超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エヌラスの左目の傷痕を隠すようにマリーはスキンクリームを手にとって塗りつける。指先で薄く伸ばすようにしてまんべんなく塗っていく。
ナノスキン。名前の通りナノミクロン粒子サイズのスキンケア用品。厚化粧をしなくても人工皮膚を保護するので重宝する、らしい。
「痒いところないですかー?」
「他に聞くことないのか、マリー」
「左目痛くない?」
「やっぱいいわ……」
「はい、できたよ」
相変わらずのド頭天然マイペース。鏡を見せてもらって顔の傷痕が消えていることにエヌラスが驚いていた。こんなことならばもっと早く使うべきだったか。
「はー。こりゃすげぇ。消えるもんなんだな」
「ふふん。マリーちゃんにかかればこんなものです」
「ナノスキンケアってすげぇな。人間にもちゃんと効果出るとは」
「なんで今までやらなかったの?」
「まぁ、なんつうか……人形用ってこともあったし、刀傷程度なら別にいいかってのもあった。でも流石に火傷痕はなぁ」
「私は別に気にしないよ? エヌラス、かっこいいし」
「マリーはかわいいな!」
「ありがと!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべるマリーにエヌラスは改めて鏡に映る自分の顔を見つめる。多少肌の色の違いは出ているが、それでも目立たない程度だ。よほど顔を近づけなければ違和感はないだろう。
「じゃあエヌラス。次は腕の方だから、脱いで♪」
「……いや、自分でやれるんだが?」
「ダーメッ♪」
「あ、ハイ。お願いしまーす」
ハウンドスーツを脱ぎ、ネクタイを弛めてシャツを脱ぐ。インナーも脱ぎ捨てて、エヌラスが右肩を回すと、マリーは手についたスキンクリームを拭き取ってスプレータイプのナノスキンを振っていた。何故か手付きがカクテルをシェイクするような動きをしているがその必要は無い。
タオルで腕を包み、スプレーの吹きこぼしがないように押さえながらマリーは丁寧に黒い右腕に塗布していく。
「~♪」
「なんか、楽しそうだな?」
「うん。私は楽しいけど……エヌラスはイヤ?」
「そんなことはないんだけどな。気持ち悪くないのか、その……右腕」
「なんで?」
「普通と違うんだぞ……?」
人間ではない、ということはエヌラスにとって決して拭い去ることのできないコンプレックスのひとつだ。魔人であるということは、人としての輪廻を外れている。後にも退けず、先もない。刹那的な存在だ。
マリーは小首を傾げて、キョトンとした顔をしている。
「……だから?」
「いや、なんつうか……」
「嫌われたいの?」
「……そういうわけじゃないんだが」
「じゃあ、いいじゃん。ぷしゅー」
少しだけ頬を膨らませて、むくれっ面になりながら人工皮膚を塗布していた。右肩から上腕、指先まで染めていくと、手首を返して掌もしっかりと余すところなく。
「私にはそういうの、どうでもいいことだから」
「……」
「エヌラスは悪い人じゃないでしょ? 普通と違うからってそんなこと気にしなくてもいいよ」
「マリー」
「色んな人がいる。エヌラスがたまたまそういう人だったってだけ。えへー」
「手元見てやってくれ」
「あ」
すっかりナノスキンスプレーはあらぬ方向を向いていた。マリーは改めて右腕にスプレーを吹くが、中身が空になっているのか気の抜けた音と共に空吹きする。
「無くなっちゃった。でもこれ、応急処置くらいにしかならないんだよね」
「それはそうなんだが」
「待たせたなバカ弟子、ナノスキンスプレーの替えを持ってきてやったぞバカ弟子。どうしたバカ弟子、間の抜けた顔というかバカみたいな顔をして、いやバカだったなお前はっはっは」
「もー、大魔導師。いくら本当のことでもそんなに言ったら可哀想でしょー? めっ」
「マリーさん、あなた今ナチュラルに俺を罵倒しませんでしたかね!?」
妙に上機嫌な大魔導師のテンションが怖いが、エヌラスは持ってきてもらったナノスキンスプレーを受け取る事にした。
「特別製だ、無駄にするなよ」
「なんか違うのか?」
「従来の製品に比べて魔法遮断力が五割増し(当社比)だ」
「あっそ」
「長持ちするぞ」
「ほーん。マリー、頼む」
「はーい、かしゃかしゃぷしゅ~」
大魔導師の説明を聞き流しながらエヌラスはマリーに任せる。
