超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──次元の狭間。黄金の玉座に腰掛けながら、変わらぬ様子で次元神セロンは何のことはない三文小説に目を通していた。静寂、あるいは虚無。背後に控えた巨大な門は閉じられたまま。
ふとした気配に顔を上げて、琴霧ソラが立っていた。不愉快そうに、不機嫌そうに、苛立ちを隠さぬまま腰に手を当てている。それに、微笑を浮かべてセロンは書物を閉じた。
「こんな場所に何のようだ、電脳国家国王」
「別に。アンタに用事はないよ、次元神」
「さしずめ次元座標の特定といったところか?」
「図星だよ。腹が立つ事に」
「それは惜しいな。私は電脳国家のサポートを受けているお前とただの一度も戦ったことがない。良い機会だと思ったが……残念だ」
その言葉に、ソラはますます眉をつり上げた。塔争の果てに、何も残らないように仕組んだ張本人がよくもまあ言えたものだ。銃を向けたい衝動を抑え込んで息を吐き出す。怒りは六秒我慢すればいい。
「遠慮しておくよ。アンタに勝てないからな」
「勝算があれば挑んだか?」
「今はどう計算してもゼロ以上にはならない」
「ほう……?」
「そもそもにして疑問がある。塔争を無限に繰り返す理由が分からない」
「箱庭の世界を永劫に保存するため。繁栄も衰退もない。
「……次元連結装置によって他次元からの干渉を受けた今、そのシステムは崩壊しているはずだ」
セロンは興味深そうに頬杖をつき、ソラの言葉に耳を傾けた。
「そして、今はエヌラスが邪神狩りの契約をアンタとしている以上、塔争は形骸化している。ならアダルトゲイムギョウ界は繁栄もするし、衰退もする。アンタは何が望みだ。観測手であり続けるアンタの目的は」
「知りたいのか? 私の求めるものは、徹頭徹尾。初志貫徹。ただただ、二つとない命が紡ぎ出す物語の結末だけだ。それがバッドエンドでもハッピーエンドでも、或いは──誰も残らぬデッドエンドでも構わない」
「それはつまり、エヌラスが死のうが生き残ろうが、ヌルズが勝者でもかまわないってことか」
「そうだが? なにせ、塔争以外のシステムで箱庭のアダルトゲイムギョウ界が生き残る術など見たことがない。お前達があの世界で完結していれば未来永劫、殺し合い続け、生き続けることができたのだ」
「それが蠱毒とどう違う、次元神」
「いずれ神をも殺す毒になるというのなら、私はそれで良い」
これ見よがしに舌打ちをして、ソラは腕を組む。左目に眼帯を付けたセロンは多少弱っているだろうが、それでも神格者と次元神の間には決して超えられない実力の壁がある。
「知っての通り、私は観測手だ。あらゆる結末、あらゆる出来事を見続けることしか出来ない。もしも私が神の座を降りて手を下すというのであれば、それで全ては終いになってしまうだろうよ。だが、嗚呼つまらん。それだけは、つまらん話だ。だからこそ生き足掻き、死に物狂いで運命に立ち向かい、私を大いに愉しませてくれよ? その二つとない命で」
「エヌラスもそうだが、大魔導師もそうだ。そして、アンタもその一人だ。どいつもこいつも狂ってやがる。人の命をなんだと思ってる」
「ああ心地よい。貴様のその、弱いがゆえの価値観が。私を憎むその感情ですら無聊の慰みだ」
何を言っても無駄だろう。ソラはメガネを直し、考えをまとめる。背後に控える巨大な門は、邪神達の巣窟だ。それはセロンも例外ではない。もしも、アダルトゲイムギョウ界の管理者である次元神がセロン以外であった場合はどうなるのか。
「もし、仮定の話だ。アンタの神の座に他のやつが就いたらどうなる?」
「アダルトゲイムギョウ界においては、他の次元と同じようなことになるだろうな」
「僕はひとつだけ気がかりな事がある。次元連結装置だ──次元神であるアンタがそれをなぜ放置していた」
「言ったはずだ。私は見守ることしかできんと」
「その接続先がゲイムギョウ界だったのは、最初から必然だったんじゃないのか」
「それがどうした」
「元々アダルトゲイムギョウ界はあの次元から切り離された一部だ。なら、僕達が守護女神達と出会うのは当然の話。その結果がどうなろうとアンタは知ったことではないと?」
「それを知ってどうなるというんだ」
「ああ、疑問があるんだよ。不確定要素であるエヌラスだ。アイツがここまでするのはアンタにとってシナリオ通りか?」
