超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ハルオミをサカキ支部長に密告して懲罰房にぶちこんだエヌラスは清々しい気持ちで額の汗を拭った。いい仕事をした……そんな気がする。
エントランスで休んでいると、一通りの仕事を終えて休憩にきたゴッドイーターがエヌラスの肩を叩いた。
「エヌラスさん、お疲れ様です」
「そっちもな。大変だったな、さっきのは」
「……取り逃がしちゃいましたけど」
ゴッドイーター憧れの第一部隊隊長の仇だ。死んだと決まったわけではないが、それでも逃してしまったことを気にしているのか、表情が落ち込んでいる。
頭に手を置いて軽く撫でるとすぐに顔を上げた。
「俺の怪我も、アイツが一枚噛んでる。色々因縁があるんだ」
「そうだったんですか。そうだ、折角ですし医療ラボで診てもらいません?」
「いや、そこまで厄介になるわけには。そっちこそ大丈夫なのか」
「心配ご無用です、鍛えてますから!」
ふふん、と得意げな表情でゴッドイーターはエヌラスの左手を引いて半ば無理矢理医療ラボへと向かって歩き出す。
連行されたエヌラスの診察に、医者は苦い顔をしていた。こんな症例は初めて見た、と絞り出すような声で。
右腕が死んでいる、しかしそれを魔術回路で補填して稼働させている。しかし、採取された血液から興味深い物が見つかった、と診察医は言っていた。
「なにかあったんですか?」
「偏食因子の適合率が高いことから、彼は神機使いとしての才能もあるようだ」
「あー」
心当たりが無くはない。元々自分の魔術の根源にあるのは血液だ。それを媒介にしている為に様々な事に都合がいい。怪我の治療から電気信号操作による電磁パルスなどなど。恐らくはその副産物としてだろう。
「そういうのって調べて分かるものなのか?」
「最近はコンピューターで適合率の高い偏食因子を調べられるからね。もしかしたら、右腕が動かせるようになるかもよ? そうすれば」
「腕輪付きは流石にちょっとな……」
着る服に困る。ハウンドスーツは一張羅だ。本来なら強制拘束というも辞さないようだが、エヌラスが教会で管理・運用されている境遇だからかその適正を伝達することだけに留まった。
包帯を巻き直して、身体の具合を確かめる。
「ウチで良ければいつでも診てあげるよ。お大事に」
「どうもありがとうございます」
診察室を出て、医療ラボを歩くエヌラスの隣にゴッドイーターが並ぶ。
「あ、そういえば。つい、最近の話なんですけれどもうちに運び込まれた患者さんがいるんです」
「へぇ。怪我とか大丈夫だったのか?」
「ひどい衰弱状態だったので、まだ意識は戻ってないみたいですが命に別状はありません。とても綺麗な人で、寝顔がまるでお人形さんみたいなんですよ」
「そこまで言うならよほど美人なんだろうな」
「もうとびっきりですよ」
「はは、アーサーが聞いたら飛びつきそうだ……」
それほどの美少女、見逃す手はない! ぜひ一目見せてくれないか! ──ぐらいは言いそうである。
「おーい。エヌラス、ちょっと来てくれるか。支部長がお呼びだ」
「ああ、わかった。すぐ行く。それじゃな、ゴッドイーター」
「はい。エヌラスさんもお元気で。それと武者修行の件、まだ忘れてませんからね」
「近いうちにな」
リントに呼び出され、エヌラスは再び支部長室へと足を運んだ。まず今回の件のお礼と、活躍の労い。そして、教会への報告書。戻るついでに届けて欲しい、という支部長からの頼みを断る理由などない。書類を受け取って頭を下げる。
「神蝕種。個体名マガツビ。アレは自身の周囲に存在する生命エネルギーを捕食して自分の体内に貯蔵する性質を持っているようだ。攻撃にも防御にも転用できるようだが、弱点がある。攻撃と防御を両立出来ないこと、そしてその残量に応じて色が抜けていく。そこを突けば、我々だけでも十分に対抗は出来るだろう」
「だが、生命エネルギーの捕食は動植物を問わない。僅かな戦闘時間だったが、植物が一斉に枯れた部分がある。交戦する神機使いの生命力だって」
「その点は安心してもらっていい。彼らは鍛えてるからね。かといって過信は禁物だ。対峙する以上、危険は伴うだろう」
「……戦うなら、見晴らしの良い荒野か無機物に囲まれた場所がいい。モンスターの寄り付かない場所なら、なお望ましいな」
「こちらで条件に一致するフィールドを検索しておくよ。後はマガツビをそこに追い込めば……」
「あの野郎をぶっ倒して、アイツの仇が取れるってわけだ」
「おいおい、リント君。勝手に彼を殺さないでくれ。行方が知れず連絡がつかなくなったというだけじゃないか。まだそうと決まったわけじゃないだろう?」
「おっと、俺とした事が早とちりしちまった」
笑い合う二人だったが、その表情にどこか無理があった。一刻も早く、手がかりだけでも欲しいのが本音だろう。マガツビと交戦してから行方不明になったというのなら、戦闘の痕跡から何か得られるかもしれない。
「サカキ支部長。その、神咲コウ……だったか、第一部隊のリーダーは」
「ああ、そうだよ」
「マガツビと交戦して最後に連絡が途絶えたのはどの辺りだ?」
「危険種、接触禁止種といった危険なモンスターの群生地。ラステイションでは通称「禁域の森」と呼ばれている密林地帯の近辺だ。その奥地にヤーナム・シティがあると聞いているけれど……」
「つい最近、市街地の方に獣狩が確認されたのはご存知で」
