超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
商業国家ユノスダスの基本理念は「働かざる者食うべからず」である。よって、職にありつけなければひたすらに餓えを待つばかり。しかしそれこそ仕事を選ばなければごまんとある。
中でも、
エヌラスもまたその一人だった。ユノスダスで誰も手につけない汚れ仕事はほぼ専門家と言っても差し支えない。
黒髪に、赤い瞳。左目の刀傷からして既に堅気ではない事は火を見るより明らか。そして、上下ワンセットのハウンドスーツを着込んだ成人男性──進んで声を掛けたいとは思えない風貌だ。なにせ犯罪国家上層都市教会「公安局」制服を着ているというだけで只者ではない。
プルルートに捕らえられた後、ユノスダスの家屋賃貸宿泊サービスによってほぼ脱出不可能な監禁状態、監視体制が用意された。期限付きではあるがほぼ同棲生活のようなものである。
『じゃ、私からねぷちゃん達に報告しておくから! せいぜい楽しむがいいさ、あっはっは!』
……等と、笑いながらユウコは言っていた。それがどのような地獄を引き起こすかなど素知らぬ顔で。
そして、現在。エヌラスは犯罪者取締強化もとい撲滅運動に精を出していた。密輸入を手引きしていた違法業者を片端から病院送りにしたり、銀行強盗を病院送りにしたり、トラックの護送をしたりと東西奔走。つまらない仕事を片付けている間に日が傾いていた。
ギルドでクエストの達成報告を終えて報酬を数え、エヌラスの足が向けられた先は喫茶店の立ち並ぶ通称「パルフェ通り」のとある一軒。
電脳国家インタースカイ管轄の喫茶店では、オープンカフェスタイルも取り入れた軒先でタブレット端末を操作している国王がコーヒー片手に優雅に休憩中だ。
片手を挙げて挨拶をすると苦そうな顔をされた。失礼な。
「よぉ、ソラ」
「うゎ、エヌラス。なんだよ、なにか用? 言っておくけど聞くだけ聞いて「ノー」だ」
「嫌な野郎だなテメェ……」
「当たり前だろ。何考えてんだ」
「今日は客として来たんだよ。なんかオススメあれば持ち帰りで」
「それならそうと先にそう言えっての……」
ソラが用意してくれたのはプチケーキセット。一口サイズのケーキが色とりどりに並べられていた。試作品のケーキもオマケで付けて。なんでも、季節ごとに新作を最低でも二品は用意しないと競合店に遅れを取る、とのこと。
エヌラスにとっては他人事なので軽く聞き流して代金を支払い、ふと、もうひとつ思いついたことがあったので聞いてみる。
「この辺りで美味いドーナツ屋、知らないか?」
「……僕に向かってその話題を振るってのは、嫌味かなにかか? 向かいのお店のドーナツとか、あとは一日限定十五個販売のドーナツ専門店はよく雑誌に載ってるよ」
「ほーん。まぁ、ドーナツに関しちゃアイルに聞くのが早いか。サンキュ」
「どういたしまして。今後共ご贔屓に」
「テメェの態度次第だメガネ店長」
「君の態度次第じゃぼったくるぞ!」
売り言葉に買い言葉、捨て台詞をお互いに残してエヌラスは店を後にした。
それから、商店街の方を歩いて軽く買い物を済ませると宿泊している家屋へ向かう。
玄関のベルを鳴らし、しばし待つ。スリッパのパタパタとした足音が近づき、内鍵が開けられるとエプロンを付けたプルルートが出迎えた。
「エヌラス、おかえり~」
「ただいま、プルルート。ほい、お土産」
「わぁ~。ありがと~」
ネクタイを緩めながら、リビングのソファーに腰を下ろす。プルルートが夕飯の用意をしてくれていたようだが、気のせいだと思いたい。キッチンから人の気配がする。
「……なぁプルルート? 誰か来てるのか?」
「誰だと思う? 私だよ」
「ユウコちゃん~、エヌラスがお土産買ってきてくれたからぁ、後で一緒に食べようよ~」
「おー気が利くね。どれどれ……わ、お洒落ー」
「本当だ~。美味しそう~」
