超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ユウコに連絡を入れて、それから後日ルウィーで落ち合う。もうひとりのブランもロムとラムの看病の甲斐あってか、だいぶ調子が良くなったようだ。件の次元を繋ぐゲートが開いたまま、というタワーへと向かう。
ゲハバーンによって次元隔離されていた際は閉じられていたゲートだが、今は復活している。とはいえ放置しておくのもマズいのではないだろうか。機会があれば直しておこうとエヌラスは思いながら、タワーへと向かう。
旅行バッグ一つという身軽な格好で雪国のルウィーに降り立つユウコは、しっかりと防寒対策も取っていた。ニット帽にマフラーにコートとこれでもかと厚着をしている。迎えに行っていたロムとラムがその姿を見かけて手を振ると、駆け寄って抱きついた。
「ユウコー!」
「お、ロムちゃんラムちゃーん。こんにちはー」
「こ、こんにちは……えいっ」
「わぁーい、もふもふしてる!」
「ふふん、今日のユウコさんはもこもこユウコさんだ。とりゃー、もこもこにしてやるー」
「「きゃー」」
マフラーを外して、二人の首に巻きつけてからニット帽と手袋をそれぞれ着ける。仲良し双子と教会の廊下を歩き、応接室でエヌラスと二人のブラン。そして教祖のミナと合流する。
相変わらず包帯だらけのハウンドスーツを着た男を睨んでいた。しかし、すぐに視線を外してユウコとエヌラスはブランの案内で移動する。
女神化することを躊躇していた神次元ブランだったが、問題なくホワイトハートへと変身できたことに胸を撫で下ろした。しかし、身体の違和感は拭えないのか、不安そうな表情をしている。
ハンティングホラーに二人乗りで空を走り抜けて、洞窟から開いたゲートを通じて別次元のタワーへと抜けた。モンスター達の襲撃をすり抜けるとそのままルウィーへ向けて走らせる。
紅葉の美しい純和風の国、ルウィー。エヌラスとユウコと共に戻ってきたブランを人々はいつものように受け入れていた。
普段通りの景観に、さして異変は見られない。女神の補佐を務めている大臣が顔の汗を拭いながら慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ブラン様、おかえりなさいませ。一時はどうなるかと思いました」
「心配かけたわね、大臣」
「急にいなくなるものですから心配しました」
「……ただ、少し記憶があやふやなのよ。何があったか教えてもらえないかしら」
「かしこまりました。そちらのお二人は?」
「一応、客人よ」
「はぁ……んん? そちらの男性、どこかで見たような……」
「…………」
「よく似た人相が指名手配されていたような気が。他人の空似ですかな。失敬、怪我人の方」
「あー……気にしてないんで」
どうやら顔の包帯のおかげでバレてはいないらしい。お前の目は節穴か? そんなことを考えながらも、今はそのガバに感謝していた。
大臣からここ数日間の様子を聞いてみると、どうやら最近不思議な霧を纏ったモンスターが出没するようになったらしい。ギルドの方でも未確認ということで、被害が出ない内に討伐依頼を下げている。その討伐を行っていたブランが、急にいなくなったから心配していた、というのが大臣が知っている限りの話だ。
「そのモンスターってのは」
「はい。私達の方で、ウイルス種と呼称しています。対策として、状態異常回復アイテムを多く所持して制圧に向かうようにとギルドから通告させています」
「名前だけ聞いてたら感染しそうだな」
「そうなのです」
「冗談のつもりで言ったんだけど?」
「このウイルス種は他の通常個体と接触した場合、その霧を感染させる事もあるようです」
そこから転じて、その呼称に定まったらしい。大臣の話を聞いている間、少し息苦しそうに胸元を押さえているブランをエヌラスが気遣う。
「大丈夫か?」
「ええ……問題ないわ」
「なんかちょっと、顔色悪いよ? 少し横になってたら?」
「……そうね。ごめんなさい、大臣。少し、休ませてもらうわ」
「はい。ごゆるりと」
和風の客室からブランが去ると、大臣はメガネを直した。
