超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──セロンは、いつものように読書に勤しんでいた。他にすることもない。差し入れがてら受け取った文庫本を閉じる。暗闇へ放り捨てると、それはすぐに何処かへと消えた。
次元神の“座”に着きながら、多次元世界を観察するのが自分の役割。ここに座することで自分は次元世界の観賞が許される。この座を降りたその時は、扉の向こう側……触れることも存在することも許されぬまつろわぬ一柱として還されるだろう。
左目の眼帯に触れる。両の眼で観てきた世界の、なんと美しくも退屈なことか。ありふれた“
だからこそ、止めてしまおうと思った。変えてしまおうとさえ考える。全盛であり続ける、絶頂であり続ける事こそが完璧なドラマであると思った──しかし、役者はそれを望まなかった。気づけば思い描いた箱庭の脚本は大筋を外れ、自らの手を離れている。
規格外の魔術を行使する一人の男によって、時の歯車は狂い始めた。
何を願い、何を想い、何を考えて神坐へ手を伸ばしたのか知る由もない。
大魔導師の宿願、その結晶とも言える男が今。セロンの前に立っていた。
「……」
左目は閉じられ、右腕はヒビ割れ、自己の存在を証明する力の根源たるゼロクリスタルに亀裂が走っている。
それを喪うということは、消滅を意味していた。神格者としての能力の喪失ではない。
絶望の魔人は、造られた存在だ。本来、この次元宇宙に存在してはならない人造物。それは邪神の劣化品でもある。“神殺しの刃”を鍛造することこそが大魔導師の悲願であり宿願にして大願、その成就のためであればどのような手段も実行する。
だからこそ、今……絶望の魔人は消えようとしていた。それを繋ぎ止めているのは、第二の心臓である無限の魔力貯蔵庫、銀鍵守護器官だ。掌に収まるほどの小さな存在でありながら、無くてはならない勝利の鍵。それだけがエヌラスを生き長らえさせていた。
「なぁ、セロン。もしも俺が死んだら、俺はどうなる」
「消えるだろうな。少なくとも私の管轄ではないよ」
淡々と残酷な真実を告げる。だが、それを当然のものとエヌラスは受け止めていた。
「お前との契約はまだ終わってない」
「そうだな。契約不履行、という形になる。となれば、当然ペナルティが課せられるものだが……さて、どうしてくれようか。ふむ……」
最初から、この男の存在はイレギュラーだった。取るに足らないはずの魔人が、気がつけば大番狂わせを起こしている。本来ならこうして自分と語り合う未来などなかったはずだ。
アダルトゲイムギョウ界の塔争において、這い上がる確率など万に一つもなかった。敗北者として定められていたはずだが、それも守護女神との出会いによって奇跡とも呼ぶべき所業を成し遂げている。
「もしも、お前が。この世界から消えると言うのなら、その時はペナルティとして──アダルトゲイムギョウ界に塔争の概念を戻すとしよう。そういう契約だったからな」
「……」
「なんら不足は無いだろう」
「それなら、邪神の干渉も」
「それはできない相談だ。すまんな。取るに足らない有象無象の一人になるのなら、お前の犯した罪の清算は、残された者たちで利息分を補う他にあるまい? エヌラス。お前自身が選んだ選択肢だ──世界を救うために戦い続ける、と」
ここで消えるのならば、止めやしない。だがその時は、女神たちに邪神を倒してもらう他になかった。アダルトゲイムギョウ界にも塔争の概念を戻す。
エヌラスがこれまで行ってきた全てが無に帰すだけだ。それを是としないのならば、戦うしか道は残されていない。
ゼロクリスタルが割れようと、力を保てなくとも、例え──それが、ハッピーエンドで無かったとしても。
「……“諦める”か?」
