超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ダンセイニの案内によって導かれた場所は、寂れた大型娯楽施設。長年放置されていたからか、そこへと続く商店街と思わしき廃墟も居住区も自然に覆われていた。獣の咆哮が轟く。マガツビの雄叫びにエヌラスが顔をしかめる。
旧神としての役割か、それとも同族嫌悪のような第六感が告げてくるのは魔人達の存在。連れ去られた大人ネプテューヌもそこにいると見て間違いないだろう。
うずめがダークメガミとの決着をつけるためにシェアクリスタルを大量に用意していたが、それをマガツビが察知しないはずがなかった。獣としての嗅覚が、既に遥か遠かアリーナ会場の天辺よりエヌラス達の接近を視認している。巨大な尾を揺らす。周辺のモンスターを駆除し終わって腹が満たされたからか、ひどく眠気に襲われていた。黄金の毛並みを毛繕いすると、欠伸を挟んでから自らの尾を枕にして眠り始める。
ネプギアが道中、何か使えるものがあるかもしれないと探索を提案した。それにエヌラスも賛同し、うずめも頷く。今まで近づくことがなかった場所だけに、何か発見があるかもしれない。
D-Phoneのタイマーを一時間後にセット、ネプギアもNギアをセットして散開した。
シロトラ。プラネテューヌ国境防衛隊最高司令官。後の守護女神代理戦争の引き金として武装企業へと加担後に消息不明となっていたが──まさかヌルズに加担しているとは。エヌラスは額を押さえた。奇跡を殺す存在。ブラックボックスの技術の結晶体。まるでパンドラ・イルバードだ。
割れたショーウインドウに映る自分の顔と見つめ合う。女神への信仰を自らに転換させることで自己の存在を成立させる、エラーコード。無貌の結晶体は、ただ人々の安寧を願った。しかし存在そのものが天敵である以上は殺す他になかったのだが──それを破壊したのは、他でもないシロトラだ。
酷似した二人の存在にエヌラスが考えを巡らせるよりも先に、鏡像の自分が微笑みかける。瓜二つの顔を持つ邪神、ヌルズ・エクス・モルテス。その顔を砕くようにエヌラスは拳を叩きつけた。
殴りつけられただけで呆気なく砕け散るガラスの破片がわずかに皮膚を切り裂いていく。胸の苛立ちに任せて、シャッターをこじ開けて中へと入る。
寂れた店内を見渡して漁っていると、元は雑貨屋だったのか、雑多な物資の中に小瓶が目に留まった。
「……こいつは」
長い間放置されていたからか、異臭を放つそれを手にしてエヌラスは蓋を閉じる。それから更に香水を幾つか見つけて、店の適当なスペースを陣取って調合を始めた。あの魔獣は厄介だ。そうでなくても敵性モンスターも多い。幸いにして材料には困らない。
──それから一時間後。集合地点にうずめとネプギア、ダンセイニ達が集まるがエヌラスの姿が見えなかった。
「うずめさんは何を見つけてきたんですか?」
「おう。傷薬とかだ。たまたま薬局みたいなところがあったから、応急薬と栄養剤を頂戴してきたぜ。これで足りるかはちょっと不安だけどな。ぎあっちは?」
「わたしですか? 電気屋さんがあったので少し武器の性能を強化してました。とはいっても、急拵えなんですけれど」
「へー、すごいな! ダンセイニはどうだ?」
『てけり・り』
うにょうにょと触手を蠢かせるダンセイニの頭には食糧が乗っている。腹が減っては戦が出来ぬということらしい。拠点から相当な距離を歩いてきた。休憩も兼ねて作戦を立てるべきか。
缶詰を渡されたうずめがどうするか眉を寄せると、ダンセイニが触手を伸ばすと缶切りのように変化させてキコキコと器用に蓋を開けて改めて差し出す。
「サンキューな、ダンセイニ。そうだ、お前も食うか?」
『てけり・り』
身体を左右に揺らして施しを拒むとネプギアの缶詰も同じように開けた。そして、二人が腹を満たしているとエヌラスがようやく合流する。
革のバッグは拾ってきたのか、中は妙な色合いの液体で満たされていた。
