超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ep.33 グッドモーニング・ハレルヤ
──赤い雨の降るラステイション極東を駆ける一匹の魔獣がいた。口に咥えた魔人が時折うめき声をあげる。
零次元からの離脱の際、最後の最後で不覚を取った。
大魔導師の放った黄金の矢は魔人の胸を背後から穿ち、胸に風穴を開けた。その傷を治すだけでも魔人は残り僅かとなった魔力を使うこととなり、戦闘不能状態へと陥っている。
マガツビもまた、残された魔力と生命力の補填をしなければならない。黄金の毛並みは色褪せた銀色となっていた。
「っ……どこへ……」
思考する。自分は魔獣だ。人の姿をしていない、ゲイムギョウ界のモンスターだ。だからこの人の傷はこれ以上癒せない。幸いにしてここはかつての自分の庭だ。ここには少ないけれども人間達が寄り集まって生活をしている。人間の身体は人間の手で治してもらうのが一番だ。──少なからず、マガツビはそう考えた。
赤い雨が降り注ぐ荒れ果てた地を駆け、崖を飛び越えて見下ろした先には神機使い達の集まる集落がある。だが、この異常気象を恐れて人々が外に出ている気配はない。接触禁止種が多数確認されるようになる天候で動いている人影が見えない事にマガツビは唸った。
しかし、不快な音と共に悪天候の悪路を物ともしない人の形をした機械を視界に捉える。最近はラステイション運送業者もすっかり寄り付かなくなってしまった。
アナグラ、或いはサテライトと呼ばれる居住区への物資の運搬はすっかり自衛能力を有するロボットへ委任されている。
脚部のキャタピラを駆動させて濡れた地面に轍を残してコンテナを担ぎながら駆け上がるドバルは、頭部センサーで周囲の様子を逐次確認していた。この悪天候ではモンスターとの遭遇も多い。ここに来るまででも今日だけで五匹は片付けた。積荷に損害が無いのは救いか。
《ふんぬぎぎぎぎぎ……!》
とはいえ今回は少々大荷物だ。坂道を登れば、あとは楽な下り道。それまでの辛抱である。もうじき極東支部との通信領域に入れるはずだ。
ドバルがスラスターを吹かし、滑りながらも坂を登りきる。無線を開いて支部長へと連絡を入れていると、生体センサーに反応があった。即座にコンテナとの接続解除、右肩に背負った機関砲を手にして構える。
赤い雨が降り注ぐ中で、岩陰に身体を横たえさせている人影を視認。そこから立ち去るようにして神蝕種の背中が遠ざかっていった。周囲を索敵するが、他に生体反応はない。
少し遅れて、極東支部より通信が入る。
《聞こえますか。今、神蝕種の反応が──》
《こちらでも目視した。しかし、こちらに目もくれずどこかへと逃亡したようだ》
《他に異常はありませんか?》
《……女の子だ》
《はい?》
ドバルは武装を格納しながら横たえる人影に近づいた。
色褪せた金の髪。黒いドレスのような服。衰弱しているのか、生体センサーが弱々しく反応している。しかし、この赤い雨は人体に有害と聞いた。コンテナを開き、中からシートを取り出すと少女の身体をくるんでそっと運び始める。
《衰弱しているようだ。そちらで診てやってくれ》
《了解しました。こちらの医療ラボを開けておきます、急いでください》
コンテナを再び腰部に接続し、ドバルは少女をアナグラへ向けて移送した。
酷い衰弱状態に陥っているようだが、命に別状は無いと聞いてひとまずは安心する。意識を失っているようだが、点滴と睡眠を採って何日かすれば目を覚ますだろうと医師は判断した。
物資の運搬を終えて、サインを受け取るとドバルは確認する。そのサインに間違いがない事を支部長に伝えると書類を胸部に格納した。
「いやぁ、助かるよ。この異常気象でも物資を確実に運搬してくれるのはキミが頼りだから」
《本来であればトラックなどが望ましいのでしょうが》
「そんなことはない。うちはいつでも物資不足だからね。何度も上層部に要望は出しているのだけれども、突っぱねられている。少しでも補給してくれるのは本当に助かっているんだ」
《こちらの状況に、何か変わりは?》
「ハァド大戦以降は特に変わりはないね。むしろその時に撃破したリーンボックス製のロボットの残骸を使って新型の開発が進められているくらいだ」
