超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「おいセロン。プラネテューヌの女神パープルハート知らねぇか」
「来るなり言うことがそれか、貴様は」
次元の狭間──セロンを前にして顔を見るなりコレである。
読みふけっていた文庫本を閉じて、セロンはエヌラスの顔を見た。急ぐわけでも焦るわけでもなく、腰に手を当てて答えを待っている。それにどう答えたものか。
「ふむ……」
「ゲイムギョウ界から姿を消して行方不明らしい」
「なるほど?」
「それで、お前に聞くのが手っ取り早いと思った次第だ。で、答えは?」
「知っているが」
「なら教えろ。今すぐ。秒で答えろ」
矢継ぎ早に問い質されるが、静かに目蓋を閉じる。左目の眼帯は邪神に奪われ、残っている右目は次元神としての能力を問題なく発揮した。あらゆる次元の観測。
「……答えるのはかまわんが、どうするつもりだ」
「連れて帰る。それだけだ」
「それは難しいだろうな」
「いいから教えろ」
相当気を揉んでいるのか、エヌラスは不機嫌そうに眉をつり上げた。回りくどいやり方は逆効果だろう。
「行くのはいいが、帰ってこれないかもしれないぞ? それでもか」
「それでもだ。場所は」
「零次元だ──気をつけろよ」
「ありがとよ」
セロンに礼を述べて、エヌラスはその横を通り過ぎる。
そして、その気配が消え去ったのを確認してから再び文庫本を開いた。玉座に腰を掛けたまま、無音の世界にただ一人。そこに侘しさを覚えたことはない。それは自分に与えられた役割だ。
「女神の為なら、片道切符でも眼中に無しか──」
──エヌラスが次元渡航能力を失いつつあることを自覚したのは、神次元へ単独で移動しようとした時だ。あの時は背後で糸を引いていたもう一人の魔神ネプギア──クロギアとネプテューヌが命名したのでそう呼ぶことにする──が扱っていた剣によって神次元が観測出来ない状態となっていた。しかし、その事件が解決してからもエヌラスはあらゆる次元へ移動を試みたが、失敗に終わっている。
現在、移動可能な次元はアダルトゲイムギョウ界。二つのゲイムギョウ界の三つのみとなっていた。他の次元に移動する場合は、今回のようにセロンの助力が必要となる。
そして降り立った次元で、言葉を失った。
零次元──プラットフォームゼロ。崩壊した文明と世界を目の当たりにして、エヌラスの脳裏に蘇るのはかつて己の手で繰り広げたコンティニューの最後。
キンジ塔から振り向いたアダルトゲイムギョウ界は、いつも破壊の限りを尽くしていた。誰も生き残らないように。誰も覚えていないように。誰にも覚えられないように。惨めな自分を戦火で覆うようにしてきた。
「────」
こんな世界にネプテューヌとネプギアが本当にいるのか、と疑問に思うがセロンの言葉を信じることにした。
「ハンティングホラー」
気を取り直し、指を鳴らして自らの影に潜ませている魔導有機生命体、ハンティングホラーを喚び出す。影から飛び出してくる大型二輪車はエンジンを空吹かしさせて応じた。
大魔導師に預けて調整を加えてもらったが、外観に大きな変化はない。内部魔導燃焼機関の調整中に手元が狂って九龍アマルガムで邪神災害が起きたとかなんとかかんとか。まぁ過ぎたことだ、忘れよう。
エヌラスはバイクに跨り、アクセルを踏む。ノーヘル無免許だが、乗ってるのは魔導生命体なので乗馬と一緒。車も鉄の馬って言うし。はい解決!
