超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エヌラスは袖を通した黒のタキシード、ウェディングスーツの胸元を緩めながら着心地を確認する。ここ最近は公安制服のハウンドスーツで通していたが、あちらは戦闘用ということもあって耐久性能などは段違いだ。そうなれば当然寒暖にも対応しているのだが、考えてもみれば至極まっとうな私服、あるいは正装に袖を通したのは随分と昔のように感じる。
「あの、どこか違和感でもありましたか?」
「そういうわけじゃないんだ、気にしないでくれ。普段着に比べて防御力低いなと思って」
「九龍アマルガムの公安制服と比べられましても……戦闘用に設計されてないので」
それもそうだ。正気を疑われても仕方がない。
だが、最新モデルというだけありその素材も手触りも着心地もすべてにおいてハウンドスーツとは遜色ないものだ。多少動きにくいというところはあるが、そもそも結婚式で着る服に戦闘能力を求めてどうする。エヌラスは自分がつくづく戦闘狂だと言うことに傷つきながらも一足先に撮影会場で待機した。
そこでは撮影スタッフ達が照明のセットやパネルの用意を進めている。エヌラス以外にもモデル撮影会場には候補者達が落ち着かない様子で控えていた。いずれも花嫁衣装の恋人を待っているらしい。女の化粧は時間が掛かるものだ。それを待つのも男の甲斐性だろう。
手鏡で前髪を確認しつつ、髪留めを直していると準備が出来たペアの撮影が始められた。
お互いに顔を赤くしながら褒め合い、照れくさそうに笑っている。その姿を遠くから眺めていても幸福感が伝わってくるようだ。周囲で眺めているスタッフ達もそんな姿を微笑ましく見守っている。だが、エヌラスはそれがどうしても他人事のようにしか思えなかった。
自分の幸せというものが、いまいち想像できない。
ウェディングドレスを着た恋人と腕を組んではにかみながらカメラの前に立つ姿は、人生の幸福における最絶頂とでも言うべきだろうか。一組、二組と撮影を終えてからもお互いの衣装を褒め合っていた。
「エヌラス」
「ん?」
「どうしたのよ、ボケーッとして」
呼びかけられた声に振り向くと、そこには純白のウェディングドレスを着込んだノワールが呆れている。しっかりとめかし込んで唇のリップが艶やかに輝いていた。
──言葉が出てこない。多分、見惚れていたのだろう。
「……ちょっと、どうしたの」
「────綺麗だな」
「あ、ありがと……アナタも、その……に、似合ってるわよ」
「……おう」
無性に気恥ずかしくなって視線を逸らす。お互い、せっかくの晴れ衣装だというのに言葉も少なく並んで立っていた。チラチラと盗み見てはいるものの、言葉に出来ない。
ふと、ブーケを持っていたノワールがエヌラスの左目に気づく。
「アナタ、左目の傷どうしたの?」
「ああ。ちょっと、幻術で隠してる。せっかくの撮影ってことで」
「まぁそれもそうよね。顔に傷あったら台無しだもの」
「ノワールも、やっぱそう思うか? ……どうにかして治せねぇかな」
「ずっと幻術ってわけにはいかないの?」
「魔力の維持がとてもダルい」
常にシェアエナジーを消費し続けているようなものだと説明したらノワールはそれで理解してくれたのか、頷いた。具体的には一部だけ女神化のようなもの。非常に維持し続けるのが面倒だ。
「お待たせいたしました、では次の方どうぞー」
「ほら、行くわよエヌラス」
「はいよ。なぁ、ノワール。俺、変じゃないよな? 前髪とかずらしてるんだが」
「別に変じゃないわよ。むしろ、いつもそうなら清潔感があっていいと思うわ」
「普段は不潔って言いたいのか……」
「違うわよ。普段のアナタも、なんていうか……ワイルドっていうか、良いと思うけど……ほら、立場的なものもあるじゃない? ねぇ、私はどうかしら?」
「黒が似合っていたけど、白もいいな。なんていうか、純粋っぽくて」
「普段の私が不純って言いたいわけ……?」
「ちげぇよ。清楚で可憐でめちゃくちゃ可愛いって言いたいんだよ。お前がかわいいのはいつものことだけど」
「~~! ほ、褒めても何にもしてあげないわよ……!?」
「それじゃあ後のお楽しみにしておくか、ほら行くぞ。お姫さま」
エヌラスが手を差し出すと、ノワールはおずおずといった様子で手を乗せる。優しく包み込み、自分の腕と組ませて撮影場所までエスコートする。あまりにもイチャツクのでスタッフ及び待機しているカップルが糖尿になりそうだった。
