超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ジングウサクラ公園を走る魔術と炎と風とデタラメな量の偃月刀。数少ない残りの自然がなぎ倒され、焼き払われる。爆炎の中からエヌラスが抜け出し、着地と同時にクロギアのビームザンバーが眼前に迫った。脚を払い、体勢を崩してから腹に押し当てた掌より発勁。華奢な身体を吹き飛ばし、マジェコンヌに叩き返す。
「足を引っ張るな、黒い小娘!」
「あなたこそ!」
まるで旧知の仲のように息を合わせて二人が手をかざし、魔力を集中させる。
「俺を相手に魔術で勝負とは良い度胸だ!」
大魔導師が一番弟子。後にも先にも、ただ一人の師弟関係。その矜持を誇る為にもエヌラスはマジェコンヌとクロギアの魔術合戦に応じていた。
魔女のような衣装に違わぬ凄腕だ。マジェコンヌに対する評価を改める。様々な属性魔術、こちらの術式への適応も早い。対抗呪文も無詠唱でやってのける腕前は感嘆に値する。こうも飲み込みが早いとこちらも攻めあぐねるものだ。模倣という一点において、これほどの腕はそうお目に掛かれない。
マジェコンヌが放った火球を、エヌラスが倭刀で術式の核を切断して消滅させる。それに舌打ちをするのは、互いに同時。
「チッ。どういう剣の腕をしているのだ、アイツは……」
「くそったれ、さっきより厄介な式になってやがる……」
魔術とは、創造の術式構成。形の無いものに形を与える、想像の位階。その術式は千差万別、それこそ極めればありとあらゆる森羅万象すら自在になるだろう。大魔導師は、それを成した。何度聞いても耳を疑い、目を疑い、疑心暗鬼に陥るような話ではあるが“人間”の身で。
それこそ魔道、神に通ずる一点で神格者の座にまで到達している。しかし、当人はまだ語る──俺の魔術はまだ完成に至らない、と。ならば目指す極点は。答えるまでもない、次元神だ。
神を
その点、マジェコンヌは術式の模倣、式の理解が早い。クトゥグアの炎熱を曲がりなりにも再現して放ってくる姿にはエヌラスも肝が冷えた。イタクァまで再現された暁には大魔導師に何を言われたものか堪った物ではない──「模倣させる程度の甘ったれた術式構成など修正してやる」などと言った二秒後には裸一貫で魔境に放り込まれるだろう。トラウマが掘り返される。
クロギアの剣技は、ネプギアよりも上回っている。手にしているビームザンバーの扱いも手練のものだ。
「っ」
ただしそれは──純粋な剣の腕前で言えばの話だが。
まだ甘い。決定的であり致命的な欠陥を抱えている。それこそがエヌラスにとってつけ入る隙となっていた。
命を奪うことに対する嫌悪感。或いは、戦闘に対する恐怖。太刀筋は鋭いが、気迫が籠もっていない。殺意が感じられない。
剣技など、結局は命の奪い合い。殺し合いの手段の一つだ。そこに余念が入る隙などどこにもない。殺すか殺されるかの殺人剣。活人剣は自分の得意分野ではない。
剣を活かす一点において、ただその身を捧げた邪神を思い出す──
命を奪うことを嫌悪するのならば、刃を捨てればいい。それは道具でしかないのだから。
「────」
整息。丹田に気を込めて、ビームザンバーを倭刀で流す。火花が頬を掠めても瞬き一つせず、エヌラスが内勁を発する。純粋な発勁、魔道式などと邪道も邪道、外道の極みと蔑まれる武術でクロギアの身体を崩す。たたらを踏んだ死に体へ、掌底を打ち込んだ。
小柄な身体はマジェコンヌの横を通り抜けて水の枯れた噴水を壊し、地面を転がっていく。
「なっ……!?」
「舐めんな、こちとら神殺しの為に造り上げられた魔人様だ。テメェ等なんぞに遅れを取ってたまるか」
指を慣らし、首を慣らして肩を回す。クロギアの攻勢が緩んだ隙にマジェコンヌへ向けてエヌラスが駆け出した。距離を詰めて、倭刀を振るう。杖で防ぎ、魔術で目を眩ませたと思えば、その手には同様の倭刀が握られていた。
「ならばこの犯罪神を舐めないでもらおうか!」
「こちとら元・犯罪王だ、ご同類! 仲良く殺し合おうじゃねぇかナスババァ!」
「マジェコンヌだとその身に刻んでくれるわっ!」
刃が閃く。その太刀筋は、やはり模倣されたものだ。鋭く、流れるような軌跡を描いている。しかし、その模倣は所詮物真似でしかない。魔術の腕は大したものだが、得物に振り回されるようでは話にならない。
