超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
アゴウ教会である城の中へ招かれて、あてがわれた部屋でエヌラスは畳の上に寝転がる。そこにはネプギアとユニも一緒に居た。機人も利用するからか、間取りなどは普通のものよりも大きく取られている。
「ネプギア、大丈夫? 怪我とかはしてない?」
「特に怪我はしてないみたい。服はちょっと汚れちゃったけど……」
「エヌラスさんに比べれば、だいぶ良心的ね」
ユニが盗み見れば、擦り傷や殴られた痕が見えていた。服も土埃で汚れている。天井を睨んでいる姿は声をかけるのを躊躇われるが、咳払いを挟んでから声を掛けた。
「エヌラスさんも大丈夫ですか?」
「あの野郎、遠慮なしにぶん殴りやがって……全身いてぇ」
「服もだいぶ汚れちゃったみたいですけれど」
「そうだな……」
上体を起こし、ほつれた裾などを見てため息をつく。
なにぶん、服飾の手直しなどはできないわけではないが細々とした作業は得意ではない。それこそ活かされるのは人形制作くらいのものだ。
すると、襖を勢いよく開け放って剣姫が入室してくる。スパーン、と心地よい音を立てて。背後に控える機人の手には浴衣が載せられていた。
「おう、待たせたな! 汚れた服はおれが洗ってやるから脱ぐと良い! 着替えを持ってきた!」
「何が悲しくてお前に洗濯してもらわなきゃならんのだ!」
「うるさい黙れ、脱げ! 脱がすぞ!」
「せめて別室用意しろよ!? ネプギアとユニもいるんだから!」
「おれは、一向に構わん!! 見ていてやる!」
「見るんじゃねぇよ! 隣で着替えてくるっつの」
着替えをひったくり、エヌラスが勢いよく襖を閉める。
「なんだまったく、遠慮することはないだろうに。なぁ?」
「えーと、さすがに着替えを見られるのは恥ずかしいと思います……」
「アタシもそう思います」
「おれは別に気にせんが」
口ではそう言いながらも、しっかり二人に背中を向けて着替え終わるのを剣姫は待っていた。
「……覗くか」
「え、えぇ!? ダメですよそんなの!」
「チラリ」
「あぁ、止める暇もなく!」
襖を静かに開け、隙間から覗く剣姫にネプギアとユニは顔を見合わせて──。
「ちらっ」
「……ちらっ」
一緒に覗き始めた。
ぶつくさとなにか文句を言いながらエヌラスはネクタイを弛め、上着を脱ぎ捨て、ワイシャツのボタンを外し、ベルトを外している。ボクサーパンツ一丁になってから、着物に手を伸ばして羽織った。次の瞬間、勢いよく倭刀をこちらへ向けて投げつける。咄嗟に離れるネプギアとユニだが、剣姫だけは動かない。首を逸らす最小限の動きで避けると襖で白刃取りをしてみせた。
「危ないだろう」
「てめーはなに覗いてんだ!」
「はっはっは、許せ。今度おれの着替えも見せてやるから」
「そうじゃねぇ!」
「見たくないのか」
「見た……いことは見たいが、ちょっとは恥じらえ」
「恥じることなど何もない」
エヌラスは頭を抱える。胸を張る剣姫に対して、控えている機人も顔を見合わせて頷いていた。
《御姫ですし》
《御姫ですからね》
「職務怠慢んんんんっ!!!」
着替え終えてから、給仕係の機人達がせっせと支度を始めている。どうやら食事の席を用意してくれているらしい。
《御姫からの伝言です。風呂の支度が出来た、とのことです。ご自由にお使いください》
「あの、御姫さんは?」
《洗濯に炊事と、張り切っております。本来なら本日も公務のご予定でしたが……》
「なにか、あったんですか?」
《いえ、予定を前倒しにして片付けてましたので。今日は貴方がたを迎える為に日程を空けております。どうぞごゆっくり、お寛ぎください》
会釈して、給仕の機人が下がる。
浴衣に着替えたネプギアは慣れない服装に心が浮かれている様子だ。それを見ているユニも嬉しそうにしている。
「そうだ。ネプギア、せっかくだから記念撮影しない?」
「あ、それいいかも! わたしのもお願いしていいかな」
「もちろんよ」
「そういえば。ロムとラムは来なかったんだな。まぁ来れるはずないんだが……」
アダルトゲイムギョウ界にあの二人が来るとなれば、ブランの天誅が待っていることだろう。命に関わる。二人に聞けば、案の定。ついてくると言って聞かない二人をなだめるのが大変だったらしい。その代わりと言ってはなんだが、ユウコがルウィーにも立ち寄る話になっている。
「さて、と。それじゃアゴウの風呂でも堪能するか」
「そうですね。汗も流さないといけませんし。ユニちゃんは?」
「アタシも一緒に入ろうかしら」
剣姫も、大魔導師に負けず劣らずの風呂好きで知られている。そのため、城内に用意されている露天風呂もこだわり抜かれた逸品。
エヌラスも利用したことがあるが、筆舌に尽くしがたい程の心地らしくネプギアとユニの期待値が上がった。
そして、脱衣場で男女に別れる。番頭役の機人は頭に手ぬぐいを置いていた。無言で会釈して見送っている。
「ここ、ロボット沢山いるのね」
「私も初めて来たけれど、ビックリしちゃった」
帯を弛めて、ネプギアが浴衣をはだけさせた。それを盗み見ながら、ユニもスカートを脱ぐ。籠の中へ入れていると、隣の更衣室から何か騒がしい。誰なのかは考えるまでもなく──。
──テメェここで何してやがんだオラァ!