崩れかけたビルの屋上から飛び出して、路面の劣化した道路を走る。
「……嫌な世界だ、まったく」
廃墟の立ち並ぶ街。崩れたビル。アスファルトの隙間から覗く雑草。中には、底なしの穴まであった。それを覗き込むと、底が見えない虚無に包まれている。不快感にエヌラスは舌打ちした。
「意味もなくかっ飛ばしたくなるな」
何もかも置き去りにして走り抜けたくなるが、それでは探している二人が見つかりそうもないのでやめておく。
地面の振動に、エヌラスはハンティングホラーを停める。地震のようでもあるが、遠くから甲高い金属音が聞こえてきた。それから遅れて、ビルが倒壊していく。なんかつい最近も似たような光景を間近で見たような記憶があった。
それはともかくとして、かっ飛ばす理由ができたらしい。
──ネプテューヌが木刀を片手に走る。それに続いて、ネプギアもビームサーベルを持ってついてきていた。二人の前を走るのは、赤い髪の少女。右手にはメガホンを持っている。
ビルの隙間を縫うように駆け抜けて、大通りに出ると膝に手をついて息を整えていた。
「はぁ、はぁ……! なんなんだ、アイツは!」
「うえー、もうわたし走れないぃ~……」
「お姉ちゃん、しっかり!」
「ここまで来れば流石に──」
顎を伝う汗を手の甲で拭い、顔を上げる。どうやら追ってきていないようだ。
「怪我はないか、二人とも!」
「はい、私は大丈夫です」
「わたしも平気だよ」
「そうか。ならよかった」
一安心して二人を連れて歩こうとした瞬間、ビルを破壊しながら“それ”は現れた。
目元を覆うバイザー。黒い騎士甲冑。黒い聖剣──ミリオンアーサーの持つものと酷似したエクスカリバーを振るう魔人が歩いて三人の前に立ちはだかる。寒気すら覚える笑みで口元を歪ませながら、透き通るような声で。
「どこに行くつもりだ? よもや私から逃げられるとでも?」
「っ……ねぷっちとぎあっちは逃げろ! ここは俺が!」
「そんな、無茶ですよ!」
「一人じゃ無理でも三人ならなんとかなるって!」
「だからって、さっきの見ただろ!?」
数の不利をさも当然のハンデとでも言いたげに、その魔人は歩み寄る。その一歩、また一歩が騎士甲冑を鳴らす。
「女神が三人掛かりとは、私も心躍る」
「くそ、お前! 一体なにが目的だ!」
「そうだそうだー! 別にわたし達なんも悪いことしてないよ! っていうか悪者なのはそっちなのになんで切りかかってくるのさー!」
「えっと、お姉ちゃん。悪者だから切りかかってきたんじゃ……」
「……あれ?」
「なに、ただの腕試しだ。命まで取る気はないが、手元が狂う事もある。その時は自らの不運を嘆くがいい」
立ち止まり、魔人は剣を突きつける。その挙動一つ一つが重く、威圧感を放っていた。気圧されてたまるかと気概を見せ、先陣を切る赤い髪の少女だが、魔人の視線があらぬ方向に向く。
獣の咆哮じみたバイクのエンジン音──そして、ビルの壁面を突き破りながら道路に着地。
「新手か……!?」
「……ほう。まさか、貴様もこの次元に来るとは思わなかった。これは想定外だ」
赤い髪の少女は苦い顔をするが、その姿を見たネプテューヌとネプギアの表情が明るくなった。だがそれからすぐに疑問に首を傾げている。
「うずめ、大丈夫! 心強い味方が来てくれたみたいだから」
「顔は怖いですけど、安心してください」
「聞こえてるからなネプギア!」
「はひぃ!? ごめんなさい!」
確かに怖い。だが、魔人も無視できない相手なのか向き直っていた。
「こいつは俺が引き受ける。出来るだけ離れてろ」
「うん、わかった! それじゃ後はよろしくね、エヌラス!」
「うずめさん、早くここから離れないと」
「あ、ああ……」
走り去る三人を見てから、エヌラスは倭刀を召喚してハンティングホラーから降りる。それを追うこともなく、魔人オルタは構えていた。
「いいのかよ?」
「相手が貴様とあっては、私も遊びでは済ませられそうにない。構えろ」
