超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
慌ただしくシャワールームへ走り、上着を脱ぎ捨てた辺りで替えの服を用意していないことに気づいたエヌラスがリビングへ戻る。ブランが帽子を置き、上着のコートをソファーの背もたれに掛けてリラックスしていた。
「……裸で、歩き回らないで」
「下は穿いてるだろ!? いや、着替え忘れただけだっての」
「気が緩みすぎよ、しっかりして」
「肝に銘じておく……」
階段を一段飛ばしで駆け上がり、替えの服を持って飛び降りる。壁を蹴って一階に下りると、今度こそ浴室へと入った。
シャワーの音を聞きながら、ブランはリビングでエヌラスを待つ。そして、程なくして濡れた髪をタオルで雑に乾かしながら出てきた。
前を開けたワイシャツの下は素肌のままで、傷跡が覗く。
「……下着は?」
「いや、替えがなくて……パンツは穿いてるぞ」
「聞いてないわよ……」
相変わらずどこか抜けている。ブランは息を吐いて隣に座るように促した。エヌラスが腰を下ろすと、前に立ってタオルを奪う。
「頭を下げてもらえる?」
「こうか?」
「そのまま。ジッとしててちょうだい」
ブランは手にしたタオルでエヌラスの髪を拭いた。少しだけクセのある傷んだ髪は、手入れなどしても治まりそうにない。どれだけ自分に無頓着なのかが、それこそ手に取るように分かる。
襟首まで伸びた黒髪。耳まで覆い、前髪も左側だけが傷跡を隠すようにされていた。髪の毛を指先で掬うと、エヌラスが不思議そうな表情を見せる。
「なんだ、ブラン? 俺の髪、やっぱ邪魔か……?」
「もう少し短くてもいいと思うけれど、わたしは嫌いじゃないわ」
「そうか……」
(……なんでかしら。大型犬の手入れをしている気分ね)
わしゃわしゃと少しだけ雑に髪を拭いてやると、なお一層犬っぽく感じた。
「もう、いいだろ? 乾いただろうし」
「ダメよ。ちゃんと拭かなきゃ、風邪引いちゃうわ」
「なんかお姉さんみたいなこと言うな」
「これでも二人の妹がいるれっきとした姉キャラよ」
「そういやそうだ……」
「いっそのこと、お姉ちゃんって呼んでみてくれてもいいのよ?」
不敵な笑みを浮かべながらブランが余計なことを口走る。ふむ、と唸り、エヌラスは言われてみれば妹はいるが姉はいないということに考えを寄せた。
髪の色や瞳の色が似通うノワールも確かに、姉っぽい。だが性格がどちらかと言えば同年代らしく思える。ベールも、確かにあの優雅さは年長者らしく一番姉っぽい。ネプテューヌ? 論外。議論の余地なし。女神化は除く。
そして、ブラン。姉……姉? いや、外見による判断は非常に失礼だ。その点は排除するとして考える。四女神の中でも一番落ち着いていることを考慮してみれば、なるほど確かに姉っぽい。
しかしながら。ブランを自分の姉と仮定して──はて、なんて呼ぶべきか。姉さん? お姉ちゃん? 姉貴? 姉さま? あれこれ考えて、一番しっくりくるものが何か無いものか。
「……うん」
エヌラスは頷き、ブランの手を取って目を見つめる。
「な、なに……?」
「──ブラン姉さん」
「…………、────!」
しばし呆然としてから、言葉の意味を理解したのか一気に顔が赤くなった。驚きに目を見開いている。手にしていたタオルをエヌラスの顔に投げつけて、背を向けた。
「へぷっ。何するんだ」
「な、何言ってるのよ……そんな」
「いや、呼んでみてくれって言うから……」
「無性に恥ずかしくなってきたわ……二度と言わないで」
「そうか? 俺は、なんていうか新鮮な気分だったが」
「……そういえば、ノワールの話だとあなたは兄キャラだったわね」
「その兄キャラって言い方は気になるが、まぁな」
そういえば、ロムとラムが「おにいちゃん」と呼んでも嫌がる素振りは見せない。妹関連の話になると、途端に面倒くさい男になると聞いていたがそうでもないのだろうか?
「……エヌラスお兄ちゃん」
「…………」
難しい顔をしている。なんというか、嬉しそうじゃないというか、喜びたいのに喜べないという複雑な表情。呼び方がマズかったのだろうか?
