺うと黒煙が立ち上り、タグを付けているモンスターから逃げ惑う人々が見える。ブリーダーは笛を鳴らすが、それに従う様子はなかった。
ソラは対物ライフルを転送して銃口で窓を突き破り、照準を合わせるとモンスターの頭部を撃ち抜く。寸分違わず目標に着弾し、危機を脱した市民が突然のことに困惑しながらも逃げるように走り出した。
それを見送ってからソラはマジェコンヌに向き直る。
「モンスター達が市民を襲っているようですが、どうしますか」
「私が知ったことか!」
「おっ、と!」
「ちぃっ。忌々しいメガネめ! いい加減に倒れるがいい!」
「それはちょっと無理な相談でして!」
杖を振るい、マジェコンヌは魔法を乱射するが、ソラはその魔力反応をタクティカルサングラスで解析しながら回避していた。弾道から予測される着弾位置から身を避けて、柱の陰に身体を滑り込ませる。対物ライフルを転送し、ソラは左腕の痛みに顔をしかめた。応急処理で痛覚を緩和させると、ショットガンを召喚してマジェコンヌに向ける。スラグ弾は火球と衝突すると爆ぜて消えた。
「こっちも、これ以上戦ったところで意味はないと思いますけどね! お互い手を引きませんかマジェコンヌさん!」
「やかましい! 女神だけでなく貴様にまで遅れを取ってたまるものか!」
「それを言われると僕もナス農家に苦戦してる情けない王様になるんですけど!?」
「貴様の事情など知ったことか!」
ソラが身を隠していた柱が魔法の直撃を受けて崩壊し、転がるように出てきた相手に浮遊させていた火球を構え──その手に古臭いボルトアクションライフルを握っていることに気づいた。だが、既に遅い。それは連射力を犠牲に弾速と貫通性に特化させた改良品であり、仰向けに寝転がったままソラが引き金を引くとマジェコンヌの肩口を撃ち抜いた。
「ぐあっ!? おのれ……!」
杖を取りこぼし、肩を押さえる。ライフルが消えたと思った次の瞬間、既に新たな武器を手にしたソラはグレネードランチャーでマジェコンヌの背後の壁を撃った。爆発の衝撃で吹き飛ぶ身体を受け止めながら、爆風が収まると柱に寄りかからせる。
「くっ……殺さないのか……」
「……生憎と、僕は無益な殺生はしない性分でして」
「私は貴様を殺そうとしたんだぞ」
「ええ、そうですね。ナス農家に負けるかと思いましたよ」
ソラは一度だけタクティカルサングラスを直すと、壁の外の様子を窺う。次元間光速回線に接続すると、インタースカイのサーバーとの交信速度は良好であることを確認する。理由はどうあれ、問題は解消されたようだ。だが、まだひとつだけ疑問が残っていた。
「僕はこれからモンスターに襲われてる人達を救助に行きますが、その前にひとつだけ聞きたいことがあります。リギホウテンの街中に張り巡らされていた配管とガス抜きについて、なにか知っていることはありませんか?」
「……私が知っている限りでは、あれはモンスター達の凶暴化を抑制するためだ。そのためにパンドラが必要だったと小娘から聞いていたが、それ以外は知らん」
「小娘……? パンドラと、貴方以外に誰か居たんですか?」
「なんだ。貴様は知らんのか。まぁ、今さらどうでもいいことだ。さっさと行け」
確かに。今はそんなことを気にかけている暇はない。それよりも暴走を始めたモンスター達を駆除しなければ。崩れた壁に足を掛けて、ソラは思い出したようにマジェコンヌに振り返る。
「なんだメガネ。まだ私になにか用か」
「まだナスのお礼言ってませんでしたね。美味しかったですよ。それだけです」
それだけを言い残し、二階から飛び降りるとフライトシステムを転送して街の中へと飛び去っていくソラを呆然とした様子で眺めていたマジェコンヌは、呆れたように帽子のつばを下げた。
「……お人好しめ。当たり前だろう、この私が丹精込めて育てたナスなのだから」