超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
プロローグ
──夢を見る。それは、何度繰り返しても終わらない悪夢。覚めればいいのに、と。嗚呼、だが私が犯したこの罪はきっと、呪いのようにこの身体を蝕んでいく。
そうする他になかった。こうするしかなかった。他の誰にも出来ないことだった。覚悟していたのに、私は今もこうして後悔し続けている。
手にした刃で女神の身体を貫いて。友達を手に掛けて。それでも、最後は最愛の姉を平和への礎にまで捧げて……。
私は、世界を守れなかった。たった一人の絶望の手によって破壊された。
笑って、手を差し出して。壊れたゲイムギョウ界を見せつけて──、何の意味もなく死んでいったのだと聞かされて。
それでも、と。なおも諦めずに世界を救う覚悟があるのなら、見せてみろと。
私は、此処にいる。
目を覚ませば、瓦礫の街で。
横たえていた身体を起こす。剣を地面に突き立てて、その柄頭に手を置いた魔人の一人は直立不動の姿勢で彫像のように微動だにしていない。
その背後。黄金の毛並みを持つ巨体の魔獣は大きな尻尾を枕にして眠っているのか、目を閉じていた。
彼女達は仲間だ、と言っていた。今の私には、どうでもいいことだけれども。
「お目覚めか」
「……はい」
「ふ、そうか」
鼻で笑うように、彼女は首だけを動かしてこちらを一瞥して、再び正面を見据える。手を預けている剣は、邪剣として堕落した聖剣の写し鏡のような存在。それこそが彼女を魔人たらしめている証拠であり存在理由。あの人は、そういった人達を味方に引き込んでいる。
女神達を倒すために。絶望の魔人……自らの汚点を消し去るために。
それなら、私は? 何故あの人は私を連れているのだろう。
肌身離さず手にしている剣──紫色に鈍く輝く、ゲハバーンを掴んで刀身を眺める。嫌な色。汚れた紫。濁った色彩。滲んだ虹彩に、瞬きを繰り返す。
後悔していないなんて、大きな嘘だ。だけどそんなことを繰り返しても、今の私にはこうするしかない。
──私は、英雄になんてなれないんだ。
「女神の命を奪い、力にする凶刃か」
「……貴方には、関係ないです」
「そうだな。そして私も、貴様には関係のない話だ」
くぁ~、と。間の抜けた欠伸をもらす魔獣が身体を起こす。のそのそとその場で逆に寝転がると再びしっぽを枕に頭を預けていた。
連携する気など欠片もない、独断による共同戦線。互いに交流を深める気など全くなかった。
「何を見ていたんですか」
「……」
私の問いに応えず、オルタと名乗っていた魔人は視線だけで答える。
その先では、全身を白く塗装されたロボットが歩いていた。
瓦礫の街を懐かしむような足取りで、時々廃墟を前にして立ち止まっている。
魔人が集う中で、一人だけ。
女神に忠誠を誓い、それを貫かんとする騎士がいた。
「アレは、プラネテューヌとやらのロボットなんだろう? 覚えは?」
「……知りません。見たことも、ないです」
「そうか。まぁ、どうでもいいことだ」
どうでもいい。そう、どうでも──何もかも。
だから、私達にとってこの次元はとても居心地が良い場所だった。
プラネテューヌも。ラステイションも。ルウィーも。リーンボックスも。何もかもが崩れ去った静寂と閑散とした廃墟の次元世界は。
昼もなく、夜もない。空は砕け、大地は裂け、あるのは僅かな廃墟だけ。
「あの男はまだ傷が癒えないのか?」
「……」
預けられたゼロクリスタルは、ほとんどが治っている。見られる損傷は、僅かな亀裂だけ。
ネガティヴエナジーを糧とする自分達と同様に、あの人はそれを原動力としている。だが、その根幹にあるものはもっと禍々しいものだ。それを私に預けたということは、最も信頼されているということでもある。
信頼の証。だが、それを認識しても私の心は何一つ浮かばれなかった。
神次元での企みは絶望の魔人によって打ち砕かれてしまった。まさかパンドラ・イルバードへ対する不信感と同族嫌悪からくる無鉄砲な無計画で感づかれるとは思いもしなかったけれども。