「お兄様、の方が良かった?」
「割と地雷に近い呼び方だからやめろ」
「……そうね、様って呼び方は違う気がするわ」
もうちょっとフランクに、かつエヌラスらしい敬称──。
「……エヌラス兄貴?」
「お前に兄貴って呼ばれると俺は途端にやべぇ稼業の人間になる」
「風体の問題じゃないかしら……」
エヌラスは顔を覆った。だが今さらどうしろと言うのか。
「まぁ、とにかく。ブラン、ありがとな」
「え? ええ、どういたしまして」
「今日は疲れた……」
「まだわたしのターンは始まったばかりよ。そんな調子じゃ困るわ……」
「マジかよ……」
女神監視体制が早く終ることを願うが、ネプテューヌと御姫が控えていることを考えるだけで気が遠くなりそうだった。
ブランの要望により、本が欲しいということなのでユノスダスの本屋へ。
いつものハウンドスーツから着替え、ベールに選んでもらったカジュアルスタイルに袖を通すと何か面白くない顔をされた。理由を尋ねると「わたしもわからない」とのこと。もしやそれは、ヤキモチというものではないか? エヌラスはブランに脇腹を殴られた。
「着いたわね」
「そうだな、着いたな……!」
頼むから脇はやめて欲しい。公務用のスーツと違ってこちらは防御力が無いのだから。しかし、そうなると防御に回す魔力を増やすべきか。等と考えた矢先にブランが睨んでいた。
「余計なことは考えないで……今日はわたしと一緒に楽しんでくれればいいから」
「人の思考を読むな」
「どうせ、戦うことでも考えていたんでしょう? だめよ、ちゃんと休まなきゃ」
「……がんばる」
休むのを頑張る、というのは何かおかしい気がするが、ブランが笑ってくれたので良しとする。
「どこまでも、本当に不器用ね……あなたは」
「悪かったな……」
どんな本が欲しいのか聞いてみると、なにか目新しいものが欲しいと言った。魔導書関連ならば九龍アマルガムにそれこそ腐るほどある。中には本当に腐敗して人体に有毒な瘴気を撒き散らす環境有害図書もあると説明すると「それは絶対にいらないわ」と断言された。
「ロムとラムにも、なにかお土産を買っていかないと……何がいいかしら」
「そうだな……あの二人には……」
帽子? ポーチ? それとも新しい杖? 云々悩むエヌラスに、ブランは本を手にしながら盗み見る。
「……真剣に考えてくれるのね」
「え? いや、そりゃ……まぁ」
「それで、なにか思いついた?」
「市販品だとどうしても似通るからなぁ……俺のお手製でいいなら、何か作ってやれるけど」
「何を作るつもりなの? ……言っておくけれど」
「変なのは作らねぇよ……杖なら作れそうだが」
「意外と実用的なのね」
「マジックアイテムの製作ぐらい出来ないと生き残れない環境に放り投げられたからな……」
大魔導師による簡単☆マジックアイテム講座。
『マニュアルと断崖絶壁を用意する。半裸にして叩き落とす。一月以内に出てこない場合死亡したものとする。なお、食糧その他は現地調達。谷底には無数の凶悪モンスターが生息している環境が望ましい。──以上だ』
エヌラスは生き残った。教会の扉を叩いたその日に大魔導師が驚いていたのを覚えている。
『本来ならあそこは大罪人を処分する廃棄処理場なんだが、本当に生き残るとは流石だな』
──全力でぶん殴ったのは言うまでもない。
「……思えば俺が悪食になったのもあの修行のせいかもな」
「なんというか、本当によく生きてたわね……」
そもそもそれは修行というか、スパルタが泣いて逃げ出す虐待ではないだろうか? ブランは訝しんだ。エヌラスの生存能力の高さはそんな境遇もあるからだろう。それで納得することにした。
「……これ、面白いのかしら?」
興味を惹かれてブランが手にした書物は、長編大作の伝奇モノ。ありきたりと言ってしまえばそれまでだが、王道だからこそ根強いファンを掴んでいるらしく短編集まで出ていた。
裏表紙のあらすじを読んでみただけでも惹かれるものがある。触りだけでも、とペラペラとページを捲ってみるブランの目が真剣そのものになって読みふけり始めた。
本屋に来て何も買わないのも勿体無い気がして、エヌラスは魔導書コーナーを覗く。やはり、というか一般店に並ぶ魔導書は、どちらかと言えば実用性よりも図鑑に近い。“本物”が置いているはずもなかった。
その中には大魔導師の著作もある。なんだこの機械化原語版って、何語だ。ページを捲っても捲っても規則的な虫食い穴が並ぶページばかりである。誰が読めるんだ。そっと棚に戻す。
「ブラン、それ買うのか?」
「待って。今いいところなの……話しかけないで……」
食い入るように読み進めていたブランだが、切りの良いところで本を閉じた。
「エヌラス、これ……いいかしら」
「ああ。一巻だけでいいのか? 多分それで終わらないぞ」
「最初の事件が解決するまで、買ってもらえる?」
「となると……ココらへんまでか」
まとめて購入し、その足でエヌラスはロムとラムに渡す杖を自作するための素材を買いに足を運ぶ。素材屋で木材から鉱石まで、全部買い揃える。マニュアルもつけるか、と聞かれたが断った。
