超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
教会露天風呂で一汗流したエヌラスは男性更衣室でコーヒー牛乳を一気に飲み干し、空になった瓶を指定の場所へ置いておく。他にも誰かが飲み終えた後があった。
アルシュベイトは機人専用の全身ドライヤーで身体の水滴を乾かしている。傍らに置かれた新品の機械油に手を伸ばし、エヌラスは出てきたアルシュベイトの関節部や武装ラックの可動部に差していく。指を慣らし、屈伸運動。関節部のスムーズな滑りに満足そうにしていた。
《うむ、快適だ》
「そりゃ結構。そっちはこの後も仕事か?」
《御姫のせいで予定が大幅に遅れている。急ぎ片付けるとしよう》
「そうかい、頑張れよ。どうしても手が回らなくなったら言ってくれ。俺も手伝う」
《気遣いだけで結構だ。お前には御姫を城に留めるという大役を任せるとしよう》
「へいへい……」
廊下を歩くアルシュベイトの自重に耐える木材の強度に、エヌラスはその場で飛び跳ねてみる。着地すれば確かに素足の裏から押し返してくる特有のたわみに、その場で宙返り。内氣功による軽業は足音も軽く、音もなく着地してみせた。それを眺めていた番頭役の機人が手を叩く。
《お見事にございます》
「大したものじゃない」
浴衣姿のネプギアとユニ、そして剣姫が脱衣場から出てきた。
「む、エヌラス。アルシュベイトのやつはどうした」
「風呂上がってすぐに仕事に戻ったよ」
「なんだ付き合いの悪い奴め。今日くらいは羽根を伸ばしてもいいだろうに」
「仕事の邪魔をするなよ……」
「明日まとめて片付ければいいだけの話だ」
軽く言ってのけるが、軽くこなしてしまうのがこの守護女神でもある。
「さて。おれは厨房に行くとしよう。楽しみに待っていろ。それまで退屈しのぎにゼロワンでも呼んでやろうか」
「やめてくれ、気が休まらん」
「そうか。ならくつろいでいるといい」
あてがわれた部屋に戻ると、エヌラスは畳に大の字になって寝転ぶ。
ネプギアとユニは外の景色を眺め、写真を撮っていた。まるで小さな修学旅行だ。さりげなくだらしのないエヌラスも一枚。
「なに撮ってんだ」
「えへへ、ごめんなさい」
「……かわいいから許す」
「ならアタシも。えいっ」
二人に写真を撮られてエヌラスは身体を起こした。隣の部屋は配膳が済まされており、後は料理が運ばれてくるのを待つばかり。
ふと目についたのは、アゴウの武器資料。二人に手渡されたものだ。軽く目を通してみる。
「それ、ゼロワンさんから持っていけって渡されたもので」
「いいのかな、ホントに」
「ま、アゴウの技術だしな。少しくらいはいいんじゃないか? ラステイションもそうだが、ユニにとっては特に有用な情報だろうし」
「そうですね。確かに、すごくタメになりました」
機人専用の突撃銃を試射させてもらったが、やはり反動がきつかった。数発だけだが、手が痺れるようでトリガーも重く、とてもではないがまともに撃てるような代物ではない。しかし銃器そのものに使われる素材の強度は目を見張るものがある。それを用いればこれまで以上に強力な物が作れるだろうと思った。
ネプギアも使用されている素材に興味があるようで、やはり耐久性に目をつけている。
「ソラさんの通信技術を使えば、ミニちゃんも戦えるのかなぁ……」
なにやら物騒な強化プランを考えている模様。それよりも先にやるべきことがあるだろうに。
ふとエヌラスは放り投げていたD-Phoneを手にして画面をタッチする。カメラを起動して、ネプギアとユニに向けた。
「撮るぞー」
「は、はい」
「えっと。ピース……」
ぱしゃりと一枚。浴衣姿でお互いにピースサイン。仲良く肩を触れ合わせている仲睦まじい様子の写真にエヌラスは頷いた。それからすぐに二人に送信する。
「わ、綺麗に撮れてる」
「エヌラスさんのそれ、結構画質いいんですね。良いなぁ……」