「悪い、遅れた。思ったよりも調合配分に手間取ってな」
「おかえりなさい、エヌラスさん。ダンセイニが缶詰を持ってきてくれたんですよ」
『てけり・りー』
「ありがとな」
「開けてもらったほうが」
缶詰を受け取ったエヌラスにうずめが進言するが、蓋を掴んだかと思うとねじ切って歪んだ蓋を投げ捨てる。
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもねぇ……」
つくづく思う。この男が味方で良かったと。うずめは恐怖を飲み込むように缶詰をかき込む。
しかし不思議な生き物だ。感情表現豊か、こちらの言語を理解して、よく働く。気配り上手な粘体生物。うずめが試しに叩いてみると、弾力性があるのかぽよんぽよんと身体を震わせる。
「俺もこんな便利なのがいたらなぁ。いや、海男達に不満があるわけじゃないんだけどよ」
「ダンセイニ、ソファー」
『てけり・り』
身体を変化させると、ゼリー状の黄色いソファーが出来上がった。エヌラスがそれに腰を下ろすと、二人にも座るように手招きする。
腰を下ろしてみれば寒天の如く弾力とヒヤリとした感覚。体重を預けてみればやんわりと沈み込む座り心地は快適だ。
「……やっぱ欲しいなコイツ」
うずめがポツリと呟く。まるで人をダメにするソファーにネプギアも肩の力を抜いてリラックスしていた。地面に下ろしたバッグの中身が気になって手を伸ばすが、エヌラスに手を止められる。
「あの、それなんですか?」
「即席の爆弾」
「えっ? 一時間でその量作ったんですか!?」
「まぁな。生憎と材料が少なかったからここまでだ。魔力の消耗も抑えたいし、他にもちょこっとな」
昔取った杵柄、というやつだ。エヌラスは缶詰の中身をかき込むと、ゴミをダンセイニに渡す。触手を伸ばしてゴミ箱へ捨ててくれた。曰く、神性生物の中でも奉仕種族という分類。下手なことをしなければ有能なメイドとさほど変わらない。
休憩を挟んで、大人ネプテューヌが捕えられている大型娯楽施設へと到着した。
周辺にはモンスターが一匹もいない。しかし、無数に残っている爪痕や弾痕に掃除されたのだろう。
施設の正面入口からうずめ達が中へ入る。内部はまだモンスターがうろついていたが、こちらの気配に気づくなり襲いかかろうと一斉に視線を集中させた。
「クソ、まさかまだ中にこんだけいいるなんて──」
うずめがメガホンを取り出し、ネプギアがビームブレイドを構えるが、エヌラスは革のバッグから小瓶を取り出して軽く揺する。中の液体が変色していき、思い切り投げつけると直撃したモンスターが液体を浴びて爆発した。
ポカンと口を開ける二人をよそに、両手で小瓶を振ってから投げつける。
「たらふく食らえ、犯罪国家仕込みのお手製爆弾だ。ちょっとの香水とちょっとの火薬と、ちょいとした魔術を掛ければ科学反応でこうなる」
怯ませる程度なら十分な威力だが、決定打にはならない。数も限りがある。うずめとネプギアの二人が駆け出してモンスターを撃退していく。
──戦闘音を聞いて、マガツビが耳を立てて身体を起こした。壊れた天井から鉄骨を足場にしてアリーナ会場へ飛び降りる。
オルタの姿を見ると尻尾を振って早歩きで近づいて頭を擦り寄せた。その鼻頭を撫でて、頷く。
「思いの外早い到着だな。尾行でもされたか、シロトラ」
《いいや。そのはずはない》
「想定の範囲内だ。こちらも迎え撃つ用意は出来ている」
天井から落ちてくる埃に、囚われの大人ネプテューヌがくしゃみをしていた。
「うわ、ばっちぃ!」
「ここ埃っぽいよー。掃除とかしてあるの? そんなことより、クロちゃん! こんなところで何してるの! ほら、ちゃんとねぷノートに戻ってよ!」
「へ、やなこった! こっちはお前の無茶ぶりやアレやコレやに嫌気が差してたんだ。誰が戻るもんかよ。べーっ!」
「もー! シロトラ、話が違うじゃんか!」
《こちらでクロワールは保護している。偽りはない。マジェコンヌは返してもらうぞ》
