超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ウイルス種の資料を大臣から受け取り、目を通す。確認されている個体を頭に入れてから、エヌラスはブランの様子を見に向かう。
襖を開けると、先程よりも調子の悪そうな姿にユウコが作った作った雑炊を食べさせていた。
「おかえりー、エヌラス」
「……おかえりなさい」
「ただいま。街は特に変わりないな。ラステイションの地図も貰ってきた」
腰を下ろすエヌラスに、ユウコが鼻を鳴らして近づくと眉を寄せている。
「キミ、煙草吸ったでしょ」
「げ、バレた……」
「当たり前だっての。最近吸ってないなーと思って感心してたのに」
「一本だけなら」
「……そういう人って、ズルズルと自分を甘やかすわね」
「うんうん。ブランちゃんの言う通り。髪をまとめてもダメなものはダメだからね」
二人揃って小言を漏らす。ねー、と同時に頷きながらもユウコはブランの口にレンゲを運んでいた。先程に比べて、少し顔色が悪くなっている。
「ほんとうに大丈夫か?」
「……ええ。横になっていれば、治ると思うわ」
「──模倣体の結晶を管理してる場所は」
「結晶? ……それなら、教会の倉庫に」
「少し見てくる」
エヌラスは大臣を捕まえて、教会の倉庫まで案内させた。その道中で、結晶の保管状態について尋ねる。シェアクリスタルと同じように謎の多い結晶は、厳重に封印を施した上で倉庫の一番奥に置いてあるようだ。
大臣が倉庫を開けると、中は薄暗く、暗闇に閉ざされている。照明らしい照明もないので、提灯を手渡されてエヌラスが一人で奥へと近づいていった。
倉庫に保管されているのは巻物や書物が大半。倉庫、というよりは書庫のような場所だ。寒気すら感じる冷たい倉庫の空気に混じって、乾いた紙のにおいがする。少しだけカビ臭い。
「お気をつけください」
「ああ」
足元を照らしながら、ぶつからないように細心の注意を払いながら奥へ向けて進んでいく。突き当りの棚に、小箱のようなものが置いてあった。箱から発せられる波長に、エヌラスは眉を寄せている。
ソラからの話によれば、解析を終えて封印を施して女神に渡したと言っていたはずだ。ただの宝石と化したはずの物から何故エネルギー波が感じられるのか。
エヌラスが右手を伸ばし、小箱を手にする。澱んだ空気のような、泥の中に手を入れた感触が伝わってくると不快な顔をした。
(……ソラが嘘を言っているはずがねぇしな)
小箱を持って大臣に見せる。人間には何の影響もないのか、眉を寄せて怪訝な表情をしていた。
「特に、何も変わりはないようですが?」
「ウイルス種の発生や、ブランの不調はこれが原因と見て間違いないと思うんだが」
「しかし……」
「人間に影響は出ないみたいだ。中身がどうなってるかまでは開けてみないとな。これの鍵は?」
「ブラン様がお持ちですが……」
しかし、自分に何の影響も無いというのが気にかかる。もしかすれば、感覚を失っている右手で持っているからかもしれない。
なんとなく、左手を近づけると、チリチリとした痛みが走った。咄嗟に離し、エヌラスは再び手を近づけて視覚強化で触れようとする指先に意識を集中させる。
静電気のような小さく赤い稲妻が発せられていた。どうやら、勘が当たったらしい。感覚が残っていれば今頃右手は麻痺しているところだろうが、魔力で動かしている限り何の影響もなかった。
(……こいつは破壊しておいた方が良さそうだな)
小箱を持って部屋に戻ると、二人がぎょっとした顔を見せる。
「あなた、それ……」
「どう見ても、悪影響の原因がコレとしか思えないんだが」
「っ……」
「ブランちゃん? 大丈夫?」
胸元を押さえるブランに、ユウコが巫女服をはだけさせた。そこには見慣れない紋様が浮かんで淡く発光している。エヌラスの魔術刻印によく似ているが、魔力は感じられない。むしろシェアエネルギーに近い物を感じる。