「いいや、初耳だ」
「もしかしたら、獣狩が何か知っているかもしれない。今度見かけたら話を聞いてみる」
「助かるよ。こちらも再調査を進めよう。リント君、部隊の編成は君に任せるよ」
「了解、サカキ支部長。何か見つかったらお互い包み隠さず報告だ、エヌラス」
リントと拳を突き合わせて、エヌラスは支部長室を後にした。
トラックから積荷を下ろし終えたが、ドバルは残るようだ。万年人手不足が嘆かれるこの極東支部に思い入れがあるらしく、少しでも滞在して手を貸したいらしい。変わったロボットだ。プラネテューヌに戻ることがあれば、レオルド達に元気でやっていると伝えてほしいと言われたのでエヌラスは頷いた。
トラックに乗り込み、ラステイションの首都へ向けて走り出す。マガツビの襲撃があったからか運転手も怯えた様子だったが、何事もなく無事に帰ってくることができた。
エヌラスは運送会社で運転手達と別れ、その足で教会に向かう。
重工業が盛んなラステイションは夜になれば工場から響く機械の音も静けさを取り戻していた。等間隔に並んだ街灯の下を歩いると、エヌラスはふと目眩に襲われて壁に手をつく。右肩から首に掛けて異様に身体が熱い。左手で抑え込むが、魔術回路の発熱は治まらなかった。右腕に流していた魔力を切断して、エヌラスは深く息を吐き出す。
口から吐き出される吐息が白く染まっていた。額に手を当てれば焼けるような熱さに思わず手を離す。徐々に鮮明になってくる視界に、自分が地面に膝を付いている状態だとようやく気づいた。身体を押し上げて立ち上がり、イタクァの風で身体を冷ましてから再び歩き出す。
(……どちくしょうが。こんな調子じゃ魔術回路が慣れてもまともに戦えねぇぞ)
どうしても魔力のバランスが悪いと身体も不調を訴えてくる。右腕を基準に全身の回路を強化してしまうと、今度は生身の部分が耐えきれなくなってしまう。大魔導師の施した人体改造はそれこそ完璧だった。だからこそ、一度そのバランスが崩れてしまうと均衡を保つ事が難しくなる。
なんとか平静を装いながらラステイション教会に入ると、警備職員と挨拶を交わした。
そのまま女神の執務室へ向けてエレベーターで向かう。予想以上に時間が掛かってしまった。
──案の定、ノワールは腕を組んで眉をつり上げている。
「遅かったわね」
「ただいま。夜の散歩してた」
「おかえりなさい。そんな身体なのに呑気なことしてられるわね、逆に感心するわよ」
「神経図太いんだ」
「ええ、知ってるわ。ひとまずは、お疲れ様。夕飯は?」
「ノワールもな。夕飯か……」
夕飯、と言われてエヌラスは自分の腹に手を当てて考えた。不思議と空腹は感じられない。
「悪い、今日はいらねぇや。なんか、メシ食う気分じゃなくてな」
「そうなの?」
「風呂入って、寝る。疲れた」
「……」
「何か言いたそうだな、どうした?」
「大魔導師から聞いたわよ。貴方の怪我のこと」
右腕のことも。変身できないことも。全部。だが、エヌラスは不安な表情を見せるノワールに対してそっけない態度で済ませた。
「あ、そ」
「ちょっと! 人が心配しているってのに何よ!」
「こんなん、他の誰にも治せねぇだろ。今やってるのが精一杯の努力だ。これ以上良くなる事なんかきっとない。それは俺が一番良くわかってる」
左手にゼロクリスタルを浮かべると、輝きを失ってヒビ割れている双角錐の結晶体にノワールは目を見開いて言葉が出なくなる。
「──身体保つので、割と限界だ。変身なんかしたら、ぶっ壊れちまう。
「…………」
「うん、まぁ、だからよ。そんな顔するな、ノワール」
「だって──死ぬかもしれないって、消えるかもしれないっていうのに。貴方なんでそんな平気な顔していられるのよ!」
「俺は生き方も生まれ方も選べなかったが、死に方くらいは選ばせてくれてもバチは当たらないだろ? なぁ、頼むぜホント……俺から死に方まで奪わないでくれよ」
ゼロクリスタルを消して、ノワールの頬に左手を添えると、エヌラスは額を合わせた。
女神の為に戦い続けると選んだのは、他でもない自分だ。初めて自分の意思で選んだ選択肢なのだから、例え大魔導師であろうとも否定はさせない。
「だからって」
「わかってるよ。俺だって好きで死に急いでるわけじゃない」
涙ぐむノワールの身体を抱きしめて、その温もりに目蓋を閉じる。しかし胸の空白が埋まらない事にエヌラスは少しだけ自嘲した。
「……ズルいわよ、本当に。こんなことされたら、私どうしたらいいのよ」
「ノワール……」
「んっ、ちょっと……私まだ仕事が……ん」
身体を突き離そうとするが、唇を塞がれてノワールは首に手を回す。そのまましばらくして、ゆっくりと顔を離すと熱のこもった息を吐き出した。困ったように眉を寄せ、頬を紅潮させている表情は片眼に焼きつけるには十分過ぎるほど魅力的に映っている。
「……この後──いいか?」
「だ、だから私まだ仕事が残ってるって言ってるでしょ……!」
「そうか……」
「……ダメなんて、言ってないじゃない。先に部屋で待ってなさいよ……バカ」
「悪いな、付き合わせて」
「今に始まったことじゃないでしょ。それに、私もシャワー浴びておきたいし……貴方も何か、消毒液臭いわよ?」
「風呂、入ってきます……」
医療ラボに滞在し過ぎた。はにかみながら執務室を後にするエヌラスの後ろ姿を見送って、ノワールは自分の唇に手を当ててから、弛んだ頬を引き締めた。