もう、ひと押し。何かが必要だ。人々を絶望に突き落とす何かが。
「いいだろう。私が出る。退屈していたところだ」
「燃費が悪いと言っていませんでしたか?」
「ああ。それがどうしたというのだ。補給方法などいくらでも」
端正な顔立ちを笑みで歪ませて、騎士の魔人は微笑む。
「道理も論理も倫理も人理も、最早この身には関係のない話だ。好きに蹂躙し、好きに振る舞わせてもらう」
「あの人の許可もなく、ですか」
「元より我々はそういうものだろう? 必要とあらば求めに応じる、それだけのために」
そう言って、剣を地面から引き抜いて歩み出す。その気配を感じ取ったのか、魔獣が後を追う。大きな尻尾をゆらりゆらりと左右に振って頭を寄せていた。その鼻頭を撫でられて嬉しそうに目を細めている。何故か、彼女にだけは懐いている。私や、あのロボットだけでなく、あの人にすら警戒心を露わにするというのに。
一人残されて、特に何をするでもなく私は手にした結晶を見つめる。
歪んだ双角錐。赤黒く濁り、淀んだ輝きを放つ絶望の結晶体。その光に魅入られてしまえば、きっと堕ちるしかない。堕ちていくしかない。だから私も、きっと此処にいる。
「────」
不意に、涙がこみ上げてくる。目頭が熱く、視界が歪む。
もう一つのゲイムギョウ界で出会ったお姉ちゃんは、生きていた。そこには、私もいた。
だけど、ゲイムギョウ界は滅んだはずで……超次元は壊れたはずで。私がいた超次元は、文字通り誰も生き残らなかったバッドエンドを迎えたはずなのに。
どうしたらよかったんだろう。どうすれば、私は──。
私は、もう一度やり直す事が出来るんだろう。
──次元の狭間。その境界線で黄金の玉座に腰を下ろす者が一人。否、一柱と呼ぶべき存在があった。
次元神、セロンは左目の眼帯を掻きながら、書物に視線を落としている。何度読み返したかわからない文庫本は、門の向こう側より悪戯に姿を現す同胞からの差し入れだ。
それも今は閉じられている。暫くは開かれる事はないだろう、と思っていた。だが、無くなった左目が映し出す光景に、セロンはあまり浮かない顔をしている。
そして、その右目が不意に文字の羅列より離された。
無限に広がる暗黒の空間。そこに浮かび上がる姿があった。
プラネテューヌの守護女神、ネプテューヌ。その女神候補生、ネプギア。
ラステイションの守護女神、ノワール。
別次元のプラネテューヌの守護女神、プルルート。
アダルトゲイムギョウ界における神格者一同、及び守護女神である剣姫。
それらは、例外なく次元神という存在を知覚した者たちで構成されている。だが、自分達が何故ここに呼び集められたのかわからずに顔を見合わせていた。
「あ、ノワールだ」
「それよりも言うことあるでしょ」
「やっほ~、ねぷちゃん~ぎあちゃん~、ノワールちゃんも~。えへへ~、元気ぃ~?」
相変わらず、と言うべきか。自然体の守護女神達に毒気を抜かれて神格者達からも緊張感が解されていく。やがて、その視線は次元神へ集中する。こんな真似が出来るのは一人しかいない。
「僕たちに何の用事だ、次元神」
電脳国家インタースカイ国王、琴霧ソラがメガネを直しながらトゲのある言い方で口を開く。それは他の者達も同様のことを口走ろうとしていたのか、セロンの言葉を待っていた。
文庫本を閉じ、玉座に頬杖をつきながら顔ぶれを眺める。
「さりとて、大した用事ではない」
「喧嘩売ってるのか?」
「此処にいるお前たちからすれば、それこそ“夢見が悪かった”程度の話だろうよ」
「じゃあ僕らの安眠のためにもさっさと話を済ませてくれると大いに助かるんだけど?」
不機嫌そうにソラが苛立ちを含めて腕を組んだ。インタースカイでサーバーメンテナンス中の仮眠で、こんな夢心地では寝起きも悪いことだろう。
「それで、わたし達がなんでここにいるの? エヌラスだけ仲間はずれだし」
ネプテューヌの言葉に、その姿を探すがこの場には見当たらなかった。本来ならば真っ先に喚び出されて然るべき相手だというのに。なにか理由があるのだろうか?