「折り入って頼みがございます、お二方。いえ、怪我人の方にこのようなことを頼むのはお門違いというものではありますが」
「ああ、気にしないでくれ」
「そーそー。こいつ、いつもこんな調子なんで」
「悪かったな、いつもこんな調子で」
「そう思ってんなら直しなさい」
「癖になってんだ。死にかけんの」
「極限のスリルを楽しみたいならいっぺん死んでみるかおめーよぉー!」
「すまん悪いごめん冗談、やめろ!」
どったんばったんと騒ぐ二人に、大臣が苦笑する。咳払いに二人が慌てて姿勢を正して座り直した。
「失礼しました」
「はは、いえいえ。仲が大変よろしいようで。それで頼みというのは他でもありません。ブラン様にお力添えを、どうかお願いします」
「元々そのつもりでこっちに来たんだ。他の国の情勢はどうなってる?」
「助かります。まず、ラステイションとリーンボックスですが今は両国が争っている状態ですね」
「……戦争、ってことか?」
「そこまで大それたものではございません。聞けば、連日連夜。ブラックハート様とグリーンハート様が火花を散らしていると。これは国の利益のためでもシェアの争奪のためでもなく、ただただ私利私欲のためであるようです。内政には手を抜いている様子はないみたいですが……こちらに被害が出ていない以上は静観に努めています」
「プラネテューヌは?」
「……特に、変わりは。むしろそれが不気味にさえ思えてなりません」
現状、目立つ異変らしい異変は。ウイルス種の発生。ラステイションとリーンボックス間の女神同士の抗争。くらいのものだろうか。
「お二人もお疲れでしょう、ルウィーの観光など……」
「あ、お気になさらずー。それよりもブランちゃんの容態の方が気になるので。私でよかったら食事の方などご用意させていただいてもよろしいですか? これでも料理の腕は自信があるので」
「おぉ、それは助かります。では厨房にご案内します」
「エヌ……、キミはどうする?」
「街の様子見てくる」
「そう。気をつけてね」
片手を振り、エヌラスはそのままルウィーの街へと向かった。
「大変仲がよろしいようで。恋人ですかな?」
「へっ、ひゃ、ほぅ? いや、その、恋人ってーかなんてーか、その、付き合い長い腐れ縁みたいなものでして……!」
「これは失礼を」
「……」
ユウコは顔を赤くしながら考える。エヌラスと自分は、どういう関係なんだろうか、と。
思えば、恋人と呼べる恋人はユウコが知る限りでも一人しかいない。金の穂波がごとく髪、透き通る青い瞳。
魔人から初めて愛された人間。魔人が初めて愛した女の子。エヌラスの初恋を奪った、普通の人間の女の子。
きっと、今でも彼女は心の中にいるのだろう。奥底に溜まった淀みのように。
少しだけ、ズルいな、と思った。羨ましいとも思った。
私はどうなんだろう? ユウコはたまに考える。
恋人? 愛人? 幼馴染、かもしれない。保護者とはちょっと違う。身元保証人……かもしれないし、だがそれもちょっと違った。
小太りな大臣の後についていきながら、考える。
──もっと、違う出会い方をしていたらこの気持ちも変わっていたのだろうか。
九龍アマルガムではなくて、ユノスダスで生まれて、出会っていれば……初恋は自分のモノになっていたのだろうか。そうしたら、女神様のためにあんな風に傷つかなくてもいいのに。なんて考えてしまう。だけど、きっとそれは終わらない塔争の世界だ。何も変わらない。何も変えられない。何も始まらない世界の話だ。誰も救われない話だ。
世界のどうのこうのなんて知りたくなかった。世界が一人の神様に支配されているなんて知りたくなかった。そんなこと一銭の得にもならないしお腹が膨れない。そんなことよりも、今日のご飯は何を作ろうとか、私にはそっちの方が重要だ。
厨房で料理をしながらボンヤリと考える。……どうして料理をするようになったのか、とか。なんで金勘定にうるさくなったとか。商業国家の王様にまでなっちゃったのか。
私が、吸血鬼に“なってしまった”あの夜から、全部始まったのかもしれない。それはどうしても変わらない。国王の地位に就くのも全ては舞台の一つ。
「…………」
ぐつぐつと煮立つお粥を木ベラで均等にかき混ぜながら、考える。今じゃもう、吸血鬼であることが当たり前になってしまった毎日に少しだけ嫌気が差した。
