超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──アダルトゲイムギョウ界。壊次元とも呼ばれる次元世界のひとつ。切り離されたゲイムギョウ界の大陸の中心、商業国家ユノスダスでは、朝から商人達が各国へ送る積み荷の確認をしていた。飲食店では早くも開店準備を始めている。
そんな人々の営みとは無縁な男がひとり。テイクアウトメニューのサンドイッチとコーヒーを喫茶店から購入して、人気の少ない噴水公園へ向かっていた。
ベンチに腰を下ろし、ペットの散歩や朝のジョギングをしている人々に目を向けながら封を開けている。
跳ねた黒髪、赤い瞳。左目の刀傷に、黒スーツ姿の成人男性。自由業と見間違われても文句のひとつ言えないような風体の男は、まだ眠気が残っているのか欠伸をもらしていた。
そこへ、背後から迫る影があった。対称的に金の髪をなびかせて、ラフなパンツスタイルで足取り軽く、男性に背後から顔を覗かせる。
「ばぁ」
「……」
「ぶー。ノーリアクションとかつまーんなーい」
「朝っぱらからなんか用か、ムルフェスト」
ムルフェストと呼ばれた女性は、ベンチの背もたれに身体を寄りかからせながら頬を膨らませていた。
「平和だねぇー」
「そうだな」
「エヌラス。向こうに戻らないの?」
「んー?」
コーヒーを一口飲んでいると、手にしていた食べかけのサンドイッチを食べられる。睨みながらも、もう一つを手にしてエヌラスは食べ始めた。
「向こうは今、色々ごたついてるらしいからな」
「そういうもん?」
「転換期ってのが本格的に近づいてきてて、女神様に対する不平不満、あらぬ噂にでっち上げが増えるから極力会うのは控えたいんだとさ。俺もそんな時期に好き好んで不満買いたくないしな」
「ふーん。で、本音は?」
「会いに行けなくて超さみしい」
落胆しながらサンドイッチを頬張るエヌラスに、ムルフェストが目を細めて嬉しそうに笑っている。
「変わったねー」
「そうか?」
「うん、変わった。女神様々だね」
「……良いのか悪いのか、俺には分からん」
「私は良いと思うけどねー。今のほうが、ずっと親しみやすくて」
昔は、とてもそんな事を言い出すような空気ではなかった。
エヌラスも昔の事は思い出したくないのか、黙ってコーヒーを飲み続けていた。またサンドイッチを食べようとするムルフェストの口が空振る。代わりに差し出されたコーヒーを受け取り、中身を飲もうとするが空っぽだった。つまらなさそうにゴミ箱に放り捨てる。
「ラステイションじゃ、対策に躍起になってるし。ルウィーでも同文。リーンボックスは論外」
「プラネテューヌは?」
「いつも通りだが、そのぶんイストワールの気苦労がな……」
今のゲイムギョウ界に行っても苦労を増やすだけだ。その代わり、フットワークの軽いメイドが二人ほど頑張っている。ラステイションの教祖である神宮寺ケイのボディガードとして今は働いているが、今は対策班に組み込まれているようだ。世間からの評判も凄腕のメイドを雇った、というもので収まっている。
ユノスダスの教会から、合奏団の音楽が聞こえてきていた。
「……今日って何の日か覚えてる?」
「何だったかな、忘れた」
「建国記念日」
「祝日とは無縁な生活が長くて忘れちまったよ」
「だろうねー」
最後のサンドイッチを頬張り、空き箱を捨てる。
噴水公園を歩く人々の中に目を惹く姿があった。エヌラスが視線で追う相手にムルフェストも気づいたのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「うへぇ……大魔導師だ」
犯罪国家、九龍アマルガム国王。大魔導師の姿がそこにはあった。
歩く超常災害は、気だるそうにポケットに手を入れたまま歩き、二人の姿に気づいたのかのんびりとした歩調で近づいてくる。
「師匠、珍しいな。こんな朝から」
「お前は今日が何の日か知ってるか?」
「ユノスダスの建国記念日」
「なんだ、知っていたのか」
「さっき聞いた」
「台無しだな」
大魔導師は呆れた様子で腕を組んでいた。
「仮にも、国王だからな。こんな日ぐらいは顔を出してやらんとな」
「仮にも何も、あんた正真正銘の国王だろうが」
「はいはいはーい、私もー」
「お前は論外」
月面国家、ナナイトの国王。それがムルフェストなのだが──この通り、国の仕事など知ったことではない顔をしている。お気楽能天気、楽しいことが最優先。
「私はてっきり、お前が知っていて此処にいるものだと思っていたが……まぁいい。暇をしているならついてこい」
「暇に見えるか、師匠」
「暇以外に見えないが?」
「私も暇してまーす」
「貴様は論外だ」
仲間はずれのような扱いに、ムルフェストが機嫌を損ねたのかエヌラスに抱きついた。
「やーだー、私も一緒にいくー。国王様だしさー、いーじゃーんーかー」
「ええいお前はしがみつくな。朝から暑苦しい」
「男二人でむさ苦しいよりかはマシですよーだー」
こうなると、もう意地でも離れない。仕方なくエヌラスはムルフェストも連れてユノスダス国王のいる教会へ行くことにした。
付き合いが長いと言えば、そうなる。
教会敷地ではユノスダス自慢の合奏団が晴天の下、曲を奏でていた。その指揮をしている青年の後ろ姿を見送り、エヌラス達は人だかりへ近づいていく。
