超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──その日の夜。
ルウィー教会の露天風呂に浸かり、エヌラスは深く息を吐く。疲れも一緒に吐き出されていくようで間延びした声が出てきた。
「あー……」
悪くない。実に心が安らぐ。こうしてのんびりと湯船に浸かっていられるのは貴重な体験だ。
九龍アマルガムの大浴場には一歩劣るが、風呂で静かな時間を過ごせるというのは大きい。なにせ知っている風呂と言えば、ほぼ乱入される。無性に目頭が熱くなってきた。
どうせならばもう少しゆっくりさせてもらおう。明日にはラステイションに向かわなくてはならないのだから。
(……そういや、こうして一人の時間を過ごすのは久しぶりだな)
誰かと一緒にいるのが当たり前だったからか、隣に誰もいないのが寂しく感じられた。何を血迷っているのか、と自分に言い聞かせる。孤独なのが当然だ。
いつかは──そう、きっといつかは別れの時が来る。どれだけ一緒にいたいと願っていたとしてもそれだけは変えられない。そうなれば、いなくなるのは自分だけでいい。ゲイムギョウ界に必要とされている守護女神達を巻き込むわけにはいかなかった。
もしもその時が来たら、泣いてくれるだろうか……、そんな事を考えてエヌラスは頭を振る。
そんなはずがあるものか。笑顔で迎えるからこそのハッピーエンドだ。泣いて終わりになどさせるものか。
(左目は、なんとかなりそうか)
顔の左半分。正確には、左目からこめかみにかけての裂傷。かさぶたのように擦り切れた傷跡のせいで目蓋がくっついてしまっているが、眼球は潰れていないだけまだマシだ。
最悪、左目だけなら義眼でも問題はない。しかし右腕はそうもいかなかった。魔術刻印だけでなく、経絡秘孔の都合もある。魔術回路もだ。腕一本を機械にすげ替えるだけでも戦力は大幅に下がることになる。
九龍アマルガムのサイバネティクス技術ならば経絡秘孔を再現した義肢も存在するが、それも今となって失われてしまっていた。ただ一人の為に用意されていた技術は、開発者達の死によって口を閉ざされている。そこにあるのは、ある復讐者と親友の確執だ。それに手を貸した身分としては気乗りしない。
魔力に対応した義肢というのは人形工学の中でも破格の難易度だ。人体を模した形に神経系を一から設置するだけでなく、魔力源となる動力が必要になる。ソレを搭載しているからこそスピカとカルネは九龍アマルガム国内において最高傑作と称されていた。世間の噂では大魔導師の設計ではないか、という形で落ち着いているが実際はエヌラスが前世で設計したものだ。だが、現世で誰が開発したのかは闇の中である。
エヌラスは右腕を魔力で稼動させて拳を作り、手を開いた。感覚が掴めてきている。イメージ通りに腕は動いてくれるが、死んだ神経だけはどうしようもない。
呼気を整え、練気功で感覚を研ぎ澄ませる。四肢の細部に至るまで、汗の一滴見逃さないまで神経を張り詰めさせるが……右腕だけは、氷のように冷たいままだ。目蓋を閉じると、本当は欠損しているのではないかと錯覚してしまうほどに。
(でもまぁ、こいつでなんとかやっていくしかねぇか……)
縁に身体を預けて湯に身体を沈ませる。肩まで浸かると、効能が全身に染み渡るようだ。
リラックスした状態で露天風呂に浸かっていると、カラカラと更衣室の戸が開けられる音に振り返る。
「………………」
「………………」
バスタオルを身体に巻き、髪をアップにまとめて団子にしたユウコとばっちり目が合ってしまった。
湯気と岩影が重なっていたせいでこちらの姿が見えなかったのだろう。目を白黒させている。
「…………」
「……まだ入ってたの?」
「ああ……」
「一時間くらい入ってるけど……」
「そんな経ってたのか」
時間の流れに囚われないでいるとあっという間に時は過ぎるものだ。
「ブランは?」
「まだ寝てるよ。明日に備えて早めに就寝だって」
「そうか……」
気まずい空気にギクシャクとした感覚。ユウコの頬が赤いのは、露天風呂の熱気に当てられているからだろう。エヌラスは先に上がろうかと考えていたが、湯船から上がろうとして呼び止められた。風呂桶を持ったユウコが風呂椅子に腰を下ろすと、バスタオルをはだけさせる。
「エヌラス。せ、っかくだから……背中、流して?」
「……おう」
腰にタオルを巻いて、ユウコの背後に座るとエヌラスは背中を洗い始めた。
「……」
「…………」
互いに言葉を交わすわけでもなく、ただひたすらに無言。玉の肌に傷をつけまいと左手で肩甲骨から腰まで丹念に流していると、不意にユウコが口を開いた。
「身体洗うの、上手だよね」
「……まぁな」