「いいや。そんな選択肢は最初からねぇよ」
「そうだろうな」
「楽して世界が救えないのは、どこも一緒だろ」
セロンは頷かなかった。肯定も否定もしない。
エヌラスが生まれていなければ、邪神ヌルズ・エクス・モルテスもこちらの世界へ干渉をしてこなかった。最悪のバッドエンドを呼び寄せたのは他ならぬエヌラス自身だ。だが、大魔導師はどこまで見通しているのか。
絶望と絶望の戦いなど、ろくでもないものでしかないと識っているはずなのに。
「だから、俺は諦めるつもりはない。今更腕の一本や二本、目玉の一つや二つ。安いもんだ」
「……お前に残された時間は少ないぞ? アイツはまだ戻ってきていないが」
「保身に走っても俺に救いはないだろうが」
魔術回路で補った右腕を動かす。機神の右腕一本。それこそがエヌラスの存在価値だった。しかしそれをクロギアによって奪われた。ゆっくりと、時計が針を刻むように自壊までのカウントダウンは進んでいく。
──奪われた、というよりは、取り戻されたほうが正しい。だから、次に干渉してくるヌルズ・エクス・モルテスは万全の状態だ。その気になれば、機神召喚すらゲイムギョウ界でやるだろう。そうなれば、クロギアの超次元同様に全てが消え去る。誰も救われないデッドエンドが待っているだろう。
魔人としての本領を発揮する変身能力は失われ、神格者としての変神も同様に時限式だ。残されたのは、旧神としての役目だけ。善なる神として邪神と戦い続けること。
その先にあるのはハッピーエンドのはずだ──しかし、足りない。一人だけ、どうしても足りなかった。
「セロン。俺の妹は……一体、なんだ?」
「……」
「アイツは、俺の記憶にある。ユウコも覚えてた。絶望の魔人として望まれて生まれたのが俺だ、だったらアイツは一体なんだ。何のために生まれたんだ」
「さて、な……実を言うと私も知らん」
「……は?」
「知らん、と言っている。観測できないと言っているのだ。ああそのはずだ、あらゆる次元への観測を可能とする権能を持ちながら、お前の妹に関する情報など何一つ私の手元にはない。ただ“いる”というだけだった。そういう意味では、お前よりも不気味で厄介だ」
「──どういうことだ」
「言葉通りだ。だが、そうだな……私が観測できないとなると──或いは、私よりも上かもしれんな?」
次元の監視者として観ることができるのはあくまでも自分よりも下位の世界。同等、あるいはその上位となれば次元神の権能を持ってしても難しい。だからこそ、セロンが識っているエヌラスの妹は、アダルトゲイムギョウ界で共に生きていた頃のものだけ。
「だけどお前、俺がアイツと再会した時は……」
「あの時はあくまでもお前を介したことで接触できたというだけだ。一瞬だけだったがな、閉め出されたよ。隔絶された次元、あらゆる観測を拒絶した世界、干渉することもなく、干渉されることもない。絶次元とでも呼んでやろう。閉じられた世界においては、私と互角が上位の権能を有しているとすれば……納得がいくな。望まれないものが生まれる世界という、決定的な矛盾を抱えた次元であれば」
「……俺なら、干渉できるか?」
「できると思うか? 今のお前は、私との契約によって囚われている。その心は女神に奪われている。次元移動能力も無くしているお前に、できるはずがない。もしも仮に、それが可能な時は」
──お前が死んだ時だけだ。
絶望に帰依することだけが、最愛の妹と再会するための手段。
しかしエヌラスはその言葉に、笑ってみせた。
「なんだ。そんなことか。スッキリした、ありがとよセロン。おかげで死ぬのが怖くなくなった」
「……なに?」
「自分が消えたらどうなるのか、それが分からなくて怖かった。死んだらどうなるか、なんて考えるだけで夜しか眠れなくなるところだった」
