超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
一連の事件は首謀者であるパンドラの失踪、並びにモンスターの暴走により守護女神達が騒動を鎮圧したとされ──その事件の引き金となったエヌラスのことは、プラネテューヌ方面居住区の人々の目撃証言から、国家転覆を目論んだ女神過激派ないし、正体が魔人ということもあってか女神と共に新たな平和を築こうとしたパンドラ・イルバードを排除しようとした危険人物であると報道された。世間的には後者の意見の方が大きい。
そして、その危険に晒された人々は早急に事態に当たった守護女神達によって保護された。シェアは以前のように回復はしなかったものの、それでも人々はリギホウテンに対する執着というものが感じられない。ただ不思議と居心地は良かった、と供述しているがそれだけだった。
問題とされてきたモンスターの大量発生もあれから起きておらず、再びゲイムギョウ界に平和が訪れた──だが、女神達の顔色は浮かない。
今では、廃墟と化した亡国のリギホウテン。そこを半ば追放される形で逃げ出してきた人々の信仰を取り戻すために日夜奮起しているのに変わりないが、落ち着かなかった。そうして忘れ去ろうとしているのは、目の前で撃たれたエヌラスのこと。
結局、あれから数日経った今となっては、あの馬鹿げた暴挙と暴走のおかげで世は事もなしとなっている。それが、何故か無性に腑に落ちなかった。
この次元が他の次元から観測を受けず、不干渉となり隔絶された状態だったことも改善され、今はイストワールが送り返すための準備を進めていることだろう。それでもやはり、みっかかかるのは変わりないのだが──。
パンドラの失踪に関しても、あれは魔人を呼び寄せる悪しき存在だったと世間的には落ち着いている。モンスターと共存関係にあった市民達も、保護を訴えかけていた団体も鳴りを潜めていた。いつの世も、世論というのは都合が良いものだ。その矛先がいつ自分達女神に向けられることやら……ブラックハートはモンスター退治を終えて宙に浮かびながらため息をつく。
(こうして終わってみると、本当に呆気ない最期だったわね……)
戦いの傷も癒えて、こうして討伐クエストをこなしている。リギホウテンはラステイションとルウィーの国境近辺に位置するために、空からだと嫌でも目に入った。だが、そこにはもう以前のような威厳はなく、風化していくのを待つばかりの侘しさがある。もうずっと何年も前からそこにあったかのような廃墟を見る度に、嫌な記憶が蘇った。
胸中をかき乱す雑念に段々苛立ちが募り、ブラックハートはラステイションへ向かう進路を変更してリギホウテンへと向けて飛び立つ。
──まだ破壊の跡が残る崩れたリギホウテン教会の上空から、降下する。速度を緩めると跡形もない教会前の広場に立った。大きく穿たれたクレーターはまるで隕石でも落下したかのような巨大なもので、四女神を一撃で窮地に追いやった絶大な破壊力だったことを思い知らされる。
魔神だった。まさしく、紛うことなく。それと戦い、剣を交わしたことに対して何ら嫌悪感もなければ違和感もなく、それどころかそうするのが当然とばかりに、胸は清々しかった。守護女神となった今だからこそ、そう感じるのかもしれない。ならば、この不快感はなんだろうか。
地面に残されたおびただしい血痕を見下ろしてかがみ込む。指先で触れれば、血を吸って乾燥した地面はサラサラとしていた。
『下手人は死亡。相手もいないのにこれ以上戦闘は無意味でしょう。解散した方がいいと思いますが? そちらもやることあるんでしょうし』
友達を殺しておきながら、そんなことを言ってのけた琴霧ソラのことを思い出す。だが、向ける矛先を失った自分達は結局それに賛同するしかなかった。当然ながら、そのあとソラにはキツイお灸が据えられたが。
「ノワール、なにしてんだ」
「ブラン。アナタこそ、ここに何か用なの?」
「別に。気分転換がてら立ち寄っただけだ」
「奇遇ね。私もよ」
ホワイトハートが降り立ち、ブラックハートの隣に並ぶとリギホウテンを見渡す。人気の無くなったゴーストタウンに一陣の風が吹き抜けた。
