超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
工場内部をフルスロットルで走るハンティングホラーを駆るエヌラスもそうだが、それにしがみつくノワールは半分涙目になっていた。上下左右、重力関係なしに突然宙に浮いたり壁を走ったりするものだからエヌラスにしがみついてピッタリと身体をくっつけている。
「ひゃぁぁぁあああ!?」
「うるせぇぇぇええ!!」
爆音と豪風と絶叫を置き去りにして駆け抜ける。異常生産されているフォートクラブ達が外部装甲の取り付けを待たずに稼動を始めていた。さながら鋼の骸、ここは墓場だ。リビングデッドの只中を駆け抜ける。ふと、しがみついていたノワールの手が濡れた。それが何かと思い、エヌラスの肩から自分の手を覗き見る。赤い、血だった。それは、エヌラスの口から垂れている。
「エヌラス、アナタ――!」
「っるっせぇぇぇ!!」
ハンティングホラーが吼えた。霊的物質による含有成分が叩きだす超加速が音速の壁すら越えてフォートクラブ生産工場の管制室に突っ込む。
強引な急減速にあってもノワールが管制室の中で狂ったように生産記録を書き続けるモニターの横、壁面に備え付けられている配電盤を見つけた。ハンティングホラーから飛び降りてショートソードで切り裂くと、それは紫電を奔らせてあっさりと機能を停止する。その背後で、派手に転倒したエヌラスが立ち上がろうとしていた。
「ッ――ゴフッ、ゲホ……! はッ、あ――!」
「血が……!? ちょっと、本当に大丈夫なの!?」
“
「せぇな……これだから、女ってのは――おら、早く戻るぞ……ノワール」
「なんでよ!? どうして! どうしてアナタはそう自分のことを簡単に犠牲に出来るのよ!? 男は皆そうなの!?」
「あぁそうだよ! だからテメェは黙ってろッ! さっさと戻ってアルシュベイトの野郎に手を貸すぞ」
「だったらアナタ一人で行きなさいよ」
「そうさせて――」
もらう、と言いかけてハンティングホラーのハンドルを握ったエヌラスが膝を着く。瘴気が身体を蝕む――血が侵食されて、心臓が不規則な鼓動を重ねた。
「ッづ、オ――アァァアアアアッ!」
“銀鍵守護器官”を起動させて血液中を侵すムルフェストの瘴気を“焼き払う”荒技で血涙と鼻血が噴き出す。熱湯を血液に流し込む激痛に気絶しそうになりながらエヌラスはそれでも立ち上がる。蒸発する血液と焼ける肉の臭いにノワールが息を呑んだ。踏ん張り、ハンティングホラーのハンドルを握りしめて立ち上がる。
一体、何がエヌラスをそうまで駆り立てるのか。ノワールは知らない。分からない。だが、一つだけ教えてもらったことがある。
エヌラスは、諦めない。そこに絶望があろうとも、己がなんと言われようと、立ち向かう。抗い続ける。
「エヌラス、アナタは……一体、何と戦ってるの」
「はっ、なんだろうなぁ。知らねぇよ。でもな、今日戦うことを“諦める”わけにはいかねぇんだよ――最後に生き残るのは俺だ。世界をやり直す為にな」
「……どうして?」
「恥ずかしくて言えるかよ――ガキみたいな、お伽話さ。ハッピーエンドがお約束だろう」
「そんな生き方してたら、途中で死ぬわよ」
「死なねぇよ。あの野郎と決着着けるまではな。死ねるかよ――ああ、そうだ。誰が死ぬか……」
「……そんな、約束。勝てるわけないじゃない……」
「――男なんて、単純な生き物だ。テメェら女からすりゃ“ちょれぇ”生き物だよ。つまらねぇことにこだわって、しなくてもいい苦労と、なくてもいい浪漫を追い求めて生きる愚か者だ。馬鹿だと笑えばいい。どうせ、分からねぇだろうなぁ……!」