「健康的だな」
「なんだ。俺には、死んでも救いが残ってたんだな……だったら、生きてる間はあいつ等の為に戦うさ」
「自分のためではなく、か?」
「俺のせいで迷惑掛けてんだから、当然だろうが」
戦えば戦うほどに自分が生きていられる時間も削られると知っていながら、まだエヌラスは女神の為に戦う道を選んだ。それは正しいものなのかどうか、セロンにとっては無関心なこと。些事に等しい、望むのはその過程と結末に起こるドラマだけ。
「そろそろ起きる。目覚めが悪くなりそうだ」
「ああ……そうだな。エヌラス。次に会う時は──」
「テメェのツラなんか二度と見たくねぇよ。これが最後だ」
……目を覚ました時、エヌラスは自分が病院に運ばれたのだと見慣れた白い天井を眺めてボンヤリと考えた。身体を起こそうとするが、なにか身体に違和感がある。
呼吸も浅い。全身の感覚も薄い。意識して深く息を吸い込み、呼吸器に吐き出す。そこでようやく自分の身体を起こした。だが、それでも何か自分の身体が薄ら寒い。朦朧とする視界に目蓋をキツく閉じてから、頭を振って開く。ピントを合わせて、視界がハッキリしてきた。
右手を握ったまま眠るユウコが傍らに寄り添っていることにそこでようやく気づく。泣いていたのか、頬に涙の跡が残っていた。その頭を軽く撫でながら、エヌラスはベッドから下りようとして──そこでようやく、自分の身体の決定的な違和感に気づく。
右手同様に、五感が薄れていた。自分の胸に手を当てる。心臓はまだ動いている。銀鍵守護器官も順調に稼動していた。だが、着実にカウントダウンは迫っている。それを当然の現実とエヌラスは受け止めるが、ユウコの寝顔に視線を移すと胸が苦しくなった。
何も知らずにいてくれたら。何も気づかずにいてくれたらと、そんな自分に都合の良い事を考える。
病院のスリッパを履いて、立ち上がろうとして僅かな違和感に腕に視線を落とすと点滴が繋がれていた。自分の身体に繋げられている器具を全て取り外すと、エヌラスはスーツのポケットからドラッグシガーと黄金の蜂蜜酒を手にして病室から抜け出す。
あれからどれだけ気を失っていたのか、夜の帳はすっかり落ちていた。静まり返る病院の廊下にスリッパの足音だけが反響する。
(……ノワールは、無事に戻れたか?)
元凶となる結晶を破壊したのだからきっと無事なはずだ。窓からラステイションの街を眺めながらエヌラスは廊下を歩く。
復興作業のためか業者が出入りしている姿が見られた。
(気絶してたのは二日、三日ってところか)
まだ瓦礫の撤去などが行われている事から、それぐらいだろうと見当をつける。ドラッグシガーを一本咥えてエヌラスは階段を上がった。屋上への扉に鍵が掛けられていたので力づくで開ける。ドアノブを壊したが、
屋上で煙草を吹かし、
(こりゃ、常在戦場の心意気でもねぇとしんどいぞ……?)
戦闘中と何一つ変わらない緊張感を維持する。ドラッグシガーを吸いながら、柵に背中を預けるとエヌラスは紫煙を吐き出した。
ブラン、ベール、ノワールは何とかカオス化の進行を食い止めることができたが──プルルートとピーシェの二人が気がかりで仕方ない。ただでさえ他の三人を凌ぐようなプラネテューヌだというのに、そこにカオス化が加わるともなればこれまでの比ではないだろう。
アイリスハート・カオスとイエローハート・カオスの両名を相手にして無事で済むとは思っていない。完全に制御しているのならまだしも、ノワールのように暴走していたらそれこそ手がつけられないだろう。
果たしてどうなっていることやら。エヌラスは短くなったドラッグシガーを携帯灰皿に捨てると病室へ戻る。
「…………あ~」
「……ゔ~……!!」
そこでは、もぬけの殻のシーツを握りしめたユウコがものすごい形相で睨んでいた。