超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エキシビジョンマッチ当日──エヌラスは九龍アマルガム教会の寝室で目を覚ます。隣にはマリーが人のワイシャツを勝手に着込んで眠っていた。それはお前の寝巻きか? 人の服を勝手に使わないでもらいたい。しかし、シャツの隙間から谷間が覗いている。
ベッドもマリーが長く使っていたせいかいい匂いがしていた。おかげでこちらも安心して眠ることができたが、寝顔が目と鼻の先にある。寝息で小さく上下している大きな胸の谷間に視線が釘付けになるが、一度だけ深呼吸してから頬をつついて起こした。
「マリー。起きろ、マリー」
「……んうぃぃ~……」
「どんな鳴き声だ」
眉を寄せて眠たげな声をこぼし、ぐりぐりと頭をおしつけてくる。息を吸い込み、寝顔の頬が緩んでいく。
「えぬらすの匂ひだぁ……むにゃ……ふにゃぁ……」
「起きてくれ……」
「あと五時間~……」
「起きろな!?」
「おはよぉ……むにゃ……ゃ~……」
エヌラスに抱きついたままマリーは寝息を立て始めた。毛布を押しのけると寒くなったからか、ますます強くしがみついてくる。豊満に過ぎるバストもしっかりと当たっていた。
「さーむーいー」
「だったら離れて二度寝してろ、まったく」
「……やーだー」
「俺が着替えられないんだよ」
「ぶー」
「マ~リ~……頼むから。いい子だろ?」
「……ん~」
悪い子だもん、と小さく呟いてからマリーが離れ、エヌラスはようやく服を着替える。
結局夕飯を食べたあとに風呂に入って夜を明かしてしまった。携帯を確認すると、着信が入っている。相手はソラからだった。折り返しつつ、コートに袖を通す。
《もしもし? おはよう》
「よっ、ソラ。昨日はどうした、電話に出なくて困ってたんだが」
《ああ……ごめん。何の用事だったんだい?》
「実は──」
エヌラスは神次元側のラステイションに次元移動用のポータル設置の件をソラに伝えると、重い溜息が返ってきた。多忙なのは知っている。しかし、なにか頭を悩ませているのか唸っていた。
「なんか、都合でも悪いのか?」
《いや、別に。設置自体は問題ないよ。ただ頭を痛める状況になっててね》
「……そうか。お前、ユノスダスにいるのか? そっちで話を聞くぞ」
《助かるよ。こちらもできれば直接話をしておきたかったからね》
──ユノスダスへと移動したエヌラスだったが……、なぜかそこでドラグレイスとムルフェストとも遭遇した。
ルウィーの温泉が恋しくなった大魔導師も付いてきている。そしてその場にソラもやってきた。睨み合いが始まり、途端に緊張感が漂い始める。
「チッ」
「ぅわ、大魔導師だ……」
「なんで色々増えてるんだよ、エヌラス」
「俺が知るかクソメガネ。話があるなら早めに済ませるぞ」
「ついでだ、どこか良い店はないか? お前のところ以外でな、クソメガネ」
ユノスダス直営店舗。ユウコのお墨付き喫茶店「よろづ」へ一同が入店した。奥まったテーブル席へ移動し、腰を落ちつける。早朝開店、時間帯に合わせた軽食セットが絶品という話。木造の落ち着いた店舗でありながら、取り扱うデザートは和洋折衷。お値段も財布に優しい。
「……で? 直接話したいことってなんだよ、クソメガネ」
「このメンツを揃えて言わなきゃならないってかなり心臓に悪いんだけどなぁ……仕方ない。えーと、まずは捕縛した魔神とゲハバーンについての解析結果ね」
クロギアの身体は、女神のソレと差は無いとの検査結果が出た。シェアエナジーを使うかネガティヴエナジーを使うかの違いだ。
