超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
戻ってきてから、いそいそと袋を開けて購入した書籍を紐解くブランの横顔はいつもに比べて輝いて見えた。ソファーに腰を落ち着け、黙々とページを読み進めていく。
エヌラスは夕飯をどうするかブランに尋ねようと思ったが、本を読むのに夢中な様子を見て、声を掛けるのを控えた。隣に座り、身体を伸ばす。
軽く慣らすと、凝り固まった筋肉がほぐれてポキポキと骨が鳴った。どうやら思った以上に身体に負担が残っているらしい。疲労感と共に眠気に襲われる。目頭を押さえて天井を見上げていると袖を引っ張られた。
コートを脱いだブランが膝をポン、ポンと叩く。だが、あくまでも視線は書籍から離さない。
「ん」
「……いいのか?」
「ん……」
小さく頷いて、頭を乗せやすいように書籍を持ち上げた。
エヌラスが身体を横にして、ブランの太ももに頭を預ける。小さくもしっかりとした太ももの肉の弾力は、低反発枕に負けじと寝心地良いものだった。すぐに睡魔が襲ってくる。
「時間になったら、起こすわ。だからそれまで、おとなしく……聞いてるの……?」
「────」
「……」
ブランが声を掛けるよりも先に、まぶたを閉じたエヌラスは寝息を立てていた。無防備な寝顔を盗み見て、読書に専念する。
読み進めれば読み進めるほどに謎が深まり、それでいて伏線の回収も怠らない。読めば読むほど没入していく世界観の広がり方に、ブランは目を見張っていた。これを書いている著者はさぞ高名な人物なのだろう。気になって著者の名前を見てみる。
軽く、読めない文字の羅列。何しろ長過ぎる。一つずつ解読していこうにも、頭が痛くなってきた。ブランは著者の名前を記憶するのを中断して再び物語の世界に没頭していく。
──なんの変哲もない日常。なんの代わり映えもない登場人物。しかしながら、それでいて非日常の侵食が深まっていく。巻き起こる怪異に主人公が立ち向かう物語のテンポの良さは爽快感がある。それでいて話の流れも淀みがない。
登場人物はありきたりだが、その造形が良い。
「……」
主人公と親友の再会。迫りくる脅威の連続、怪異の手練手管。奇抜でいながら、それでいてどこか愛嬌と憎めない人間臭さが一層魅力的に引き立つ。味方だけでなく敵の描き方もまたブランの創作意欲をくすぐった。
気がつけば、一冊を読み終えてしまっている。本を閉じて、余韻に浸る──何の変哲もない日常から、怪異との遭遇を描き、その弱点を窮地を救った親友と探り、初めて倒すまでを一冊にまとめあげていた。
「最初の相手が、敵の下っ端とかではないというのは大きいわね……緊張感があるわ……」
いそいそと二冊目に手を伸ばして、開く。もそり、と太ももの上で何かが動いた。ブランが視線を下ろし、寝返りを打ったエヌラスの寝顔を見つめる。
静かな寝息は、呼吸しているのかも怪しい。気になって鼻に指を当てると、しっかりと息を吸い込んでいた。
「すぅ……」
(……寝顔、見せてくれるってことは安心しているってことよね……)
少しだけ読書の手を休めて、ブランはエヌラスの黒髪を指で梳くように撫でる。
寝顔を見つめ、指先でなぞっていく。眉間をつつくと、眉を寄せていた。
「ん~……」
(……ちょっと、たのしいわ)
頬をつつく。思ったよりも柔らかい。筋張るほどではないが、少しだけ押し返してくる。整った顔立ちに触れているだけでも胸が温かくなる。こちらの頬まで弛んでしまう。
唇をなぞっていると、指先をしゃぶられた。前歯で甘噛みされてしまったブランは、そのまま放置してみると舌先で指を舐められる。
「……起きてる?」
「…………んー」
曖昧な返事に、ブランは訝しむ。しかし、エヌラスは寝息を立てながら指を噛んでいた。痛くはないが、なんとも言えない感覚を覚える。
「~~~~……」
無性に恥ずかしくなってきた。
「んぅー……」
不意にエヌラスが寝返りを打ち、ブランのお腹に頭を預ける。思わず硬直してしまう。
「え、エヌラス……?」
「────」
スゥ、スゥ。と聞きそびれてしまうほどか細い寝息に顔が熱くなる。眠り続ける横顔を軽く揺すってみると、まぶたをキツく閉じてからゆっくりと目を開けた。
