超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ラステイション教会。謁見の間では、ノワールが難しい顔をしていた。体調と気分が優れない様子で唸っている。
それに教会職員が気遣うも、自分は大丈夫だと言って聞かない。新型ウイルス種の討伐を引き受けてからというもの、様子がおかしかった。
「ブラックハート様。本当にお身体は大丈夫でしょうか……? 休まれてはいかかでしょう」
「気遣ってくれてありがとう。でも大丈夫よ。あなた達も仕事に戻りなさい」
「しかし……。はい、分かりました」
頭を下げて、それぞれの職務に取り掛かる姿を見送ってからノワールは深く息を吐き出す。
新型ウイルス種の討伐依頼は増える一方だ。今朝だけで三件。プラネテューヌ方面の山岳地帯、ルウィー方面の森林地帯。ラステイション近隣の草原。リーンボックス方面の海岸地帯は先日の騒動で片付いている。
女神の入国を禁じているが、ノワールが懸念しているのはエヌラスだけだ。ユウコは不意打ちで対処が遅れたが、今ならば勝ち目もある。
(……そうよ。負けたりなんかしないわ)
このカオス化さえ自在に扱えることができれば、今度こそ──。拳を固く握りしめて、厳しい表情を見せるが、慌ただしく教会に駆け込んできた職員を睨みつけた。
「騒々しいわよ、何事?」
「も、申し訳ありません! 侵入者です!」
「なんですって!? 相手は!」
「それが──」
まさか、プルルートが痺れを切らして……? 一気に噴き出す冷や汗に、固唾を飲み込んでノワールは職員の次の言葉を待つ。
「手負いの指名手配犯です!」
「ッ……なんのつもりで……! いいわ、私に任せてあなた達は住民の避難を優先して!」
「はっ!」
すでに先行した警備隊は撃退されてしまったらしい。ノワールは歯噛みしながら教会から駆け出して女神化を果たすと、空を駆け抜ける。
ブラックハート・カオスはラステイションの工業地帯を見下ろし、異常がないかを確認しながら黒煙のあがる城壁へ向けて飛ぶ。だが、そこから何かが飛び出してきたかと思うとぐんぐん接近してきている。
黒塗りのバイクが赤いトライクへ変形したかと思えば、その上に立ってバルザイの偃月刀をすれ違いざまに振り抜く。咄嗟に大剣で防ぎ、受け流すと目で背中を追った。すぐさま反転して向かい合う。
「……どういうつもりかしら?」
「どうもこうも。女神の入国が禁じられてるんじゃ、こうするしかねぇだろ? 話し合おうってつもりも無いみたいだしな」
「鏡を見て言いなさいよ。他にやり方無いの? ラステイションを不安に陥れるのが目的かしら」
「俺の用件は教会に保管している模倣体の結晶の破壊だけだ。お前は影響を受けてカオス化している、このまま症状が進行したら元に戻れなくなるぞ」
「……ああ、そう。そういうこと。その様子じゃ、ブランもベールもあなたの口車に乗せられて素直に破壊したみたいね。私が素直に言うことを聞くとでも思ってるのかしら? だったら笑い話にもならないわ」
切っ先を突きつけて、ブラックハート・カオスはエヌラスを睨みつけていた。最初から交渉の余地などないと知っている。だからこうして話を手っ取り早くするために不法侵入をしたまでだ。
今のノワールは以前にも増して気性が荒い。話をするにしても、落ち着かせなければ取り付く島もない状態だ。
「引き返しなさい。それとも、痛い目を見ないとわからないかしら?」
「生憎と、痛いのは慣れてるんだよ。それで学習しねぇんだからバカと笑えばいいさ」
「ええ、本当にね。救いようがないバカなおかげで、こっちも気兼ねなく戦えるってものよ!」