そして次に、ゲハバーン。女神殺しの魔剣。そちらの内包しているエネルギー波長と、その量から察するに四女神相当との解析結果が出た。その力を持ってして邪神ヌルズ・エクス・モルテスにクロギアが敗北したのか、という点はソラも疑問に思っている。しかしエヌラスはそれは不可能ではないと判断した。
自分は機神召喚、その右腕だけだった。しかし、ヌルズはその残りを所有している。あの力を使えば次元世界ひとつを破壊する事など不可能ではない。
「他に何かあるのか?」
「ん? まぁ、ね……」
「言ってみろ」
「──ヌルズが戻ってきた、とだけ言っておくよ」
水を飲んでいてムルフェストが氷をガリゴリと噛み砕いている。
「すいませーん、お冷ー」
「はいただいまー」
「キミ、僕の話聞いてた? ムルフェスト」
「聞いてるよー? でもほら、分かりきってたことだし? そのために私等色々やってたわけじゃんか。まぁ、約一名ほど何もせずに自分の平和を守ることに専念していたのもいるけど。ね、ドラグレイス」
「…………」
腕を組み、ただ沈黙して話に耳を傾けていたドラグレイスが片目を開けてソラを睨んだ。
「それで? なぜお前がそれを知っている、ソラ」
「直接インタースカイに来たからだよ。当然、僕としては勝てる相手じゃないし、国内で戦闘なんて以ての外。クロギアちゃんを引き渡して事なきを得た、ってこと」
「お前、なんでそれを黙ってたんだ」
「言ったら君はかっ飛んでいくだろうし、僕もぶっ飛ばされたくないからね」
「…………」
言いたいことはあるが、分かっていて言われてはこちらも強く出れない。第一、身体も本調子ではなかった。そんな状態でヌルズと戦っても敗北は目に見えている。
「それじゃ僕はプラネテューヌに行っていーすんさんと話をつけてくればいいのかな?」
「俺はラステイションからコロシアム行きだ」
「私はルウィーで温泉宿巡り第二弾決行だ。邪魔してくれるなよ、絶対にな」
「断じて行かねぇ邪魔しねぇ絶対に」
「ああ、そういえば。アルシュベイトもリーンボックス行ってるらしいよ? 聞いた?」
「いや、初耳」
武装企業からの依頼で国家予算の足しにする、とのこと。知らないところで苦労をしているようだが、それなら一言言ってくれれば都合をつけるというのに。犯罪国家の資金は潤沢だ。ただ、それは剣姫が是としないのだろう。大魔導師に借りを作るのはどういった形であれ断固拒否。無断で資金援助されようものならアルシュベイトがどんな目に遭うことやら……。
「ま、まぁとりあえず……ゲイムギョウ界に四人、こっちから行くってことだな?」
「そういうこと。僕はすぐ神次元側に行くけどね」
ここまで会話にほとんど混ざらなかったドラグレイスは、顎に手を当てて何か考え込む素振りを見せていた。
「どうした」
「なに、ちょっとな……貴様ら四人がいないとなると、こちらの守りも随分手薄になる。それは大丈夫か? 以前に増して手強いんだろう、アイツは」
「御姫がいる。大丈夫だろう」
「どうだかな……が、まぁいい。俺には関係のない話だ。そっちで盛り上げろ」
相変わらず非協力的な態度だが、苦い表情で外に視線を投げている。今のドラグレイスは、正確には神格者ではない。滅んでいたはずの小国はまだ残っている。本来女神として生まれるはずだった存在は生まれず、消滅するか否かの瀬戸際で今もヒナグラシを守護していた。
塔争の時は、消去法で力を受け継いだだけ。まだ女神紛いの存在を崇め奉ることで村は消滅を免れている。ドラグレイスはこうしてユノスダスに足を運んでは国のために稼いでいた。
