超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──弱くなった。次元渡航能力を失った。帰れないと知りながら助けに来た。
オルタはそう言っていた。
それら全ては、女神に囚われているからだ、とも断言した。まるでそれは自分達のせいであるとも言うように。
確かにそうなのかもしれない。
遠ざかるエヌラスの背中が無数の偃月刀を投影してはオルタを執拗に狙う。魔力放出で迫る凶刃を粉砕して迎撃するが、今度は白銀の回転式拳銃によって阻まれていた。手の弛んだ隙を突くように今度こそ蹴り飛ばすとビルを貫通して道路を転がっていく。その姿を容赦なく追っていった。
「アイツ、あれで弱くなったってのかよ……」
うずめがぽつりと呟いていた。
「っていうか、さっき魔人とか言ってなかったか?」
「あー、うん……そうなんだけど。なんかエヌラス、わたし達のことが好きでしょうがないみたいでさ。女神の味方をしてくれるんだ。いやぁ、もう、惚れた弱味って言うのかな。なんか照れくさいけど」
「そういうもんなのか?」
「お姉ちゃんが言うならそういうものだと思いますけど……」
「わたしはそう思ってるよ? でも、まさかそれが原因で弱体化してるなんて」
そんな素振りひとつ見せてくれない。相変わらず一人で悩みを抱えていたことが、少しだけネプテューヌには不満だった。
左胸の魔力貯蔵機関である銀鍵守護器官から、全身に施術された魔術回路に魔力を流す。焚べられる魔力の燃焼によって体温が上昇するが、それは微々たるものだ。発露する魔術の形が紫電となってエヌラスの掌から出現する。それは折れたはずの倭刀であり、今度は魔力による補強を込めてあるため今度は早々折れる代物ではない。
──オルタが苦い表情を見せて振り下ろしを防ぐ。籠手から響く振動に剣を手放しそうになるが堪える。気迫一閃、からの眼前を掠める刺突。
下段からの斬り上げで反撃に転じようとする剣が防がれた。見れば、刀身に足を乗せて押さえ込んでいた。魔力放出で足を払い除けるのと紫電が同時に衝突する。
周囲一帯に走る電撃に街灯が点いた瞬間、弾けた。
閃光が収まり、しかしオルタのバイザーを捉えていたのはエヌラスの持つ深紅の自動式拳銃。そのマガジンに、銃身に刻まれている魔術紋様が輝きを増す。
「イア・クトゥグア」
その名を呼ばれて、赤い魔弾が小柄な騎士を吹き飛ばした。バイザーを破壊されて地面に膝をつき、顔を押さえてかぶりを振る姿へエヌラスはバルザイの偃月刀を鍛造しながら駆け出す。
「っ──」
首を斬り落とす覚悟で振り上げて──。
「エヌラス」
額から血を流し、結い上げていた髪は解け、見上げてくる顔に──血に染まった荒野に一人、置き去りにしてきた王の顔が重なる──。
太刀筋が鈍り、咄嗟にバルザイの偃月刀を逸らした。地面に切っ先を沈ませるエヌラスに、オルタは好機と見たのか掌をかざし、魔力を放って体勢を崩す。
「かッ……!?」
「やはり、貴様は弱くなったと確信を持ったよ」
エクスカリバーの切っ先を腹に向けて突き出し、魔力を爆発させる。その衝撃をまともに受けたエヌラスの身体は瓦礫の山に背中を打ちつけた。こみ上げてくる胃液を堪え、息が詰まる。その場に膝をつき、偃月刀で身体を押し上げようとするが肩口を縫い付けられる。
オルタの顔が、鼻が触れ合うほどの距離にあった。光芒を失った金の瞳が細められ、口角をつり上げている。
「……弱くなったな、本当に」
「黙れ」
「こちらの台詞だ」
ギッ──。左肩を貫通させた聖剣から、身体に流し込まれる熱。それは魔術回路を内部から焼き切る事もできると暗に示していた。本来ある流れから逆流させるだけで魔術を扱う神経は容易く破壊される。魔力逆流。
「それでも貴様は、あの邪神に挑むのか?」
「それまで死ぬわけにはいかねぇんだよ。腕が飛ぼうが足が無くなろうが」
「……それも女神のために、か。自らの役目を果たせぬ者がどれほど脆いかも知らないわけではないはずだ」
それは自殺願望に他ならない。吹けば飛ぶような儚さでもある。だが、この魔人は元々そういうものだ。神に挑む超人の淡い夢の結晶。その叡智の尽くを授かった。
オルタの手が、エヌラスの顎に添えられる。持ち上げて、視線を離さないまま──唇が触れた。
「んッ──!?」
「……、」
