超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
アイリスハート・カオスとブラッドソウルの戦闘は、己の全力を相手に容赦なく叩きつける形となっていた。手の内も知っている、実力も図り知れている、ともなれば長期戦に持ち込みたいのはアイリスハート・カオスの方だった。手負いかつ、変神を維持する制限時間が大幅に限られる今のブラッドソウルは短期決戦で早期決着をつけたいところだが、そうもいかない。
イタクァの連続射撃。蛇腹剣に生える無数の棘、鞭に変形させると手首を返して円を描いて魔弾を弾き返す。絶対命中の精度を保つために威力を犠牲にした白銀の魔弾は対策も容易だ。ならばクトゥグアで──と、切り替えるにも右腕の不調は変わらない。
電撃を纏った棘を撃ち出してクトゥグアと相殺させる。連射速度で劣る真紅の魔弾をかい潜り、ブラッドソウルの体を貫いた。
苦悶に顔を歪めるも、その反応が薄いことにアイリスハート・カオスが眉をひそめる。身体を穿つ棘を掴み取り、乱暴に引き抜いて投げ捨てた。
「……」
いつもと様子が違うことに、そこで気づく。怪我を押して戦うだけならいつも見てきた。銀鍵守護器官で自己再生をしながら暴れるバーサーカー。だがしかし、ブラッドソウルは左足の太ももに突き立った棘に気づいていない。蛇腹剣を突きつけて、刺さっていることを教えると視線を落として乱暴に引き抜く。
「あなたぁ、いつも痛いのを我慢して、それでも前を向いてたわ。その顔を見るのが、あたし好きだったわよ」
「そうかい」
「とうとう本格的に壊れてきてるのねぇ? スクラップ寸前、ジャンク同然じゃなぁい。痛みすら感じなくなってるどころか」
「やっぱお前相手には、黙ってても分かるか。んじゃ仕方ねぇ──」
銀鍵守護器官のギアを上げる。魔力の過剰供給によるオーバーヒート、本来ならば自分の身体を殺すだけの暴走状態。だが、今はそれが何よりも有り難い。
「俺がぶっ壊れるより先に、テメェを取り返すってだけだ!」
「────」
アイリスハート・カオスは、笑みで顔を歪める。
この人は、そういう人だ。
バルザイの偃月刀を多重投影し、両手にクトゥグアとイタクァを握り、右肩に野太刀を担ぐ。ボロボロのプロセッサユニットで、血煙を身体から漂わせながら“血風戦禍”の足は止まらない。隻眼の赤い瞳がまっすぐ射抜いてくる。
いつから、こんなにも狂わされたのだろう。あの人を“この手にしたい”と考えてしまってから抑えきれない衝動が胸の内側から湧き上がってくる。奪ってしまいたい、自分だけのモノにしたい──それが事切れた姿であっても。
魔術と銃撃、剣撃による怒涛の連撃。その全てをアイリスハート・カオスはカオスエナジーによって増幅した戦闘能力でもって打ち返した。距離を保ちながらのらりくらりと逃げつつ、攻める時はしっかりと弱点を突く。死角からの奇襲も、あるいは致命傷である首への斬撃も、心臓から逸れた棘であっても、ブラッドソウルは意に介さずアイリスハート・カオスへありったけの火力をぶつけてくる。
魔力を自己再生に回しておきながら、過剰な火力で押し切ってくる姿に、どうしてか──こんなにも胸が打ち震えて仕方がなかった。身体が熱い。本気の殺意と敵意の応酬が、こんなにも血潮を滾らせてくれる。
「あっははははは、いいわ、いいわぁエヌラス! あなた、やっぱり素敵よ。そうじゃなくちゃあたしも殺し甲斐ないものぉ!」
「────」
ブラッドソウルは、螺旋砲塔から二挺拳銃を分解して野太刀へ手を伸ばした。大技の即時切り替えによる無茶な魔力の奔流が身体を自壊させていく──声が、遠い。痛みが薄れ、今はただ目の前にいるアイリスハート・カオスを止めることだけを考える。
右腕の亀裂が広がる。ピシ、パキ、と……その中で押し留めていたモノが見え隠れしていた。
「──DAAAYDARAAA!!!」
超電磁抜刀術零式──、雷光に呑まれたアイリスハート・カオスが無事で済むはずがない。しかしながら、卓越した魔術によって相殺させたことで威力が半減させられていた。
ところどころ亀裂の走ったプロセッサユニットに、少しだけ焦げた髪を弄りながら、頬を赤らめて笑っている。
「ざぁんねんでした♪ あたしはそれくらいじゃ満足しないわよぉ?」
「あぁ、なんだって? 耳が遠くてよく聞こえねぇよ」
ふと。ブラッドソウルの右手から、野太刀が取りこぼされた。