──ヌルズと交戦した時に、自分も同じように銀鍵守護器官を汚染されて死に目に遭った。あの時は魔力汚染によって魔術回路を通じたものだ。それと同じように、この小箱の中にある結晶から発せられる波長がシェアエネルギーと共鳴を起こして汚染しているのだとしたら。
「ブラン、こいつは破壊するぞ。いいな」
「待ちなさ……っ!」
止めるのも聞かず、エヌラスは右手の小箱を握りしめて中の結晶を焼滅させた。握り潰される波長の発生源がパタリと止むと、ブランを苦しめていた胸の圧迫感が薄れていく。徐々に呼吸が楽になり、汗も引いていく。風邪が悪化しないようにユウコが汗を拭った。
水を飲ませて落ち着かせるものの、胸元の紋様は消えていない。
「どう、ブランちゃん?」
「なんだか、急に楽になった気がするわ。でも、どうして? その結晶は活動を停止させていたはずよ」
「それについてだが……」
エヌラスは右手をポケットに入れて腰を落ち着かせた。
「まず情報の整理だ。ウイルス種の発生が起きて、それからブランの様子がおかしくなった」
「……でも、通常のウイルスならわたし達は女神化出来ないだけよ? なのに」
「女神化してたし、それだけじゃない。女神候補生達と総掛かりで苦戦するほど狂暴だった、狂化に近いな」
狂化魔術──理性や言語機能も戦闘能力のリソースへと回すことで爆発的な身体強化を施すものだが、大魔導師いわく「獣に劣る」とのこと。多分想定している獣は世界を滅ぼすレベルのバケモノだ。影で黄金の獣とか囁かれている大魔導師に言われたくない。
だがブランは確かに理性はあった。女神化によって好戦的になっているとはいえ、ちゃんとルウィーに対する愛情は残っていた。
「ウイルス種に感染して、それが結晶に作用した結果。ブランが狂暴になったと仮定すると納得はいくんだがな」
「そして、活動を再開した結晶にわたしが汚染されて……雪国のルウィーに……」
「だと思う。少なくとも行動するきっかけはルウィーに対する愛国心だったしな。それが転じて女神同士の戦闘になったんだろう」
「んー? じゃあ、ノワちゃんとベルちゃんは? それなら向こうに襲撃してきてるはずじゃないの?」
「ブランの愛国心が暴走したってなら、プライドの高いノワールのことだ。女神としての意地に拍車が掛かってるんじゃないか? ベールはさしずめ、矛先を向けられたから相手をしているってところだろう」
プルルートとピーシェはどうだろうか。一番読めない相手だけにどうなっているのかわからないのが怖い。プラネテューヌは特に変わりがないらしいが……。
「……」
「胸元のそれは、感染した証拠だろう。その新型ウイルス種に近づかなければ効果が薄れてくと思うが」
「だと、いいけれど……」
まだ何か腑に落ちないのか、ブランの表情はあまり浮かなかった。エヌラスとユウコが顔を見合わせる。予想が正しければ、ラステイションとリーンボックスの結晶を破壊さえすればこの騒動は収まるはずだ。
「ひとまず、今日のところは安静にな。調子がよくなったら、ラステイションでノワールと話をしに行けば……」
「いやぁ、でもエヌラス。ベルちゃんに戦闘仕掛けるような状態のノワちゃんでしょ? 話し合いの余地ある?」
「俺も今一瞬考えたんだから言うなよ……」
顔を合わせたら即戦闘。なんてことになるかもしれない。此処はむしろリーンボックスに向かってベールと話し合いが先決か。だが、向かった先でノワールの襲撃が無いとも限らない。どちらにせよ、ラステイションは避けて通れない問題だ。
「後顧の憂いは断っておこう。まずはラステイションだ、リーンボックスはそれから」
「……わたし達の問題に、あなたが首を突っ込んでなにか得があるの?」
「なにもねぇよ。強いて言うなら、目の前の問題から目を逸らしてたら後味悪いって話だ」