「お前仕事早くねぇ!?」
流石は商業国家国王、朝に出掛けて既に仕事を終えて帰国していた。しかもちゃっかり夕飯まで支度している。ネプテューヌ達に報告はどうした。エヌラスが尋ねると、ユウコは豊満なバストを持ち上げるように得意げな表情で腕を組む。
「ふふん、聞きたい? 私の敏腕っぷりを」
「あんま聞きたくないような気がするが、どうせ聞かなきゃならないんだろうから聞いておく」
「ローテーション制でキミを監視することになったからよろしく。あぁ、もちろんアダルトゲイムギョウ界で。今日はぷるちゃんだけど次はのわちゃんが来るから」
「ちょっとお待ちやがれくださいよ」
「何語?」
冗談じゃねぇ。ゲイムギョウ界ですら教会に無期懲役刑だと言うのに、アダルトゲイムギョウ界でも監視体制だと? それこそ本当にプライベートな時間が無くなる。いや、プライベートなんてクソほどもやることないのだが。
何か言いたげなエヌラスに、ユウコは満面のドヤ顔である。
「ちなみに。私はしばらくキミのご飯作ったげないと言ったので、私が作ってるのはぷるちゃんの分だ。ざまぁみぃ」
「俺の分は?」
「あたしの手作り~」
「ああ、そりゃ楽しみだ。で、ユウコ」
「ん?」
「今日はプルルート、次はノワール。その次は?」
「べるちゃん、ぶらんちゃん、ねぷちゃん──かーらーの」
「の?」
「……つるちゃん」
「俺を殺す気かテメェ」
生きて帰れる気がしない。何故そんな話になったのか敢えて聞くまい。だがそれにしたって相手が相手だ。
「なんでそのラインナップに御姫が含まれてんだよ!? おかしいと思えよ!」
「え、だってお忍びで居たし。女神様だからいっかーと思って」
「相手を選べ!」
「キミが言えた義理?」
「俺だって選んでるつもりだぞ……!?」
何も手当たり次第というわけではない。心外である。
「ま、そんなわけで。女神様達からお説教は覚悟しといてね。おっと、お鍋が焦げちゃう」
キッチンに再び戻ったユウコの行動力には相変わらず驚かされてばかりだ。まるでスポーツカーばりに仕事とあらば超特急に片付けてしまう。
しかし、食事の用意が出来るまで時間を持て余しているエヌラスはただ座って待つのも退屈だったので先にシャワーを浴びようと腰を上げた。
「エヌラス~」
「ん? なんだ、プルルート」
「え~っとねぇ~……ご飯にする~? それとも、お風呂~?」
「もうちょっと早い段階で聞くべきだったなーそれなー。風呂入るわ……俺、メシの手伝い出来ないし」
「お風呂、沸かしてあるからゆっくり入ろうね~」
「ああ、わかっ──ん?」
今なにか、違和感があったような気が……。プルルートの顔色を窺うと、にこにこといつものほんわかとした笑顔。いや、そんなはずはない。
はははいやぁまさかそんなわけがない。お風呂沸かしてあるから一緒に入って背中を流してゆっくりと今日一日の疲れを落としてくれるなんてそんな話が──。
──あった。エヌラスは顔を覆った。背中を流してくれるプルルートが一生懸命にボディシャンプーで泡立ててゴシゴシと洗ってくれている。
「かゆいところ、ない~?」
「……ないです」
どうしてこうなった。どうしてこうなった? どうしてもこうなったのか!? 人が日銭を稼いできた裏で、女神の陰謀が張り巡らされている現状打破に何か策はないものか。
「あー、プルルート。お前、その……向こうは大丈夫なのか?」
「誰かさんのおかげでぇ平和だよ~?」
「おっす、すいませんでした」
「……なんでぇ、謝るのかな~?」
ガリッ。爪を立てられた。背中に走る鈍い痛みに、ボディシャンプーが染みる更に痛みが長引くのをエヌラスは声を殺して堪えた。
「~~~~!! な、んで、だろうなぁ……!」
「エヌラスってば、変なの~。じゃあ、流すね~」
「あっづぁ!? いってぇええっ!!」
