超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ep.69 嵐の前の静けさ
超次元のラステイションへと戻ってきたエヌラスとユウコは、連絡不通のソラを気にしながらも教会を目指して移動していた。
なんとかエキシビジョンマッチまでに戻ってくることができたが、今の状態でノワールに見られたらなんと言われることか。そのことを考えているのか頭を抱えている。
「どうしたの、青い顔して」
「ノワールに怒られたくねぇ……」
「君、普段から怖いもの知らずなのにこういう時はなんでそんなに臆病になるかな」
「敵と戦うのと知り合いから怒られるのは恐怖のベクトルが違うんだよ」
「怒られて自分が嫌われるんじゃないかって? 違うでしょ。好きだから怒るの、わかる?」
「お前も?」
間を置いてユウコが足を踏みつけた。エヌラスは声を殺して激痛でその場に屈み込んだ。
「置いてくよー」
「お、まえ……! おまえ……! 照れ隠しにしても、もうちょっと手加減してくれよ……!」
「痛かった?」
「当たり前だよなぁ!? 愛重すぎんだろ!」
「はっ!? バッ──!? ちが、別にそんなんじゃないし!」
一気に耳まで赤くなったユウコがバッグを振り回す。重い風切り音を避けるも、風圧で頬が殴られた。
「なぁユウコ。もしかしてまだ血が騒ぐか?」
「……ちょっとだけ。結構飲んじゃったし」
「悪いな、俺のせいで」
「別に。私も久しぶりだったから、もうちょっと抑えるのに時間かかりそうってだけ」
「早く戻す方法ってないのか?」
「…………ある、にはあるけど」
「へぇ」
血を飲んで、昂ぶった吸血鬼としての能力。それが鎮まるまでのクールタイムが長い。しかも今回は濃厚な魔力を含んだ血液だった。それだけにいつもより加減が効かないのだろう。
どんな方法で消耗を早くするのかまでユウコは口にしなかった。顔を赤くしながら押し黙っている様子から、あまり話したくないようだ。
ラステイション教会に到着すると、スピカとカルネが迎える。教会職員達は慌ただしく教会内を走り回っていた。エキシビジョンマッチに向けてスケジュールの調整や、反女神派組織の摘発やロボット生産工場の違法取締など、この機に乗じて一掃しようという気らしい。その過程ですでに犯罪組織や傭兵組織をノワールは数多く壊滅させていた。
「エヌラス様。ユウコ様。遠路はるばるご足労頂き、ありがとうございます」
「よぉ、スピカ」
本日のカルネはセーブモードなのか、それとも他の職員達の目があるからなのか、はたまた上から押さえ込まれているのか。スピカの隣でおとなしくしていた。しかし口元が緩んでいるのをエヌラスは見逃さなかった。
「うえへへへ、お荷物持ちましょうかお二方?」
「笑い方気持ち悪いぞ」
「やぁだなぁご主人様、そんなこと言われたら濡れちゃいますぅ」
「スピカ、こいつどうしたんだ?」
「激務に追われるあまり躾を忘れていまして。申し訳ありません、おほほほ」
「人の隣に猛獣放し飼いにしてんじゃねぇ。落ち着かねぇわ」
エヌラスを先頭に、教会のエレベーターで女神の執務室へと向かう。
執務室ではノワールとユニが書類と睨み合いをしていたが、一団の到着を迎えるなり書類整理を切り上げた。
「あら、思ったより早かったじゃない──ってあなたどうしたのよその顔!? っていうか左目の怪我よけいに酷くなってるってどういうことよ、何があったらそうなるの!?」
「いい加減鬱陶しくなって自分でふっ飛ばして治した」
「どんな神経してたらそういう発想に至るのよ!! 自分の身体は大事にしなさいよ、いつも言ってるじゃない! あーもー、ほんっと信じられないわ……あなただけの身体じゃないんだからね」
「へ?」
「……──~~~~、ち、違うわよ!? そういう意味じゃなくて、別に変なこと言ってないでしょ!? あ、あなたを心配してる私達の身にもなれって意味であって、別に、その、そういうことじゃないんだから勘違いしないでよ!?」
「……あー、うん」
言葉を選んでくれ黒の女神様? 心臓に悪いから。右手はポケットに入れたまま、エヌラスは頭を掻く。ひとまずお互いの近況報告をするが、特に気になる点はなかった。強いて挙げるならばソラとの連絡がつかないということくらいだ。
「──と、まぁ。ラステイションでは明日に向けて鋭意準備中よ」
「そういや開催場所って」
「コロシアム。言ってなかったかしら? プラネテューヌとの国境沿い辺りにあるわ」
リーンボックスからもフェリーでアクセス便が出ている。ルウィーからは快速列車、ゲイムギョウ界の一大娯楽施設だ。たまに開催されるトーナメントや力試しなどで賑わうらしい。
「へー」
「ほー」
「あんまり興味なさそうですね、お二人は」
「まぁ、九龍アマルガムで見慣れてるしな」
「死人あり、場外乱闘あり、何なら観客も乱入可能なアレがね……」
「なにその蠱毒みたいなコロシアム。近寄りたくないんだけど」
正直な話、現地人でも近寄りたいのは命知らずぐらいのものだ。文字通り。
「今日はラステイションでゆっくりしていったら? 向こうから戻ってくるのも大変だっただろうし、休んでいきなさいよ」