「確かにそうだけどクロちゃんが戻ってこなかったら意味ないでしょー!?」
《それはそちらの関係性の問題であり、我々が関与すべき問題ではない》
「むぅぅぅぅ、きたない! 大人ってきたなーい!」
両手を挙げて声を張り上げる大人ネプテューヌだが、オルタが切っ先を突きつける。
「マジェコンヌを解放してもらうぞ」
「もし断ったら?」
「首が飛ぶことになる。試してみるか?」
「ひえっ! でもほら人質を解放してからわたしの命の保証とかさ」
「断っても同じことだ」
「えぇー!? 助けてよ、何か黒いネプギアー。あ、でもわたしとお揃いっぽくて妹みたい! ねー何とかしてよネプギアー」
「……、」
泣きつこうとする大人ネプテューヌの手から離れて、クロギアは静かに首を横に振った。
「……イヤ、です……」
「えーなんで? あ、でも黒っぽいからクロギアで! これなら見分けつくもんね。そんなやさぐれなくてもいいじゃん」
「触らないでくださ──」
マガツビが何かの気配を感じ取り、毛を逆立たせると前脚で床を踏みしめて口腔を開いて光線を放つ。それと同時にアリーナ会場の壁が螺旋砲塔によって撃ち抜かれた。二つの光条が衝突して爆砕すると、衝撃波に押し出されるように大人ネプテューヌがクロギアに抱きつく。しっかりとクロワールもかばっていた。
「助かった、マガツビ」
クルルルル……、喉を鳴らしてオルタの礼に喜ぶが、壊れた外壁を踏みしめてエヌラス達が入ってくる。
「ぷはー、危なかったー! 大丈夫、クロギア?」
「……なんで」
「えっ? だって放っておけなかったから。クロちゃんも怪我してない」
「ぐぇっ!? お前、俺の事を握り潰すつもりかよ!」
「あはは、ごめーん」
喉元に突きつけられるシロトラのブルース・ザッパーに背筋が凍る思いがした。マジェコンヌの解放を催促してくる動きに従う他にない。
「無頼漢め。人質を巻き込むつもりか」
「バカ言ってんじゃねぇぞ。お行儀よくRPGらしく道なりなんて誰がやるか。ネプテューヌは返してもらうぞ」
「ふん、どちらにせよこの小娘もマジェコンヌを解放してもらえれば用済みとなる。それからはそちらの好きにするが良い」
エヌラスは、こちらに背を向けているシロトラの前で座り込んでいる大人ネプテューヌを視界に収める。唇を尖らせながら、渋々といった表情でねぷノートを取り出すとペラペラとページを捲った。それから、マジェコンヌを解放する。
「ゲホゲホ、ゴッホゴホ! くそ、もっと早くに助けにきてくれればいいものを!」
《それはすまないな。見捨てるつもりだったが計画に支障をきたす》
「ふん! 余計なお世話だ、私の不始末は私の手でつけてやる!」
《ならば、これを》
「──シェアクリスタルだと?」
シロトラの手に浮かぶ結晶に、クロワールが目を見開いて驚いていた。
「お、おい!? お前どうやって持ってきたんだよ!?」
《……? どう、とは? 俺は普通に持ってきたが》
「いや、だからよ。シェアクリスタルに触れないんじゃねぇのかよ」
《指向性の違いだ。さて、お前は用済みとなったが──》
「わー!? やっぱりわたし消されちゃうの!? こんなところで死にたくない、やだー!」
二人の間に割って入るゲハバーンに、シロトラが動きを止める。
《……》
「……、この人は。ただの、人間で……これ以上は、意味がないです」
《お前の姉に、あまりに顔が似過ぎている》
「だから、かもしれません……私もなんで、剣を向けているのかわからないんです。身体が、勝手に動いて……」
目尻に涙を浮かべて、声を震わせながらクロギアは剣を握った。
足下がおぼつかない。視界が揺らぐ。頭が割れるように痛い。自分の存在定義があやふやになる。意味もわからず焦燥感に駆られて息が苦しくなってくる。だけど、どうしてか──見ず知らずの他人が、赤の他人が最愛の姉に似過ぎているせいだろう。剣を握る手の震えが止まった。
《……女神殺しの剣が、この俺に通じるとでも?》
「貴方にその価値があるなら」