その事情を知っているだけに、本人も自覚しているだけに、実力不足は否めない。それでも、胸中は全員と同じだ。邪神を討ち滅ぼす事には同意している。だが足を引っ張ることはしたくない、そんなジレンマを抱えていた。
「開催時刻は? お前大丈夫か?」
「大丈夫だろ、ちょっとくらい遅れたって。怒られねぇよ」
「怒られてばかりだろキミ。早く行けよ、僕らと違って女神様が拘束してないと色々問題なんだからさ」
「飯ぐらい奢りやがれ、まったく」
「まだ借りを返してもらってないの忘れてないからな!」
ソラに急かされるようにエヌラスは喫茶店を後にする。その後姿を見送って、ムルフェストは何か嬉しそうな顔をしていた。
「どうした、気持ち悪い顔をしているぞムルフェスト」
「相変わらずムカつくねぇ、大魔導師は。いやさーエヌラスさー、やっぱ女神様と一緒にいる方がいいよね~なんて思っちゃって」
「……私としては、輪廻の破壊さえすれば、あとはどうでもいいことだ」
「なんで自分でやらないの? それだけの死霊秘術を持っていながら」
「最後の一欠片が足りん。ただ、それだけの話だ」
大魔導師はそれだけ。それさえ完成してしまえば邪神にすら匹敵するだろう。
「お待たせいたしましたー」
さりげなくソラが注文していたオススメが運ばれてくる。
「言っておくけど奢るつもりはないよ」
「ぷえー、ケチ」
「ケチメガネ」
「貧乏メガネめ」
「じゃあ自分で頼めよ!」
──ラステイション防衛軍・極東支部。
「はぁぁ~……」
「おい、どうした? そんな深いため息なんて吐いて?」
「今日はコロシアムでエキシビジョンマッチ開催らしいじゃないですか。ゲイムギョウ界の腕っぷし達が参加した一大イベント、しかも四カ国合同開催! それだけじゃなく女神様も参加とか! なのにわたしは今日もお仕事ですか……はぁ~、行きたかったなぁ……」
「仕方ねぇだろ。俺らが仕事しなきゃ誰が守るんだよ」
ゴッドイーターが夜勤明けにリントに愚痴をこぼしていた。頬を膨らませながらアナグラに戻ってきた二人は報告書などの書類作成を終えてから、それぞれ思い思いの行動をする。
医務室に向かったゴッドイーターは、運び込まれた女性の様子を見るのがここ最近の日課となっていた。目を覚ます気配はなかったが今日は身体を起こしている。それに、思わず笑みがこぼれてしまった。
「気がついたんですね」
「……ここは?」
「ラステイション防衛軍極東支部です。わたしはゴッドイーター、お名前は?」
「オルタ……私は何故ここに?」
「倒れていたところを運送会社のロボットさんが助けてくれたんです」
「そうか。酔狂なことをするものだ」
眠っている顔はまるで人形のようだったが、こうして目の前で言葉を交わしてみるとなんとも不思議な感じのする。ゴッドイーターの人懐っこい笑顔に敵意はないと感じたのか、オルタも少しだけ警戒心を解いていた。
「身体の具合はどうですか」
「悪くない。だが」
「だが……?」
ぐぅ~……。オルタの腹の虫が鳴く。
「腹が空いたな。できることならばジャンクフードが適切だ」
「いやぁ、ははは……残念なことにうちではちょっと調達が難しいですね」
「────」
「そんな怒らなくてもいいじゃないですか、わたしだって食べられるなら山盛り食べて……、どうかしました?」
ベッドから降りて、どこかへと歩き始める。着ていた患者服が一瞬にして黒いドレスへと変化してゴッドイーターは驚いていた。
アナグラの外、さらに外壁を出ていく後ろについていくと寒気に襲われる。薄着だからという理由ではなく、それは威圧感のようなものだった。目にしてはならない光景に直面した、そんな悪寒にゴッドイーターが思わず立ち止まる。しかし、オルタはずんずんと前へと進んでいった。