エヌラスの倭刀が切っ先を合わせ、手早く左右に剣を振るうとマジェコンヌの手から倭刀が跳ね上げられた。そして、クロギアと同じように発勁によって掌底が打ち込まれ、たたらを踏む。そこに強烈な回し蹴りが打ち込まれて吹き飛んでいった。
「模倣の腕は大したものだ。称賛に値する。だが、テメェの剣は本質には程遠い。出直せ」
姿形だけを真似たところで本質の理解には程遠い。それは、人間の真似事をしている自分にも言えることだ──。
咳き込みながらクロギアとマジェコンヌが立ち上がる。一撃で葬らなかったのは、単に加減したからだ。
「っ、何なのだアイツは……魔人だと? 貴様等と一緒か……大した馬鹿力だ」
「言ったはずです……敵は女神だけではないと」
「だったら貴様も出し惜しみしている場合か!」
「マジェコンヌこそ」
可能ならば、この世界について聞き出そうと思っていたが話し合う余地はなさそうである。悪寒が走り、左手をかざしたクロギアが鈍く輝く紫色の剣──ゲハバーンを掴んでいた。一気にジングウサクラ公園の空気が重くなる。それは、エヌラスが思わず顔をしかめてしまうほど。
マジェコンヌの手には、黒い装丁の魔導書。紐解かれる力に、ネガティブエナジーが溢れ出す。口角をつり上げて声高らかに口訣を結んだ。
「
「テメェが──!」
詠唱を止めようと駆け出すエヌラスの前に、クロギアが進路を阻むように立ち塞がる。それを薙ぎ払おうとするが、ゲハバーンに触れた倭刀が逆に砕け散った。逆の手に持つビームザンバーをレイジングジャッジのバヨネットで受け流し、距離を取る。前髪を数本切り飛ばした返し刃に肝が冷えた。
魔術で補強していた倭刀が、触れただけで逆に粉砕されるほどの頑強さは度が過ぎている。剣そのものの強度ではない。
鈍く、薄汚れた紫色の刀身にクロギアは視線を落としていた。その目尻から、ふと涙が伝う。
「…………本当は、嫌なのに。こんなの、使いたくないのに。わたしにはこれしかなくて……これに頼るしかなくて……! これがないとわたしは──こんなもの、に……こんなの──!」
歯を食い縛り、憎悪と嫌悪を露わにする。静かに取り乱し、壊れたボロのように取り留めもない言葉が呟き出されていく度に、剣の輝きはよりドス黒くなっていく。クロギアの精神に呼応するかのように。
その姿が、昔の自分を見ているようで。そうするしかないと自分を呪いながらも、歩き続けることしか出来なかった。それがどれほど間違っているのかも分からなくて。気づいた頃には全部手遅れになっていた。それでも──それでも。それでも、と。手を差し伸べてくれた女神達がいる。
「クロギア……」
「……、あなたも。わたしをそう呼ぶんですね……わたしは──!」
思わず口から出た言葉に、目の前の魔神がどれほど傷ついただろう。彼女は“ネプギア”だ。別世界のゲイムギョウ界から来たネプギアだ。それが区別が付くようにと偽物のような扱いを受ければ、擦り切れた女神候補生の精神は、静かに壊れていく。いや、そも最初から壊れていた。その過程に何があったのかはエヌラスには分からない。
しかし、その眼は……涙を滲ませ、潤んだ青い瞳は満足な眠りすら許されず悪夢に苛まれ続けた少女のそれだ。暗く落ちた影はクロギアが犯した罪と呪いだ。決してそれから目を背けてはいけない、耳を塞いではいけない。自分がそうだったように。
空が砕ける。雲を裂いて、巨神が降り立つ。マジェコンヌの背後に着地したダークメガミ──パープルハートを模した混沌と破壊の化身は翼を畳むと吼えた。その空気の振動だけでモンスター達すら一目散に逃げ出している。足下にいるエヌラスとクロギアでさえその重圧で身動きが封じられるほどだ。
「あなたなら、何とか出来るんじゃないですか? あの人と同じように使えるんでしょう」
クロギアの自暴自棄な言葉に、脳裏をよぎるのは機神召喚。だが、それを果たして目の前の魔神が許すかどうか。そもそもアレは──。
エヌラスが躊躇している間にも、マジェコンヌが喚び出したダークパープルは拳を振り上げてこちらに向けていた。
「フハハハハハハ! そのまま虚無に呑まれて消えてしまえ!」
「ちっ、流石の俺もこの質量は防げねぇぞ──!」
