超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──プラネテューヌへ向かう二つの影が青空を切り裂いて飛んでいた。
ルウィーのホワイトハート。
リーンボックスのグリーンハート。
ラステイションでは一連の事情を説明したものの、それでもエヌラスに対する評判はさほど変化はなかった。新興国家を崩壊させた張本人、その矛先がラステイションへ向けられたというだけでも脅威の対象だ。
今、ゲイムギョウ界を覆っていた危機も立ち去りつつある。だが、グリーンハートは何か考えこんだ様子だった。
「どうしたんだよ、ベール」
「いえ、ちょっと気がかりなことがありまして」
「なにがだよ?」
「ブランは覚えてますか? わたくし達が初めてカオス化したプルルートを相手にした時のこと」
「……ああ。確かにあの時は、ピーシェも居たとはいえ三人がかりで負けたんだからな。だけど今ならこっちにだってカオス化できる条件が揃ってんだ」
「ええ、そうですね。ただわたくしが気になっているのは、この騒動を引き起こした結晶のことですわ。その破壊をエヌラスが引き受けているということですが……」
いつかこのカオス化も失われてしまうのだろうか。それはこの際、どうだっていいことだ。
グリーンハートが気がかりなのは、元凶となる結晶を破壊しているエヌラスの身体のこと。
「彼の身体は、果たして大丈夫なのでしょうか? 女神の本質を塗り替えるほどの力を持つ結晶に触れて、あまつさえ破壊しているともなれば」
「……確かに。でも魔人だろ? 大丈夫なんじゃねぇかな」
「仮に、彼がそのカオス化を扱うとなると……とても考えたくありませんね」
ただでさえ手がつけられないような魔人の一柱。絶望の魔人がカオス化など、考えたくもない。
プラネテューヌが見えてきた。
グリーンハートとホワイトハートが地上に降り立ち、プラネテューヌ前の街道で周囲にモンスターがいないか警戒する。だが、驚くほど平和だった。
「……拍子抜け、ですわね」
「いや、違う。静か過ぎるぞ」
ルウィーですら軍部を動かして討伐に乗り出していた新型ウイルス種が、姿形も影もない。プラネテューヌと言えば、あのプルルートの国だ。ピーシェもいるとはいえ女神が二人体制で国を管理している。……ほとんどイストワールがやっているようなものだが。
ここしばらくは自分たちの国のことで手一杯だった。だからプラネテューヌがどうなっているのか考えている暇もなかった。しかし、この現状を見る限り──どうやらそうも言っていられない。
「なぁベール、どう思う?」
「……そうですわね。おおよそ考えうる最悪の事態ですと」
「あ~ら? 久しぶりねぇ、ブランちゃんにベールさん? どうしちゃったのかしら?」
プラネテューヌの守護女神、アイリスハート──その姿は以前、敗北を喫した時のカオス化したままだった。
過激なボンテージ衣装に、攻撃的なプロセッサユニット。手にしている蛇腹剣も刺々しい。
その隣に、イエローハート・カオスも無邪気な笑みを浮かべていた。両手のクローが両足にも増え、それだけでなく恐竜の尻尾のようなものまで増えている。
「あー、ぶらんとべるべるだ! 遊びに来てくれたの!?」
「……まぁ、そうだよな」
「こうなっていますわよね」
二人が顔を見合わせた。当然だ、あの時はアイリスハート・カオス相手に三人がかりで敗北したというのに、そこへイエローハート・カオスまで加わるとなれば──こちらがカオス化したとしても戦況はさほど変わらない。
「ちょうど良かったわぁ、あたしも退屈してたところなのよ。プラネテューヌの周囲でうろちょろしてた目障りなモンスター、みぃんな倒しちゃってぇ……欲求不満だったのよねぇ?」
「わたしもー! にひー」
言葉の意味をよく理解していないイエローハート・カオスはともかく。アイリスハート・カオスの言うことが事実ならば、それは相当にまずい事態だ。
新型ウイルス種が蔓延するよりも先に狩り尽くしたというのなら、今プラネテューヌの守護女神が内包しているカオスエネルギーは二人を遥かに凌いでいる。
「ふふ、うふふ……あっはははははは! そういうことだからぁ、ね~ぇ? 相手、してくれるわよねぇ二人共? その為に会いに来てくれたんでしょ?」
「ぷるると、わたしべるべるがいい!」
「じゃあ、仲良く半分こしましょうねぇ、ピーシェちゃん。ゆずってあ・げ・る♪」
「わーいっ! じゃあべるべる、いっくよー!」
イエローハート・カオスがグリーンハートへ飛びかかり、両手の大型化したクローを突き出す。長槍で防ぎながら下がり、反撃に出るが難なく弾かれてしまった。それだけでなく身体を回転させて尻尾を振るうと、刃のように鋭い先端が目の前を掠めていく。それに冷や汗をかきながらグリーンハートは引きつった笑みを浮かべていた。
「……これは、少々シャレにならない状況ですわね」
「わくわく♪ わくわく♪」