「──少々、まずい事態が起きている。それだけだ」
それはまるで、小銭が無いとか、ポイントカードを忘れたとか、そんな気軽さで告げられた。
「ちょ……ちょっと!? まずい事態って何よ! アナタがそんなことを言い出すってことは相当やばいんじゃないの!?」
「そうですよ! 一体、何が起きているのか話してもらえませんか!?」
「だが、どうすることも出来なくてな。だからこうして、私を知覚しているお前たちを呼び集めたというわけだ」
左目を文庫本の角で指しながら、セロンは恐ろしく淡々と言葉を続ける。
「私の左目を通してヌルズ・エクス・モルテスの行動を見ているのだが、アイツは門の向こう側で傷を癒やしながら着実に仲間を増やしているようだ」
──門。それは、背にしている巨大な扉のことだろう。馬鹿げたスケールにそれが開け放たれる等と冗談のように思えるが、事実それは門に他ならないのだ。
絶望の魔人が見出した希望の活路。邪神狩り。それは、無数に蠢く世界の脅威と戦い続ける選択だった。だが、それも永遠に続くわけではない。その課せられたノルマがあるというだけだ。
そして、その最後の相手こそが絶望の邪神──ヌルズ・エクス・モルテス。即ち、絶望の魔人であるエヌラスの本来在るべき姿。最後の最後に相手するのが自分自身とは、人が悪い話だ。
「数は?」
大魔導師の問いに、セロンは鼻で笑う。
「それがわかれば苦労せんよ。だが、アイツはそう遠くないうちに戻ってくるぞ。備えておけよ」
「言いたいことはそれだけか」
「ああ、私からはそれだけだ。何か不満か、剣姫」
「いいや。忠告、警告を知らせてくれるだけ幸いだ。貴様も変わったものだな」
腕を組み、格上の相手を前にしても剣姫は普段と遜色ない不遜な物言いで言ってのけた。それにセロン自身も顎に手をやり、一言だけ唸る。
「変わった、か……」
「以前のままであれば、何も告げず、それこそ傍観者としての役目に留めていただろうに。どうしたというのだ」
「さて、どうしたのだろうな。私は──自分でも知らぬうちに、楽しみにしているのかもしれん。私は未知の結末を望むばかりだ。箱庭の世界、アダルトゲイムギョウ界で止めていた時は動き出した。それは私の手に負えぬ形でな。どう転がろうと、構わんよ。それが凡庸な終わりでも、それが至上の終焉でも、或いは何も残らぬ幕引きであろうとも」
誰が勝者でも構わないと言外に告げて、大魔導師を視線で追っていた。すべての始まりはそう、この男の差金だ。
「エヌラスが生き残ろうと、死のうと、どうでも良い。ここまで来たんだ。こうも私を愉しませてくれたのだ。残るはお前たちの紡ぐ結末だけだ」
「アイツは死なせんよ。この私が、そう簡単に死なせるものか。それはお前がよく知っているだろう、次元神?」
「知っているとも」
大魔導師の親心のようなものに触れて、ノワール達が驚いている。それはどこか、執念にも似たものだった。次元神との確執、或いは決して理解し合えない断崖のような溝。互いに敵同士であるという亀裂が目に見えるようだった。
「エヌラスは、絶対に死なせないわよ。私達がいるんだから」
「そうだよぉ~。そんなことされたら、あたしすっごく困るんだから~」
「そう簡単に死んじゃうとは思わないけどね!」
「と、まぁ女神達は意気込んでいるがお前はどうなんだ。商業国家国王様?」
何の嫌味か、はたまた嫌がらせなのか。大魔導師はネプテューヌ達から、ユウコに視線を移して答えを待つ。それは他の者達も気になるのか、視線が殺到した。
「え? そんなことより私忙しいんだけど」
「そんなこと、と言い切れる辺りお前が一番度胸があると思うぞ……」
「なんか言ったかドラグレイスこんなろー」
「別に」
信頼の裏返しだとでも言うように。死ぬはずがないと考えているようでもある。それに失笑が漏れる神格者達一同と、ネプテューヌ達も相変わらずなユウコの姿勢に気を緩めていた。
「さて。私からの話は以上だ。覚えていれば、動くがいいよ」
次元の狭間から姿を消していく神格者達。女神達。残されたのは、次元神だけだった。
書物を紐解き、再び物語を読み進めていく。取るに足らない差し入れだが、眺めることしか出来ない自分にとってはさほど変わりないことだ。
「お前たちは決して信じないだろうが。これでも私は、嗚呼──お前たちをとても愛おしいと思っているんだぞ? 愛着があると言ってもいい。それでも、それでもお前達は、全盛であり続けることを望まないと言うのか」
それを壊した張本人こそが、エヌラス。そして、大魔導師の二人だ。積極的に親睦を深めているソラとユウコ、剣姫も然り。ドラグレイスだけは消極的に留めているようだ。最も動きが読めない相手が、ムルフェストだった。
しかし、自分に何が出来ようか。己はただこうして、玉座に腰を下ろして眺めることしかできない次元の管理者。だからこそ──ああして閉じる事によってのみ、お前達を守ることが出来た。
それなのに、それを望まないと言うのなら。それならば、自らの手で未来を勝ち取ってみせてくれ。お前達は神に値する価値ある者達なのだから。
「最後の