超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ユウコは教会に残って建国記念式典の準備。剣姫もその祝辞の為に残ることに。アルシュベイトもその護衛を兼ねて滞在。ソラはパルフェ通りと呼ばれる喫茶店の並ぶ区画に店を構えているのでそちらへ向かった。
結果として余るのが、エヌラスと大魔導師。そしてムルフェストの三人。
「さて、どうするか」
「どうしよっか?」
「特にすることねぇしな……」
そこで、ふとエヌラスが思い出した事があった。
「なぁ、師匠」
「なんだバカ弟子」
「しばらく世話になっていいか? ちと色々用事思い出した」
「構わんが。ついこの間教会に送りつけてきた八桁万クレジット請求書は忘れていないからな」
「はははなんのことだか」
大魔導師に頭を鷲掴みされ、万力のようにゆっくりと軋みを上げるこめかみに苦悶の声を挙げるエヌラス。ムルフェストは指先を唇に当てて何か考えていた。
「貴様にはそれだけ働いてくれんと困るな?」
「うるせぇクソ師匠ぅぅぅ……! テメェ人に金で済まない迷惑掛けてるくせによぉぉぉ……!」
「それとこれとでは話が違うが。まぁいい。仕事の手伝いなりしてくれればな」
解放されたエヌラスが涙目でこめかみを擦る。頭蓋骨陥没などさせられてたまるものかと思いながら、スケジュールを建て始めていた。
「んじゃー、私はこの辺で。エヌラスもあんまユウコに迷惑掛けちゃダメだよー? じゃーにぃ」
ヒラヒラと軽い調子で手を振って、ムルフェストはお祭り騒ぎの大通りへと消えていく。
エヌラスと大魔導師もその足で九龍アマルガムへと向かうことにした。日雇い警備員の件は僅か一時間足らずで契約終了。
九龍アマルガム地下教会「廃病棟」──上層都心「公安局」と、地下帝国の二層からなる犯罪国家の教会は二つある。公安局の治める都市はテクノロジーの発展が著しく、アンドロイドやガイノイドといった
それも地下に比べれば遥かに良心的なのだが……。
「往来の邪魔だ貴様ら」
「あーあーあー、今のでどんだけビル壊したと思って」
大魔導師が指を鳴らし、噴水広場を挟んで銃撃戦を繰り広げるマフィアの抗争を重力波の一撃で粉砕した。遮蔽物代わりにしていた黒塗りの車両は潰れたアルミ缶のようにひしゃげ、背後のビルが頭から瓦礫に早変わり。地面に降り注ぐ破片からひぃこら言いながら黒服のマフィア達が逃げ出している。
舞い上がる土煙に腕を振るうと一陣の風が巻き起こり、標識や看板や逃げ遅れた下っ端が宙を吹っ飛んでいった気がする。街に巣食う魔道生命体にかっさらわれていったような気もするが、多分人懐っこいだけだろう。この街では深く考えると負けだ。
静まり返る噴水広場。ガラスの割れた服屋から店員が恐る恐る顔を覗かせて、命拾いしたことにほっと胸を撫で下ろしていた。そこへ、軽い足取りで二人に近づく女性の姿を見て顔面蒼白となっている。
「大魔導師、エヌラス。おかえりなさーい」
「マリー。お前なにしてんだ、こんなとこで」
「お買い物だけど?」
「マフィアの銃撃戦してる只中に……?」
「? なんかあったの? 凄い風だったけど、台風?」
念の為言っておくが、ここは地下帝国である。おおよそ地上で考えられる自然災害などは一切起こらない。
金の髪をなびかせてあどけない顔で小首を傾げてみせる少女は、陰鬱な地下の空気を感じさせない笑顔をエヌラスに向けて見せた。教会職員の制服であるメイド服に身を包み、スカートを翻しながら大魔導師に手にしていた紙袋を差し出す。
「今日はどうしたの?」
「んー? まぁ、色々と私用を片付けに。またしばらく世話になる」
「そうなんだ。じゃあ、できるメイドさんのマリーちゃんがお世話してあげます。むふー」
「いやぁ……それ、自分で言うのはどうなんだ?」
腕を組み、ニコニコと笑顔を向けているマリーに比べて、エヌラスは引きつった顔をしていた。この少女、犯罪国家国王に荷物持ちをさせて腕を組んでいる。常人では想像もつかない愚行に誰もが恐れおののく。しかし、大魔導師がそれを気にした様子はない。むしろそんな二人の姿を眺めて微笑すら浮かべていた。
──それから数日後。九龍アマルガム廃病棟、魔術工房でエヌラスが作業をしていたある日のこと。
マジックアイテムの製作に集中力を費やし、手元が狂わぬように細心の注意を払いながら術式を宝石に刻み込んでいた。頬を伝う汗も、瞬きも忘れて没頭していると、傍らに投げるように置いていたD-Phoneから着信音が鳴り響く。作業を一時中断し、手を伸ばして通話を開始した。
「もしもし」
肩に乗せて頬で固定しながらエヌラスは再び作業を再開する。着信相手はアイエフからだった。
《もしもし、エヌラス? 今どこにいるの?》