寝ぼけ眼で見上げてくる赤い瞳と視線が合う。ブランが微笑みながら頭を撫でた。
「起きた?」
「……んー……うー……」
「あ、ちょっと……」
またまぶたを閉じて、今度は太ももに顔を埋める。鼻息が内股をくすぐる。ブランはそれを引き離そうとして、口を押さえた。変な声が出そうになる。
「エヌラス、ちょっと……起きて……お願いだから」
「すぅー……んー……」
「息、しないで……」
「……いい匂いだけどな」
「っ……いいから、起きろって」
本の角でエヌラスの側頭部を軽く小突くと、渋々頭を起こした。それでもまだ眠気は残っているのか、うつらうつらと頭を揺らしている。こんなに油断した姿を見るのは初めてだ。ブランがイタズラ心で頬を引っ張ってみるが、無抵抗だった。むにーっ。
「そんなに無防備だと、襲われた時どうするのよ?」
「んいー……」
身体が揺れたと思えば、ブランは抱きつかれた。
「ちょ、ちょっと……!?」
「……あー……落ち着く……」
「離して、もらえないかしら……? 本が、読めないのだけれど……」
「ブラニウム補充させてくれ……」
「なに、それ……?」
「なんていうか、ブランから発せられるマイナスイオン的なもの……」
「どういう効能があるのよ……」
「……主にストレス軽減とリラックス効果……あと疲労感軽減……睡眠どうにゅう……」
「このまま寝るのはやめてもらえないかしら。本が読めないわ」
「本が読める体勢ならいいのか」
「……」
「…………」
ちょこん、とブランを膝の上に乗せて抱きしめながらエヌラスはソファーに身体を預けている。その姿勢に特に文句はないのか、黙々と読書に専念していた。
「……あ」
「どうした?」
「────」
ブランの読み進める手が止まる。それから、次のページをめくる。しおりを挟んで、一度だけ目頭を押さえた。少しだけ肩が震えている。
「……ブラン?」
「──まさか、主人公の親友が退場するとは思わなかったわ……」
「そうか」
賛同しつつも、実のことを言うとそういった書籍に手を出したことがほとんどない。読むものと言えば参考書や魔導書。専門書などが主だ。人形工作や魔術工学、銃器製造等々。だからブランのように物語に入れ込む共感は少々薄い。だが心揺さぶられる話なのだろう。
「まだ二巻目よ……、しかも二人目の敵よ……早すぎるわ……あれだけ仲直りしてたのに……」
「よっぽど気に入ってたんだな」
「心理描写もさることながら、お互いの信頼関係が特に。わたしは気に入ったわ……なのに」
慰めるようにブランの頭を撫でる。深呼吸をしてから再び本を開いて読書に没頭した。
ちょっかいを出して邪魔をするわけにもいかず、エヌラスは外の様子を眺める。夕焼けで部屋が赤く染まっていた。じきに日も落ちて夜になるだろう。
「ブラン、夕飯はどうする」
「……あとにして。今盛り上がってきてるところなの」
「はいよ」
──ブランはおとなしくて助かる。他の女神と違って読書に専念してくれていた。決して嫌なわけではないのだが、こちらの体力も考えてもらいたい。いや、底なしではあるのだが。
「……、」
抱きしめている身体から伝わる鼓動と息遣いが少しだけ乱れる。それが本の内容で揺り動かされているのだと思うと、よほどその世界観に夢中らしい。この調子では今日中に全て読み終えてしまいそうだ。
少しだけ力を込めて抱き寄せると、ブランも体重を預けてきた。少しだけ座り心地が悪いのか、腰を浮かせてセッティングしている。
……それが、どうにも身体に悪い。正確には下半身に。より詳細に言ってしまえば股間に。
「…………」
(バレてないよな、大丈夫だよな……)
多分、きっと、おそらく。大丈夫のはずだ。本に夢中になっているし、大丈夫だろう。
気になって本の内容を後ろから盗み見てみると、どうやら一人称視点の群像劇のようだ。伝奇物でありながら登場人物全員分の心理描写を網羅して書き上げておきながら、それが物語の深みを引き立てている。これが現在刊行されている全てにあるというのなら、長編大作として人気が出るのも頷けた。とはいえ──エヌラスは手を出すことはない。そんな余暇ができるのはいつになることだろう。
