超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
包帯を巻き直して、それからユノスダスへ向かう。ハンティングホラーで街道を走り抜け、途中でフォートクラブの一団とすれ違った。機人の護衛部隊も同伴した厳重な運搬に片手を上げて挨拶を交わすとエヌラスはアクセルを強める。
外壁が見えてきた辺りから移動手段を徒歩に切り替えて、そのまま国内へ。相変わらずの盛況ぶりに、自分が日常に戻ってきた事を実感していた。
ふと思い立ち、教会へ向かう前にパルフェ通りに。
そこではいつもの通りに喫茶店がモーニングセットの売り込み中。そして、オープンカフェで眠そうにしているソラの姿は無かった。スタッフがエヌラスの顔を見て、それから空いた席を案内しようとするが遠慮しておく。
「メガネ店長は休みか?」
「はい。インタースカイの方で手が離せない用事らしいので」
「そうか。邪魔したな」
喫茶店から離れて、エヌラスはD-Phoneでソラに繋いだ。相手は忙しいのか、電子音とタッチ音が忙しなく聞こえてくる。
クロギアの拘束と、ゲハバーンの解析に手間取っているらしい。すぐに通話を切られた。
ユノスダス教会に向かう足取りが重い。出来ることならこのまま顔を合わせることなくゲイムギョウ界に向かいたい。しかし、この時間帯は本来寝ている頃だ。あわよくば──、と言いたいのは山々なのだが、アクセス権を持っているのがユウコしかいない。次元渡航能力を失った今となっては次元間テレポーターだけが頼りだ。
ユノスダス教会の敷地を歩きながらユウコを探す。いつもなら職員たちに指示を飛ばしているところだが、今朝は随分と静かなものだ。首を傾げていると、赤いケモミミ警備職員が顔を見るなり眉を寄せる。
「うわ、どうしたんですかその包帯。あれですか、暗黒の力に目覚めちゃいましたか」
「テメェをブラックホールに消し飛ばしてやりたい気分でいっぱいだよ。ユウコはどうした」
「ユウコ様ですか? もう就寝時間ですので寝室の方に行っちゃいましたよ」
「朝はぇーなアイツは」
吸血鬼のくせに。
「なんですか、朝からハッスルですか」
「バフ盛って殴るぞテメェ。先に言っておくが手加減できねぇからな」
「うひぃ。やめてくださいよ、ユウコ様せっかく就寝したというのに」
「だったら喧嘩売るな。ちょっと急いでるんだよ、じゃあな」
ユウコの寝室へ向かい、扉を三回ノックする。
しばらく立っていたが出てくる気配が無い。出直そうかと思い、踵を返そうとした瞬間に内鍵が開けられた。
赤い寝間着で眠そうな顔を見せたのも束の間、エヌラスの包帯を見て目を丸くしている。
「よう。おはよう、ユウコ」
「……おはよう。おやすみ」
「いや、寝る前に次元間テレポーターのアクセス許可出してくれ……」
「それは別にいいんだけどさ……なに、その? 包帯? 今まで付けてなかったのに?」
「あー、いやこれはまぁなんだ。先急いでるんだが」
「ふーん、へぇ~。ほ~う? 私に隠し事? 言えないことしてきたわけ?」
頭を抱える。こうなると、こちらとしては打つ手なし。手を取り、ユウコは自分の寝室に半ば強引に招き入れた。
暖色系を基調とした室内は居心地が良く、温かい気持ちにさせてくれる。カーペットに絨毯に天蓋付きのベッドに、ドレッサーにソファーとローテーブル。机の上には書類がどっさり。クローゼットに箪笥と、和洋折衷見境なし。
黒猫柄の赤いパジャマでユウコは救急箱を取り出すと、包帯を取り出した。
「巻き直すから。ほら」
「いや別にいいっつの」
「顔だけじゃなくて、手も? はー、ホントあれだね。ちょーっと目を離すと怪我するんだから。怪我してもすぐ治しちゃうんだろうけどさ」
トントン、と左胸をつつく。なんで治さないのか、という疑問もあるのだろう。
ユウコが手を伸ばし、左目の包帯を解く。その下に隠していた傷跡を見て、手を止めていた。
「……眼帯で良いのに」
「セロンとお揃いになるから、嫌だ」
「子供か」
軽いチョップで叱られながらも、エヌラスはハウンドスーツを脱いで右腕の包帯を解く。
指先から右肩にかけてヒビ割れた陶器のような腕を見て、今度こそユウコは言葉を失った。無理を言って施術した魔術回路が表面に浮き上がっているせいで一層痛ましく見える。
手を重ねても、体温も感触も失われていた。動かそうとしても、まだ回路が馴染んでいないせいでぎこちない。