「んー? まぁ、九龍アマルガム上層都市の方じゃ割と性能は良い方だ」
技術屋としての話に興じていると、剣姫が鍋を持って入ってきた。背後に控えている機人もテキパキと席を用意している。
「待たせたな、食事の用意が出来たぞ」
「鍋、ですか?」
「うむ。やはり皆で囲んで食べるとあれば鍋だろう。な、エヌラス」
「俺に振るんじゃねぇ」
「でもその割には、量が……」
その量、実に十人前。一人二人前平らげたとしてもまだ余る。しかしそれはそれ、エヌラスが頼りだ。
《それではごゆるりと……》
襖を静かに閉めて退室する給仕係の機人。剣姫と向かい合うようにエヌラスが座り、右にネプギア、左にユニ。
炊きたての白米をよそい、三人に手渡してから手を合わせる。
「頂くとしよう」
『いただきまーす』
「いやー美味そうだ、やっぱ肉だな肉」
「待てい、勝手に肉を取るな。野菜から食え、味が染みてるぞ」
「やかましゃあ、俺がどっから食っても勝手だろ」
「ちぇい」
「目がぁぁぁぁ!」
菜箸から跳ねる熱々の鍋の出汁がエヌラスの両目を直撃した。悶絶しているのをよそに、剣姫はネプギアとユニに野菜をよそって渡す。
「大丈夫ですか、エヌラスさん。はふはふ」
「あ、美味しい……」
「当然だ。アゴウ国産、自慢の野菜だからな。こればかりはユウコにも譲らんぞ。ふふん」
胸を張り、自慢げにしている剣姫の胸が持ち上げられた。栄養満点な献立はやはり胸に行くのかとユニが注目する。
「遠慮はいらんぞ。まだまだあるからな、雑炊の分も用意してある。はちきれんばかりに食べるといい」
「そういうことなら、おかわりください」
「あいわかった。おいエヌラス、お前はいつまで突っ伏しているつもりだ。はやく食べろ」
「めっちゃ染みたぞ……おーいてぇ……」
半分も減らさないうちにネプギアとユニは満腹感でいっぱいになって箸を置いた。エヌラスはペースを崩さずに黙々と鍋をつついている。剣姫も背筋を伸ばして白米を口に運んでいた。
「もう、お腹いっぱいです……」
「ごめんなさい、アタシも……」
「もぐ? なら少し休んでいるといい。眠ければ布団も敷いておく」
「何から何まですいません……」
「はは、かまうな。おれが好きでやっていることだ」
「むぐー」
箸をくわえながら、エヌラスが空のお椀を差し出す。それを受け取って山盛りの白米を乗せて返した。
「行儀が悪いぞ。ユウコの前でもそうなのか」
「もぐもぐ……別にアイツは関係ないだろうが」
「後ろめたい気持ちがあるのは分かるが、もうちょっと向き合ってやれ」
「お前に関係あるのか?」
「なければ言わんよ。どうにもお前とユウコを見ていると、不憫でならん」
「もぐ……」
エヌラスの箸が止まる。面白くなさそうな顔をして。剣姫も余計な世話とわかっていながら口を出さずにはいられなかった。
「ま、そのうちな。そのうち」
「本当か。二言はないな? 適当な口約束ではあるまいな」
「文句あるなら俺じゃなくて問題起こしてる奴らに言え」
「そういえば。あの一件から全く姿を見せませんね」
「半殺しにしてやったからな」
そう簡単に治るような傷ではない。つくづく逃したのが惜しまれる。
「まったく、大魔導師のやつも落ちぶれたものだな。アイツがいながらにして不甲斐ない、もぐもぐ」
「そう言うなよ。師匠も疲弊してたからな」
「もぐー、アイツの肩を持つのかお前」
「そりゃ一応、師匠だからな。まだ皆伝とまではいかんらしいし、破門にさせられそうにない」
「とっとと離れてうちに来い。いくらでも面倒みてやるぞ」
「勘弁してくれ、一週間持つかどうかだ。機人の戦闘訓練なんぞに俺が混ざってみろ、おかわり」
いつの間にか山盛りのご飯が空になっていた。鍋をつつきながらエヌラスが再び食べ始める。剣姫も自分のお椀に山盛り乗せて口へと運んでいる。
最後の肉に箸を伸ばして、お互いに止まった。
「……」