右腕に走っていた亀裂が広がっていき、遂には──砕け散る。
過剰なまでに施術された魔術回路によって拘束された右腕は、人の形を辛うじて保っていた。光を飲み込むような黒。指の数はそのままに、右肩まで漆黒に染まっていた。
「…………」
最初から、自分が“人間のフリ”をしていたのだと知っている。形通りに振る舞っていただけのことだ。だから、エヌラスはその事実が、とうとう逃げられない現実として突きつけられたのだと改めて確認する。
腕は動く。身体もまだ、動く。なら、もうそれだけでいいではないか。他に何も自分には
嗚呼、だけど──彼女達から与えられた数え切れないほどの楽しい思い出は、捨てられない。
「──プルルート」
「なぁに?」
「愛してるよ」
ブラッドソウルは、左手にレイジングジャッジフリークスハントカスタムを握る。その銃口をアイリスハート・カオスではなく、自らのこめかみに突きつけて──引き金を引いた。止めるまでもなく、躊躇なく重い発砲音が目の前で爆ぜる。
滴り落ちる血が、跳ねた頭が──身体がぐらりと揺れて、踏み止まった。
辛うじて左目だけを吹き飛ばし、銀鍵守護器官で即座に再生する。治せない傷ならば、治せる傷で上書きしてしまえばいい。
「だから──」
ようやく開かれた両の眼で、エヌラスは唖然とした表情で突っ立っているアイリスハート・カオスを睨む。
「
俺はバケモノで、お前は女神で。美女と野獣にしたって、あまりに醜い生き物だから。人ですらないのだから。──身体の芯に氷が差し込まれたような錯覚。ゼロクリスタルの亀裂が拡がる。
「イヤよ。だってぇ、あたしの、エヌラスだもの。アナタがどんなにワガママ言っても聞いてあげないわぁ」
「……自分がバケモノだって、こう改めて突きつけられるとなーんかアレだなぁ。今まで頑張ってたのがバカらしくなるぜ。……ホント」
人間のフリなど、もう辞めてしまおうか──エヌラスが自嘲気味に笑い、右手にバルザイの偃月刀を握りしめる。変神を維持すらできなくなった状態で、化けの皮が剥がれても、まだ立ち止まるわけにはいかない。
アイリスハート・カオスの蛇腹剣が、エヌラスに向けて振り下ろされる。
それを空中で弾いたのは、ブラックハートだった。
「ノワール……? お前、なにしてんだ」
「言っておくけど。あなたの助けに来たわけじゃないわよ。勘違いしないで」
「はぁい、ノワールちゃん♪ ヒロイックな登場の仕方だけど、会いに来てくれてとぉっても嬉しいわ」
「ええ、そうね……でも私が会いたいのは、いつものプルルートの方よ。こんな訳分かんない力に呑まれて振り回されて、振り回していい気になってる姿なんて見たくないもの」
「その訳解んない力が欲しくて頑張ってたのは誰だったかしらぁ? あたしが何も知らないとでも思ってたのなら、ノワールちゃんったらかわいいんだから」
悔しいが、今のアイリスハート・カオスを止めるのは自分ひとりでは難しい。
──今はただ、力が欲しい。友達を助けるためだけに。
「カオス・コネクト──ッ!!」
きっと。このカオス化は決して女神が使っていい力ではないはずだ。
エヌラスは、女神の為に自らの持つ破壊の力を使ってきた。世を乱す力で、それでも救われたのは自分達がよく知っている。だから、力の使い方を間違えなければいいだけの話。
もしも女神が道を間違えた時は、正してくれるはずだ。
諦めてしまえば一番楽になれるはずなのに。そんな怪我をしてまで自分たちのために戦ってくれた絶望の魔人なんかに……誰が遅れを取るものか。
カオスエナジーによる、女神化の侵食現象。だが、その心までは決して触れさせない。
「……くッ──あぁ……! ──でき、た……? なんとか、カオス化は成功ね」
「凄いじゃない、ノワールちゃん♪ それじゃあ……今度は二人であたしを楽しませてくれるのよねぇ?」
「エヌラス。悔しいけど、手を貸してもらえる」
「足手まといに無理言ってくれる。もうひとり加勢が欲しいところだな」
自分の身体を確かめるように何度も拳を握るブラックハート・カオスの隣に、ホワイトハートが降りてくる。どうやらイエローハート・カオスはユウコとグリーンハートに任せてきたようだ。
「さっきっからバカスカ遠慮なくぶっ放してたが、大丈夫なのかよ、エヌラス。っていうかなんだその腕。気持ちワリィ」
「大丈夫なわけねぇだろうが」
首元をさすりながら、ホワイトハートが少しだけ憎らしげにアイリスハート・カオスを睨む。