アルシュベイトは言っていた。《俺はエヌラスに救われた》と。ノワールは知っている、そこにエヌラスがどれだけの心血を注いでいたのか。悪鬼と言われ、悪魔と呼ばれ、魔王と罵られ、犯罪王と呼ばれるまでになりふり構わず、ただ“救いたかっただけ”だったのだと。
「勝てるとか、勝てないじゃねぇ。勝とうが負けようが、殺されようがなんだろうが俺はアルシュベイトと決着着けなきゃならねぇんだよ! 今の俺がどんな絶不調だろうが、アイツに決闘挑まれたら逃げるわけにゃいかねぇんだ! ただの意地で命張るんだから馬鹿の極みだ、笑えよノワール!」
内勁で体内の氣を練り上げて、鼓動を鎮める。血を吐き出して真っ赤な口で歪に笑う姿は、さぞ滑稽だろう。引きつった笑みでもいい、笑えばいいとも――だが、そんなエヌラスの身体が抱きしめられた。ノワールは、泣いている。卑下するわけでも、馬鹿だと嘲笑うのでもなく、泣いていた。エヌラスが一番嫌いな顔だった。
「分かるわけないでしょ!? 笑えないわよ……! アナタみたいなロクデナシが、どうしてそんなことを言うの!」
「ろくでなしってハッキリ言いやがったな……」
「人間のクズでもロリコンでも犯罪王でもなんでも言ってあげるわよ! アナタもアルシュベイトも、私からしたら“ただの馬鹿”なんだから! 何が戦禍の破壊神よ、何が最強よ! どっちもただの図体がデカイだけの子供じゃない! 友達なんでしょ!? 命を投げ出すほどの、親友なんでしょ! ならなんで殺し合うのよ! 戦争だから? 生き残りたいから? バッカじゃないの!?」
泣いて、怒っている。ノワールも分からなかった。だけど、二人の間柄を知ってしまった今ではもう、笑って聞き流せる話ではない。
「そんなに大切な友達なら、仲良くしなさいよ!」
「大切だから、曖昧な部分はあっちゃならねぇんだよ。アイツの何が良くて何が悪いかハッキリ言って、白黒着けなきゃ気がすまねぇ」
「――ホント、男って馬鹿よね……」
「ああ、馬鹿だよ。俺はさ、バルド・ギアやアルシュベイトのように、大切なモノが一つあればそれに命を尽くすことができねぇんだよ」
エヌラスの手がノワールの髪をくしゃくしゃに撫でる。ハンティングホラーの運転もままならないほど、瘴気を祓うほどの魔力も体力も気力も無いのに、その手は温かった。優しかった。
「大切なモノは、多いほどいいだろ? お前や、プルルートや、ネプテューヌや、ネプギア――手に余るほど、身の丈に合わないくれぇ抱え込んでひぃこら言うのが俺なんだ」
「ぁ……」
「こんなクソみてぇな戦争はとっとと終わらせる。そんでお前らの世界とはおサラバ、ハッピーエンドだ。ほら、早く乗れよ」
無理やり後部座席に乗せて、エヌラスは大きく息を吸い込む。
「――あとな、ノワール。俺は笑顔は好きだが、女を泣かせるのはベッドの上だけでいいんだよ。分かったら泣くな」
「ほんとに、度し難いクズなんだから」
沈黙する工場の中を走る――だが、止まるはずであったフォートクラブの生産は止まらなかった。速度こそ落ちたものの、それでも狂ったように装備を取り付けている。
「どうするの。電源を落としてもこれじゃあ……」
「工場ごと潰す」
しれっと言いながらエヌラスは早速管制室の壁をぶち抜いて外へ出た。
アルシュベイトとアヴェンジャーの激戦が続き、互いの近接格闘から丁々発止。砲撃魔法を迎撃する突撃砲の掃射。バリエーション豊富なフォートクラブの群れを前にして一歩も引かず、それどころか徐々に生産速度が追いつかなくなっている。
《いいぞ、冴えてきた――》
しかし、生産工場内部から吹き飛ばされてくるドラグレイスを見た瞬間、隙が生まれた。前線支援型RW-フォートクラブが吐き出す即効粘着性のネットボールに絡め取られたアルシュベイトに突撃強襲型AC-フォートクラブの高振動ネイルが叩きつけられ、ダメ押しとばかりにHW-フォートクラブがミサイルを撃ちこむ。