「何だかんだ言って、人の世話焼くの好きだよね」
「役に立ってるかはわからないけどな」
「ぶっちゃけ戦闘以外、あんまり……」
「知ってる」
こうして誰かの背中を流すのは得意な方だ。
「……妹の世話してたからな」
「ああ。あの子だよね」
ユウコも漠然と覚えている。エヌラスにくっついていた赤い少女の事を。血のように赤く、鮮血のドレスを纏った妹。だが、名前は知らなかった。ただ世話を焼いていた自分をジッと恨めしそうに睨んでいたのは覚えている。ただ「妹」と言われればその子が真っ先に思い浮かぶだけだ。
「マリーちゃん、元気でやってる?」
「教会でメイドやってる。楽しそうにな」
「……大丈夫なの?」
「お前が心配することじゃねーよ」
「いやほら……元カノ……じゃん? 一応面識があるし、気になるし……」
「……前の話だ。今は知り合いってだけだよ」
ユノスダスでも何度か見かけた事がある。変わった子だった。あるがままに生きる。世界がどうとか、全く興味がある素振りひとつ見せず。ただ目の前にあること全てを受け入れているかのような変わった振る舞いをする子だった。九龍アマルガムで起きる超常災害や犯罪をどこ吹く風と気ままに生きる姿は、まるで幽霊のように。
「昔の女の子に、興味はもうない?」
「んなわけあるか。気になって仕方ねぇ。ガスの元栓みたいなものだ」
「あー……納得」
なんともわかりやすい。気にしなければ気にならない、だが一度気になると不安になる。エヌラスが口にしなかった理由は単純にそれだった。
背中を一通り洗い終えて、ユウコにタオルを渡すと自分で身体を洗い始める。
「あとは自分で出来るだろ」
「うん。ありがと」
「どういたしまして」
「……髪、洗ってみたりする?」
「遠慮しとく」
「キミと私の仲だしさ」
「お前の髪を傷つけたくないから、やめておく」
右腕を動かせる感覚は掴めてきたが、それでも力加減を間違えないとは限らない。
肩越しにこちらを見つめるユウコの頬が膨れ、前を向いた。
「……じゃあ、いいや」
「悪いな。折角のお誘い断って」
「お、お誘いって、別にそんなんじゃないし、私の、ただの気紛れっていうかなんていうか……そんな感じのアレコレだし……そういう、ほら、なんか……エッチなあれじゃないからね」
「はいはい。知ってるよ」
まるっきりバレている照れ隠しに苦笑していると「ほんとにわかってるのかな……」と小さく言いながら腕を洗い始めている。後ろからでも分かる胸の大きさ、お団子ヘアーで普段は隠れている白いうなじを露わにしながらも無防備に背中を向けているユウコに、エヌラスは指を伸ばした。
背筋をなぞると、驚いて身体を跳ねさせて真っ赤な顔でタオルをぶつけてくる。
「ん、ひゃ!? にゃにすんだぁ!」
「ちょっとしたおちゃめさんだ」
「びび、ビックリするだろ、このバカ……!」
手で胸を隠しながらユウコが再び前を向いた。
「……洗いたいなら、言えばいいじゃん」
「謹んでご遠慮しとく。お前はそんな風にピリピリしなくていいぞ、俺の気が休まらないからな」
「別に私、ピリピリしてないんだけど」
「そうか? 俺の勘違いなら、それでいいんだが」
「……ねぇ。ラステイションでノワちゃんのところにある結晶。破壊するの?」
「そうだな。ブランの前例があるし、壊すべきだろ。ただ問題は、それを保管している場所が教会の可能性が高いってことだな。そこは何とか上手くやるさ」
口で言うのは簡単だが、実際はそううまくいかないだろう。ユウコも言外に察しているが、口を噤んで身体を洗う。腕から脇、お腹周りから太ももに。
「何とかって、どうするの?」
「明日考える」
「無計画。適当。大雑把」
「臨機応変に柔軟な対応で乗り越える」
「そこまで器用じゃないくせに。……っていうか……いつまで人の裸見てんの……」
「…………すまん、つい話し込んで」
「いや、その、それはいいけど……一緒に入る?」
「……少しだけだぞ」
身体を洗い終わり、髪も綺麗に整えたユウコがエヌラスの隣に腰を下ろして湯に浸かる。一人分の間隔を開けていたが、落ち着かない様子をみせていた。
近づいてみると、少しだけ距離を離す。しばらくの間黙っていると、やがて意を決したようにユウコの方からエヌラスに近づいて肩を触れさせた。顔が真っ赤になっているのは露天風呂の熱さからだけではない。
「…………」
「…………」
「のぼせそう」
「……じゃあ先にあがれよ」
「キミは大丈夫なの?」
「長風呂は慣れてるしな」
よく大魔導師に「第○回!ドキッ☆人類未踏の秘境めぐり~(人体)ポロリもあるよ~」で連れ回されたものだ。記憶が混濁して風呂の思い出しかないが。
