超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──リーンボックス教会に到着してから、話を聞いたベールはエヌラスに結晶を破壊させる。案外すんなりと通してくれた事に拍子抜けしながらも、安堵のため息をついた。
「よかったの、ベール? あなたもカオス化には興味があったようだけど」
「ええ。ブランのように、一度感染してしまえば女神化と使い分けられるものと判断しましたわ。でしたらもうこの結晶は百害あって一利無し。破壊するのが一番ですわ」
それが新型ウイルス種の発生を助長しているともなれば、破壊するのは必然といえる。
これでリーンボックスとルウィーは問題が解決したが、残るラステイションとプラネテューヌが厄介だ。ノワールがあの調子では制御できているかも怪しい。
「あなたは大丈夫なの?」
「ええ。わたくしは確かにノワールと新型ウイルス種の討伐数を競うこともあれば、時には刃を交えていましたわ。その裏でモンスターの調査も進めておりましたもの」
「その成果はどうなの、べるちゃん」
「そちらがお察しの通り、このウイルスは女神にのみ感染する厄介なものですわ。人間には無害なものの、これを倒すのは普通の人間では難しいでしょう」
元凶は壊した。後は数が減っていくだけで時間の問題だ。
むしろ今、ベールの興味はエヌラスに向けられている。結晶を破壊してから右腕の調子を何度も確かめるようにしていた。
「エヌラス、大丈夫?」
「まぁな」
「……キミが思っているよりも顔色悪いからね?」
「そうですわね。長旅で疲れているでしょうし、今日は教会に泊まっていった方がいいですわ。ラステイションに向かうにしても日を改めた方が」
「べるちゃんの言う通りだね。今日はもう休んだ方がいいって」
「……そういうことなら、お言葉に甘えるとするか」
「お気になさらず、くつろいでいってくださいまし。ブランも」
「わたしはルウィーに戻るわ。大臣達の方が気がかりだもの」
「そういうことでしたら、また後日。ラステイションで落ち合いませんこと?」
「それがいいわね。エヌラス、ユウコ。二人も気をつけてね」
「ブランもな。帰りがけにノワールに襲われるなよ」
ブランが去った後、エヌラスはベールに案内された客室で身体を横にする。ベッドに身体を預けて、天井を仰いでいた。それからすぐに疲労感から眠気に襲われる。うつらうつらと目蓋が落ちてくるのを堪えているとユウコに頭を叩かれた。
「おとなしく寝とけ」
「……わるい」
「気にしない、いつものことだから」
目蓋を閉じて寝息を立て始めるエヌラスの頭を撫でてから、離れる。
客室の扉を閉めてから、ユウコは背中を預けた。ベールの不安そうな表情に、無理に笑ってみせる。何があったのか知らないのも無理はない。
自分が知る限りの範囲で全てを話すことにした。
「──邪神に、魔人連合。その戦いで、あの傷を」
「うん。そうみたい。いつもなら治してるはずなんだけどね」
ベールもエヌラスの不死身さは覚えがある。あれほどの再生能力を誇る相手が傷を治さないのは何か理由があるのだろう──それは例えば、治らない傷であるとか。
「そんな身体で、わたくし達女神を……? 本当に大丈夫なのですか?」
「ダメだと思うよ。本当なら安静にしておくべき」
「……、」
「でもさ。ホント、自分の身体のことなんかどうでもいいくらいに女神様を大事に想ってるんだから……ちょっとくらい、ヤキモチ焼いてもいいよね」
ずっと昔は、それが自分たちだった。だけど、いつの間にか隣に居ないのが当たり前の日常に慣れてしまっている。そのままどこかに消えていなくなってしまいそうで胸が苦しかった。このまま自分が忘れてしまうのではないかと怖かった。
また全部忘れてしまうと考えるだけで、眠れなくなる。あんなにも傷ついて戦い続けてきたエヌラスの全てが無駄になると思うだけで、いたたまれない気持ちになった。
忘れたくない。離したくない。もう二度と、忘れてなんかやらない。