「今は九龍アマルガムの教会だ。どうした?」
《プラネテューヌに来れないかしら。ちょっと……緊急事態というか、非常事態というか。猫の手も借りたいくらいなのよ》
「急用か?」
《まぁ、そうと言えばそうね。だからできるだけ早めにこっちに来てくれると助かるわ》
「わかった。こっちの都合がついたら連絡する」
《イストワール様にはポータルの使用許可を貰ってるわ。すぐに来れるようにね》
「助かる。それじゃ、またあとでな」
《ええ。お願いね》
通話終了。なにやら急ぎの用事らしい。冷静さを装ってはいたが、どこか焦りを感じられた。
エヌラスが眉を寄せながらD-Phoneを作業机に置こうとして、覗き込んでいるマリーに気づいて危うく転倒しそうになる。
「うぉ!?」
「じー」
「いつからいたんだよ……」
「電話かかってきた辺りからかな? なにかあったの?」
「急ぎの用事らしい。そうだな……今の作業スピードからすると、明日には出ないとな」
「そっか。大変だねー」
まるっきり他人事のように呟き、離れたかと思うと今度は後ろから抱きしめてきた。あまり香水や化粧などにはこだわらないマリーの、自然体な香りに鼻がくすぐられる。肩甲骨の辺りに押しつけられる柔らかい感触に顔が熱くなった。
「気をつけて、いってらっしゃーい」
「……ああ。行ってきます。って、ちょっと早いか」
「ふふ、そうだね。夕飯、どうしよっか」
「軽めで頼む。夜には片付けて、明日の朝出るつもりだ」
「はーい。オーダー一名様お待ちでーす」
ふわりと離れて、マリーは軽い足取りで音を立てながら魔術工房を後にする。エヌラスは深く息を吐き出して、胸に手を当てた。心臓の鼓動が早い。人が集中力を保持したまま精密作業をしていたというのに一気に霧散してまた一からやり直しだ。
汗で貼り付いた黒のインナーシャツの胸元を開け、空気を入れる。作業再開。
宝石魔術。純度の高い鉱石に、魔力を注ぎ込むことで持続的な効果を得られるようにするマジックアイテムから、攻撃手段にまで幅広く活用できる代物。高価なのが難点だが、此処は犯罪国家。違法採掘なり強奪なり、詐欺やら窃盗やらで押収した品がそれこそ腐るほど存在する。その大半は大魔導師が教会で保管しているものだが、中にはユノスダス教会の地下倉庫で眠っている物もあった。
加工しているエメラルドに魔術文字を彫り終えて、エヌラスは深く息を吐き出す。整息。それから汚れを丁寧に拭き取り、研磨してから手で包み込むと銀鍵守護器官を稼働させて魔力を注入していく。
「────はぁ……。こんなもんか」
鈍く発光するエメラルドを予め用意しておいた型にはめ込み、装飾を付け加えて溶接する。きっちり削って、更に磨き直して、紐を通すと簡単な補助魔法で錆びつきを抑えておく。
出来上がったエメラルドの首飾りに、エヌラスは満足げに頷いてから鏡の前でどんなものかと確認する。サイズは控えめにしてあるがそこに込められた魔力だけで魔銃の全力攻撃は一度くらいは防げるだろう。……多分。
リーンボックスの国章をペイントしたケースに入れてエヌラスは身体を伸ばす。これで四つ全部完成だ。
プラネテューヌにはアメジスト。
ラステイションにはオニキス。
ルウィーにはダイヤモンド。
そして、最後にリーンボックスにエメラルド。
この短期間で作ったにしては中々の出来栄えだ。本来ならもうワンセット用意して女神候補生たちの分も製作しておきたかったところだが、急用が入ったのなら仕方ない。
エヌラスはそれらを丁寧に梱包し、リボンでしっかり蓋を閉じて装飾しておく。贈り物にしては上出来な方だろう。
後片付けをしてからマリーの持ってきた夕食で腹の虫を黙らせ、お風呂でさっぱりしてからその日は就寝した。
翌朝。予定通りにエヌラスはユノスダスへ来訪し、次元間テレポーターの使用許可をユウコに得てからプラネテューヌへ向かう。
転送されて、すぐに教会を見渡すと連絡しておいたアイエフがイストワールと共に駆け寄ってきた。
「おはよう。早速で悪いんだけど、来てもらえる?」
「おはようございます、エヌラスさん」
「ああ、おはよう。ここじゃマズイのか?」
「かなりマズイわね」
事の重大さに、静かに頷いて二人についていく。
プラネタワーの最上階。ネプテューヌとネプギアの執務室兼生活スペースでエレベータが止まった。だが、いつもの賑やかさがない。
『あーエヌラスだー! 今日はどうしたの? はっはぁ~ん、さてはねぷ子さんに会いに来たな~? もー、見た目の割に寂しがり屋さんなんだからー、このこのぉ』
……ぐらいは言いそうなプラネテューヌの守護女神パープルハートこと、ネプテューヌは不在のようだ。むしろ居たら居たで話が進まなくなるくらいには騒がしい。その妹であるネプギアも今はいないようだ。