「いいや? そもそもにしてアイツの存在そのものが私にとっては未知だ。だからこそ、面白い。知らずうちに私も肩入れしているのかもしれんな」
ソラはこれ以上セロンと問答を繰り返すと銃を撃ちかねないので切り上げることにした。
「最後にひとつだけ。その門はいつまで閉じているつもりだ?」
「今の私では、閉じていることしかできんよ。もしも、内側から開けられるというのであれば私に止める術はない」
「ああ、そうかい。ならこっちはそれまで備えることにするさ」
次元の狭間から立ち去り、セロンが再び書物を開く。読み進めている本は毎度ながら顔なじみの邪神が差し入れに持ってくるものだ。
ソラとの問答が終わってからも、セロンは笑っていた。
「……さて? 電脳国家国王。貴様で二人目だ。箱庭の世界で私を知覚し、この場に足を運んだのは。しかし悲しいかな、貴様一人程度の力では運命は変えられん。だからこそ、私は望む。どうか生き足掻いてみせてくれ。役者は揃いつつあるのだから」
「ってぇなクソ師匠こらぁ!! 殺す気かテメェ!!」
「朝飯の時間だ、起きろ」
「おはよーエヌラスー」
「おっはよーう! 今日も良い天気だよ!」
「マリーとネプテューヌもおはようの時間だ! ただし大魔導師テメェはダメだ! 永眠しろ!」
最早二人がいることにエヌラスは何も言わなかった。こうしてまた休憩室がひとつ、大魔導師の手で凍土と化して教会メイドがリフォーム工事に駆り出される。廊下を駆け抜ける師弟がバルザイの偃月刀と黄衣のボロ布で打ち合いながら食堂まで移動していき、その後をマリーと大ネプテューヌは歩いて追いかけた。
「朝から元気だよねぇ、あの二人」
「男の人だから大変なんだよ」
「そうなの?」
「あれ、そうじゃないの?」
その二人の間を吹き飛ばされたエヌラスが通過し、ハンティングホラーを呼び出して爆音を置き去りに教会から大魔導師を撥ねる。
改良型魔導機関が唸りを上げて内部機構に搭載された魔導術式を読み上げていく。ナイトロブーストによって殺人的な加速を叩きつけられたにも関わらず、平然とした顔で大魔導師は黄衣の布をエヌラスに巻きつけて引きずり落とした。
『いただきまーす』
大ネプテューヌ達がいつもの調子で刃を交わす二人を無視して朝食を摂っていると、食堂の壁を壊してエヌラスが床に倒れる。
無傷の大魔導師はワイシャツの埃を払い落として席につくと何食わぬ顔で食事を始めた。エヌラスもテーブルにしがみつきながら席に着いた。
『ごちそうさまでしたー』
「食後の運動だオラァ!!」
「付き合ってやろう」
「お片付けしなきゃ」
殴り合いを始めるエヌラスと大魔導師を背にしてマリーは食器の片付けを始める。大ネプテューヌもそれを手伝い、キッチンで教会メイド達に並んで皿洗いをしようとするが既にそこにはサヤが泡だらけになりながら汚れを落としていた。
「サヤちゃん、おはよー」
「ふしゅるー♪ 二人ともおはよー。お皿洗いなら任せて」
「じゃあ私とネプテューヌさんでお掃除に行ってくるね」
「そうと決まれば、ダンセイニー」
『テケリ・リ~♪』
メイド服のポケットから「ねぷノート」を取り出し、そこからスライム状の神性生物を呼び出すと掃除用具を手にして二人が教会内の掃除を開始する。エヌラスが壊した箇所は別なメイドが補修を始めていた。だが、教会の振動にため息が聞こえてくる。まだ教会内で暴れているようだ。
廊下の突き当りを神獣形態が通り過ぎたような気がするが多分気の所為だろう。それと入れ替わるように漆黒の小型戦闘機が暴風と共に破壊の限りを尽くしたようだが、見間違いに違いない。
──三時間後。
昼食前になって、静かな時間が訪れた。どうやら気が済んだらしい。エヌラスはボロボロになりながら書類を公安局に届けに出掛け、大魔導師は魔導書を手にして執務室へ籠もった。
教会メイド達も急ぎ、教会内の補修を進める。またいつ壊されるか分からない教会ではあるが、直さなければ怒られてしまう。
エヌラスが昼過ぎに戻ってくると、書類が倍になっていた。それを全て大魔導師に投げつけるなり魔術工房に籠もったかと思えば夕食時になっても出てこない。マリーが軽食を片手に様子を見にいくと、銃弾の製作や武器の手入れをしていた。
深夜になってからようやく出てきたエヌラスは自室に戻り──当然のごとくベッドを占拠していたマリーとネプテューヌに頭を痛める。