──ハッハッハ、薄汚れたままでは公務もままならんものでな!
「……アルシュベイトさん?」
何故か衝撃音、打撃音のようなものが聞こえてきた。
それを聞き流しながら、二人はバスタオルを巻いてカラカラと戸を開ける。
「わぁ……!」
「うわ、すっご……!」
目を丸くするユニと、目を輝かせるネプギア。目の前に広がる露天風呂に心奪われていた。どれほどの資金を注ぎ込んだのか、それほどまでに風呂に対する熱意のようなものが感じ取れる。
浮足立って中へ入る二人が背後からの音に振り返ると、腰にタオルを巻いたエヌラスとバケツを持ったアルシュベイトが入ってきた。
「ほへ!? こ、ここって混浴なんですか?」
「そりゃあな」
《ちなみに大衆浴場として開放されるのは毎月初頭と月末の二回だ》
「いや、聞いてませんから……」
「というか、アルシュベイトさんもお風呂、入るんですね……」
《ここは機人も使うからな》
なるほど、それで──。二人が広大な間取りに納得した。仕切られたシャワー室は機人用の物が一回り大きく設計されている。
エヌラスはアルシュベイトの手からバケツを受け取ると、中からブラシを取り出した。
「ま、でもせっかくだ。お前の身体洗ってやるよ」
《うむ、頼めるか。昔はよく風呂に入ったものだが》
「その後で御姫が乱入してきては取っ組み合いになってたな」
《武装企業の全身エステ。あれは実に良いものだった。しかしなぁ、うーむ。御姫が許すとは思えぬ》
「へいへい、いいから流すぞ。屈んでくれ」
片膝立ちで姿勢を低くすると、エヌラスがシャワーヘッドを持ってお湯を流し始める。バケツから洗浄液を取ってブラシで泡立てると表面装甲に泡立てた。洗車とさほど差はない。
《何分背中は他人の手を借りないと洗えなくてな》
「そこは不便だよな。武装ラックもあるし」
《我々のことは気にせず、存分に浸かると良い。サウナもあるぞ》
「あそこですか?」
小屋のような場所を指すと、アルシュベイトが頷く。そばには冷たい飲み物も常備されている。脱水症状を起こさないようにスポーツドリンク等しかないが、脱衣場ならばコーヒー牛乳も置かれているらしい。利用するものは少ないが熱燗も常備されている。
「じゃあ、まずは身体を洗わないと」
「そうね。エヌラスさんは」
「あー、俺は後回しだ。まずはコイツ流さねぇと。油汚れひっでぇなお前」
《む、そんなに詰まっていたか》
「最近ちゃんと洗ってないだろ。この辺だ」
《おお、どうりで最近ラックの反応が鈍いと思っていたのだ。いつもよりコンマ二秒ほど》
それを体感出来るというのはいかがなものか。嗅ぎ慣れないシャンプーの匂いに首を傾げていたが、ネプギアが髪を洗い始めてその違いを実感していた。普段使っているシャンプーよりも艶が出ている。濡らしても指に貼り付いてこないほどだ。そのサラサラ感にユニも驚いている。
「高そうなシャンプーね」
「う、うん。こんなにサラサラになっちゃうなんて」
「でも、ネプギアには似合うんじゃない? 髪、綺麗だし」
「そうかな? ユニちゃんだって負けてないよ」
「当たり前でしょ。これでも毎日手入れしてるんだから」
《その違いに気づくとは流石だ。皮脂の汚れから機械の油汚れまで根こそぎ綺麗に、髪の傷んだキューティクルにも浸透し、パサツカない髪に》
「ほれ、逆のラック上げろ」
《うむ。それこそ御姫の黒髪を魅力的にしている手放せない一品だ。良ければひとつ譲ろう。あとで用意させておく》
アゴウ守護女神御用達、椿油。
エヌラスが武装ラックの下。詰まりやすい可動部の汚れをブラシでかき出し、入念に手入れしていた。シャワーで流してからアルシュベイトが稼働させてみると、反応に鈍さがなくなって満足気に頷いている。
「後はどこだ? 膝か? 足首か? それとも手首か」
《背面さえ洗ってもらえれば残りは自分でやれる。お前も身体を流すといい》
「そうかぁ? お前と違ってこっちは器用だぞ、たまには悪くない」
《ふむ……なら厚意に甘えるとしよう。御姫にやらせるとどうにもな……》
「ガサツで適当か?」
《いや、装甲が凹む》
物理的な問題だった。
雑談を交えながら身体を洗う二人の姿を見て、ネプギアの手が止まっている。ユニもそれに気づいたのか、首を傾げた。
「ネプギア?」
「エヌラスさんとアルシュベイトさんって、本当に仲が良いんだなって思っただけ」
「そうね。戦ってる時とは大違いで、ちょっと信じられないくらいよ」
「うん……」