ブラックハート・カオスの姿がかき消える。エヌラスはバルザイの偃月刀を右手で持ち直して魔力を集中させ、左の死角から打ち込んでくる一撃を弾き返した。トリプルシックスの不安定な足場で衝撃を和らげながらも、右肩から響く振動にその剣撃の重さが図りしれる。
「っ~、この馬鹿力め……! カオス化してますます凶暴だな!」
「うるっさいわね! 四の五の言わずに今のでやられていればいいものを!」
喧々囂々と声を荒げながらも、ブラックハート・カオスが立て続けに猛攻を振るった。ラステイションの上空で繰り広げられる戦闘に国民達の視線も集中している。
戦況はブラックハート・カオスが優勢だった。シェアエネルギーも十分残量がある。ゲイムギョウ界最大手のラステイション国内で負けるはずがなかった。加えてしまえば、今はカオス化もしている。負ける道理も理由もない。
一撃が重い守護女神ノ大剣が、遂にはバルザイの偃月刀にヒビを入れる。エヌラスはすぐに投擲して手放すと、新たに赤いハルバードを持ち出した。
回転しながら迫る偃月刀を砕き、ブラックハート・カオスは高速で接近するとすれ違うように大剣で薙ぎ払う。そのまま急反転して返し刃で斬り上げ、振り切らずに止めると打ち下ろす。それを全てエヌラスは防御してみせた。しかし、トリプルシックスに膝を着いたところへ強烈な蹴撃が叩き込まれて大空に放り出される。
ラステイションに落下しようとする主を先んじて受け止めようとするハンティングホラーだが、ブラックハート・カオスはそれよりも速かった。落下するところへ更にもう一撃、弾丸のような速度でエヌラスが街へと叩きつけられる。
「フンッ。これでわかったでしょ。今のあなたは私の敵なんかじゃないのよ」
「──調子のんな。誰があの程度でくたばるかよ」
土煙の中から立ち上がるエヌラスが咳き込み、血痰を吐き出した。戦闘に巻き込まれまいように人々が慌ててその場から離れていく。軽いパニック状態の最中で首を慣らし、赤いハルバードをハンティングホラーに格納したエヌラスの前にブラックハート・カオスが降りてきた。
「ここでやり合うと街に被害が出るが、本気か?」
「ええ。だから? それがどうしたのよ。壊れたら直せばいいだけ、あなたがいなくなってから時間をかけてね」
「住む場所を壊された市民の生活は直せないが、それをわかってるんだろうな」
「────それ、くらい……わかってるわよっ! バカにしないで!」
「ノワール。気づいてるか? 今、お前は失言したぞ。国民を守るための守護女神が、国民の生活を壊すことになんの躊躇もないってな」
「っ……、黙りなさいよッ! あなたがラステイションから出ていけばいい話でしょう!」
八つ当たりとして振るった大剣が風を巻き起こし、エヌラスは防御魔法陣で防ぐ。
「守護女神としての力が、破壊の女神になってきてるって自覚がないのかお前は」
「うるさいわね! 私がそんなはずはないでしょう!? 破壊の女神だなんて冗談も大概にしなさいよ!」
ブラックハート・カオスの剣戟を避け、防ぎ、凌ぎながら逃げ回る相手に痺れを切らしてボルケーノダイブでエヌラスに上空から斬り掛かると爆炎と共に吹き飛んでいった。それに鼻を鳴らしていい気味だ、と一笑に付す。だが、壊れた住居や戦闘に巻き込まれそうになった国民達の姿に自分が何の感慨も湧かないことに違和感が胸を小さく刺した。
(……なんで)
自分はラステイションの守護女神。ブラックハート。国民の平和を脅かす脅威が出たのなら、率先して排除するのが女神としての在り方のはず。そのはずなのに──自分が今やっていることは女神として正しいことなのだろうか。
吹き飛んだ先、瓦礫から身体を押し上げるエヌラスが立ち上がった。心臓の鼓動に急かされるようにその場から飛び立つ。
「私は、指名手配されているあなたがラステイションに来たからこうして──」