「……私が、普通の女の子だったらもっと変わってたのかな」
そんなことを考えていたからか、うっかり焦がしてしまった。作り直そう。
──エヌラスが街の見回りをしていると、特に何の異常もなさそうだった。大臣がルウィーの軍を動かしてウイルス種の討伐を行っているからか、街に被害は出ていない。すれ違う人達に包帯を巻いた顔を見られているが、指名手配されているとは思わないようだ。
まだこちらの世界で自分に対する悪評が廃れていないことに安心しながらも、エヌラスはスーツのポケットからヘアピンと紐を取り出して髪をまとめた。
サイドの髪を後ろに流してハーフアップにまとめ、前髪を左寄りにして留めておく。これで多少はごまかせるだろう。
ギルドを覗いてみても、ウイルス種の討伐依頼は無かった。通常個体のモンスター討伐とアイテム採取くらいのものだ。
空を見上げる。ラステイションとリーンボックスでは今日も女神同士が切磋琢磨しているのだろうか? だが──。
エヌラスの脳裏には、ホワイトハートの姿が浮かぶ。黒いプロセッサユニットを纏い、何一つ汚れのない純白の衣装も黒く汚れていた。見慣れない紋様も胸元に浮かび上がっていた事を思い出して、記憶を辿る。
通常の女神化ではなく、シェアエネルギーに何らかの手を加えられた状態……パンドラ・イルバードの
ふと、自分の左手がポケットに伸びてドラッグシガーを手にしていた。最近ずっと吸っていなかった事を思い出す。今なら一本くらいはいいかと、口にタバコを咥えて火を点けて紫煙をくゆらせる。
「…………」
邪神ヌルズ・エクス・モルテス。その欠片から造られた出来損ないの絶望の魔人、エヌラス。
だが。だが、ずっと気にかかっていた。
自分が邪神の一欠片から造られたというのなら──妹は、一体どうして、誰に造られた存在なのだろうか。
名前も知らない。
生まれた時からずっと側に居たのに。ただの一度も名前を誰も呼ばなかった。呼べば応えてくれるのが当たり前だったから、気にしたことなどなかったが──誰、なのだろう。
「……」
「…………あの、熱くないんですか?」
「へ?」
「指」
「ゆび?」
少女におずおずと声を掛けられて、エヌラスはドラッグシガーを挟んだ右手の指に視線を落とした。すっかり短くなった煙草の火がチリチリと包帯を焦がしている。感覚が全く無いから気が付かなかった。
煙草の火を消して、携帯灰皿に捨てる。
「大丈夫ですか?」
「ああ。教えてくれてありがとな。えー、と……」
「私、鉄拳って言います。こっちにはちょっと、修行で来てて」
「そうか。俺は……あー……エヌラス」
一瞬、偽名を名乗ろうかとも思ったがすぐに出てこなかったので正直に名乗った。
話を聞くと、どうやら超次元からこっちに来たものの修行が捗っているから戻れないらしい。来るのも大変だったろうに。だが、その苦境と困難も修行の一環としているようだ。随分と打たれ強い。控えめに言ってとても強そうには見えないのだが、むしろ小動物系な気がする。
「なぁ、鉄拳。ウイルス種の討伐って、したことあるか?」
「最近巷を騒がせているモンスター、ですよね……? いいえ、ありませんよ?」
「そうか……他の国に滞在とか」
「ラステイションに少し前まで居ました」
「俺はルウィーに来たばかりなんだが、ラステイションはどうだった?」
嘘は言っていない。だが、鉄拳は考え込む素振りを見せてから首を傾げていた。
「工業が盛んなので、機械系モンスターも多いですね。トレーニングに最適でした」
「女神とかは……」
「女神様、ですか? うーん、うーん……よく国を空けているみたいです。空を飛んでいるところを何度か見かけたくらいで」
「そうか。ありがとな。近いうちに足を伸ばそうと思ってたんだ」
「いえ。あ、そうだ。よかったらコレ、持っていってください。ラステイションの地図です」
「いいのか? そういうことなら有り難く」
「私はもう使わないと思うから、あげます」
エヌラスは思わぬぼた餅に感謝しながら、鉄拳と別れてルウィーの教会へと引き返す。
その後姿をじーっと見つめて、ポツリと呟いた。
「……熱くなかったのかな……?」