立ち並ぶ商店では売上を競っているのか、左右隣だけでなく向かいの店とも火花を散らす、まさに商売のデッドヒートが繰り広げられていた。だが、それだけの喧騒にあってもなお、大魔導師の顔を見た瞬間、人々は海を割ったかのように道を譲る。触らぬ神に祟りなし。
そして、教会の正面玄関。大扉の門をエヌラスが叩き、大魔導師が勝手に開けて、ムルフェストがいの一番に大広間へ入っていく。
建国記念日というだけあり、教会関係者が忙しなく動いている。その中心で間髪入れずに指示を出しているのは、ブラウンのロングヘアをなびかせながら働く国王。赤い瞳と視線がかち合う。
一瞬だが、口元が緩みそうになったのを見逃さなかった。すぐに口をきつく閉じて眉をつり上げて肩を揺らしながら歩み寄ってくる。
「やっほー、ユウへぶぅ」
「なーにーを、しにきちょるか! 今日は私くっそ忙しいって言わなかったっけ!? 勝手に敷地に入るなって前も言ったのに! この! 吸血お姫さまは! この! この!」
「はう! あう! いーじゃんか、私とユウコの仲なんだしさー?」
「で、オメーら何しにきたのよ?」
ビシビシとムルフェストの頬をつつきながら、ユウコはエヌラスと大魔導師を睨みつけた。エプロンを付けた学生服のような服装は、見慣れている格好で、おおむねいつもの調子だ。
「私は建国記念日ということで、同じ国王の立場から祝いに来たのだが?」
「それはどうもありがとうございます、犯罪国家国王様」
「どういたしまして、商業国家国王様」
売り言葉に買い言葉。挑発的な色合いを見せる二人の言葉に緊張感が高まるが、それまでだ。
「で、エヌラスは?」
「暇だった」
「…………」
何か言いたげに睨んでくるユウコ相手に、悪びれもせずエヌラスは腕を組んでみせる。事実、それ以外に言う言葉が思いつかなかった。
以前であれば、自分が犯罪国家国王の立場として足を運ぶこともあっただろうが……今となっては、何の関係もない。部外者だ。アダルトゲイムギョウ界における立場も地位も戸籍も名誉も何も残されていない。自分は、隔絶者だ。
超次元にも、壊次元にも存在しない事になっている。それは、ある意味では次元神と同様に。
どこにでも行ける。だが、どこに居ない。それがエヌラスだった。絶望の魔人として生を受けた男の持つ宿命とも言える孤独。
「暇だったってんならちょっとは手伝いやがれってんだエヌラスてめーこんにゃろー! ただでさえ今日は私も丸一日はクソ忙しい業務が山程あるんだから手が回らない仕事を暇なりに手伝ってくれてもいいだろうがー!」
──まぁそんなことはユウコに関係がないのだが。
「今すぐ仕事回すから日雇いで警備員くらいしろ!」
「げ、マジかよ……」
「うるせぇ暇人! 働け!」
「私か? 暇しているぞ?」
「退屈極めた暇神は国王って立場でお邪魔してんならそれらしくしろっての!」
ぎゃーのぎゃーのと騒ぐユウコの手並みは慣れたもので、エヌラスは即座に臨時警備員として街の見回りに行かされた。
その後姿を見送ってから深く息を吐き出してアンダーリムの赤縁メガネを掛け直す。
「お前も少しは素直になったらどうだ?」
「は? うっさい」
「まぁ事実、アイツは今朝まで建国記念日を忘れていたようだがな」
「そんだけ忙しかったんでしょ」
ペラペラとバインダーの書類を捲り、手短な職員を呼び寄せて指示を飛ばした。
「はいはいはーい、教えてあげたの私ー」
「やかましっ」
「はにゃーん」
ペチン。バインダーで頭を軽く叩かれてムルフェストが困った顔をしている。
「おう、どうした! 今日は皆勢揃いだな、はっはっは!」
《邪魔をしているぞ、商業国家国王》
「うーわ、見たくない顔まである……おはよう、ユウコ」
軍事国家アゴウの守護女神、剣姫は正装の着物姿でアゴウ国王アルシュベイトの肩に腰を下ろしてユノスダス教会へと入ってきた。電脳国家インタースカイ国王、琴霧ソラもまた、いつもの調子のいつもの服装で手土産を一つ。だが、いずれも大魔導師の顔を見てあまり良い顔はしなかった。
「犯罪国家国王が何をしに来た」
「退屈だったから祝辞を述べにきた、とでも言えば体裁は取り繕えるか?」
「それはおれの仕事だ」
「なら譲ることにしよう。アダルトゲイムギョウ界の国王が揃い踏みだ、ならばたまには、それらしいことでもするべきか」
「アンタはいっつも呼んでも来ないくせに、呼ばない時に限って来るんだよな……」
「他人の思い通りになるというのが嫌いなだけだ」
天性の天の邪鬼、というだけではない。剣姫とは犬猿の仲。不倶戴天の敵同士と言ってもいい。ここがユノスダスでなければ、辺り一面が焦土一帯と化しても構わないほどだ。
「はー……じゃあ、私の仕事が一段落するまで会議室で待ってて」
「そうさせてもらう」
「はいよー」
剣姫が頷き、ムルフェストが気楽な調子で返事をする。その後に続いてアルシュベイトとソラ、最後尾には大魔導師が続いた。
例年よりも派手なユノスダス建国記念日になりそうな予感に、ユウコが深くため息をつくと──慌てて駆け寄ってきた教会職員が敬礼をして止まる。
「国王様、ご報告が! 先程向かわれました日雇いの臨時職員が暴動の制圧に成功しました! 負傷者二十三名が病院に緊急搬送です!」
「なーにをしとるかあの野郎はぁぁぁぁっ!!」
気苦労が絶えないのはユウコも同じ話だった。