「はいバンザイ。脇の下もしっかりケアしないと」
「なんか恥ずかしいな」
「そら、しっかりバンザイしろ」
「いででっででで! 人間の腕はその方向には曲がらねぇ!!」
「ちなみに防臭・防菌・揮発性物質調合だから濡れてもすぐ乾くぞ」
「そんな車のワックスみたいなこと言われてもな!?」
「おしまーい」
一通り終わってから、姿見で右腕を確かめた。確かに右腕の剥がれた人間としての化けの皮は直せたが、今度は左腕や体との差が顕著に表れている。右腕だけが真新しい状態というのはエヌラスにしてみれば落ち着かない話だ。かといって全身に塗布するか、コストの都合上無理な相談。
「こんなんで隠せるもんなんだな」
「普通は隠せないな」
「は?」
「なに、ちょっとした知人にな。幻術使いがいる。そいつから香草を分けてもらってうまい具合に調合して隠せるようにしただけだ。お手軽だろう?」
「アンタほんっと何でもありかよ……」
「私ではなく、得意分野の違う知人が多い、というだけだ」
「……なるほど」
それなら配合量さえ間違えなければ自分でもできそうだ。ハウンドスーツに袖を通そうとしたが大魔導師に引ったくられる。
「っとと、おい」
「特注品のスーツをこんなにダメにするとはな。よほど激戦だったのか?」
「そりゃあな。なんてったって、女神四人と連戦だったんだ。同時じゃなかっただけまだマシだ」
「あまりそういう無理をするなよ。お前の身体は、
「へいへい、そうでしょうね。いいから返せ」
ハウンドスーツを取り返そうとするが、マリーが勝手に人のクローゼットを漁っていた。そこから適当なシャツとジーンズ、ロングコートを取り出すと押しつけてくる。
「はい、エヌラス。着替えだよー」
「人のクローゼットを勝手に開けるな……」
「ひどいなぁ、たまに掃除してあげてるのに」
「勝手に人の部屋に入るなよ!?」
「だってベッドで寝るとエヌラスの匂いに包まれてよく眠れるんだもん」
「もん、じゃなくてな!? ここ、俺の部屋!」
「うん、知ってるー」
「はーもーかわいいかよ!」
「えへへーなにー? えへ、えへへへー」
わしゃわしゃとマリーの頭をもみくちゃに撫でてやると、幸せそうに笑いながら着替えを渡してきた。せっかくなので昔馴染みの服に袖を通す。
「そろそろ夕飯だが、食っていくか?」
「せっかくだし食ってく。そういやソラと連絡つかないんだが、なんか知らないか?」
「私が知ると思うか? この一週間国内温泉巡りをしていたこの私が」
「知るわけねーよな、知ってた」
人の期待を良くも悪くも全力で振り切るのが自分の師匠だ。悩みのタネでもあるが、これほど頼りになる人物もそういない。
教会で出される夕飯は豪勢なものだが、そも食事を摂る人間が普段は一人しかいなかった。今は三人だが、本当ならもう一人……エヌラスの隣にいつもついて回る少女が今は居ない。それは大魔導師も気にしているのか、空白を盗み見ている。
いつもよりほんの少しだけ豪勢な夕飯のテーブルを囲みながら、談笑と魔術を交えつつエヌラスと大魔導師、マリーの三人は教会メイド達が見守る中、一時の平穏を楽しんでいた。
「おい、テメェ、師匠! 人のミートボールに向けて爪楊枝マシンガン撃つんじゃねぇ! 食えねぇだろうが!」
「そーらまだまだいくぞ?」
「わービュンビュン飛んでる爪楊枝」
ナイフを投げ返し、フォークで爪楊枝を弾きながら口の中にパスタをかきこむが、異物混入にむせている。爪楊枝が紛れ込んでいた。したり顔の大魔導師に向けて、今度は爪楊枝を撃ち返す。事もなげに防いでみせるがミートボールがハリネズミになっていた。
「ザマァ見ろ」
「些か腹が立った」
「あっぶねぇ!?」
咄嗟に魔法の気配を察知したエヌラスは、なんとか山盛りミートボールスパゲティだけは死守する。しかし、目の前の料理がごっそりと空間ごとえぐり取られていた。危うく両足まで持っていかれるところだったが、間一髪で回避に成功する。
「仲良いねー、二人とも。もぐもぐ」
「上等だ師匠この野郎、表に出やがれ! 腹ごなしの運動だ!」
「いいのか? 二日は動けない身体にしてやるぞ?」
喧嘩腰のエヌラスがおとなしく椅子に座り直して食事を再開した。背に腹は代えられない。いつか見てろこのクソ師匠。
──アダルトゲイムギョウ界・軍事国家アゴウ教会
機人達が警備をする中で、アルシュベイトは頭を悩ませていた。