「さて……それでは早速ですが、エヌラスさん。事は急を要する事態なんです」
プラネテューヌの教祖であるイストワールが目線の高さで向き直り、真剣な面持ちで見つめてくる。エヌラスは手にしていた紙袋をテーブルに置いて、用件を聞き出した。アイエフも言いにくそうに腕を組んでいる。
「その、女神の転換期関係の話なのか?」
「まだそこまでの関連性は無いと思います」
「邪神関連でも無さそうだが」
「そうですね。こちらも今はそういった現象は起きてません。えっと……
邪神の出現による被害をアダルトゲイムギョウ界ではそう呼んでいた。生態系にすら影響を及ぼす場合があるらしい。イストワールはそれに倣って慣れない単語を呟いてから、首を横に振った。
「じゃあなんでまた俺を呼び出したりなんか。ネプテューヌがまたなんか騒ぎでも引き起こしたっていうならまだ分かるが……」
「…………」
「…………」
イストワールとアイエフの表情が苦い。言い出しにくそうにしている。ますますエヌラスは怪訝な表情を見せた。
「その、実は──ネプテューヌさんとネプギアさんが、行方不明なんです」
「…………はぁ、行方不明。プラネテューヌの守護女神と女神候補生が」
「そうなのよ……こんな時期に」
女神の転換期に。守護女神が。行方不明。
つまり自分が呼び出されたのは、他国の女神に相談するわけにもいかないので代わりに捜索してほしいと。近衛機兵団に伝えようものなら大騒ぎしそうである。
それで極秘裏に自分に探してほしいというお願いが回ってきたわけだ。なるほどなるほど。
「頭痛くなってきた……」
「エヌラスさんなら次元渡航能力もありますし」
「そういうことよ。守護女神が行方不明という現状を知っているのは、今の所私達三人とコンパくらいだわ」
「ミリアサにも言ってないのか。まぁ客人だしな……何か手がかりみたいなのはないのか?」
「特に変わったところはなかったわ。いつもどおりと言えばその通りよ。何かあったと言えば……変なの拾ってきたくらいかしら」
「いやそれが原因じゃないのか?」
アイエフに見せてもらったのは、ネプテューヌが拾ってきたというゲーム機。うずまきマークの白い箱。イストワールも見たことがないと言っている。エヌラスも見たことがない。念の為あちこち見てみるが、特に変わったところも無かった。
「……拾ってきたのはコレで間違いないのか」
「ええ、そうよ」
「もしもネプギアさんから連絡があれば、私の方ですぐにでも座標の特定が出来るのですが……」
「それも今はないか……」
うずまきハードをアイエフに返してからエヌラスは考える。
次元渡航能力──イストワールに言われた通り、確かにその能力は備えている。絶望の魔人として、破滅による救済措置の為に。以前は自在に扱えたが、今は怪しい。次元座標の特定が難しくなっていた。だが、こういう時に心強い相談役がいる。
「わかった。俺の方でなんとかしてみる。そっちで何か進展があれば連絡してくれ」
「ええ、わかったわ。通じれば、だけどね」
「同じことを言おうとしてた」
「ところで、エヌラスさん。その紙袋はなんでしょうか? お土産ですか?」
「ん? ああ。本当ならネプテューヌに渡そうと思ってたんだが、こんな事になってるなら、後回しでいい。悪いが、預かっててもらえないか。中身は見るなよ。いや見てもいいが黙ってろよ」
早くも行動を開始したエヌラスが、二人の前から姿を消した。次元渡航と思わしき転移能力を目の当たりにして言葉をかける暇もなかったが、気を取り直してアイエフは紙袋の中身を確認してみる。
「……これは」
「女神への贈り物、でしょうか? 各国の国章があるので、そうだと思いますけど」
「せっかくエヌラスがプレゼント持ってきたっていうのにねぷ子ったら、本当にどこ行ったのかしら」
「それなら、これは厳重に保管しておく必要がありますね。私は引き続きネプギアさんに通信が繋がるか試みてみます。アイエフさんは」
「はい。情報統制ならびに、近衛機兵団と連携して対策チームの運用続行ですね」
「お願いします」
「わかりました。それでは失礼します」
イストワールと別れてから、すぐにスマホを弄りながら諜報部と近衛機兵団に通信を入れるアイエフ。その背中を見送ると、足元から機械の駆動音がした。
覗き込むと、テーブルの足元の汚れをハサミを動かして取り除いていたネプギアのミニチュアフォートクラブこと通称ミニちゃんが頑張っている。
《キュイー?》
「……二人とも、無事だといいのですが」
《キューキュキュー》
アタッチメントを取り替えて、ブラシで汚れをこそぎ落としている姿に心和ませながらイストワールはネプギアとの通信を試みていた。