カオス化の紋様は──イエローハート・カオスの右胸に浮かび上がっている。揺れるたびにグリーンハートはなにか敗北感のようなものを戦う前から味わっていた。
「それじゃあ、こっちは二人きりで楽しみましょう、ブランちゃん♪ 大丈夫よぉ、怖くないわ。ちょ~っと、痛いかもしれないけどぉ……ガマン、できるわよねぇ?」
「痛いのなんか、あいつに比べりゃ何ともねぇ。テメェの湯だった頭を覚まさせてやるから覚悟しやがれ、プルルート!」
「うふふふ。嬉しいこと言ってくれるじゃない? じゃあこれはサービスよ!」
アイリスハート・カオスの紋様は、左胸に浮かび上がっている。ホワイトハートが持ち前の防御力で大きくしなる蛇腹剣を防ぐが、予想以上の重さに歯を食いしばる。妖しい笑みを浮かべたまま相手はこちらの出方を窺っているようだった。
──ラステイション中央病院。
エヌラスは身支度を整えて、ハウンドスーツに袖を通す。退院許可は出ていないが、病院を抜け出すのはいつものことなので常習犯で慣れっこだ。
医者の皆様には多大なるご迷惑をお掛けします。病室を後にすると、廊下でユウコが呆れた顔をして待っていた。
「なんだ?」
「なんだ、じゃねぇやい。すっとぼけやがって。昨日の今日で病院抜け出すやつがいるかよぅ」
「お前の。眼の前にいるだろうが」
「いやそうじゃなくて、反省の素振り一つないわけ?」
「はっはっは」
「笑ってごまかすなってば……」
どこに向かうのかは聞くまでもない。身体の包帯も新調してある。ついでに言えばこっそり抜け出してドラッグシガーと黄金の蜂蜜酒もキメてあった。本来常用するようなものでもないのだが事情が事情だ。
エヌラスとユウコが病院の廊下を歩いていると、一室からノワールが顔を覗かせる。顔色はまだ優れないようだ。
「あ……」
「よっ。目が覚めたのか」
「え、ええ……あなた、何処に行くつもり?」
「何処って。プラネテューヌだよ、他に行く場所あるか?」
「なら、私も──」
「まだ休んでろよ、調子悪そうだし」
頭に手を置いてすぐにエヌラスは目の前を通り過ぎようとするが、袖をつままれる。
「待っ、て……私も一緒に行くわ。元はと言えば、私達がプルルートを止められなかったのが原因じゃない」
「だからその尻拭いに俺が来てやっただけの話だろ? 遠慮しねぇで休んでろ。一応過労ってことで入院してんだから」
「休んでる暇なんてないのはお互い様でしょ」
「ところがどっこい。俺がぶっ倒れても誰も迷惑しない。お前が倒れるとラステイションの誰もが迷惑する。お互い様なんて言えた義理か?」
「……なら、私になにか出来ることはない? あなたは……シェアの維持も大変なんでしょ? それくらいなら私でも」
その言葉に、エヌラスは壁に思わず拳を叩きつけていた。危うくノワールを張り倒しそうになるのを堪えて。
「シェアがどうとかで一番頭悩ませてるのは俺だ。誰がこんな身体でなければ、お前たちに──そんな気苦労かけて、悪かったな。二度と口にするなよ」
「────」
女神に触れることなど、魔人の自分に到底赦されるようなことではない。アダルトゲイムギョウ界ですら剣姫から(アルシュベイト共々)逃げ回っていたというのに。
「なんであなたは自分にそんな厳しいのよ。少しくらいは」
「なんつーかな……良い目を見過ぎた、てのが本音か。だから、少しくらい無茶しても文句言わないでくれ、ノワール」
「あなたいつも無茶してるでしょ」
今回も。前回も。それどころか、自分たちの見ていないところでどれだけの無理をしているかも定かではない。信用ならない。信頼できない。この先、今よりももっと。ずっと辛い戦いが待っているのだと考えるだけでも、気が気じゃなかった。
「大丈夫だ」
ノワールの頭に、再び手が置かれる。今度は髪を撫でて、エヌラスは軽く笑ってみせた。
無理も無茶も無謀も全部やってきている。これからもまだ、もうちょっとだけ痛いのが続くだけだ。他の誰かが涙を呑むような痛さも辛さも全部引っくるめて、絶望に叩き返してやるまで。
「──大丈夫だ、ノワール。俺ならなんとかなるからよ、養生しろよ? いくぞ、ユウコ」
「のわちゃん、ゆっくり休んでて。今回は私も頑張るからなんとかしてみせるよ」
「…………」
二人の背中を見送って、それでもまだ納得いかない表情でノワールは病室へと戻ってベッドに身体を沈み込ませる。
自分がこれまでしてきた仕打ちにも、何も言わなかった。文句のひとつやふたつ、身勝手な態度に一発くらい叩かれるものだと覚悟していたが、エヌラスは逆に気遣ってくれた。
大丈夫なものか。あんな怪我をして、あんな死に目にあって。病院に運ばれた時は九死に一生という瀬戸際だったような状態だったというのに。
(……そんなに、あなたにとってプルルートは大事なの?)
なにか、無性に腹が立つ。自分の至らなさや短絡的な思考に、ムシャクシャする。いっそ怒鳴ってくれたらどれほど気が楽だったことか。
自分の命を賭け金にするほど強く想われていることが、なにか悔しかった。
──それが俗に言うヤキモチだと気づくのは、もう少し後のお話。