超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
古工房は獣狩が拠点としている場所らしく、壁には無数の仕掛け武器と銃が飾られていた。それは狩りの中で得たものであったり、或いは拾い物ないし奪った物である。ヤーナム・シティではよくある出来事らしい。
神宮寺ケイはさらしと包帯を交換していつものスーツに袖を通す。あれから追加で二発ほど顔に拳を叩き込まれたカルネは満面の笑みを浮かべていた。
「うえへへへ……じゅるり、すいません。よだれが」
「……エヌラス、君のメイドは確かに有能なんだけど頭がちょっと……控えめに言って可哀想な時があるんだけどなんなんだい?」
「俺に聞くな、俺も困ってる。それで、その怪我はどうした?」
「禁域の森を抜ける時に、蛇に噛まれてね。まだ身体が本調子じゃないんだ」
「大丈夫なのか?」
「彼から解毒剤を分けてもらった。だいぶ楽になったかな」
ケイが会釈すると、獣狩も頭を下げる。
「申し訳ありません、エヌラス様。私達がついておりながら不甲斐ない」
「まったくだ。ビジネスワークで腕が鈍ったか?」
「他と少々勝手が違いましてねぇ……困りました」
「ひとまず近況」
「はい」
ラステイション教会は武装勢力に制圧され、ケイはノワールのシェアクリスタルを持ち出してスピカとカルネの助けを借りて此処まで逃げてきた。
「例外なく女神のシェアは失われてる。辛うじてって感じさ。だけどまさかヤーナム・シティにこんな形で入ることになるなんてね、怪我の功名かな」
「こんな時でもビジネスチャンスは逃さない精神は流石だな」
「興味深いからね。長年ラステイションでも謎の土地として調査が進まなかった地域だ、これを機に交易も視野に入れているよ。現地の特産品も多いようだ」
抜け目のないケイのビジネス精神にエヌラスは少しだけユウコに近い精神を感じ取る。二人が手を組んだらどうなることやら。
「あの、獣狩さん! 以前ここに運び込まれた神機使いの方は、どちらに……!」
「……外の方だ」
いつもなら中で安静にしているのだが、目が覚めた時は外の空気を吸っているらしい。だが最近は容態が悪化しているようだ。それでもゴッドイーターは一目会いたい一心で外へ飛び出してしまう。エヌラスと獣狩も後を追った。
「いつもどこに?」
「鉄柵の、向こう側。大木の影だ」
仕切りのように鉄柵が張り巡らされている。その大きな鉄門を開けて、ゴッドイーターは白い花畑から大木を目指して走った。
見上げる巨木の足元。見覚えのある姿に頬を緩み、目が潤む。
ずっと行方不明だった第一部隊隊長──神蝕種との交戦から長らく音信不通だった憧れの隊長とようやく再会できる。話したいことは山程ある。聞きたいことも山程ある。
(隊長──、ユウ隊長──!)
徐々に輪郭がはっきりと見えてきた。まだ薄っすらと霧がかかっているが、間違いない。
今までずっとどうしていたのか。なんで戻ってこないのか。どうして連絡がつかなかったのか、何を聞こう。どんな話をしようかとゴッドイーターは頭がいっぱいだった。だが、どうして連盟長が引き止めていたのか。その理由はすぐにわかった。
「隊長──!!」
駆け寄り、ゴッドイーターの声に目を丸くしながら振り返ったラステイション防衛軍極東支部第一部隊隊長……神咲ユウの顔に、袖を捲った右腕に黒い入れ墨が浮かんでいる。
それが、極東支部では不治の病として恐れられている症例であることはすぐにわかった。
「……ぁ……────」
「……」
悲しそうな、申し訳なさそうな顔を見せて第一部隊隊長はエヌラスと獣狩の姿を見かけて片手を挙げて挨拶を交わす。近付こうとするゴッドイーターの肩を掴み、獣狩は留まらせた。
「決して。彼に触れるな……」
「でも……隊長が……! あの人が──!」
「彼をここに運んだのは、灯りの使者達だ。曖昧な存在である彼らは感染しなかったが……」
「そん、な……でも……だって、わたしは」
気持ちは痛いほど分かる。だが、それは彼自身も望んでいないことだろう。
「彼の血液を採取して、診療所に見せた。だが、治せなかった」
「治療法は?」
「……女医が言うにはその症状を引き起こす大本を叩くしかない、だそうだ」
それは獣狩も知ったことではないのか、ぶっきらぼうな言い草で目深に帽子をかぶり直した。エヌラスもそれには眉を寄せている。
「どういう意味だ?」
「血液が汚染されている。それが全身に巡り、症状が悪化している。そしてその汚染源となっているのは、他の要因だ。俺達狩人が獣の病に冒されているのと同じように」
「物騒かつアグレッシブな病人だな」
「俺は記憶も定かではないが、その病を治すために来たことは覚えている」