「テメェが此処にいるってことは──」
「さて、どうだろうな?」
しらばっくれるオルタに、舌打ちをしてエヌラスが踏み込む。アスファルトがヒビ割れ、鋭い刺突で牽制する。その太刀筋を見切り、最小限の首の動きで回避すると脇から胴へ向けて剣を振るい反撃。しかし、それを倭刀を引き戻すと手首を返して受け止める。
刹那、視線を交わしてから再度打ち込む。黒い聖剣を防ぎ、火花を散らして倭刀を翻す。切っ先を逸らすように剣を跳ね上げ、オルタが肩口からエヌラスの身体を突き飛ばした。
僅かに開いた距離に、左手から魔力放出で追い打ちをかけるように吹き飛ばす。ビルの中へ吸い込まれるように消える姿へ向けて、さらに横薙ぎ一閃でビルを倒壊させた。
「……」
廃墟の下敷きになった程度で終わるような相手ではない。その予想通り、エヌラスは瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。首を慣らし、刀を振って大股で歩み寄ってくる。
それに気を良くしてオルタは思わず笑みをこぼした。
「そうこなくては」
「ったりめぇだ。誰だと思ってやがる」
──遠くから激しい戦闘音が聞こえてくる。ビルが倒壊し、魔力光も見えた。エヌラスとオルタの戦いから離れて、うずめとネプテューヌ、ネプギアの三人はようやく胸を撫で下ろす。これでひとまずは安心だ。
「ふぅー、助かったぁ……エヌラスが助けに来てくれるとは思ってなかったけど」
「ねぷっちの知り合いなのか? その、さっきの黒い奴。男の方」
「そうだよ。エヌラスって言って、顔は怖いし、わたしのことぞんざいに扱ったり、指名手配犯になってたりするけどわたし達の味方だから!」
「それのどこに安心する要素があるのか俺にはちょっとわからないんだけど!? ねぷっち、そんな悪い奴と知り合いには見えないんだけどな……なんか弱み握られてたりとかしないよな? ぎあっちも」
「うずめさんが心配するようなことは無いと思います」
困ったように笑うネプギアに、うずめが「本当か?」とでも言いたげに眉をひそめている。しかし、二人が言うのなら大丈夫なのだろう。にわかには信じがたいが。
自分達を追っていた魔人が、その矛先を向けるくらいには脅威を感じているに違いない。だからこそこうして逃げることが出来たのだから。
「うわぁ……すげぇな……」
うずめがまだ遠くで起きている戦闘の様子に目を凝らす。土煙に紛れてよく見えないが、二つの人影が激しく切り結んでいる。銃声までも聞こえてきた。それだけに留まらず、雷鳴すらも聞こえてきて天変地異じみたことになっている。
「なんか、やばいことになってないか?」
「あー、うん。だよね……普通そういう反応しちゃうよね」
「私達は慣れちゃいましたけど、最初の頃は同じこと考えてたなぁ……」
「いやしみじみと言っている場合じゃないからな、ぎあっち!?」
「あっ」
と、ネプテューヌが言っている間にぐんぐん近づいてくる人影にその場からそそくさと離れた。数秒前まで自分がいた場所にエヌラスが転がってくる。
地面に倭刀を刺して身体を引き止めるが、刀身が半ばより折れた。
「エヌラスさん!? 大丈夫ですか!」
「なんとかな」
「怪我してるじゃねぇか、ほんとに大丈夫なのかよ?」
「心配してくれるのはありがたいが、そう簡単にくたばりゃしないから問題ない」
ネクタイを緩め、ボタンを外してエヌラスは空を睨む。
そこには魔力を解放させた聖剣を構えるオルタが跳んでいた。魔力放出を加速装置代わりにして急降下してくる姿に、回復魔法で傷を癒やしてくれていたネプギアを突き飛ばして剣指を立てて防御魔法を張る。赤黒い魔力と拮抗していたが、間もなくして破られるとエヌラスはブーツに紫電を集中させてオルタが剣を振るよりも先に蹴り飛ばしていた。
「ふん」
身体にまとわりつく青白い電撃を鬱陶しそうに一喝するだけで払い除けてみせる姿に、エヌラスが苦い顔をしている。
「対魔力まで再現かよ、やる気なくすぜ」