ボンヤリとそんなことを考えたところで、ブランが手を休めて見上げてきていた事に気づいた。
「どうした?」
「……さっきから、あたってるのだけれど」
「気にしないでくれ……」
「気にするわよ……変態、えっち、すけべ、特殊性癖……ちょっと……!」
「いや、なんかスマン……」
「罵倒されてるのに、なんで反応しちゃうのよ……」
「だから謝ってるだろ……」
残っていた眠気もどこかに吹き飛んでしまっている。そうなると、頭の中は抱きしめている女神に傾きつつあった。それは如何せんマズイので、思考を
ロムとラムへのお土産であるマジックアイテムの製造に取り掛かろうと、エヌラスはブランを横にずらす。
身体を伸ばし、慣らすと凝り固まった筋肉がほぐれて音が鳴った。どうにも最近は疲労回復が遅い。
「できるだけ静かにするつもりだが、気になったら言ってくれ」
「夕飯でも作ってくれるの?」
「いや、腹を壊すぞそれ。ロムとラムにお土産のマジックアイテム作るだけだ」
「そう……」
二人分、となればお揃いの物がいいだろう。杖を作るにしても、何か一工夫拵えておきたい。
そこで脳裏に浮かぶのが、公安局のシンボルマーク。確か……双頭の蛇。
「よし」
そうと決めれば即実行。時間もさほど取らない。買ってきておいた材料を広げてエヌラスは二人のマジックアイテムの製作を始めた。本格的にやるとなれば魔術の素質とか波長とか魔術的なメカニズムに合わせたものになるが、そこは追々やることにして。
──三時間後。
突貫工事とは言え、形にはなった。
杖、ということだけあって材質は通しやすい木材。スタンダードなモデルに、基部となる鉱石を埋め込んで装飾をあしらう。相乗効果で魔力を上乗せできるように術式を組み込んで、あれやこれやと大魔導師の教えを思い出しながら刻んでいく。
「……」
荒削りだが、試しに魔力を流し込んでみる。簡単な形として火の玉をイメージして杖を振るってみると、イメージ通りに小さな火球がランタンのように杖の先端に浮かんだ。問題はない。特にこれといった不具合も無さそうで一安心する。
エヌラスはそれを二振り置いて、身体を再び伸ばした。床に座り込んでいたからか、腰の辺りがやけに痛い。床に寝転がると、乱雑に放置していた素材を手にぶつけてしまった。地味に痛い。
「ぐぉあぁぁ……疲れたぁ。久しぶりにやるとやっぱ集中力と体力使うな……」
「お疲れ様。だいぶ熱中してくれたみたいね」
「当たり前だろ。手を抜くわけにはいかないからな」
急ぎで作ったにしては悪くない完成度だ。杖に絡みつくような蛇の彫刻には手こずったが、悪くない。ただこれをいたいけな幼女が持つとなると……しまった、そこは考えていなかった。どうにも実用性と機能性を求めてしまう悪い癖が出ている。
ブランもジト目で見ていた。
「あまり見た目は良くないわね……」
「デザインには目を瞑ってくれ……」
「あの二人に持たせるにはちょっと、生々しい気がするわ。もうちょっとなんとか出来ない?」
「うーん…………」
出来ない。とは言えない。エヌラスはもう少しデフォルメしてみることにした。
「流石に鱗を手彫りはマズかったな……削るか」
「そこまでやってたの!?」
ブランが目を丸くして驚いている。この短時間でそこまで精巧な作業ができたのか、と。実際のところそう難しい話ではない。イメージ通りに手を動かす、それを単純作業で繰り返す。基本はそれだけだ。
蛇の彫刻の表面をなめしていく。丸みを帯びていく鱗に、顔の辺りもデフォルメにしておく。愛嬌のある顔になった。これなら多少は違和感も消えるだろう。
「ほら、ブラン。二人のお土産」
「ありがとう……いいの?」
「なにが?」
「せっかく鱗まで彫ったのに」
「勿体ぶってたら進まないからな。思い切りってのは大事だ」
「思い切り過ぎな気がするけど……」
エヌラスが時間を確認して──とっくに夕飯時が過ぎていた。それどころがとっぷりと夜が更けている。集中力が途切れて空腹感を覚える自分に対し、ブランも控えめにお腹が空いたとアピールしていた。
「……メシ、食いに行くか」
「そうね」