「それより以前は?」
「忘れた」
「そうか。で、治ったのか?」
「いいや全然」
「ダメじゃねぇか」
獣狩はさほど困っていないようだ。
「……
「おーい、そこの隊長さんよ。具合はどうだー?」
力なく手を振ってみせると、三人からは距離を置いた位置で立ち止まる。
「ああ、今日は具合がいいんだ。君は?」
「俺はエヌラス。色々あってゴッドイーターと行動してる、アンタの噂はかねがね」
「恥ずかしい限りだ」
照れくさそうに笑いながら頭を掻く。右腕の腕輪はゴッドイーターの物と違って黒い。だがやはり顔色はあまり良くなかった。
涙を拭ってゴッドイーターはアンプルを取り出す。
「隊長。良かったらこれを使ってください」
「それは……細胞賦活剤か。助かる、ちょうど切らしていたんだ」
「なんだそれ?」
「わたし達の使っている神機の、アラガミ細胞の賦活剤です。これを定期的に使わないと神機の活動力が低下しちゃうんですよ。隊長、投げます」
「ああ」
アンダースローから緩やかな放物線を描いて、ユウは賦活剤をキャッチした。それをすぐに腕輪に注入すると、身体が楽になったのか息を吐き出す。
「隊長の神機は?」
「ああ、彼の工房に預けてある。できるだけ身体は休めておきたかったんだ」
「すまないが、そちらは専門外だ。修理しようとはしたが……複雑で高度な技術だ」
「んじゃ丁度いい。工房道具は獣狩から借りて、知識はゴッドイーターから借りて、俺が直す」
「えっ?」
「……エヌラスさん、直せるんですか?」
「なんだよ、その顔は」
「いえ、顔に似合わずと思って……うぴゃあ!?」
ゴッドイーターが背中をなぞられて変な声を出した。それに思わずユウも笑ってしまう。
「いや、それができたら心強いよ……彼らの世話になってばかりだったから、少しは手助けができそうだ」
「無理をするな」
「そういうわけにはいかないさ。身体が鈍る」
「……やっぱり、隊長は変わらないですね。あれからずっと、皆心配してたんですよ?」
「それは……すまない、心配かけたようだ」
ヤーナム・シティは全域圏外だ。エヌラスのD-Phoneを持ってしても外部との連絡手段は途絶えている。
「だけど、神機は基本的にアラガミの素材を使っているので……」
「不足しているのはこちらの素材で補おう。希少な鉱物なら用意できる」
「足りなきゃ俺が魔術でなんとかする。錬金術の真似事だけどな、何ならあのバカ一号二号の手も借りる」
「エヌラスさん、あのメイドさん嫌いなんですか?」
「嫌いだったらここまで罵倒してねぇし生かしておかない」
「えぇぇ……こわっ……」
言葉の端々に暴力の片鱗が見え隠れしていた。ひとまずケイの無事も確認できた、次はユウの神機修理だ。
「お前はまだ休んでいろ。いいな?」
「ああ。もうしばらくは厄介になるよ、狩人」
「気にするな。此処には俺とあの人形だけだからな……さて、それならまずは神機の状態を確認してくれ」
「わかった。ゴッドイーターは隊長と話があるんだろ? 修理が終わるまで待っててくれ」
「はい、ありがとうございます。エヌラスさん」
獣狩とエヌラスが白い花畑を後にする。残されたゴッドイーターとユウが向かい合い、再会に少しだけ気まずそうにしながらも会話を切り出した。
「隊長、あの……何があったんですか? どうして此処に?」
「どこから話せばいいか……」
神蝕種と感応種との交戦で神機は装甲が破損し、刃も欠けて弾も尽きている。それでも何とか生き延びようと必死だったが、気がつけば禁域の森に踏み込んでいた。だが赤い雨を浴びてしまい、気を失ってしまった──目が覚めると灯りの使者達の手によって人形の下に運ばれていた。それがユウの記憶にある限りの話。
黒蛛病を患ったのもその時からだ。獣狩は触れる事ができないので、身の回りの世話は人形が代わりに行っている。狩りに出ている間は人形も暇を持て余していたから丁度いいらしい。人間でなければ感染することもないらしく、世話役としてピッタリのようだ。
それからはずっと此処で静養に努めている。
「神蝕種の討伐は結局叶わなかった。実力不足を痛感しているよ」
「そんな。今でも神蝕種……個体名マガツビは、わたし達でも討伐が敵わないんですよ。それを単独で相手できるだけでも凄いことです」
「だが、そのせいで君たちに迷惑をかけている。部隊長失格だな」
「そんなことありませんっ!」
思わず声を荒げるゴッドイーターに面食らうユウだったが、マガツビの討伐を諦めたわけではない。神機を直せるだけの技術がヤーナム・シティにないというだけだ。工房にある仕掛け武器は神機よりも原始的な変形機構を有しているが、狩人としての身体能力が前提となる。獣狩ほど上手く武器を扱えない。神機は腕輪が無いと使えないために、獣狩も同様だ。