「……街中に張り巡らされていた配管だけどな。あそこから、人々を洗脳するようなガスを撒いていたらしいぜ」
「……新しい国が出来るなんて、敵が増えるだけだと思ってたわ。でも、パンドラは私達に攻撃してこなかったのよね」
「お前の早とちりのとき以外はな」
「あの時のことは忘れなさいよ。大体アナタだって反対してたでしょ」
「切りかかってねぇけどな。様子見くらいはしてただろ」
「ぐっ……。だって、あんな見た目してたら新種のモンスターだと思うじゃない!」
初めてパンドラ・イルバードを見た時は、モンスターと勘違いしてブラックハートが切りかかってあわや大惨事となりそうになっている。だが、その仲裁に入ったのがホワイトハートだった。
それからというもの女神達と交流を深めて各国と協力し、人々が集まり、モンスター達を保護して……結果的に、自分達の協力で首を絞めることとなったが、それでもなお今でも思う。
人々を導こうとしたパンドラの言葉に嘘偽りはなかったのじゃないか、と。だからこそ、余計にエヌラスの非道な行いに腹が立つ。
「まぁ気持ちはわからなくはないけどな。ガス抜きも、結局はモンスターが自分への信仰を失って街の中で暴れないようにするためだったって話も聞いてる」
「今さらそれがなんだって言うのよ」
過ぎたことだ。気にしたところでどうにもならない。パンドラはもう此処にはいない。
「それでよ。エヌラスのことだけど──」
「アイツがどうかした?」
「……本当に死んだと思うか?」
「ブランだって見たでしょ。撃たれたところ。胸と頭を撃ち抜かれて生きてるやつなんて普通いないわよ」
「そうだよな……でもよ、それじゃあ誰が死体片付けたんだよ?」
「……あのメガネでしょ。自分の友達を撃つくらいだし、死体の片付けくらい慣れてるんじゃないの。あんな虫の良さそうな顔をしておきながら大したペテン師よね」
そこで、ブラックハートはどうして自分がこんなに腹を立てているのか合点がいった。自分が本当に怒っているのはエヌラスにではなく、ソラに対してだ。あんな薄情者だとは思いもしない。
廃墟と化したリギホウテン教会の、王城の如く威光も今となっては寂しいものだ。そう遠くないうちにモンスターの巣窟になるだろう。短い歴史に幕を閉じた今となっては気にかけるほどでもない。
ブラックハートが視線を上げて、廊下の窓を見やると一瞬だが人影が動いた。瞬きをするとそれは消えたが、頭を振って注意深く観察する。
「どうしたんだよ」
「今、あそこに誰かいなかった?」
「見間違いだろ。おっかねーこと言うなよな……」
「でも、確かに人影が……気のせいかしら」
「そんなことよりも、ルウィーの祭には来るのかよ。ベールは来るって言ってたぜ」
「そうね。行けたら行くわ。私もまだ仕事が残ってるし、一段落ついて余裕があったら。プルルートはどうなの? あの子、行くって言っても絶対遅刻するでしょ」
「一応、来るみたいな事は言ってたな。ピーシェも楽しみにしてるみたいだし」
「それなら、私が迎えに行くまでもなさそうね」
ピーシェに引っ張られて慌てるプルルートの姿が目に浮かぶようだ。
「今回は花火もやるからな。楽しみにしてろよ」
「行けなかったらラステイションから眺めて楽しむことにするわ。でも、ルウィーでやるお祭りだもの、折角なら浴衣で楽しみたいわね」
「それなら、来た時にうちで用意しておくから気にしなくていいぞ。プルルートにも言っておいてくれよ。アタシはもう戻って残りの仕事片付けたら、祭の準備しなきゃいけないからな」
ホワイトハートが一足先にリギホウテンを去ろうとして、思い出したように意地悪な笑みを貼りつける。
「ノワールも、こんなところに長居してると幽霊に襲われちまうぞぉ?」
「いるわけないでしょ!? バカにしないでよね! 私だってもう帰るわよ!」
「それじゃ、またな」
「ええ。それじゃ」
ブラックハートは最後にもう一度だけ教会に視線を向けて、しばらくその場に立ち尽くしていた。確かに、さっきは人影が動いたような気がしたが──きっと思い過ごしだろう。プロセッサユニットの翼を広げて、ラステイションへ向けて飛び立つ。
そして。
無人のリギホウテンを乾いた風が吹き抜けていった。人のものではない血の香りを乗せて。