「なにか、してあげたいんだけどさ。私、ホラ、吸血鬼で……料理くらいしか、アイツにしてやれなくて……戦うばかりのエヌラスの帰りを待ってやるくらいしか、できなくて」
「……」
ベールは目を閉じて、目尻に涙を溜めるユウコから静かに顔を逸らした。
「不安、ですわよね。いつ帰ってくるかも分からない方の帰りを待つのは。ですが、エヌラスには必要なことなのではないでしょうか? ちゃんと、帰る場所があって、帰りを待つ人がいてくれるというのは幸せなことですわよ」
「そうかもしんないけど……! でも……」
「今回の問題は、あくまでもわたくし達女神の不始末。ブランとわたくしがノワールを何とか説得してみますわ。ですから」
「──そんなの、アイツが納得するわけないじゃん!」
こちらの次元にまで足を伸ばした理由は、混沌災害だけではない。プルルートが心配だからだ。一度乗りかかった船から降りるなど、絶対にしない。
思わず声を荒げるユウコに、ベールは驚いていた。
エヌラスは確かに、戦闘においては理知的であるし、論理的思考もする。だが、それ以外にはまるっきり子供のように直情的で、すぐ感情的になる。頑固で不器用で、強がりで。
だから、ベールが言うように後は任せて帰る、なんて選択肢はエヌラスの頭に無い。それで全て解決したとしても。
「そういう理屈じゃないの、エヌラスは! アイツは、全部自分のせいだって思ってる。だからパンドラの時もそうだし、今回もそうだし、邪神も魔人連合も、全部──アイツがいるから……! その後始末くらい、自分でやるって言って聞かないんだから……バカだよ。身の程を弁えない、救いようがないバカなんだから……!」
「……ユウコ」
「──べるちゃん。プラネテューヌはどうなってるの。ぷるちゃんは? ぴぃちゃんは?」
「それは……」
「アイツはそれを一番気にしてるんだから。少しくらい教えてくれてもいいじゃん」
「……」
ブランも、ノワールも、ベールも。プラネテューヌのことになると口を閉ざす。だが、沈黙は解決に至らないと思ったのか静かに口を開いた。
「……わたくし達の中で、誰が一番にカオス化したと思います?」
「え?」
「プルルートですわ──それから、すぐにピーシェちゃんが。それも少し前の話ですが。それ以来わたくし達はプラネテューヌに近づいておりませんもの。今どうなっているかなんて、知る由もありませんわ」
「それじゃ、もしかして」
「ええ。その異変に真っ先に気づいたのはノワールですわ。通常の女神化とは異なる変身にわたくし達は手も足も出せませんでした。その原因を探るために最近発生したモンスター達を倒し続けていたら、気づいた頃にはカオス化していた……後はそれを自在に操れるようになるまで、わたくしとノワールで調査していたのですわ。しかし……ノワールのあの様子では」
カオス化を制御できていないのだろう。ベールはまだ順応している方だ。ブランですら最初は暴走してしまった。それほどまでに強大な力の制御を誤れば、例え女神であろうとも無事ではない。
「今のプラネテューヌに対抗する為には、わたくし達もカオス化する必要があった。ですが、ブランはルウィーを守るので精一杯。ノワールは暴走気味。唯一わたくしだけは、何とか使えるようにはなっていたのですが女神化と使い分けられるほどではありませんでしたわ」
「……そう、だったんだ」
「それを知ったら、エヌラスは飛び出していってしまいそうですもの」
「ぴぃちゃんも、女神様だもんね……そうなっちゃうよね」
「……申し訳ありませんわ。この異変をもっと早く解決に導くことができていれば」
「いやーぁ、はは……仕方が──」
しょうがない。仕方がない。そう言おうとして、ユウコは言葉を詰まらせた。ただの言い訳でしかない言葉で傷つくのはエヌラスだ。
お前のやったことは、どうしようもなかったことなのだ、と。そう言い聞かせるようで。
「…………なんとか、しないとね」
「ええ。ノワールをなんとかできれば、勝機もありますわ。ですが、ブランのようにカオス化を使い分けられるようになれるかどうか自信はありませんが」
「べるちゃんならできるよ」