「…………」
剣姫が一瞬だけ不服そうな顔を見せて箸を下げる。エヌラスがそれを見て、何か、子供から玩具を取り上げたような罪悪感から箸を下げる。
「む、食わんのか」
「いや、そんな顔されたらな……」
「いいのか? あんなに肉を食べたがっていたのに」
「俺の気が変わらないうちに食えよ。最後の一枚だろ」
「すまんな、もぐもぐ……うむ、うん……」
空になった鍋を見て、エヌラスは白米をかきこんだ。
「いやー食った食った。ごちそうさま」
「む、なんだ。シメの雑炊はいらんのか」
「マジかよ、忘れてた。そういうことなら話は別だ」
「そぉれ」
「あ、あはは……本当によく食べますね……」
「見てるだけでお腹がはちきれそう……」
どこに消えているんだろうか? そんなことを思いながら、ユニが立ち上がる。
「ユニちゃん?」
「ちょっとだけお散歩。ネプギアも行く?」
「うん。それじゃ、私とユニちゃんは少し歩いてきますね」
「あいわかった。小腹を空かして戻ってくるといい。案内人は必要か?」
「一応、お願いできますか」
剣姫が手を叩くと、間もなくして襖が開かれた。
《お呼びで》
「うむ、二人が散歩に出ると言うので城内の案内を頼む」
《はい、お任せを。お一人で大丈夫でしょうか?》
「おれのことは構うな、旧知の仲だ」
《わかりました。それではお二方、こちらへ》
襖を静かに閉じて、機人の足音が遠ざかるのを聞きながらエヌラスと剣姫は鍋を挟んで向かい合う。残された鍋の出汁に白米を入れ、溶き卵を加えてかき混ぜる。それから一煮立ち。たっぷりと出汁を吸い込んだ雑炊をよそい、エヌラスに渡した。
「……なぁ御姫」
「む、なんだ」
「お前、白米何人前炊いた? たいぶ食ったと思うんだが」
「二十合だが?」
「どおりでなくならないわけだよなぁ!?」
常識的にものを考えろ。渡されたレンゲでかき込んだ。剣姫もそれを見て快く頷きながら同様に胃袋へと流し込んでいく。
ネプギアとユニを先導する給仕係の機人に武装はない。背面のラックも取り外されており、標準装備であるはずの腰部の跳躍ユニットも接続部が見当たらない。
その後姿を観察しながら、二人は城内を歩く。階段を降りて、中庭や剣姫の庭園などにも足を運んでいた。石垣の手入れをしている機人達がバケツとブラシを持って歩いている。
「この国の技術力なら、ああいうのも自動化できそうだと思うんだけど……」
《非効率的であるのは認めます。しかし、それはあくまでも人間社会の話。我々が人であることを忘れないためにも、ああした手作業で行う業務は多く残されています》
「そうだったんですね」
その中にはゼロワンの姿もあった。手にした高圧洗浄機で石垣の汚れを落としている。声を掛ける他の機人達はどこか遠慮がちだった。敬意からくる腰の低さが気になるが、それを互いに口に出すわけでもなく二言三言、言葉を交わしてすぐに作業へと戻る。
《行きましょう、彼らの仕事を邪魔してもいけませんし》
「そうですね──」
ネプギアが頷いた次の瞬間、城内から激しい振動が起こり、一室から煙が吐き出された。それと同時に中庭へと落下してきたのは、浴衣姿のエヌラスだった。手にはしっかりお椀とレンゲを握っている。素足で砂利に降り立ち、その場から飛び退くと同じく浴衣姿の剣姫が落下してきた。
そんな二人の姿を見て、掃除をしていた機人達がため息をつくように肩をすくめる。今しがた終わったばかりなのに……。そんなことを言いたげにしていた。
「え、エヌラスさん!? それに御姫さんもどうしたんですか!?」
「腹が膨れたから軽く運動しようと言い出した矢先にこれだ!」
「あー……納得できちゃう……」
「悪いユニ、ちょっと持っててくれ! つぉあ!?」
「わ、とと……」
雑炊にレンゲを突っ込み、ユニにお椀を投げ渡したエヌラスが剣姫の裏拳を防いでいる。その衝撃だけで空気が震えた。歯を食いしばり、痺れる腕を振り払ってから反撃に転じる。