「なんだかよくわかんないけど、仲間割れならわたしはクロギアの側につくもんね! その前に悪さをするクロちゃんなんて、こうして! こうだー!」
「ふぎゃ!? 何しやがるネプテューヌ! おい、出せ! 離しやがれー!」
クロワールを無理矢理ねぷノートに入れると、セロハンテープでベタベタと羽を留めて逃げ出せないようにして太もものホルダーにしまい込む。
「ふーんだ! 反省するまで絶対に出してあげないもんね!」
『ちくしょー! 誰がお前なんかに退くか媚びるか反省するかー!』
「そんなこと言っていられるのも今のうちだー! さ、クロギア。わたしも手伝ってあげるからシロトラを倒しちゃおう」
「……ひとりでいいです。離れてください」
「いいからいいから。困った時はお互い様だもん」
受け取ったシェアクリスタルをマジェコンヌは怪しんでいた。果たして本当にコレは使っても良い代物かどうか。シロトラの機体性能ではクリスタルに触れることすら出来ないはずだ。そして本人はそれを、指向性の違いと言っていた。そこから導き出されるマジェコンヌの結論は、自然とエヌラスに視線が向けられる。
「……なるほどな。そういうことか。シロトラ、貴様さては“切り替えられる”な?」
《…………》
「変だと思っていたのだ。女神の力を無効化、それはアンチクリスタルと同じ力だ。しかし、貴様は女神に忠誠を誓っている。その貴様が、シェアクリスタルを手にできるはずがない。シェアとアンチ、貴様はその両方の性質を切り替えることで無類の性能を発揮する。違うか」
《やはり貴様は、消しておくべきだな。マジェコンヌ。だがそうだとして俺を破壊できるものなど存在しない》
「果たしてそうか? それが貴様のどこでどう作用しているかなど、私には興味がない。だがその力、両方同時に使うことはできまい。そんな事をすれば貴様の身体は消滅してしまうからな?」
しかし、それ以上マジェコンヌはシロトラへ向けていた視線を不意に外した。ダークメガミを完全制御するためのシェアクリスタルも手にしている。後はどうなろうと自分の知った事ではない。
「んー? マザコングが何を言っているのかわたしにはよくわからないんだけど、分かりやすく言ってくれない?」
「ええい話しかけるなでかい小娘! 気が散るだろうが! つまりシロトラは女神と魔人が同時に攻撃を仕掛ければ有効ということだバカモノめ! ダークメガミを召喚するから少し黙っていろ」
「なんだー、そっかー! 教えてくれてありがとー……って、えぇぇぇ!? ここで喚ぶの!? そんなことしたらわたし達みんなぺしゃんこになっちゃうからダメに決まってるよ!」
「だぁぁぁ! 少しは黙っていられんのか貴様はぁぁぁ!!」
──喧々囂々と賑やかな止まない大人ネプテューヌを肩越しに見つめながら、オルタは鼻で笑った。
「あちらは賑やかなものだな。さて、こちらはどうだ?」
「テメェらの相手は俺がやる。ダークメガミは任せたぞ、うずめ、ネプギア」
「ああ、今度こそデカブツと決着つけてやるぜ!」
「エヌラスさんも気をつけてください!」
オルタの横を素通りして、二人がマジェコンヌへ向けて走り出しながら女神化する。
オレンジハートがシェアリングフィールドを展開しようとすると、クロギアが巻き込まれないように離脱した。シロトラもまた同じくマジェコンヌ一人を置き去りにしている。数の不利ではなく純粋に女神に有利な状況下では万全の性能を発揮できないからだ。
「仲間を見捨てるなんて、血も涙も無いのかよ」
「実験のようなものだ。シェアクリスタルでダークメガミが制御できるならそれで良し。我々の目的は最初から邪神復活だ。そのためには、まず貴様を片付けなければな」
「やってみやがれ。今日の俺は機嫌が悪いんだよ」
倭刀を携え、首を鳴らすエヌラス。聖剣を構えるオルタ、異種二刀流のクロギア。そして、頭を下げて唸り声を挙げるマガツビに観客席から静観するシロトラ。
《──あの姿は》
その視線は召喚されたダークメガミに立ち向かおうとする二人の女神に向けられていた。