超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ハァド大戦の傷跡も癒やされたラステイション市街地を歩く。日も沈みつつある景観は重工業がメインというだけあって入り組んだ配管や、地下工場などが見えた。
ふと、アークのメンバーであるフィオナ達の事を思い出す。あのもふもふのナイルスはどうしているだろうか。
5pb.ちゃんの特設空中ライブ会場として建設予定だったものを買収して浮遊要塞アンサーに改装した武装企業の切り札的存在。アゴウ最強と名高いトライデントと衝突し、そのリーダーであるゼロワンと死闘を繰り広げたあと、エヌラスは病院に運んでそれから音沙汰がなかった。アゴウの方も気がかりではあるが、今は目の前のことに集中する。
ひとまず教会へと戻ったエヌラスが教会職員に通りがかりながら軽い挨拶をしていく。
女神の執務室に到着すると、ノワールが気難しい顔をしていた。目頭を揉みながら重く深い溜め息をついている。
「ノワール、大丈夫か?」
「戻ったのね。おかえり」
「ただいま。なんか出来ることあるか?」
「こっちはもうちょっとで一段落つくから大丈夫よ。あ、そこにあるのはラステイションの近況をまとめたものだから目を通しておいて」
「わかった」
腰を下ろして用意されていた資料に目を通す。主に極東支部が詳細に書かれていた。
過酷な環境と同時に、神機使い達のこと。それだけでなく、狩人達のことも。
今となってはルウィーでの活動を中心をしているハンター達だが、昔はラステイションで多くその姿を見られたらしい。しかし、モンスターの凶暴化や接触禁止種の増加に伴って様々な対策が講じられてきた中で生まれたのが神機使い。
獣狩と呼ばれる狩人達はヤーナム・シティ近辺で見られる接触禁止種の狩りを中心に行われる。しかし、その実態は謎が多い。教会でも把握しきれていないようだ。目撃情報は深夜のみ。そういえばノワールと一緒に街の中で見かけた時も日が沈んでからということをエヌラスは思い出していた。
それぞれの呼称も、ルウィーのハンター。極東支部の神機使い。ヤーナム・シティの獣狩。と三種類に区別されている。もっとも多く知られているのはハンター稼業だろう。
極東支部では接触禁止種以外にも近年、感応種と呼ばれるモンスターも見られるようだ。これは他のモンスターと共鳴することで仲間を引き寄せる特性があるらしい。特異な能力も持ち合わせている事も多くあり、神機使い達の間でも一部にのみ討伐許可が出ていた。極東支部とは別に、特殊部隊がいるらしい。詳細はゴッドイーター達にでも聞けばいいだろう。
ページを捲ると行方不明となった神機使いの第一部隊隊長の詳細が載っていた。
極東支部に配属されてから多くのモンスター討伐とアラガミ退治で活躍。初の感応種討伐を成し遂げた一人でもあり、人望が厚く、支部長達とは旧知の仲。使用している神機はロングブレード使い、ゴッドイーターと同じだ。しかし、使用する銃器がブラストタイプ。盾はシールドタイプ。
特殊部隊とも交流があったらしく、神機使いの中でも一目置かれていたようだ。
赤い雨の調査、感応種の討伐、極東支部のエースと言っても過言ではない。神蝕種と接触して以来行方不明となっている。神機も未発見のまま。激しい戦闘の痕跡が見られることから、まだ生存していると信じて止まない者が多い。写真の壊れた通信機とおびただしい血痕から本人のものであると特定されている。
「……」
「随分真剣に読んでるのね。何か気になることでもあった?」
「極東支部の第一部隊隊長のことが気にかかってな。ゴッドイーターの憧れらしい」
「私も軽く目を通したけど、一人で四十体ものモンスターを討伐したとか。向こうじゃ知らない人はいないらしいわよ」
それはそうだろう。これだけの戦績を挙げているのだから。
「明日にでも聞いてみるか……」
ただ、もう一つ気にかかる事があった。ヤーナム・シティの獣狩についての情報が圧倒的に少ない。調査するにしても危険地域に指定されているのだから無理もない話だが、唯一の手がかりと言えば一度だけ出会った革のロングコートを着込んだ獣狩だけだ。探しものをしているとしか言わなかったが、それも気にかかる。