──無事に撮影を終えて、選考会が行われる。写真は別料金で現像して持ち帰りもさせてくれるようだ。大半のカップルはせっかくの撮影記念に持ち帰っている。エヌラスとノワールも着替え終えてからどうするか考えていた。
「……記念に持って帰るか?」
「そうね、せっかくだもの」
「言わなくても分かると思うが……」
「大丈夫よ。絶対に、絶対に絶っっっっっっ対に! 誰にも見せないから」
「ぜってぇ騒ぎになる。俺は詳しいんだ」
そして隙あらば既成事実を図り独占しようとする女神が出てくるんだ──主に緑の守護女神とか、ベールとか、リーンボックスの某ハートとかが。
「アナタはいいの? 持ち帰りしなくて」
「俺は……別にいい。胸に秘めとく」
「どうしてよ、いいじゃない」
「持ち歩いてボロにしたくない」
「それならペンダントとかにすればいいじゃない。得意でしょ、アクセサリー作り」
「だったらお前の為に作るほうがモチベ上がる。作るか?」
「あら。そういうことならお願いしちゃおうかしら。写真、二枚お願いします」
──二枚? ノワールは現像された写真を受け取り、幸せな笑顔でエヌラスと腕を組んだ。
「一枚でいいだろ。なんで二枚も」
「いいじゃない。一枚はフレームに飾って、もう一枚はアナタがアクセサリーにしてくれるんでしょ?」
「そこまでしなくていいだろ」
「嫌よ、もう買っちゃったんだから。はい、じゃあお願いね」
「分かったよ。今度、ペンダント出来たら持っていくから楽しみにしてろ」
「ええ。もちろん♪」
二人が立ち去るまで、会場に残された男性客はアクセサリーが作れないのかと恋人に問い詰められる事案が発生していた。八割方、そこまで器用ではなかったらしい。
エヌラスがノワールと共に借家へ戻り、身体を休める。ソファーに腰を下ろすなり大事そうに抱えていた封筒を開けて写真を取り出す。まるで宝物のように見つめて、頬を綻ばせていた。
「綺麗に撮れてるじゃない♪」
「そうだな。お前の嬉しそうな顔とかばっちり映ってるし」
「そ、それを言ったらアナタだって、いつになく真剣な顔してるじゃない!」
「別なこと考えてないと顔がにやけそうだったんだよ!」
「じゃあなに考えてたのよ! せっかく隣に私が居たっていうのに!」
「乱数調整」
「なんの!?」
少しだけ無言になり、ふてくされるノワールにエヌラスは歯切れ悪く切り出す。
「その、ノワールのことで頭がいっぱいになりそうだったから……これはマズイなと思って……」
「~~~~……っ──。な、なに考えてるのよ。この変態、エッチ、スケベ……」
「いやだって、そりゃお前……あんな、ゴムなんて見せられたら……無理だろ」
「だ、だからアレはスピカが勝手に! 無理矢理、私に寄越してきて……頼んで、ないのに……」
尻すぼみに縮こまる言葉と一緒に、ノワールも押し黙る。
エヌラスはその手の中に握られた写真に視線を映すと、肩を寄せた。わずかに触れると驚いたように身体を跳ねさせる。
写真に映る純白のウェディングドレス姿のノワールを見つめ、隣で紅潮しているノワールに視線を移してポツリと呟く。
「やっぱ、写真よりかわいいな」
「だ、だから……そんなこと言ったら、アナタだって……」
「ウェディングドレス、すごく似合ってた。うまく褒められなくてごめんな」
腰に手を回して抱き寄せると、小さく頷いて身体を預けてくる。ツインテールが揺れるとシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
「別に気にしてないわ」
「嬉しかったか?」
「当然じゃない。なんか、普通の女の子になれたみたいな気がして、今日は楽しかったわ」
「俺もだよ。たまには、こんな平和な一日があっても悪くない」
「たまには、じゃないでしょ。いつも平和ならいいのに」
「……そうだな」
「そうだ。お腹空かない? 夕飯作ってあげるわ。なにか食べたいもの、あるかしら?」
「なんでもいいのか?」
「リクエストによるわね」
「じゃあ、ノワールで」
「…………」
「……ダメか?」
「……た、食べたいの……?」
「むしろ今、一番食べたい」
ノワールが何か言い掛けて、言葉を飲み込む。服の裾を掴みながら、か細く。消え入りそうな声で呟いた。
「──ちゃ、ちゃんと……下ごしらえからよ…………?」