「時間制限付き、だがな」
拳を握り、開く。指先に力が入らなくなってきていた。これほどまでに激しく魔力を消耗させられるとは。このままでは自分が消滅するのも時間の問題だ。
「しかし、肩透かしを食らったものだ。絶望の魔人、貴様は弱くなったな」
「…………」
眉を動かし、エヌラスはオルタを睨みつける。
「弱くなった……?」
「エヌラスさんが……ですか?」
「ああ。この次元に来れるはずがない。何故なら、既に終わっている世界だ。お前の役目を果たす理由もここにはない──ここに来れたのは次元神の手を借りたからだ。そうだろう、エヌラス」
「そこまでお見通しなら、今さら訂正の必要はないな」
「そして、次元渡航能力を失ってさえいる。それが何故か分かるか?」
「ま、なんとなく」
「──女神に、囚われているからだ」
まぁそうだろうな、なんとなく予想していた。エヌラスは納得していたが、ネプテューヌとネプギアは大いに驚いている。自分達が弱体化の原因とは思いもしなかったからだ。
「何もかも失ったゼロの世界。貴様は此処に、帰れないと知りながら足を踏み入れた。それは何故だ?」
「プラネテューヌの女神がこぞって行方不明にでもなってなけりゃ来ねぇよバーカ」
「えぇ!? そこでわたし達のせいにしちゃう!?」
「実際テメェ等のせいだろうが! アイエフに呼び出されたと思ったら女神が行方不明とか言われた俺の気持ち考えろ!」
「そっかー大変だね!」
「他人事かよテメェェェッ!!!」
「ねぷーーーーーー!?」
「わぁぁ、お姉ちゃーーん!?」
ネプテューヌが投げられた。遥か上空に向けて。浮遊感に包まれたのも束の間、重力に捕われて落下してくるのを受け止めてからエヌラスはオルタに向き直った。
「び、ビックリしたぁ……でもちょっと楽しかったかも! 後でもう一回やって!」
「他界他界ならいくらでも」
「なんだろ、ぽっくりいきそうな気がするから止めておく……」
緊張感の漂う空気から一変、ネプテューヌが口を開けばこの通りだ。しかし、それでもオルタは和やかな空気にほだされる事なく剣を向ける。
「破壊できない世界を知覚したその日から、既にその能力は失われていた。あの男の言う通り、貴様は出来損ないに相応しいな」
「贋作ですらない成り損ないに言われちゃ形無しだ」
肩を竦めてみせるエヌラスは折れた倭刀を転送して頭を掻いていた。
「──確かに。お前の言う通りだよ。俺は弱くなった。認めるさ」
「エヌラス……?」
「だが、見くびってもらっちゃ困る」
「ッ!?」
オルタが直感から訴えかけてくる危機感に従って黒い聖剣で防御態勢を取ると、その直後に強烈な斬撃が飛んできた。エヌラスの手には、撃鉄の付いた鞘が握られている。
超電磁抜刀術・壱式“迅雷”──抜き放たれれば必殺となるはずの一撃は未来予知じみた勘で防がれた。
振り払うことすらできず、両腕にまとわりつく紫電が感覚を鈍らせる。初めてそこでオルタが苦い顔をした。
「貴様──!」
「そこまで言うなら、もちっと本気出しても文句言うんじゃねぇぞテメェ」
エヌラスが再び接近し、あろうことか殴り掛かる。拳が聖剣の腹に触れた瞬間、爆発した。弾かれるようにその場から遠ざかる姿にエヌラスが距離を詰めていた。
口訣を結び、眼前に浮かび上がる炎へと手を入れて鍛造するのは、バルザイの偃月刀。大きく歪んだ三日月状の刃を持つ剣を、多重投影で自らの周囲へ展開する。その数にして十六。躍りかかる無数の投擲に、オルタは短く息を吐き出して全て迎撃してみせた。
その刃の中から、不意に眼前に突きつけられたのは一挺の拳銃。深紅の自動式拳銃が撃鉄を起こして爆ぜた。衝撃に押し負けてたたらを踏む姿に、エヌラスは再度、紫電を纏った蹴撃によってビルへ吹き飛ばす。
言葉を失っているネプテューヌ達に向き直り、軽い調子で手を振った。
「そんじゃ、もうちょっとアイツと遊んでくる」
そう言ってエヌラスは偃月刀で肩を叩きながらオルタに追撃していった。