真新しい傷口にぶっかけられるファッキンホットなお湯。ますます痛みが激しくなり、思わず声をあげてしまうエヌラスにプルルートは妖しく笑う。リビングの方からユウコの気遣う声が聞こえてくるが、大丈夫だと言っておく。その後でプルルートを睨みつけると、何食わぬ顔で今度はシャンプーを手にしていた。
「エヌラス~」
「なんだよ……」
「髪の毛、洗ったげるね~♪」
「……ん」
色々と言い返したいところではあるが、強く言い出せない。おとなしく頭を差し出すと、撫でるように洗髪を始めた。なんだか、くすぐったい気分になる。
「髪、ボサボサで~切らないとダメだよ~?」
「んー……」
プルルートの小さな手が髪を梳いて洗う度に、こそばゆい。十分に泡立ったところで、不意に手が止まった。片目を開けて様子を窺うと、両手を回して頭を胸に抱き寄せられる。華奢な身体に、小さな胸。バスタオルを巻いていても感じる心臓の鼓動は少しだけ早かった。
プルルートの小さな手が、髪を優しく撫でる。それが、どうしてかひどく心地よかった。ずっとこのままでいたいと思うほど。
「…………」
「…………♪」
嬉しそうにしているのが気配で分かる。抱き返そうとして──手を止めた。
「プルルート。もう、いいだろ……?」
「え~?」
「……ほら、ユウコも待ってるし」
「じゃ~あ~……続きはぁ、あとでね~?」
頼むユウコ。帰らないでくれ。お前がいなくなったら歯止めが効かなくなる。いや俺じゃなくてプルルートの。──何故か、背筋が寒い。
「じゃあ、流すねぇ~」
「んー。ありがとな」
シャワーで髪を洗い流すと、タオルで余計な水分を拭き取る。エヌラスがまぶたを開けると、そこには裸のプルルートが座っていた。手には身体に巻いていたバスタオル。
「あー…………」
「……エヌラスのえっち……」
「不意打ちは、勘弁してください……」
ほんのりと火照り、色気づいたプルルートの柔肌を必死に意識の外に叩き出しながらエヌラスは顔を背ける。だが、その頭を掴まれて再び抱きしめられた。先程よりも感じる人肌の温もりと、滑らかなさと艶やかさ。慎ましい胸の弾力に、早鐘を打つ鼓動。鼻をくすぐるプルルートの香りに言葉が咄嗟に出てこなかった。
言葉を交わすことなく、二人で黙って触れ合う時間がやけに長く感じられる。それは一分に満たなかったかもしれない、十分以上そうしていたかも分からない。ただ、どうしてかエヌラスは胸の奥から込み上げくてくる感情があった。それが、言葉を遮っている。
息苦しさはそれが原因だった。だから、心地よくもあり、それが不愉快でもあった。
「……プルルート、頼むから。俺、そろそろ腹減ってきた」
名残惜しそうに手をゆっくりと離して、エヌラスの頭を解放したプルルートは頬にキスをするとはにかむ。それが、どこか寂しそうな面影を残して。
「今日もお疲れさまでしたぁ~♪」
「ああ、お疲れ様……」
エヌラスがプルルートとリビングに戻ると、ユウコが食事の用意を終えてふんぞり返っている。
「んじゃあ、私は帰るから。後はよろしくね、ぷるちゃん」
「はぁ~い♪ エヌラスのことは、あたしに任せて~」
「ガッツリよろしく!」
「うん~、がっっっつり。任されちゃうね~」
(ガッツリってなんだ!?)
不穏な言葉の行き交うリビングに、ユウコを引き止めようとするも仕事最優先で風のように去ってしまった。時計の秒針が、やけにうるさく聞こえる。
開封されたケーキの箱には『ケーキは頂いた!ありがとう☆』とメモが貼りつけられていた。
二人きりになってから、プルルートは手を叩く。
「……じゃあ、いただきま~す♪」
「晩御飯だよな!? 夕飯ですよね!? 夕げだろ!? そのニュアンスであることを確認させてもらっていいか!?」
「? どっちも、だよ~?」
「夕飯とケーキって意味だと俺は捉えることにした。いただきます」
「えへへぇ、いただかれちゃいますぅ~」
エヌラスはむせた。盛大に一口目からむせた。食道気管大惨事である。