「そうだ、ノワール。ナイルス達は今どうしてるんだ?」
「ナイルス? ああ、あのもふもふの首輪付きのこと? 今は教会で身柄を確保してるわ。ロボットに乗っていないと実害は無いみたいだから。オペレーターを務めていた二人も今はラステイション軍の情報処理を担当させてるの、もちろん条件付きでね」
「そうか……アークはどうなってる」
「あの施設は現在封鎖中よ。地下階層から持ち出された機械は武装企業が接収したらしいわ。リーンボックスで調査してるわよ」
「またあの会社か……懲りねぇな」
ただし、その点に関して武装企業側は完全に口を閉ざしていた。
アークの地下は広大なドーム状となっており、まるで地下都市のような様相らしい。それを管理していたメインコンピューターは現在停止しており、ガラクタの山となっている。自動防衛機能などがあったらしいがそれも今となっては沈黙していた。モンスターの巣窟になっていてもおかしくなかったらしいが、厳重な隔壁によってその侵入をこれまで阻んでいたようだ。
「詳しくはベールにでも聞いてみたら?」
「そうする」
資料を投げ出し、身体を慣らす。ノワールも仕事が一段落ついたのか、身体を伸ばしていた。
「今日はこれくらいにして、残りはシャワーを浴びてからにしようかしら」
「お疲れ」
「エヌラス、ちょっと聞きたいことが──」
「ノワール。ベールと連絡つくか? 今のうちに確認しておきたい事がある」
「それなら私からしておくわよ」
「忙しいんだろ。こっちは俺で調査進めておくから、先に休んだらどうだ」
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫よ」
「いいから休んどけって」
「……そこまで言うなら、仕方ないわね」
執務室を後にして、ざわつく胸の感覚に眉をよせながら不安を覚える。閉めた扉の向こうからはエヌラスがベールと電話している声が聞こえた。話の内容から察するに武装企業関連だろう。
唇を尖らせながらノワールはシャワーを浴びることにした。
「──なるほどね。業績回復、信頼回復のために教会に協力はするが企業秘密と」
《ええ。チカが何度か教会側から圧力をかけても口を割る様子はありませんわね。社長代理を務めているキャロラインさんが反女神派ということもあって難しいところですわ……》
「今はリーンボックスもどうなんだ?」
《ラステイションとさほど変わりはありませんわ。これでも忙しいんですのよ? 今は、その……ちょうどリフレッシュ中でして》
「そうか。今度そっちに寄った時に目を通しておくから、書類の用意だけしてもらえると助かる」
《そういうことでしたら、わたくしに任せてくださいまし。今はラステイションで拘束中、でしたわね? ノワールとはどうなんですの?》
「相変わらずだよ。俺が迷惑かけて怒られてる」
《ノワールのツンデレキャラぶりにも困ったものですわ。リーンボックスに来たらわたくしがたっぷり癒やしてあげますわよ? 今からでもいかがかしら?》
「お誘いどうも。ノワールの説教が怖いから遠慮しておくよ」
《……なんだかいつもより覇気がありませんわね。何かありましたの?》
「別に……そうだ、エキシビジョンマッチの件、ノワールから聞いたぞ」
《ええ。もちろんわたくしも出場しますわ。何事も無ければ守護女神が最後に残ることになりそうですが》
「はは、そりゃそうだろう。俺は特等席で応援させてもらう」
《それは残念ですわ》
「まかり間違って俺が優勝でもしたらゲイムギョウ界大荒れだろうが」
女神株価大暴落ってレベルではない。
《そういえばひとつ、気にかかる事が》
「なんだ」
《武装企業で拘束していた機体が一体、行方不明らしいですわ》
「……なに?」
《戦争屋、と呼ばれる要注意人物……いえ、要注意ロボットが。なんでもわたくし達が本社を襲撃した際のドサクサに紛れて追跡GPSや首輪を外して逃亡したとかで》
「大丈夫なのか、それ」
《教会でも鋭意捜索中ですわ》