なんというか、逞しい限りで。ドバルは時間を確認して次の配送時刻までを計算する。
《次の配達がありますので、自分はこれで。失礼します》
「いつもありがとう。キミが助けた少女について進展があれば報せるよ」
《よろしくお願いします》
会釈すると、支部長室を後にした。
医療ラボに運び込まれた少女は目立った傷などはなく、酷い衰弱状態。直前に神蝕種が確認されたことから何らかの関係があると見られるが、相手は何しろ接触禁止種の筆頭だ。その思考パターンから生態系までこれまでとは一線を画する。どんな目的があって動いているのかすら判断できない。
指を組んで顎を乗せ、デスクの写真立てに視線を向ける。
支部長である自分と当時の第一部隊隊長だったリント。そして、行方不明となった現隊長の三人が並んで立っている。
「……彼が、生きてるといいんだけどねぇ」
せめて連絡のひとつくらいほしいものだ。
──零次元からの脱出から二日後。
エヌラスは現在、九龍アマルガム教会に身を置いていた。
機神の右腕を失った。それに伴い、エヌラスの右腕は完全に機能を停止。指一本動かせないどころか感覚が無くなっていた。それどころか本来の能力である次元渡航能力も変身も消失している。
魔人とは肩書ばかりの人間となってしまっていたが、それでもやることは変わらない。
大魔導師が治療の手立ては無いかとアーウィルを教会に招いて容態を診察させるが、重く、静かに首を横に振られる。
「大魔導師。いくらワシでもこればっかりは無理じゃ」
「……そうか」
「こればかりは、神の御業。他ならぬお主の魔道の大成じゃろう。それを人間であるワシがどうにか出来るはずもない。人の身では此処までが限界じゃよ」
「そうか──」
椅子に体重を預けて、壁面を埋め尽くす本棚を見上げて大魔導師は途方に暮れた。アーウィルも重い沈黙に耐えきれず眼鏡を外して目頭を押さえる。
「そろそろ教えてくれんかのう。アレを、どうやって作ったのか」
「……」
「いくらお主がどれだけ魔導を身につけ、力を蓄えようと、上位者を作り上げることなど。零から作り出すことなど。やはり、あの右腕が?」
沈黙を貫こうとした大魔導師だったが、やがて口を開いた。
「私の魔道の探求はまだ完成していない。最後の一つがどうしても足りない。まずそれを訂正させてもらおう。そして、アレの作り方だが──ああいや、貴様に言うことではない」
「魔導師は総じて秘密主義、世知辛いのう」
「たかが右腕ひとつ、どうにか出来ないのか」
「…………」
アーウィルの答えは変わらない。魔術回路の専門医師と言えども、治療出来ないと匙を投げた。
執務室の沈黙を破るように、扉が二回ノックされる。入ってきたのは、左目と右腕に包帯を巻いたエヌラスだった。
「どうした」
「悪い、師匠。俺ゲイムギョウ界に戻らねぇと」
「その身体でか」
「まぁそうなんだけどな。ラステイションに行かねぇと、ノワールに怒られる」
頬を掻きながら、困ったように笑う。
「右腕はどうするつもりだ」
「アーウィル爺さん。また俺の右腕に魔術回路を施術出来るか?」
「それは問題ないが……まさかお主」
「動かせないよりはマシだ。前はぶっ壊れた神経と癒着させて無理矢理動かしてたが、今回はもう魔力で動かす。神経死んでるから感覚はないが、その方が“効率的”だ」
「左目はどうする」
「何とかする。悪いが急いでる、今から頼めるか爺さん」
一度だけアーウィルは大魔導師の顔色を窺い、それから頷いた。
二人が立ち去った後に、再度ノックされる。入ってきたのはマリーだった。
「あれ? 大魔導師、エヌラスは?」
「施術中だ」
「そっかー」
「用件はそれだけか」
「それだけだよ? なんか、お怒りさん?」
「……少しな」
「エヌラスのこと?」
「ああ」
「ふーん」
大怪我をしていたエヌラスが担ぎ込まれた時も、いつもと変わらない調子で迎えた。大魔導師は執務机の引き出しを開けるとボトルとグラスを取り出して蓋を開けるなり注ぎ始める。
「珍しいね。大魔導師がお酒を飲むなんて」
「そんな時もある」
「飲んでもどうにもならない時はあるよ」
「……そんな事は、とっくの昔に思い知ったはずなんだがな」