「ふふ、ありがとうございますわ。今日はもうおやすみになられた方がいいですわよ。明日は大変ですもの」
ベールの厚意に、ユウコは涙を拭ってからすぐに頷いた。
──退室してから、すっかり冷めてしまった紅茶を一口含む。
(……わたくしが思っていたよりも、相当に深刻な事態だったみたいですわね)
自分の見通しの甘さを痛感しながらも、ベールは沈む夕日を眺めていた。
──商業国家ユノスダスは、国王不在の間であっても変わらず顧客のニーズに応えるべく昼夜を問わず国民が汗を流して働いていた。
日が沈んでから、夜空に月が浮かぶ。月面国家ナナイト──吸血鬼の真祖たる国王が人々の喧騒の中を軽い足取りで進んでいた。
鼻歌交じりに人々の営みを眺めては楽しそうにしている。それに意味などない。国内の統治、統制、執政の全てを放棄した吸血姫、ムルフェストは露店を尻目にしながら人混みに紛れていた。
「フン、フン、フーン♪」
頬を緩めていたが、鋭い殺気が自分に向けられていることに気づく。視線をチラと送れば、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。
「やっほ」
「何をしに来た、吸血姫」
「やぁだなぁ。お散歩だよ、夜のジョギング。安心してよ、危害は加えないから」
あっけらかんと、自らに殺気を放つ老齢の男性に言ってのける。手にしているスーツケースの中には得物であるガントレットグローブが入っていることだろう。
「興味ないしさ」
「……」
事実、ムルフェストは今の世界の在り方を気に入っている。錆びついた歯車が軋みながらも、ようやく回り始めた。時間が進んでいる感覚という物を感じている。今まで舞台装置でしかなかったアダルトゲイムギョウ界が少しずつ本来の在り方を取り戻しつつあった。それに好奇心が駆り立てられている。
お気楽能天気、楽観主義にして達観者。唯一、吸血鬼殺しの伝説を打ち立てたシルヴィオが殺しきれなかった相手はそんな吸血姫だ。今では残党とも呼べる紛い物をたまに相手するだけ。
「ユウコ、今いないでしょ? だからちょっとくらいは手伝ってあげてもいいけど」
「……何が狙いだ」
「うーん。暇潰し? 的な? 恩と媚び売ってご飯にありつこうかな、的な? にゃはー」
人々が往来する只中で睨み合う。しかし、ムルフェストはどこ吹く風とシルヴィオの殺気を受け流していた。
「そんだけ! それに、もう歳なんだから昔みたいに無茶しない方がいいよ、ニンゲン」
「……よく言う」
「んふふぅ。死に急ぐなら相手してもいいけど、ユウコに怒られちゃうからね」
ニマニマと挑発するような笑みを浮かべているムルフェストの肩が叩かれる。振り返ると、そこにはソラが立っていた。
「あ、メガネ」
「僕の本体はそっちじゃない。どうもこんばんは、シルヴィオさん」
「これはこれは、電脳国家国王様。こんばんは」
「最近国に引きこもってたみたいだけど、どうしたの?」
「色々あるんだよ。色々。何とか一段落ついたから気分転換がてらこっちに来ただけ」
ただし、こちらに来たら来たで喫茶店の売上の集計やフォートクラブのメンテナンス業務などに追われる羽目になるのだが、それはそれ。これはこれ。世知辛い。
「僕の仕事をこれ以上増やすなよ、ムルフェスト」
「ちぇー。なんだよぅなんでよぅなんでぇ。むーちゃんなにも悪いことしてないですー、べーだ」
その場から跳躍したと思ったら、軽々と街灯を足場にして商店通りから姿を消してしまった。二人で顔を見合わせて、やれやれと言った様子で肩をすくませる。
「首尾は?」
「上々、といったところ。特に変わりはない、平和過ぎるくらいでの」
「それは良かったです。シルヴィオさんはどちらへ?」
「カジノ都市の方に出張でね」
「お気をつけて」
「うむ。そちらも。それではな」
会釈を交わしてシルヴィオと別れて、ソラは深く息を吐き出して夜空を見上げた。
真っ赤な月。今宵は満月だ。吸血鬼達が最も活性化する時間に国王不在というのは少々面倒だ。
「……ま、たまにはボクも恩でも売ってみるか」
ちょうど新兵器も開発したことだ。試し撃ちにはちょうどいい──。