「一応、留意しておく。ありがとな、ベール」
《気にしないでくださいまし。それではまた》
エヌラスは電話を切り、ソファーに体重を預ける。右手に視線を落とし、拳を握ると額に押しつけた。
ノワールには怪しまれている。かといって黙っているわけにもいかない。しかし、どう説明したものか。こんな時期に余計な心配をかけたくないのもあるが、同時に怒られるのが怖いのもある。ユウコですら手を上げたレベルだ。また引っ叩かれるのか、等と薄ら寒い事を考える。
不意に眠気に襲われて、息を深く吐き出すとエヌラスはまぶたを閉じた。
──気がつけば、次元神セロンの前に立たされている。喚び出すにしても他に方法はないのかお前は。エヌラスが頭を掻きながら歩み寄る。
セロンは自分の左目を指して、それからエヌラスの左目を指した。
「因果、というものを信じるか? 私は左目を奪われ、アイツは左目を使い、そしてお前は左目と右腕を失った。アイツもまた、銀の鍵によって右腕を一度失っていたな? そういうことだ」
「……アイツを殺したきゃ、俺が死ぬしかねぇと?」
「その可能性があったが、決定的なものとなった。もはやお前の生死などアイツには何ら関わりがない。どう超えるつもりだ?」
「元々俺は、アイツに劣ってる。だったら見下すあの野郎を死に物狂いで引きずり落とすだけだ」
アレを殺すためだけに長年追ってきた。しかし、今となっては形勢逆転となっている。
あちらは力を蓄え、こちらは力を喪う。
「気づいているかどうかは知らんが、今のお前はかなり危ういぞ」
「知ってるよ。胸に穴でも空いた気分だ」
エヌラスが手に浮かべるのは、ゼロクリスタル。双角錐の結晶体は、ヒビ割れていた。
今度はこちらが追い込まれる番だ。絶望の魔人としての根幹を奪われた以上、絶妙なバランスで成り立っていたパワーバランスが崩れている。頼りになるのは銀鍵守護器官だけだ。
もしも、銀の鍵を解放しようとすればたちまち自分の身体は崩れ落ちるだろう。自己の消失。消滅が意味するところは──ゲイムオーバーだ。
存在意義すら保てない魔人は消え去るしかない。自分の妹のように。
「私は、見ていることしか出来ないからな。これまで通りお前は足掻くしかない。地獄の淵で」
「そうだな。最初からテメェに頼るつもりは欠片もねぇよ。どんな手段を使おうが、俺は今ある世界が良い。こんな奇跡を誰が手放すか。犠牲になった奴らがいて、俺が助けられなかった奴らがいて、生きて笑ってる奴らがいて──もう俺は、やり直したくなんかねぇよ」
「……そんなお前に悲報だがな。アイツは思った以上に戦力を用意しているぞ」
「だからどうした。誰が諦めるか」
毅然とした態度で弱音のひとつ吐かずにエヌラスは断言した。
「それが例え──お前の愛する女神だとしてもか? 厄介だぞ、今度は。覚悟だけはしておけ」
「説明しろ」
「なに、近い内に嫌でも分かるさ。知っているだろう、私は」
「どちらの味方でもないし、敵でもない俯瞰者。クソが、やってやろうじゃねぇか」
「助言を与えるとするのなら……今のお前の右腕は、そう捨てたものでもないぞ? なに、フェアではないというだけだ。それではな、黒の守護女神がお前の目覚めを待っているぞ」
「呼び出したのはテメェだろ」
セロンが指を鳴らすと同時に、視界が暗転する。
……目を覚ましたエヌラスが見たのは、頬に手を添えていたノワールの顔だった。眠っていた自分の顔の包帯を解いたのか、ガーゼが取られている。
「……ノワール」
「────」
ふと、右手に視線を向けた。包帯の下、割れた素肌が露わになっている。まだ身体に馴染んでいない魔術回路も。
何か言おうとしていたノワールだったが、静かに口を閉ざす。エヌラスは自分の右手を掴み、深く息を吐き出した。
「……クロギアに一歩越された。俺の実力不足だよ。不甲斐ねぇな、俺も」
「それだけ?」
「それだけ。他に何かあるか?」
「……そう」
ノワールは短くそれだけ呟くと、再び執務机に着いて仕事を再開する。それきり口を閉ざしたままで、気まずい沈黙と空気にエヌラスもそれ以上何も言わなかった。