この世の総てが造り物であると知ったその時から、諦観と絶望に苛まれ続けてきた。生きている事が苦痛でしかない。自分が死する時まで退屈で仕方ない。暇潰しでしかない。どれだけ繰り返そうと己の求道する魔術の完遂に、あと一欠片が足りなかった。それはどれだけ求めても決して埋まらない。
一息にグラスの中身を飲み干す大魔導師にマリーが注ぎ始めた。
「お前は何とも思わないのか」
「エヌラスの怪我? うーん、痛そうだなー、とか大変そうだなー、くらい」
「まるっきり他人事か」
「うん。ずるい女の子なの、私。自分のことで精一杯。だから、自分じゃどうにも出来なくなったら頼れる人に頼るの」
「まるで私に、酒に頼るなと叱っているようだな」
「だってお酒に話しても応えてくれないし、何かしてくれるわけじゃないでしょ? 酔わせるだけだもん」
んべー、と舌を出してマリーはボトルを抱きしめると執務室を後にする。
空になったグラスを置いてから大魔導師は酒を帯びた息を吐き出した。自分に説教をたれるのはあの少女ぐらいのものだ。手元に置いているとどうにも飽きない。
アーウィルの施術は十四時間にも及び、終わる頃には日付を跨いでいた。
自分の右腕に魔力を込めて稼動させてみる。感覚はない、が。確かに動いた。それでも身体が慣れるまではクトゥグアは使用禁止と念を押される。どれぐらいの期間必要か尋ねると、三日もあれば十分と言われた。
手を握り、開く。
「なんか機械みてぇだな」
「慣れろ」
それが手術した本人の言葉か。ひび割れている自分の右腕を見下ろして何とも言えない不安に駆られる。いつかそのうち、砕けてしまうのではないかと。もしそうなれば、もうこの腕で女神と手を繋ぐことも出来なくなってしまうと考えるだけで見ていられなかった。
一汗流そうと浴場へ赴くエヌラスが自分の寝室に向かうと、案の定マリーがベッドで眠りこけている。すっかり自分の部屋のようにくつろいでいるが、念の為言うとエヌラスの部屋だ。
適当に着替えを漁っていると、身じろぎしたマリーが身体を起こす。まぶたを擦り、欠伸を漏らしている。
「ん~……おひゃようございます……」
「寝てろ」
「おきた~……そうじ~……」
「寝ぼけてるなら、寝ててくれ」
「おふろ~……」
ベッドからずれ落ちそうになる無防備な寝間着姿のマリーを左手で支えながら、エヌラスは浴室へ連れていくことにした。
元々一人用だからか、二人で入るには狭いシャワールーム。まだ寝ぼけ眼のマリーに熱湯を浴びせ、それから自分の汗も流す。浴槽の半分ほどまでお湯を張ると、ボディシャンプーを手にしたマリーが身体を寄せてくる。有無を言わさず押しつけられる胸の弾力が朝から心地よい。いや本当に朝なのかわからないが。
「エヌラスー、洗いっこしよー?」
「いや、俺はいい」
「右手動かないんだから遠慮しないで。それ」
こちらの話など聞きやしない。マリーは右腕を洗い始めると、つついた。
「滲みたりしない?」
「いや、そもそも感覚無いからわかんねぇ」
「えいっ」
もにゅん。
何を思ったか、指が沈み込むほど強く右手を胸に押し付ける。残念なことにそんなことをしても全く手に感覚が伝わってこない。
「どう?」
「いや全然……」
「…………」
「人の股間を凝視しながら聞くな」
「ホントだ、全然反応しない」
「俺の話聞いてたか!?」
しかも判断材料はそこか。
浴槽に浸かり、マリーを膝に抱えながらエヌラスは深く息を吐き出す。今日はこれからプラネテューヌに向かって、それからラステイションに移送されて……その前にまずユノスダスに顔を出さなければならない事に頭を抱えた。ユウコとノワールの説教を一日に二回も受けると考えるだけで気が沈んでくる。
小首を傾げるマリーのあどけない表情だけが癒やしだ。左腕で身体を抱きしめる。
「んぅ~。エヌラス、どうしたの? 狭かった?」
「なんか、こう……癒やされたくなった。マリニウム補充したい」
「じゃあ私もエヌニウム補充するね。むにー」
頭を寄せて、深く息を吸い込むマリーの動きが止まった。
「……マリー?」
「──すぴー……」
「頼むから、風呂で寝るなよ……」
風邪を引いたらどうするんだ。いや何とかは風邪を引かないというから或いは……。そんな失礼な事を考えながら、エヌラスはマリーが起きるまで身体をしっかりと抱きしめていた。