国王親衛隊、トライデント。その穴埋めとなる戦力が現状用意できない。なにせそもそもがワンオフ機体のようなものだ。それぞれの癖に合わせてチューニングされたというだけで、現行モデル最高峰の品質で設計された三人。それを同時に全部失った損失額は、とてもではないが笑い飛ばせるものではない。だというのに……。
『おれが知るか!!!』
と自信満々に言われてしまった。最初から期待してなかったが、やはり最後に頭を悩ませるのは自分になる。アルシュベイトは予算案と睨み合いを続けていた。ソラの協力とユウコの手配によって何とか上手く話はまとまっているものの、結局のところ金が物を言う。
設計図は既にこちらで用意できていた。あとはそれを組み上げるだけなのだが、なにせ現状モデルの一世代先の技術、空挺戦術理論に基づいた設計ではあるもののその機体を扱えるかどうか、未だ誰も実証していない。
そんなわけで。アゴウ城地下格納庫施設にてアルシュベイトは機人の腕で書類を見つめていた。
《──予算が、足りない》
重苦しい呟きに応えるものは誰もいない。大量生産は可能だが、専用機となるとネジひとつから選別が始まる。機体テストでは、電脳国家製の架空戦闘シュミレーターでゼロワンは目覚ましい活躍ぶりを見せた。アルシュベイトに匹敵する戦闘能力を引き出せる義体の製造ラインは着々と進んでいる。商業国家から資金援助してもらうか? いやそれとも何か新たな収入源を準備するか? 傭兵として兵士を派遣したりしているがそれでも火の車。はてさてどうすればいいものやら……。
《うぅ~ぬぬぬ……!》
電子頭脳をフル回転させて、あーでもないこーでもないと考えるアルシュベイトの網膜ユニットのHUDに表示される着信の二文字。相手はリーンボックス企業、アームドソウルス現社長代行のキャロラインだった。
『──夜分遅くに失礼いたします。武装企業社長代行、キャロラインです。お時間の方を少々いただいてもよろしいでしょうか、軍事国家アゴウ国王アルシュベイト様』
《かまわん。なにか用向きか?》
『ええ。社長の友人である貴方に依頼があります。話だけでも、よろしければ』
《聞こう》
渡りに船とはこのことか。今は少しでも収入が欲しい。
ハァド大戦の折に、一騎打ちをした武装企業社長プレジレントとは拳で語り合った仲だ。その一部始終をオペレーター対応していたキャロラインは、信頼に足る相手だと判断したのだろう。わざわざリーンボックス教会経由の次元回線を通じてまでこちらにアポを取ったということは、国内ではできない仕事の話とアルシュベイトは踏んだ。
『この件は、出来る限り内密にお願いします』
《よほどのことか?》
『ええ。実は──下水処理施設の清掃を頼めないかと』
《…………それは、私でなければいけないか?》
『言葉が足りていませんでしたね。より詳細に説明を申し上げるならば……我が社の環境生物担当部署が、浄水プランクトンから開発した新型生物が予想以上の大繁殖を遂げまして。それが現在リーンボックスの浄水施設を占拠・増殖を辿る一途なのです。しかしながら外来の企業に依頼するにも我が社の評判はゲイムギョウ界において未だ低迷中、業績は回復しているものの警戒されているのが実情です』
《その尻拭いをしろというのか、この俺に》
『企画にゴーサインを出したのは社長ですので。貴方ほどの腕があれば問題は無いかと。何しろ我が社に抱えている機体の半数以上はまだ再稼働の目処が立っておりません。本社の修理作業に当てられている予算だけでかなりの額です。で、あれば、いっそ高額であっても外部に任せてしまおうというのがこちらの方針です。ご理解いただけましたか?』
《お互い苦労するな……承ろう》
『感謝いたします。詳細は追って、こちらへ合流した際に伝えます』
《明日、来訪する》
『ではお待ちしておりますよ。失礼いたしました』
──あの野郎。アルシュベイトはプレジレントの顔を脳裏に思い浮かべた。
『HAHAHA! ソーリィ、ベストフレンド! 友達同士ケツ引っ叩いて頑張ろうぜ!』
とかなんとか言ってそうな気がする。誰のせいだと思ってるんだお前?
何はともあれ──明日はリーンボックスへ向かわなければならないらしい。剣姫に言えば、また子供のように駄々をこねて「ずるいぞ、おれも行く!」と言い出して聞かないはず。アルシュベイトは外交の一環として言葉を濁すことにした。