「いや、そうなんだけどよ。なぁスピカ、ナノスキンスプレーって持ってるか?」
「はい? ええ、まぁ。化粧用と補修用の物がございますが」
「できれば顔の傷は隠しておきたいから貸してくれるか」
「それでしたら、スプレータイプよりもクリームタイプの方が最適かと。スプレータイプはどちらかというとボディスキン用なので」
「……なんかいきなり工学的な話になってるんだけど、そういえばスピカとカルネは人形だったわね」
立ち振舞から何から何まで人間と遜色ないものだから忘れてしまう。普通に食事を摂る姿も見かけるだけに尚更だ。
「ガイノイドの嗜み。お肌のケアには欠かせないものですので、常に持ち歩いています」
「そうなの?」
「はい」
おもむろにロングスカートに手を入れて、そこからナノスキンスプレーを取り出す。
「こちらが化粧用。肌に薄い生地を塗布することで化粧のノリを良くするだけでなく、肌荒れも防ぐことのできるものになります。乾燥肌などにも使えますよ」
「へぇ、便利なものが売ってるのね」
「よろしければお使いになります? 使い終わったら日焼けのように剥くだけですし」
「機会があったらね」
「ボディペイントやコスプレなど、使用用途は多岐に渡ります」
「……そ、そういうことなら。せっかくだし一本貰っておこうかしら?」
(コスプレに反応したな)
(お姉ちゃん、コスプレに使うんだ)
エヌラスとユニからの生暖かい目には気づいていないようだ。
「しかしながら、クリームタイプの方は生憎と手持ちが無くて……」
「向こう戻るしかないか。わかった。ユウコもユノスダスに戻るだろうし、ついでに送ってくぞ」
「戻ってきたと思ったらアダルトゲイムギョウ界と、貴方も忙しいわね」
「悪いな、ノワール」
「……ところで。エヌラス、なんでさっきから右手をポケットに入れたままなのかしら?」
「なんでこういう時に、そういうことは気にするんだよ」
「貴方が普段言わないようなことを言って、気にしないことを気にしてるからよ。なにか隠してないでしょうね?」
観念した様子でポケットから右手を出して見せる。それには流石のノワールも、スピカとカルネも驚いた表情を見せていた。
「まぁ、なんつうか。人間としての化けの皮が剥がれたっつーか……そういうことだ。包帯で隠すのも毎回面倒だしな」
「こんな怪我をするほど大変だったなら、呼んでくれればいいじゃない」
「そもそもの事件の発端が俺の不始末。そんなんかっこ悪くて頼めるか」
「格好の問題じゃないでしょ」
「俺にとってはそういうものなんだよ──ってなわけで、ちょっとばかり里帰りしてくる」
「はぁ……変な面倒事に巻き込まれて戻ってこれない、なんてことにならないようにね。九龍アマルガムじゃ無理そうだけど」
ユウコをユノスダス教会まで送り届け、エヌラスはその足で九龍アマルガム教会へと急ぐ。変な面倒事に巻き込まれないうちに用事を済ませて帰ってくるだけ。──そのはずだった。
「……いや、まぁ。確かに九龍アマルガムでそんな簡単にいくわけねぇってのは一番よく知ってるんだけどな……」
大寒波の襲来している地下帝国を前にエヌラスはハンティングホラーに跨ったまま立ち尽くしている。冗談ではない寒さに頭を痛めていた。元凶となるのは一人くらいしか思い浮かばない。
廃病院周辺だけは雪が降り積もってはおらず、配管を通る蒸気によって雪が解けていた。正面玄関から教会に入ると、中では相変わらず教会メイド達がせっせと掃除をしている。エヌラスの顔を見ると会釈し、すぐに掃除へ戻った。
その中に交じって、モップで廊下を掃除しているマリーはエヌラスの顔を見るなり駆け寄ってくる。汚れたモップを持ったままなので床が逆に汚れていた。
「あ、エヌラスだ。おかえりー」
「ただいま。師匠は?」
「お出かけ中」
「外の寒波は?」
「……えーっとねー」
大魔導師曰く「たまには雪が見たい」とのこと──それで異常気象を引き起こしてどうするつもりなのだろうか。
「で、どこ行った?」
「街に雪像作りに行ったけど」
「なにしてんだあの人……」
「なんかねー。ルウィー? の温泉が気に入ったみたい」
「よしわかった、何考えているか今俺は把握した! 雪国のルウィーの温泉が気に入ったから九龍アマルガムを雪国に仕立て上げて温泉に入ろうって魂胆だなあのクソ師匠!」
「よくわかっているなバカ弟子」
「おかえりー、大魔導師」
背中を蹴り飛ばされ、頭から伸し掛かる超重力波によってエヌラスが綺麗に磨かれた床にへばりついた。
「この一週間ほど、九龍アマルガムの風呂屋を巡り歩いていたがやはり本場には敵わんな」
「人を出会い頭に叩き潰さなきゃ気が済まないのかアンタはぁぁぁ……!!」
「避けられない、貴様が悪い。それで、その右腕はどうした?」
「用向き分かってんなら手間取らせんなクソ師匠! どぉりゃあああ!」
解呪と同時に足払いを仕掛けるが、難なく避けられた挙げ句に足首を絡めて打ち上げる。ネクタイを掴み、再び床に叩きつけた。
「動きが鈍い。もう少し気合を入れろ」
「人の心がねぇのかアンタは……」