そして、帰り際にはちょうど昼食時だったので小腹も空いていたこともあり、飲食店に立ち寄ることに。
「だ・か・ら・さぁ! なんでうちなんだよ!!」
「お邪魔してまーす、クソメガネ」
「それが顧客に取る態度なのかしら……?」
「顔見知りは別物だよ! っていうかエヌラス、お前ここ最近毎日来てるな!」
「人が売上に貢献してやってるんだ、感謝しろ」
「よそに行けよ……予約はしてやるから」
「んじゃ夕飯なんだけどよ」
「あ、こいつ昼飯は譲らない気だな? よーしこのクソ野郎、ご注文をどうぞ」
引きつった笑顔でソラはタブレットを構える。エヌラスがランチのAセットを頼み、ブランも同じものにした。
「コーヒーは食後でいいよな?」
「勝手に決めんなクソメガネ」
「……じゃあ、どうする?」
「食後で」
「はいはい食後ですね承りましたぁーッ!! クソが、わかってるから聞かなかったのにわざわざ言わせやがって!」
エヌラスにからかわれながら、ソラは注文を受けてキッチンへ入る。水を飲みながら待つエヌラスの顔を見つめて、ブランは周囲を見渡した。
「わたし、変じゃないかしら……」
「なんで? どこがだよ」
「だって……」
店内を見ても、カップルと言えば同年代と思わしき男女がテーブルを挟んで座っている。自分とエヌラスを見比べても、不釣り合いな気がしてならなかった。帽子で顔を隠しながら、ブランは縮こまる。
「気にしなくてもいいだろ」
「あなたは気にならないの?」
「別に。俺が誰と食事しようが、俺の勝手だ。文句があるならぶっ放す」
「流石にそれはやめてほしいわ……」
「そうでなくても、この店なら大丈夫だ」
電脳国家国王がなぜ店長を? とは思うが、それは喫茶店のスタッフ達も理解している。そもそもにしてインタースカイ自体、人の出入りが少ない。それこそ業者くらいのものだ。そのデータは逐一ソラの端末に送信されており、異常があればあの海上に浮かぶドーム状の国は途端に逃げ場のない牢獄と化してフォートクラブがたちまち押し寄せてくる。
「はい、おまたせ。Aセットランチ二つ」
「早いわね」
「うちはそれが売りの一つだからね。はい伝票」
「オマケまでしてくれてありがとよ」
「うっさい。黙って食ってろ」
取って付けたようなクッキーはそれだろうか。パニーニとスープ、サラダと並んで小皿に載せられたクリームは、付けて食べろということらしい。ソラはタブレットを軽く操作してからキッチンへ再び入っていく。客足が増えてきたためにスタッフの手が回らなくなりつつあったからだ。
ブランが一口食べてみると、パリッとした食感に挟まれたベーコンから脂が染み出す。口の中で広がる野菜の風味も合わさって、腹に溜める分には十分過ぎる味付けだった。問題は、自分の口が小さくて頬張れないくらいだろうか。
「……うーん、どう食べようかしら」
「あむっ。確かに、ブランにはちょっと大きいか……切り分けるにしても、あいつ厨房行ったしナイフもないしな……ちょっと借りるぞ」
パニーニを押さえ、エヌラスが短刀を持ち出すと綺麗に切り分ける。しっかりと押さえて具材が崩れないようにブランに差し出すと、両手で受け取って食べ始めた。
「おいしいわ……」
「ならよかった。はぐっ」
切り分けながらも自分も食べるのは止めない。パニーニを咥えながら、ブランが食べる分を差し出す。すると、こぼれ落ちそうになるのを咄嗟に上を向いて防いだ。そのまま口を開けて更に飲み込んで咀嚼する。
「行儀悪いわよ……」
「ひょうはねぇひゃろ? もごもぐ……ぷはっ、落ちそうだったんだから」
「それはそれとしても、そういうところは器用よね」
「まぁ四六時中戦いながらモンスター食ってたしな」
「テーブルマナー以前の問題だから、それ……」
食糧の取り合いとか、縄張り争いとかしてたらしい。人としての尊厳などかなぐり捨ててでもその日の糧を得るために死に物狂いで邪神狩りをしていたエヌラスの事情を踏まえれば、多少は大目に見てもいい。
ブランがクッキーでクリームを掬って食べる。しっとりとした食感に、上質な甘味が上乗せされてまろやかに広がる風味に目を丸くしていた。
「……こっちのクッキーは、とてもおいしいわね」
「多分、ソラの手製だろうな。こういうの上手いんだ」
「エヌラスも作ってみればいいのに」
「俺はプリンすら満足に作れないくらいに料理スキルが死んでいる」
「食べてみたいわ、手料理」
「……後悔したくないし、させたくないから作りたくない」
「じゃあ、そうさせないように頑張って作ってちょうだい。ファイトよ、ファイト……」
テーブルの側に立って、ソラが眼鏡を直している。
「食後のコーヒー、砂糖いらなくない?」
「三つよこせサルメガネ、ミルク付きでな」
「何様だよキミはさぁ!?」
「俺様だよ文句あんのかぁ!?」
──やだ、店長ってそういう……。一部のスタッフと一部の客が腰を浮かせていた。
そんな二人の口喧嘩を眺めながら、ブランはクッキーを食べる。仲良しなのはいいことだ。