「────」
何か言おうとして、それでもやはりユウコは口を閉じて包帯を巻き直していく。指先まで覆うように。まるで自分が見ていられないとでも言うように。
包帯を留めると、突然頬を引っ叩かれた。涙を堪えながら、ユウコは左目にガーゼをテーピングしてからエヌラスの左目に包帯を巻いていく。
「……いつもみたいに治せばいいのに」
「それが出来てたら苦労してねぇよ」
「腕。大丈夫なの」
「アーウィル爺さんに頼んで、無理矢理動かしてる。三日はまともに動かねぇ」
感覚が無いことは言わなくても恐らくは察している。巻き終わってから、エヌラスはすぐシャツに袖を通そうとするが、ユウコに抱きしめられた。
「何があったか話す気ある?」
「……あんまり。楽しい話じゃないからな」
「そーやってまーた抱え込むんだから。頼れよぅ」
「頼りにしてるだろうが、いつも」
「そんなんじゃこの先生きのこれないぞー」
「馬鹿言うな。アイツ殺すまで誰が死ぬか」
「その、後は? 考えてる?」
返答無し。腕に力を入れてベアハッグで強く抱きしめると、背中が悲鳴を上げていた。
「いででででで……!!」
「なんか言えよ」
「……なんも、考えてねぇ」
解放されたかと思えば、再び頬をビンタされる。ユウコの目尻に溜めていた涙がこぼれ落ちた。
「おま、怪我人引っ叩くなよ!?」
「文句言うなら怪我すんなバーカ! いっつもそうだ。いーっつもそうやって、私だけ置いてけぼりで、全部終わった後にフラッと来て──仲間はずれにして……!」
「……だってお前、忙しいだろ」
「そりゃ忙しいよ。毎日楽しくお仕事してるよ。でもそれとこれとじゃ違うでしょ」
「俺にどうしろと……危ねえ真似させられるか」
「その、危ねえ事を日常茶飯事にして大怪我して転がり込んできた自分を鏡で見て一言どうぞ」
「ひでぇ面。ぶん殴りたくなるわ」
ペチン。エヌラスの頬が再び叩かれる。
「二度もぶちやがったな」
「三回だよ」
「しっかり数えてんのかよ!」
「あーもう、とにかく! そんな毎回怪我するんだったら次から私も一緒に行くからな! 文句ある!?」
「いや……お前は、ほら。色々あるだろ」
「……そうだけど。嫌なこととか、思い出したくないこと沢山あるけど……あ~も~。私が、そういうの全部ひっくるめてキミ最優先にしてやるって言ってんの! 言わせんなバカ恥ずかしいだろバカぁ!! もういい寝るもんおやすみっ!」
素早く救急箱を片付けてソファーを飛び越え、ユウコはベッドにダイブ。毛布をかぶってくるまっていた。
顔を赤くしながら、毛布から顔だけ出してユウコは頬を膨らませる。
「……早く出てってよ、ばか」
「へいへい。わかったよ」
ハウンドスーツに袖を通し、エヌラスはベッドに腰を下ろした。頬にキスをしてからすぐに離れると、妙に気恥ずかしくなって顔を背ける。
「ふへっ!? な、に……?」
「……あー……おやすみのキス、的な? それじゃな、ユウコ」
足早に寝室を後にするエヌラスが扉を閉めてから、頬に手を当てた。
顔が熱い。目が冴えてしまって、寝なきゃいけないのに眠れない。
「今日の仕事、失敗したらエヌラスのせいにしてやる……」
そんな恨めしい事を言いながらも、ユウコの頬は弛んでいた。
──次元間テレポーターでプラネテューヌに移動したエヌラスはすぐにプラネタワーのエレベーターで最上階のボタンを押す。
事前に到着予定時刻は伝えておいたが、少々遅れてしまった。女神の転換期を迎えて極力接触は控えておきたかったのもあるが、今の自分の姿を見せたくないというのもある。余計な心配をするのはユウコだけで間に合っていた。
エヌラスの姿を見て、ネプテューヌを含めた一同が驚いている。
「よぉ。ちゃんと無事に帰ってこれたんだな、ネプテューヌ。ネプギアも」
「エヌラスさん、その包帯……」
「んー? まぁ、なんだ。俺もそろそろ限界かね……なんてな」
「冗談でも笑えませんよ」
「そりゃ悪かった。それで、なんでまたラステイションに移送することになったんだ?」
「少々、状況が変わったんです」
今回の件はあくまでもプラネテューヌだけで解決した。だが、その間に各国で進展があったらしい。状況が悪化した、と言ってもいい。
女神反対派の動きが活発になってきた。ラステイションでは武装組織が蜂起、それをノワールが制圧しているらしい。リーンボックスでも軍事産業のボイコットや様々な妨害活動が頻発しているようだ。ルウィーも例に漏れず、しかしブランが先手を打っているからか目立った活動は確認されていない。