──目の前の空間が、ぐにゃりと歪む。黒い渦となって、その中から姿を現したのは黒尽くめの男性だった。人の形をしていながら、人間以外の気配を漂わせる。
遠吠えから、宿敵の巨影が現れるのはあっという間だった。頭上から飛び降りてきたマガツビは黒尽くめの隣に着地する。
「……ほう。私が目を覚ましたのは偶然ではなかったらしいな?」
「随分と長い間、いい夢を見ていたようだな。オルタ」
「それで? 何用だ」
「クロギアがお前に預けているという俺のクリスタルを受け取りに来た。それが無ければ俺も調子が出なくてな」
オルタが近づき、手元に黒い双角錐の結晶体を浮かべるとヌルズへと差し出した。それを受け取り、自分の身体の中へ埋め込む。ようやく本領を発揮できる邪神は身体の感覚を確かめて、それからゴッドイーターに視線を投げかけた。
「俺の仲間が世話になったようだな」
「…………」
しかし。相手の視線はマガツビに向けられている。オルタに鼻頭を撫でられて嬉しそうに喉を鳴らす魔獣は、こちらのことなど意に介していなかった。爪が食い込むほど拳を握り、歯を食いしばりながら精一杯の殺意をぶつける。それにようやく気がついたのかマガツビがそこでようやく顔を挙げて視線を交わした。
「俺はこれから戻るが、貴様はどうする。オルタ」
「……さて、どうすると聞かれたところで。どうとも。指示があれば従うが、好きにしろというのなら私は好きにする。助力が必要とあれば私を呼ぶがいい、ヌルズ」
「今は別段、貴様の助けを用入とするわけではないが……」
「なら、私は今しばらくここに留まらせてもらう。世話になった手前、恩を返すくらいの義理は必要だからな」
「勝手にしろ。私もすぐには行動を起こすつもりはないからな」
目の前で繰り広げられる邪神と魔人の会話に、ゴッドイーターは耳を傾けながらもマガツビから視線は決して逸らさない。
こうして対峙するのは二度目か、三度目。
「……オルタさん。その魔獣はあなたの仲間なんですか」
「仲間……さて、どうだろうな。こちらで手懐けているつもりはないが、なにぶん便利な奴だ。なにか因縁でも? だがそれは私に関係のない話だ」
「いったい、何を企んでいるんですか」
「……
「そんなこと、できると思っているんですか。このゲイムギョウ界で、四人の守護女神様がいる、この世界で」
「私にはできない、が──今のこの男なら不可能な話ではない」
オルタが指した男性、邪神ヌルズは面白くなさそうな顔をしている。しかし事を荒立てるつもりはないのか、最初からオルタを迎えに来ただけらしい。
「少々、興味が湧いた。どうせ滅ぼすのだ、少しくらい遊んでもいいだろう?」
「構わんよ。共倒れにさえならなければな……あの女も面白いことを考えるものだ、高みの見物といこう。それではな、オルタ」
黒い渦の中へとヌルズ・エクス・モルテスは消え去った。残されたマガツビはオルタに頭を撫でられると、一度だけゴッドイーターを睨みつけてから飛び去っていく。
「なんで、一緒に行かなかったんですか」
「言っただろう? 私はお前たちに借りがある。それを返すだけの礼儀を持ち合わせているだけのことだ。戦闘以外に役に立つ身体ではないが、今少しは力を貸してやる。だがその前に──」
振り返るオルタに、ゴッドイーターが身構えた。色褪せた金の髪、光を失った黄金の瞳、どれをとってもどこか風格と気品溢れる振る舞いに気圧されまいと自分を奮い立たせる。
──ぐぅ~~…………。
「ジャンクフードを所望する。戦の前に腹ごしらえは兵の基本だ」
「…………あ、はい。わたしも緊張を解いたら、なんか小腹が空いてきちゃったので」