爆風の衝撃から各箇所の損傷をチェック。胸部、左腕部、右大腿部、駆動系に損傷を確認したアルシュベイトだが、そこに焦りはなかった。
《無事か、ドラグレイス!》
「一も二もなく他人を気遣う貴様は、不愉快だ!」
今しがた人の目の前で猛撃に晒されたというのに、アルシュベイトは気にした風もない。
太陽の下に身を晒して、眩しそうにしかめっ面で出てきた吸血姫、ムルフェストは金色の髪をかき上げると血風を纏う。ドレスから、それはラフな格好に変わった。黒いシャツに、青いジーンズという打って変わった外出用の服装。
「ぅわー、今日も憎らしいくらい良い天気。さて、二人まとめて脱落してもらおうかな」
「アルシュベイト、変神も辞さぬか?」
《ほざけ。俺が変神するのはアゴウの明日のためだけだ》
「貴様は本ッ当にむかつく男だな!」
《なんとでも言えばいい。俺には曲げられぬ信念がある》
そんな二人を見て、ムルフェストが腹を抱えて笑っていた。
「アッハハハハハ、ホントおかしーの! 貴方達殺し合う意味わかってるの?」
《無論承知している》
「当然だ」
「ワタシ達の誰かが脱落しなきゃ、キンジ塔は姿を現さないっていうのも分かってるでしょ。なのにまぁ相変わらずの仲良しこよしで呑気ねー」
エヌラスのレイジング・ブルマキシカスタムがムルフェストのナイフで弾かれた。まるでハエでも追い払うような仕草で。
「訂正しとくよ。三人まとめて掛かってきたら? 変神するの待ったげる」
「生憎と、俺は報酬以外の仕事に興味はなくてな」
《俺もアゴウの明日以外に変神する気など毛頭ない!》
「テメェの相手してる暇はねーんだよバーカ」
「あっそ。じゃあワタシの安眠妨害の罪として――死んでくれないかな♪」
『断る!』
三人同時に武器を突きつけて断言した。
「アルシュベイトの野郎ならいざ知らず、テメェみてぇなあっぱらぱーに誰がやられるか」
「この男には借りがある。貴様程度に殺されては堪らん」
《エヌラスと決着を着けるまで貴様に討たれるわけにはいかんのだ》
「おーうなんだドラグレイス、テメェ俺になんか文句あんのか、あぁん?」
「この世界がこうなったのは貴様の所為だろうがこの裏切り者め。なんなら此処で殺すぞ」
《待てドラグレイス、先約は俺だ。貴様はその後だ》
「アルシュベイト、ならば貴様から先に――」
喧々囂々。あーだこーだ。あーでもないこーでもない。
「……アナタ達、本当は物凄く仲良しでしょ」
《YES_》
ノワールの呟きにハンティングホラーが応じた。置いてけぼりのムルフェストが口を尖らせて指を弾いた。それを合図にしてフォートクラブ達が一斉に襲い掛かり――
「うるっせぇぞカニ共がぁぁぁぁ!!」
「邪魔だッ!」
《黙っておれ!!》
ことごとくが粉砕された。エヌラスの銃声が、ドラグレイスの剣戟が、アルシュベイトの一閃がフォートクラブを沈黙させる。三人は足並みを揃えて肩を並べていた。
《あのフォートクラブ、アヴェンジャーは俺が引き受ける》
「ならば、ムルフェストは俺が引き受けよう」
「今日はやる気ねぇから雑魚は任せろ」
「……貴方達、本当に仲良しなんだから、腹立つなぁ。まぁいいよ、ワタシも新しいペットできたからさ。やっちゃえ、アヴェンジャー!」
《ツブス、コロス――アルシュベイトッ!》
「えっ、喋った!?」
驚く飼い主を放って、アヴェンジャーはアルシュベイトに突進する。それを正面から受け止め、損傷を負った関節部が悲鳴を上げた。しかし、無視する。その痛みすら今は感じない。ただ“ああそうか”と心を吹き抜ける風のように過ぎ去っていく。それすらも得られない機械の執念、なんと悲しい生き物か。それを産んだのは、悪戯に描いたあの日の自分だ。
《――過去は清算せねばなるまい、そうだろうエヌラス》
その呟きは、豪剣と前腕部の衝突によってかき消される。