ぬるりとした感触に、顔を引き離す。だが、肩に押し込まれた刃を更に深く突き刺されて苦悶の表情を浮かべたエヌラスに唇を湿らせている。
「なに、しやがる……!」
「言っただろう。私は時間制限付きだと。だから、それを補うために貴様から魔力を頂戴しようと思ってな。どの道、抵抗はさせん。貴様の魔力貯蔵庫は私にとって都合がいい」
そして、再び顔を近づけて唇が重なる。触れ合う肌は死人のように冷たく、だがそれでいながらに口内を舐る舌は熱かった。最初こそ抵抗したエヌラスだが、左肩の痛みに口を緩める。
「ん……ふふ、最初から素直にしていればいい」
「──」
「そう睨むな。役得だろう……?」
唾液も無味無臭、だが漏れる吐息は甘く、左肩の痛みを忘れそうになるほど熱情的に迫られていた。
「はっ……! ん、乗り気になってきたではないか……」
「うる、せ……! テメ……ん、く──!」
喉を鳴らしてオルタが唾液を飲み込む。口の端から垂れるのを指で拭いながら、頬を赤らめて息を乱していた。
「ふふ、悪くない。だが少しばかり、量が物足りないな」
「だったらどうするつもりだ」
「こちらでの魔力供給でも、私はかまわないが?」
籠手がスラックスのファスナーを撫でる。こちらの方がより純度も高く濃密なモノが補給できるとはエヌラスも知っていたが、それを敵対している相手にくれてやるわけにはいかない。
「もし、それが叶わなければ?」
「その時は、左腕に別れを告げるがいい」
下手をすれば、左腕一本では済まないかもしれない。しかし、オルタは愉快そうに端正な顔立ちに笑みを浮かべたまま優しく続けた。
「貴様の不貞さは、聞き及んでいる。ならば今さら何も恥じることなどないだろう?」
「どこの誰から聞いたかだけ教えろ。ぶっ殺してやる」
「貴様が殺そうとしている相手からだ。案ずるな、口だけで済ませてやる」
あの野郎、何がなんでもこの世から消し去ってやる。エヌラスがそう決意を新たにしている間にも、オルタの手はファスナーを下ろそうとして──突如、空から響く咆哮に止まった。
「な、ん──!?」
空を見上げて、呆然とする。
空間を破りながら、巨体が降下してきていた。その全長はビルを遥か見下ろすほど。三十メートルはあろう広げていた翼を畳むと、無差別に破壊活動を始めた。ビルが腕を振るうだけで瓦礫と化している。
その個体は、女性型であることが確認できた。全身に纏うプロセッサユニットのような無機質な装備に、紫色を基調とした色合いは、似ても似つかないが守護女神を彷彿とさせる。
オルタが舌打ちすると、エヌラスの肩を貫いていた剣を引き抜いた。
「ふん。アレが来たとなれば、今回はこの程度で済ませてやろう」
「っ……、テメェ。アレが何なのか知ってるのか?」
「興味などない。だが、教えてやる義理もない」
「人の唇奪っといてよく言う」
「そういう台詞は純潔を奪われた乙女が言うものだ」
ぐぅの音も言い返せない。銀鍵守護器官の魔力を自己再生に回し、左肩の傷口を修復する。少しだけ左手の感覚が鈍いが、応急処置ではこの程度が精一杯だ。
「せいぜい巻き込まれないことだな。もっとも、貴様があれにやられるとは思えんが」
そう言い残して、オルタは黒い渦の中へと消えていく。エヌラスはそれを憎らしげに見送ってから、唇にまだ残っている感触を拭う。死人のように冷たかった肌は、気味が悪かった。それでも、あの魔人は生きている。
戦うために。戦わされるためだけに。それはまるで自分のようで──エヌラスはハンティングホラーを呼び出して、現れた巨人から身を隠すようにしながらネプテューヌ達と合流を急いだ。
ネプテューヌとネプギア、そしてもうひとり。サスペンダーシャツを着た赤い髪の少女と無事に合流し、彼女が秘密基地にしているという廃ビルへと到着してようやく一息入れる事ができた。
「さて、ひとまず──」
「俺の自己紹介だな。俺は天王星うずめ。ねぷっちとぎあっちとは数日前に出会ったばっかだ」
「俺はエヌラス。さっき言った通りだがそっちの二人を連れ帰らなきゃならんのだが……さっきのアレを見た後じゃそんなこと言ってもいられないな」
うずめと名乗った少女──もとい、守護女神が言うには、ダークメガミというらしい。この世界を無差別に壊して回り、破壊された後には何も残らない。そのせいでこの次元はあちこちが無くなっている。そんな絶望的な状況で、うずめは一人で戦っていた。