──後味が悪い。気がつけば口癖のようになっているが、出会った三流魔道探偵が良く口にしていた。今でも元気にしているだろうか。ひもじい気持ちを共有した仲だ。小さな教会に向けて一緒に歩いたものだ。空腹を抱えてひぃひぃ言いながら肩を貸して。それ以来、変な友情のようなものが芽生えて一緒に食事をしたものだ。
「……これは、わたし達女神の問題。これ以上あなたの手を借りる気はないわ」
「俺だって手を貸してるわけじゃねーよ、自惚れんな」
「ちょい、キミ。そんな言い方しなくても」
「俺が勝手にやってるだけだ」
エヌラスは空になった食器を手にしてブランの寝室から出ていく。ユウコはそんな後ろ姿に頬を膨らませていた。
「まったく。向こうとじゃ態度が大違いだ。なーんで喧嘩腰かなぁ」
「……ごめんなさい」
「ブランちゃんが謝らなくても」
「手を引いてもらおうと思って、キツイ言い方をしたつもりだったのだけど……逆効果だったみたいね。あんな怪我をしているのに」
「まぁね。そのために私が付いてきたわけだし」
「ユウコにも感謝しているわ。ありがとう」
「どういたしましてー。私はほら、ちょっとお節介焼きなところあるからいいのいいの。気にしないで。それにぴぃちゃんにも会いたかったしさ」
照れくさそうに笑うユウコだが、少し無理をしている。
「──ホントは、ちょっとヤキモチも焼いてたりするんだけどね」
「そうなの?」
「女神様達と出会う前は、よく私のところで世話してたから。寂しいのかもしんない」
「……」
「や、でも。ほら、アイツ馬鹿だし? 底抜けの馬鹿だしさ、放っておけないんだろうね。女神様のことも……自分が原因で起きた事件だってことを自覚してるから尚更」
「でも、エヌラスが気にするほどのこと?」
「いやさ、ほらー……パンドラの件もそうだけど、今回も結局はアイツがやり残した不祥事みたいなところあるから。それでだと思うよ」
邪神の影はまだ消えない。魔の手は途絶えない。禍根を残したとしても、その影も形も消さない限りエヌラスは旧神という肩書である以上は戦い続けなければならなかった。
例え存在を否定されたとしても絶望に抗い続ける。エヌラスはそのために造られた魔人だ。たった一握りの愛すら許されない。
「なんとかする、なんて言ってくれたけれど……本当に大丈夫なのかしら」
「……ダメだと思うよ。あんな調子だから。自分の身体がどうぶっ壊れようと戦いだけは止めない馬鹿だから」
「ユウコ?」
「ほんと、馬鹿だよエヌラスは。自分はそれでいいかもしれないけどさ、帰りを待っている相手のことなんか全然考えてないんだから」
困った顔で笑うユウコに、ブランはどうしようもなくいたたまれない気持ちになった。
「そんなことないと思うわ」
「そう?」
「ええ。だって、あなたといる時のエヌラスの顔。すごく自然な顔をしてたから……きっと、ユウコのことが大切なのね」
──自分の手を引いて、キンジ塔を駆け上がった日を忘れない。些細な失敗から起きた事故だった。“やり直す”ために、だがどうしても諦めきれなくて。せめて誰か一人。たった一人だけでいいから救えないのかと、妥協に妥協を重ね、手を繋いだ相手は他でもない自分だ。
アダルトゲイムギョウ界と引き換えに救おうとした事は忘れない。……だが、ユウコはそれが少し寂しかった。
世界の崩壊とか、永劫回帰とかどうでもいい話だ。ただ一緒にいてくれればよかった。自分の傍にいてほしいだけだ。
吸血鬼の自分に何ができるだろう? 出来損ないの吸血鬼の自分に。なってしまったものはしょうがない。
時間は巻き戻せないのだから。ただただ無常に流れゆくだけ。
「あ……あははー、たはー。やっぱダメだねー私。自分の事を考えるとネガティブになっちゃう。楽しいこと考えてた方が良いに決まってるのにね」
「あなたも大変ね」
「そうなのー、すっごい大変なんだから。商業国家なんてね──」
自分の話題から逸らすように、ユウコはブランにユノスダスの事を話し始めた。