「だったら、場所を変えるくらいの浅知恵は、ないのかよっ!」
ハンティングホラーに足を乗せてブラックハート・カオスを飛び越える。アクセル・ストライクで背中を蹴り出すが、大剣を地面に突き刺して急制動からのサマーソルトキックで反撃された。
場所を転々と変えながら二人の戦闘は続き、空に逃れたエヌラスを追ってブラックハート・カオスが先回りする。しかし、今度は避けずに突撃してきた。
バルザイの偃月刀を鍛造すると、勢いに任せて衝突する。力任せの一撃を受けて、二人は火花を散らしながらラステイションから遠ざかった。
──国外へ放り出され、追撃のイタクァを防ぎ切ったブラックハート・カオスに今度はハンティングホラーがぶつけられる。空中で姿勢を崩したところへアクセル・ストライクが直撃し、地面へ激突する寸前に体勢を整えて着地した。
「っ……!!」
「さて。ここならお互い遠慮なくやれるわけだが……」
エヌラスは自分の右腕を押さえている。心なしか顔色も良くなかった。過剰な魔力放出によって全身の回路が不調を訴え始めている。懐からドラッグシガーを取り出して鎮静させるが、それも守護女神が相手では長くは持たない。早急に決着をつけたいところだが──ブラックハート・カオスは軽傷だ。それどころか手負いになってますます闘気が漲っている。負けず嫌いのノワールのことだ、プライドの高さも相まってカオス化は相性が良いのだろう。
「ここらで話し合いに」
「すると思ってるわけ!?」
「だよなぁ……」
そうだと思っていた。こちらが言い終わるよりも先に斬りかかってきている。仕方なく応戦するが、先程までよりも大剣の一撃が重く、エヌラスはその場に膝をついた。ラステイション国内で手加減をしていたのはどうもお互い様らしい。それだけの良心がまだ残っていることに感謝しながらも、何とか抜け出すと追いかけるようにブラックハート・カオスが迫る。
「私は、負けるわけにはいかないのよっ! ラステイションのためなのは当然! 魔人に遅れを取るなんて、女神失格よ! ブランも、ベールも……プルルートだって! 私を他の女神と一緒にしないでもらいたいわね! ──そうよ、この力だって」
エヌラスは敢えて、自分の右腕に魔力を集中させてバルザイの偃月刀に炎熱の魔力を込めた。刀身が耐えきれない程の熱量で叩きつけて、大剣もろともブラックハート・カオスを吹き飛ばす。だが、手元で爆発した魔力を防ぐ手立てがあるはずもなく、自爆のようなものだ。
ハウンドスーツが焦げ、右手に巻いていた包帯も焼ききれている。
「他の女神と、何も変わらねぇよ。お前は」
「あなたに何が……わかるってのよ」
「むしろその力に呑まれやすいだろうな。だから一刻も早く、原因を取り除きたかったんだが」
「……?」
ブラックハート・カオスが違和感に、エヌラスの右腕を注視していた。手元で爆発したのだ、無事で済むはずがない。焦げた肌が再生していく。それどころか指が折れていた。だが、その右手で新たに剣を掴んでいる。激痛どころではないはずだ。満足に動かすことも、ましてや物を掴めるはずがない。
左手にシェアクリスタルを浮かべて、整息する。
「どうもお前には、この方法しか無いらしい。──
「……そんなの、あなただって同じでしょ」
ブラッドソウルへと変神したエヌラスだが、その左目が開かれることはなく、右半身のプロセッサユニットは半ば壊れていた。ハウンドスーツによって隠れていた身体だが、そこに浮かび上がる魔術回路がなおも痛ましい。
そうまでして、どうして自分たちを助けようとするのかが分からない。だからこそ、ブラックハート・カオスをなおのこと苛立たせる。
大剣を突きつけ、バルザイの偃月刀の切っ先を向けて、二人が同時に剣を振るう。