それにどうしようもなく親近感を覚える。だがエヌラスは何も言わなかった。ネプテューヌとネプギアは、そんなうずめを放っておけなくて力になれないかと言っている。
目下の目標はダークメガミの撃破。
「そうだ! ねぇエヌラス。ダークメガミだけどさ」
「言っておくが、機神召喚はしないからな」
「え? なんで?」
「バケモノにバケモノぶつけても大惨事にしかならねぇよ!!」
機神サイズでレムリア・インパクトをやろうものなら都市一つ壊滅レベルだ。国境警備隊の本部である移動要塞を一撃で消し飛ばした事もあるが、あの時は冷静さを欠いていた。猛省である。
「とりあえず、現状はダークメガミを倒さない事には始まらないってことでいいのか?」
「わたしはそのつもりだったけど」
「はい。私も、うずめさんの力になりたくて」
「それまで帰る気も無い。と」
「それなんだけどー、エヌラス。帰れるの?」
「へ? あぁ、ぶっちゃけ俺も無理」
「そんなあっさりと言うことじゃないよ!?」
「ダメじゃないですか!? それじゃミイラ取りがミイラですよ!」
「俺はいいんだよ。二人みたいに社会的地位のある人間じゃないから」
「そんな淡々とした調子で自虐しなくても!」
「あっはっはっは、まー大丈夫だ。なんとかなるって」
「えぇー、ホントかなぁ……なんかわたし不安になってきた」
ネプテューヌが疑いの眼差しを向けているが、すぐに背中を預けてきた。頭を撫でて、エヌラスは安心させるように何度も髪を梳く。
魔人と聞いて警戒していたうずめも、そんなネプテューヌの姿を見て警戒を解いた。
「さっきの黒い騎士は?」
「ああ、アイツもダークメガミの姿を見たらそそくさとどっか消えちまったよ」
「なんか知り合いだったみたいだが……」
「ちょっとした腐れ縁みたいなもんだ。しばらく顔は出して来ないと思う」
「なんでだよ?」
「自分の形を保つのに、常に魔力を消費してるからだよ。別な何かで補填してるとは思うが、さっきの馬鹿みたいな破壊力も一時的な魔力解放で底上げしてる。その分消耗も激しい」
「詳しいんだな」
「まぁな。これでもそっち方面は自信あるんだ」
「でも家事なーんも出来ないよねー」
「……掃除ぐらいなら、辛うじて。っていうかそれ言ったらお前もだろうがネプテューヌ!」
「ねぷぅ~~!!」
頭を鷲掴みにされてぐわんぐわんと揺らされる。エヌラスが手を離すと、目を回していた。
「はううう~~~……ばたんきゅー……」
「わわ、お姉ちゃん大丈夫?」
「うぅ~、ネプギアが三人に見える~……メカっぽいのと目が怖いのが増えてる~……」
「お姉ちゃん!? なんか見えちゃいけないのが見えてない!?」
なにやらネプテューヌは幻覚が見えている模様。ネプギアが介抱しているのでそれもすぐには治まると思うが。
「ねぷっちとぎあっちがいるとホント楽しいな。こういう賑やかなの、なんか久しぶりだ」
「はー、まったく。こんな調子が四六時中続くんだ。信じられるか?」
「まぁなんとなく」
「うぅ~、エヌラスのツンデレ~」
「そういえば、肩を怪我しているみたいですけど。大丈夫なんですか?」
「え? あぁ忘れてた。傷口はもう治してある。少し左手が鈍いが、時間かければ問題ない」
「お前すげーなぁ……」
うずめが感心した様子でエヌラスの左肩を見ていた。ほつれた箇所を何度か叩き、撫でると元通りになっている。形状記憶繊維で、魔力を通しておけば防弾ベストにも耐刃ベストにもなるのだが相手が悪かった。いや、それもあるが──。
一瞬でも気を動転させてしまった自分の行動に、エヌラスは呆れ返る。弱くなった、というのは何も魔人としてだけではない。精神的にもだ。肉体的にも。あの程度の痛みであれば感覚を遮断して致命傷を与えられたはずだ。しかし、それが出来なくなっている。
「…………」
「……? なに、エヌラス? どうかした?」
「やっぱり痛みますか?」
「いや、別に」
──改めて。自分は、女神に心奪われたことで弱くなったと痛感した。不思議とそれが苦にならない。
そんなエヌラスの顔を見ていたネプテューヌが、なにか思いついたのか口元を緩めた。
「はっは~ん。さてはぁ、ねぷ子さんに会えなくて寂しかったんだな~? もー、素直に言ってくれればいいのに、このツンデレさんめー♪」
……とりあえず、ネプテューヌを壊れたビルの窓から投げてバンジージャンプさせておく。