拳が振り下ろされる。クロギアは逃げるつもりもないのか、ゲハバーンの切っ先をエヌラスに向けていた。いっそ心中でも出来れば本望だろう。自分が何か動きを見せれば、間違いなく仕掛けてくる。
クロギアとマジェコンヌだけならばまだしも、まさかダークメガミまでもが相手にとなれば万事休すか──。
「“私が犯した罪は──心からの信頼において、あなたの命に反したこと”」
声が聞こえる。それが誰のものか、エヌラスが思考するよりも早く詠唱が続けられた。
「“
雷鳴、落雷にして閃光が奔る。それはダークパープルの拳がエヌラスを押し潰す刹那の差で。
クロギアが取り残され、頭上にゲハバーンを持ち上げると触れた拳が押し止められた。
地面を滑るようにして制動を掛けたのは、細剣を手にした戦乙女。エヌラスを肩に担いで、その場に降ろした。
「いやぁ間一髪でしたね」
「あ、ああ……サンキュー、助かった……」
「デカイですねーアレ。あんなのと戦えるんですか?」
「お前、緊張感って知ってるか……?」
「じゃあ、後はお任せします。結構疲れるんですよ、今の私だと」
「俺は話を聞いてもらえない呪いにでもかかってるのか」
エヌラスが聞く前に、ニコニコと笑いながら細剣を手渡して稲光と共に消えてしまう。電光石火の如くとはこのことか。
「ええい、思わぬ邪魔が入ったか! だが次はないぞ! わかっているな、黒い小娘」
「あなたに言われなくても──どうやら……そうも言っていられないみたいです」
駆け寄ってくる足音、数にして三人。
うずめとネプテューヌ、ネプギアがシェアクリスタルを手にしている。淡く輝く結晶に、マジェコンヌが苦い顔をしていた。
「エヌラス! 待たせたな!」
「あ、マザコング!」
「あのナスババァ、お前の知り合いかネプテューヌ!」
「マジェコンヌだと言っているのが分からんのか貴様らはぁ!! まぁいい、ここで小娘もろともまとめて始末してくれる!」
ネプギアの視線は、もうひとりの自分に向けられている。鏡写しのように瓜二つだが、自分の影のように真っ黒な自分が立っていた。悪い夢だ。お互いにとって、それは悪い夢でしかない。
「……もう一人の、わたし──」
「──、いいなぁ」
ポツリと、心底羨ましそうにクロギアが呟いた。隣に姉が居て、信頼出来る仲間がいて、眩しいくらい輝かしい女神候補生。尊敬する姉がいて、無二の友達がいて、自分の存在が認められて、毎日そこには笑顔が溢れてて、平和な世界で──!
奥歯を、音が鳴るほど噛みしめる。怒りと憎悪と、自己嫌悪をありったけこめて叫ぶ。
「わたしもそうなりたかった。わたしがそこに居たはずなのにッ! わたしは、お姉ちゃんが居てくれたらそれでよかった! わたしはこんな風になりたくて──世界を救ったわけじゃないっ! わたしはこんな壊れかけた世界になんか居たくないのに! どうしてあなたが、どうしてそこにわたしがいるの!?」
「──っ……!」
「ただ、そこにあるだけの平和が! ゲイムギョウ界のみんなが守りたかっただけなのに──!」
その憎悪に呼応して、ゲハバーンが輝きを増していく。クロギア自身の身体を包み込むようにして、黒く汚れたシェアクリスタルを浮かび上がらせていた。
「わたしは、ただ“やり直したかった”だけなのに! どうして! どうして、どうして!」
黒い光に包まれて、クロギアが変身する。
それは、女神とは似ても似つかない。とてもそうとは呼べない──魔神化。プロセッサユニットを装着して、ゲハバーンと
「…………お姉ちゃ──」
「ネプギア。俺がやる」
「エヌラスさん?」
「そっちはダークメガミとナスババァを頼んだ」
何やらマジェコンヌが抗議したそうに叫んでいたが、うるさいので無視。
「こっちは任せろ」
「……はい。もうひとりのわたしを、お願いします」
ネプギアがエヌラスに背を向けてダークメガミとマジェコンヌに向き直る。
「どうしても、わたしの邪魔をするつもりですか……」
「嗚呼。どうしてもだ」
ネプギアが女神化したパープルシスターとはかけ離れた魔神化──さしずめ、カオスシスターと言ったところか。
忌々しい。嗚呼、存在そのものが疎ましい。自分の中にある血が騒ぐ。まるでそれは、自分以外の存在全てを忌避するかのように。
──クロギアの持つ力は、ヌルズのものだ。