咳き込むユウの身体を触ろうとして、ゴッドイーターは手を止める。
「ゲホッ、ゴホッ……! 大丈夫だ……!」
「でも……」
「はぁ……すまない。少し、休ませてくれ」
「っ……はい……」
工房の中へ戻るユウの背中を見送りながら、ゴッドイーターは顔を俯かせながら拳を握る。再会できたというのに何もしてやれない無力さを痛感していた。
もっと、自分に力があれば──。
エヌラスが工房の中に入って、壁に掛けられた仕掛け武器の山を眺める。獣狩はその中からひとつ異色を放つ武器を手にした。黒と金に彩られたユウの神機だ。しかし、中でも一際異彩を放っている仕掛け武器……武器?と思わしきものがある。
「なぁ、獣狩。そこの……なんだ。なんかの腕はなんだ?」
「……? それか?」
「何かの腕に見えるんだが……」
「仕掛け武器だが?」
そっかぁ武器かー。なんて納得がいくものか。しかしエヌラスの前で獣狩が腕を手にする。
重量のある打撃武器のようだ。ゴドン、と重苦しい音と共に床を叩く。しかし激しく振るうと、縮こませていた腕が震えて鎌のように周囲を乱打した。先端がエヌラスに向かって飛んでくる。
「あっぶね」
「すまない。制御できないんだ、生きてるからな……」
「生きてたらしょうがねぇな」
ツッコミ不在。ケイがなにか言いたげにしていた。
「しかし、狩人の仕掛け武器も面白そうだな」
「どれも獣を狩る道具だ。中にはそれ以外もあるが」
「……それ以外?」
「それ以外」
「獣以外に何を狩るんだよ」
「……モンスター?」
「禁域の森に山ほどいたもんな……」
「エヌラス。きみはツッコミを放棄してないかな?」
「いちいちツッコんでいられるかこんな魔境! 俺の知ってるゲイムギョウ界じゃねえよ! むしろ俺が知ってるアダルトゲイムギョウ界だよ! なんだったら俺の故郷の九龍アマルガムと同じような空気と雰囲気だよ、ツッコんでられるか若干居心地が良いのも笑い話にもならねぇよ!」
「あ~……」
スピカとカルネも何故かうんうん、と頷いていた。
「わかります、エヌラス様。ヤーナム・シティ、空気が澱んでいて居心地が良いんですよね」
「ですよねーご主人様、いっそ移住とかしちゃいます?」
「テメェ等ちょっとそこに並べ。そう、そのまま……獣狩、ちょっと借りるぞ」
「あ」
「どぉりゃあああああっ!!!」
暴れ狂うバケモノの腕が二人のメイドを引っ叩いて外に放り出す。まだ動く腕を床に叩きつけて黙らせると獣狩に返した。
「ありがとよ」
「……使えるのか」
「多分そこにあるやつは、全部」
「器用だな」
立ちくらみを起こしたケイの身体をエヌラスが支える。
「ああ、ごめん。まだボクも毒が残っているみたいだ……」
その言葉に獣狩が棚の薬剤を調べだすと、白い丸薬が底を尽き始めていた。空になりそうな瓶をケイに渡し、腕を組んで唸っている。
「まずいな……解毒剤の残りがない」
「神機の修理素材集めるついでに採りにいくか。ケイはもうしばらく休んでてくれ」
「あ、うん……って、ちょっと!? キミは何をするんだ!」
「お姫様抱っこだが? っていうか軽いな」
「やめ……、下ろしてくれないか……?」
「病人なんだからおとなしくしてろ」
ベッドにケイを下ろすと、顔を真赤にしながら眉をつりあげていた。そこへユウも戻ってくる。
「大丈夫か?」
「ああ、ごめん……少し、横になるよ」
ケイとは逆の壁際に寄せられたベッドに腰を下ろすと、すぐに身体を休ませていた。調子の悪そうな姿を見かけて人形も頭を下げてから工房の中に足を踏み入れる。
「狩人様。私になにかお手伝いできることはありますでしょうか?」
「彼を頼んだ」
「はい。お任せください」
淡々とした、感情を欠いた声色。表情も変わらない。しかし、どこか慈しみが感じられる。同じ人形としてスピカとカルネとは気が合うようだ。灯りの使者達とも何故か交流している。
「うんうん大丈夫だよー、ありがとねー元気だよー、おーよしよし。クッキーあげるねー」
「餌付けしてんじゃねぇバカルネ!」
「そんな!? こんなかわいい使者ちゃん達ですよ!」
「アーとかウーとかしか言わねぇじゃねぇかコイツ等!」
「こんなにも可愛らしい使者達なのに……」
「元気出してください、人形さん。エヌラス様の美的センスは女性の肢体にのみ注がれるので。ええ、特に女神様の」
「獣狩、特に威力高い仕掛け武器貸してくれ。できればそこの、パイルバンカーみたいなの。そうでなければ隣の石槌とか回転ノコギリみたいなのとか」
「俺のオススメはこの車輪なんだが、どうだろうか」
「採用」
スピカは逃げ出した。