「ってわけだ。今度は負けねぇぞ──カオス化!」
「ブランちゃんもだいぶ使いこなせてるみたいね♪ それだけで勝てると思ってるのなら、うふふ……本当に、かわいいんだから」
三人がかりで勝てれば苦労はしない。とはいえ、本命はやはり教会に保管されているであろう結晶の破壊だ。プラネテューヌならばイストワールが管理している、プラネタワーにエヌラスがたどり着ければ勝利だ。しかし、その思惑すらアイリスハート・カオスは読んでいる。
指を鳴らして、魔法を展開して自分に有利な地形を形成するのは当然のことだ。ドーム状に四人を覆う電流の檻にエヌラスが舌打ちする。
「それじゃあ、満足いくまで付き合ってくれるかしらぁ? 拒否権、ないけどねぇ」
「だそうだ。どちらにしろ、先にプルルートをどうにかしねぇと結晶は壊しにいけねぇぞ」
「最初から私はそのつもりだったわよ。ブラン、足引っ張らないでよ」
「わたしよりもそっちの奴に言え」
「俺のことは気にすんな。っていうか、どうしたブラン。さっきから首をさすって」
「……ユウコのやつに吸われてな、ほんのちょっとだけだったけどよ」
「────は?」
イエローハート・カオスのクローを凌ぎ、グリーンハートが引き下がった。そして、入れ替わるようにしてユウコが引き絞った拳を放つ。ひねりを効かせた猫さんグローブから放たれる腰の入ったストレートから衝撃波が襲いかかった。これを防ぎ、両足の爪で地面に跡をつけながら耐える。
ガードが緩んだ隙、踏み込んでいたユウコからのアッパーカットを身体をよじるようにして避けて後ろへ下がった。
「…………」
流石のイエローハート・カオスも遊んでいる余裕が無いのか、真面目な顔をしている。ユウコも眉をつり上げていた。グリーンハートが隣に並ぶ。
「……ブランから血を貰っただけで、ここまで?」
「ほんとちょびっとだけだから、そろそろ切れるかも」
グッと身体を沈ませるイエローハート・カオスがグリーンハート目掛けて飛びかかる。ヴァルキリークローによる連続攻撃を長槍で捌き、相手の間合いに入らないように立ち回るが、最後に尻尾で薙ぎ払われて防御が崩れた。
背中を向けた状態から蹴り上げられてグリーンハートが地面に転がる。その追撃をせずに、ユウコの動きをすぐに警戒した。予想通り、攻撃後の隙を狙ってフックを打ち込んでくる。
ズシリとした重い一撃、篭手で防いでも伝わってくる衝撃に苦い顔をしていた。だが、イエローハート・カオスは爪のリーチがある。ユウコの拳よりも先に届く。
一歩下がりながら、クローの間合いに相手を捉えて横薙ぎに振るう。だが、それが届くことはなかった。
一瞬だけ踵を浮かせて、腰をひねり、拳を突き出す。全身を軸にしたジャブが横から篭手を殴りつけてわずかに攻撃を逸らせた。最小限の動きで相手の攻撃を防ぐと同時に、テンポをずらす。イエローハート・カオスにカウンターの右ストレートが叩き込まれる。
吹き飛ぶ身体を刃尾で地面に繋ぎ止めて、姿勢を整えた。
「う、そろそろかも……ごめんべるちゃん、ちょっと貰うね」
「ええ、どうぞ」
グリーンハートの首筋に噛みつき、チクリとした痛みに顔をしかめる。だが、すぐに痛みが引いた。
「んっ……」
血を吸われているというのに、痛みはない。それどころか癖になりそうだ。しかし、それもすぐにユウコは顔を離した。顔が赤いのはお互い様だ。
「けぷっ。えっと、これくらいで……」
「もういいんですの? わたくしはかまいませんが」
「私が、その、色々とアレだから……」
「何か不都合でもあるんですの?」
吸血行為をするだけで自分の戦闘能力が爆発的に増えるのなら、メリットだけでは? だが、ユウコはそれだけではないらしい。
「えっと……色々と、余計なのもアレしちゃうから……ほどほどにしないと」
「……大変、ですのね」
グリーンハートは察した。
顔を赤くしながら、むくれるイエローハート・カオスに向き直る。
「悪い子ぴぃちゃんには、ユウコさんの鉄拳制裁! ごめんなさいするまでノックアウトするからね!? いいの!?」
「むぅ~、わたしユウコに負けないんだからーっ! ごめんなさいするの、ユウコの方だもん!」
ユウコはネコさんグローブの拳をポフポフと打ち付けながら突きつけた。どうやら、イエローハート・カオスは勝つつもりで意固地になっている。
クローを研ぎながら、構え直して睨み合っていた。