思い出してしまう。今、自分がいるアゴウのことを──。
何もなかった。あるのは荒野が広がるばかり。城壁の中は戦場だった。無尽蔵の絶望が押し寄せ世界を喰らおうとする最中、戦い続けた。自らは一国一城の主であり、忠義を誓った守護女神のために。だが、その戦いを剣姫は知らないのだろう。どれほど思い出しても、その戦いの記憶だけは当人が知る由もないのだから。
そう考えると、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。それは涙となって溢れ出し、熱湯とともに流されていった。
「ちょ、ちょっとどうしたの」
「ううん、なんでも。ちょっと、思い出しちゃって。えへへ……」
血闘、死闘を繰り広げた二人が今、ああして笑いながら身体を洗っている。記憶を取り戻してから、そんなことが起きるとは思っていなかった。また、あの戦いが繰り返されるのだとばかり考えていた。だからこそ、今度こそ繰り返させない。
あんな理不尽な神様の戦いは。
ネプギアの顔に投げつけられたのは、エヌラスが投げたタオルだった。
「へぷっ!?」
「余計なこと考えてる暇があったら、俺の背中流してくれよ」
「は、はい」
「アルシュベイトに任せたら俺の身体がこんにゃくになっちまう」
《さしもの俺もこんにゃくは切れんぞ》
「そうなんですか!?」
《冗談だ》
──勢いよく開かれる脱衣場の戸に視線が集中する。
そこに居たのは、首に手ぬぐいをかけた全裸の剣姫だった。豊満なスタイルを惜しげもなく隠すつもりなど欠片もなかった。恥じらいも。
「おう! 待たせたな! おれも入るぞ!」
「お、御姫さん!?」
「なんだアルシュベイト、泡だらけで。はっはっは!」
《うむ、エヌラスに洗ってもらっていた》
「ぬ、ずるいぞ貴様! よし、エヌラス! おれも洗え、許す!」
「ほざきやがれ。テメェに任すならネプギアに頼むわ」
「わ、私ですか!?」
大股で歩み寄るだけで揺れる胸に、ユニが自分の胸に触れて不満そうにしていた。せめてもうちょっと大きければ。女神化さえしなければ、等と考えている。
「なんだよう、おれとお前の仲だろうに。今さら何を恥ずかしがる」
「恥じらいのハの字も知らんお前に言われたくない」
「おれとて恥じらう時はあるぞ」
「あの、アルシュベイトさんもいるんですけれど……」
《む?》
「ん? 見られて恥ずかしくないのか、と? いや別に」
《裸の付き合いなど今さらだ。お互い恥じらうことなど、特に》
「うむ。アルシュベイトの戦友ならばおれの戦友でもある。なに、肌を重ねるのもやぶさかではないしな!」
笑ってみせる剣姫に、ネプギアとユニが驚いていた。守護女神がこうも堂々と一人の男と
「あの、浮気……」
「うむ? 浮気とはなんだ。浮ついた気持ちでおれが肌を許すとでも? バカを言うな、おれは本気だ。なんなら子供も欲しい。そうだなぁ、二人くらい」
「え、えぇ!? あの、アルシュベイトさんはいいんですかそういうの!?」
《? 言葉の意味が分からん。御姫が良いなら、俺は構わん。それに相手が相手だ。エヌラスならば任せられる》
「あの、不快とかは思わないんですか?」
《いやまったく。今の俺は、この身体だからな。そういったものは、一番信頼している相手に任せるに限る》
「二人はそういう経験ないのか?」
顔を真赤にして俯くネプギアに、そっぽを向いたユニを見て剣姫は深々とため息をついた。見ていられないという様子で。
「なんだまったく。お前というものがいながら不甲斐ない」
「あー……いや、御姫。ネプギアは」
「わぁぁぁぁぁ!!!」
「ごふぁ!?」
飛んできた椿油がエヌラスの顔面を直撃した。そのまま足を滑らせて床に頭をぶつけそうになるのをアルシュベイトが手を出して受け止める。
「で、でもその……守護女神って」
「おれがどうしようとおれの勝手だ。おれが誰を愛そうと文句は言わせん。おれが誰と肌を重ねようとも文句は言わせん。国の象徴? だからどうした、知ったことか! おれが、アゴウで一番偉い。そしてアゴウで一番強いのだからな。文句があるならかかってこい。それぐらいの気概でなければな」
「……傍若無人」
「なんか言ったか、エヌラス」
「何も言ってねぇよ!」
《ははは! うむ、なんというか懐かしいな》
「まったく。いっつもこうだ」
エヌラスが立ち上がり、アルシュベイトの身体を洗い流す。
堂々とした剣姫の立ち振舞はとてもではないが真似できそうにない二人は顔を赤らめながらもその肢体に釘付けだった。