寝ても覚めても戦闘ばかり。華やかさの欠片もない。だが、そんな剣姫の姿からネプギアもユニも目を離せなかった。
「あ」
「あー」
《あれは……痛いですね……》
腕を捕らえられ、背負投げからの打ち上げでエヌラスの身体が宙を舞う。そこへ拳を引き絞る剣姫渾身の一撃を身体をよじって回避した。下段から中段へと蹴り上げて距離を離し、体勢を整える姿に剣姫は舞い上がる砂利を掴み、親指の爪に乗せて──指弾で打ち出す。
空気を裂きながら迫る極小の弾丸を掴み取り、エヌラスが打ち返した。それを真正面から拳で粉砕して威風堂々と真正面から距離を詰めてくる。
「はっはっは、やるな!」
「やりすぎだっつうのお前! 見ろよアイツらの顔!」
「うむ、元気そうで何より」
「そうだけどそうじゃねぇ!」
機人の顔を見ただけで体調を感じ取れるのは流石と言わざるを得ないが、さすがに業を煮やしたのかエヌラスがバルザイの偃月刀を召喚した。それには剣姫も目を白黒させていたが、すぐに破顔する。
拳を打ち鳴らし、肩を回して浴衣の袖から腕を出した。サラシを巻いた窮屈そうな胸に白い肌が月明かりであってもなお眩しい。
「おれを前に剣を執るということがどういうことか、知らん仲ではあるまい」
「知ってらぁ!」
「はは、その意気や良し! 来い!」
──エヌラスは惨敗した。偃月刀を白刃取りから粉砕され、無防備な身体に拳を数発。いずれも急所に直撃を受けて気を失った。
部屋に連れ戻されてからは機嫌を損ねて拗ねている。まさか魔術を物理的に粉砕されるとは思ってなかったらしい。それは自分の練度が問題なので他人にとやかく言う筋合いがない。だからこそなおさら腹立たしいようだ。
「おい、いつまでぶーたれてるつもりだお前? いい加減機嫌を直せ」
「うっせ」
「だからおれもつい熱が入りすぎたと謝っただろう」
「限度ってものがあるだろうが」
「だが先に抜いたのはお前だ、その点も含めて考えろ」
「ちきしょう……」
部屋に戻ってきてから、ネプギアとユニも雑炊に手を付けてなんとか鍋を空にする。二人でほとんど食べてしまっていたようだが、それでも三人前くらいはあった。
「うぷ……もう、食べられない……」
「さ、さすがにアタシもこれ以上は、無理……」
「二人もよく食べてくれたな。すぐに片付けるとしよう、しばし待て」
エヌラスの肩を叩いていた剣姫がすぐに片付けを始める。ひとつにまとめて持ち上げると、足で襖を開けた。
「行儀が悪いぞ」
「お前に言われたくはない」
「そりゃそうか」
そして器用に足で閉じると、足音が遠ざかっていく。剣姫が去ってから、あぐらをかいて頬杖をついていたエヌラスにネプギアが近づいた。
「あの、エヌラスさん。大丈夫ですか?」
「これくらいどうってことねぇよ。どちらかというとショックのがデカイ」
「エヌラスさんの取り柄ですもんね」
「そういう言い方はどうかと思うが……まぁそうだな」
「ごめんなさい、気にしてましたか?」
「当たり前だろ。もっと他のことで、お前らの力になれたらな……」
「大丈夫ですよ。エヌラスさんは、今のままでも十分お姉ちゃんや私達の力になれてます」
「だといいんだけどな」
ユニがふと、思い出したようにエヌラスへ尋ねる。
「そういえばエヌラスさん。お姉ちゃんからの手紙ってなんだったんですか? アタシ、絶対に開けるなって言われてたんですけれど」
「……いや、別に。大したことじゃないんだけどな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「……で、その内容って結局」
「おーっとこれは俺の逃げ場が無くなっていくパターンだな? ははは、ほんと大したことじゃないって、ユニが気にするような内容じゃ」
「じゃあ教えてくれてもいいじゃないですか」
「オーケー、俺は黙ったほうがいいなこれ」
口を開けば墓穴しか掘らない。