ふと、肩に重さを感じてエヌラスが見やると、ユウコが頭を預けていた。
「なんか……キミとこうして二人きりでゆっくりするの久しぶりだね」
「そうだな」
「……もうちょっとだけ、一緒にいてもいい?」
「のぼせて倒れたらどうすんだ」
「キミが介抱してくれてもいいよー、ふふん。ユウコさんを看病する権利を売ってあげよう」
「買わせてどうする」
「なんか温泉旅行気分で落ち着くなぁ。はぁー……」
「風呂場で寝るなよ?」
「うんー……」
本当にわかっているのか、曖昧な返事と共に身体を寄りかからせてきている。支えるように自分からも体重を少しだけ寄せて、倒れないようにしていた。
「……そういや、吸血鬼って温泉入って大丈夫なのか?」
「海は苦手だけど私はホラ。日光も玉ねぎも克服しちゃったし」
「吸血鬼の弱点ほぼ克服してんじゃねぇか、無敵かよ」
「無敵じゃないもーん、ちゃんと弱点ありますー」
「例えば」
「……水銀、とか。杭とか。痛いのはやだ」
「誰だってイヤだろうが」
「キミが言えた立場?」
ぐぅの音も言い返せない。
エヌラスが黙ると、ユウコが身体の傷跡をなぞるように指を這わせる。
「こぉんなに怪我してるくせに。痛いの嫌なら、戦わなきゃいいじゃん」
「痛いのは嫌だが……」
お前が傷つくよりは良い、なんて言葉を言おうとして。我ながら恥ずかしいことを言おうとしたものだ──エヌラスは訂正した。
「それより嫌なことに比べれば、我慢できるしな」
「……色々抱え込みすぎ」
「だろうな。昔はこんなはずじゃなかったんだが」
「──そうだね。こんな事になるなんて、私も思いもしなかった」
ユノスダスから遠く離れた土地。吸血鬼なんていない世界。守護女神が守る大陸に、こうして二人で冒険に出ることになるなんて夢にも思わなかった。
「……なんか、駆け落ちみたい。アダルトゲイムギョウ界から抜け出して、二人で。みたいなさ」
「…………一回だけ、そんな事をやろうとしたな。結局誰も救えなくて、二度とやらないと決めたけどよ」
「……そうだね」
「もう誰も、見捨てたりなんかしたくねぇよ。どうせやるなら全員助けてやりたい。これで終わりにしてやりたいな」
「──そうやって、自分のこと顧みないで戦うからそんな風になるんでしょ」
「なっちまったもんはしょうがねぇよ。時間は巻き戻らないもんだ」
仕方がない、しょうがない。それは何度も自分に言い聞かせてきた。
不自由な生活。不慣れな生活。自分のように吸血鬼になってしまった人間のために、尽力してきた。商業国家は吸血鬼が吸血鬼のために作った国で、人間と一緒に変わりなく暮らせるように法整備にも手を加えてきた。事の発端である月面国家の神格候補達から人間を守れるようにと。
それでも、なってしまったから後悔が積もる。何度も思ってしまう。
吸血鬼になっていなかった人間の女の子だった自分のことを。
「……そう、だよね。なっちゃったものは、しょうがないよね」
「ユウコ?」
「なんかのぼせそうだし。私、先にあがるね」
「あ、おい」
逃げるように湯船から上がり、ユウコが更衣室へと足早に立ち去る。
──なってしまったものは、仕方がない。しょうがない。それは、エヌラスが自分に言い聞かせた言葉でもある。
世界を壊す側から、守る側に裏切ってしまった。この道を選んだのは、無意識のうちに彼女たちへの憧れがあったからだ。
ネプテューヌ達との記憶を無くしてからも自分を支えてくれた笑顔があった。それを、誰にも奪わせたくない一心で。今度は、自分が守るんだと。
「……のぼせ上がるな」
自分に言い聞かせて、エヌラスも露天風呂からあがることにした。
──誰も守れなかったくせに。この命にそんな価値など無いことを証明されたというのに、誰かの笑顔を守れるはずがない。だからこそ、諦めたくない。
自分にできる事など、奪われる前に壊すことくらいだ。守れないのなら、変わらないようにすればいい。彼女たちの生活を、女神達の今を。
更衣室で身体を拭いて、軽く冷ましながら鏡に映る自分の姿を見つめる。亀裂の走る右腕の傷は広がっているように見えた。左目を押さえて、深く息を吐き出す。
「……時間が止まっちまえばいいのに」
だがそれは、セロンと同じだ。不変であり続けることは、死んでいるのと変わらない。時間は移ろいゆくものだ。そうであってほしいと願う。
世界を止めることなど誰にも出来やしない。それをやろうとした結果が、このザマだ。
つくづく我ながら救いようがないな、と思う。無力感すら覚える。だがそれでも、今はまだ立ち止まれない。
ノワールが、ベールが、プルルートが、ピーシェが。この神次元に、また異常が起きている。
パンドラ・イルバードの招いた災厄はまだ終わってなどいなかったのだから。