「俺の部屋だよなぁ!?」
「大魔導師に合鍵作ってもらっちゃった」
「私も私もー♪」
「ここ俺の部屋ぁぁぁぁぁっ!!!」
今度、部屋の鍵を作り変えておこう。固く決意をして、エヌラスは自室のシャワーで汗を流すとソファーで横になった。ベッドが占領されている以上は仕方ない。二人が首を傾げてエヌラスをベッドで眠るように誘うが、拒否された。
「今日はパス。というかお前ら二人に挟まれて寝れるかっつーの」
「エッチなこと考えたでしょー! もー、そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ」
「俺もそういうつもりで言ってないんですけどぉ!?」
「えー、一緒に寝ようよー」
『ねーえー?』
「お前ら二人とも本当に仲良しで良かったよ……」
結局そのままソファーで毛布をかぶり、エヌラスは寝てしまった。
翌朝。大魔導師に頼んでいたハウンドスーツを新調し、袖を通すとユノスダスから呼び出しがかかった。正確にはユウコから。行きたくないが、行かなかったら後が怖い。今も怖い。エヌラスは仕方なくハンティングホラーでユノスダスに向かうことにした。
到着するなり、教会に向かう。その正門前で腕を組み、仁王立ちしている国王に回れ右がしたくなる。だが相手に捕捉されている以上は観念するしかない。
「おーまーえーはー! やぁっぱり生きてやがったかこんにゃろー! 私のこと置き去りにしていきやがって! 当分メシ抜きだからな!」
「しばらくお前の世話になる気はねーよ」
「えっ。あ、そうなんだ……ってそんなことはともかく! あの後すごく大変だったんだからなお前!」
「はいはいはいさーせんすいませんごめんなさいねー」
「キミ、これでも同じこと言える?」
ユウコがその場から一歩横にずれると、そこには──満面の笑みのプルルートが立っていた。一瞬にして顔面蒼白となったエヌラスに、ぬいぐるみの首を締め上げている。
「なん……」
「あの後、私はねぷちゃん達のプラネテューヌに行って色々報告したよ。そうしたらお前が帰ってきてないって話になって。もしやと思ってこっちに来たら案の定!」
「うん~、そうだよねぇ~。さすがユウコちゃん、エヌラスのことよくわかってて、すごい~」
「伊達に付き合い長くないからね。そうなればまぁこうなるよね? おわかり?」
プルルートが来たのも、エヌラスがアダルトゲイムギョウ界に帰ったのを知ったからだろう。
「ひどいな~。エヌラスってば、やるだけやってぇ帰っちゃうなんて~」
「いや、その……」
「お祭り、楽しかったのにな~」
「えーと……」
「着物もせっかく用意したのに~?」
「はい……」
「ね~ぇ~? エ~ヌ~ラ~ス~? あたしぃ、なんで怒ってるかぁわ・か・る・よ・ねぇ~?」
「十割十分十厘百%間違いなく俺の責任です……」
「それがわかっててどうして帰っちゃったのかな~?」
──怒られるのが怖くて、なんて小学生じみた理由なんて笑い話にもなりゃしない。
それは冗談として……。
「そりゃ、人が死んだフリまでして戦闘を中断したのに顔出せるわけないだろ。あれが一番事態の収拾に手っ取り早かった」
「じゃあ、あたしの為に死のうとしたのはウソ、だったのかな~?」
「マジだよ。今でもそう思ってる」
それに、こっちの方が都合がいい。死んでくれたと思っていてくれた方が向こうのノワール達も後腐れはないだろう。そちらの世界情勢にとっても。プラネテューヌの女神がテロリスト同然の魔人を懇意にしているなんて、それこそ冗談も大概にしろと言われてしまう。とはいえ、プルルートと一緒に行動をしていたから顔を覚えられているかもしれないが。
頬を膨らませながらプルルートがぬいぐるみを振り上げて、エヌラスの太腿を真横から殴りつけた。ちょうど膝の付け根辺り。筋肉の集中した箇所を的確に殴られて膝を着いた。あまりに無防備に構えすぎて防御とショック態勢が遅れる。
「おま、ちょ……!!」
「じゃあ~? あたしがぁ、どうしちゃっても文句、ないよねぇ~?」
「……えー」
「言わないよねぇ~~?」
ユウコに目で訴えかけるが、静かに首を横に振られた。拒否権無し、人権も無し。問答無用。
──かくして、エヌラスはユノスダスで先回りしていたプルルートに捕らえられる事となった。