プラネテューヌではレオルド達が率先して軽犯罪の取り締まりなどを行っているらしい──。
《お前自分が何したか分かってんのか……》
《分かってんのか……》
《わかっとんのかぁぁぁぁっ!!》
《……カツ丼食うか?》
《ドン勝? ドン勝?》
《カツ丼食えよぉぉぉっ!!!》
《今夜はドン勝だぁぁぁ!!》
「俺が悪かったです、すいませんでしたぁごめんなさい!! もう嫌だ、出してくれぇぇぇぇ!! こんな部屋に俺を一人にしないでくれぇぇぇっ!!!」
「なにあれ、新手の拷問か何か?」
アイエフは取調室で行われるディル達の尋問に思わずツッコんでしまった。
順調なのが逆に怖い。
「なるほどね。それで、ラステイション側から俺の身柄の引き渡しを要求されてる、と」
「はい。そういうことです。それに、エヌラスさんならもし手に負えない状況に陥った際でも国境は関係ありませんから」
イストワールからの説明に納得はするが、それがなぜラステイションからなのか。聞けば、教祖である神宮寺ケイの要望らしい。付け加えれば、ここ数日間は音信不通だったエヌラスの事をノワールが気にかけていたというのもある。
ハァドラインの前例もある以上は、猫の手も借りたいのが教会からの本音。
エヌラスが形だけの拘束を受け入れると、ミリオンアーサーとチーカマが顔を覗かせた。
「おお、久しぶりだな。ここ最近姿が見えなくなって心配していたんだぞ?」
「…………」
「アーサー。そっちはどんな調子だ?」
「ふっふっふ。聞いて驚け、なんと私の知名度が上がっている。主に美少女達の間で! これは大事なことからもう一度言うぞ。美少女達の間でだ! これはもう私の王のUTSUWAが為せる所業ではなかろうか!」
「いや、お前のたゆまぬ努力だと思うが」
「そうかそうか、エヌラスもそう思ってくれるか。流石は私が見込んだ騎士候補だ」
「俺の話を聞け。そして止めろチーカマ」
「……えっ。わたし?」
「そうだよ、お前の王様だろなんとかしろよ。って、なんか顔赤くないか? 体調悪いのか?」
手を伸ばして額に触れると、チーカマの顔がますます赤くなってエヌラスの手を振り払ってミリオンアーサーの背後に隠れる。はて、何かしただろうか。エヌラスはちょっぴり傷ついた。
「どうしたチーカマ。恥ずかしがって。確かに、今のエヌラスはまさに手負いの騎士そのものだ。いや手負いの獣と言うべきか。包帯に違和感がないのが悩ましいところ。くっ、しかし私の心は美少女達の物だ……」
「頭大丈夫かアーサー。いや深刻に。平和ボケしてないかお前」
「エヌラス! 美少女はいいぞぉ! 心が洗われるようだ!」
「お前は本性が現れてるっていうか下心丸出しじゃねぇか」
「ていっ」
チーカマのローキックが膝上。太ももを横から殴りつけた。筋肉の収束点に広がるじわりとした痛みにミリオンアーサーはかがみ込んでいる。
「はー。とにかく、俺はもう行くぞ。チーカマ、アーサーが今後暴走しないようにちゃんと手綱握っといてくれよ」
「善処するわ。そっちも気をつけてね」
エヌラスに手を振り、息を吐いて落ち着いてから向き直った。
「うぅ~、今日はいつになく辛辣なツッコミではないかチーカマ……それに、エヌラスを見てから少し様子がおかしいぞ? どうしたんだ?」
「……その、思い出しちゃって……」
「? 思い出す……────」
「……アーサー、今夜の晩ごはん抜きよ!」
「な!? なんでだチーカマ! あまりに急過ぎる! た、確かにアレは私の興味本位だったがそんな怒らなくてもいいだろう!? 過ぎたことだ、それとも何か。恋しくなっ」
「サポート妖精きーっく!」
「いたぁっ!? 二度も蹴った! ニムエにすら蹴られたこと無いのに!」
「うっさいバカぁ!」
拘束されたエヌラスをネプテューヌとネプギアが見送り、護送車でラステイションへ向けて出発する姿に手を振る。
「エヌラス、包帯だらけだったけど大丈夫かなー。なんか心配だなぁ。ちょっとくらい様子見に行ったりとか」
「ダメですよ、ネプテューヌさん」
「あう、やっぱり? 仕方ないなー、それじゃ今日ものんびりゲームでも」
「お仕事を、してくださぁーい!!」
そんな、女神の転換期と言えども、いつもと何ら変わらないプラネテューヌの昼下がり。