超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──日没後、バルバロスが拠点へと帰還した。両腕を組んだまま鎮座していたアルシュベイトの網膜ユニットが点灯し、立ち上がる。
《戻ったか》
《周囲に異常なし、だ。そちらは》
《仮眠を摂ったからか少々記憶容量の整理が出来たようだ。うむ》
《……人工知能なのに必要なのか?》
《俺達アゴウの機人は少々作りが特別でな。時には人間と同じように睡眠が必要なのだ。そうだな……わかりやすく言うならば、デフラグのようなものだ》
網膜ユニットから伝達される視覚情報の最適化ならびに共有化としてシステムを一時休止状態とする。それがアゴウの機人に見られる仮眠だ。決して必要な行為ではないが、アルシュベイトは自主的に行う時がある。バルバロスは多少理解したのか、頷いていた。
《今ならばゴールドサァドの監視の目も多少は和らいでいるだろう。くれぐれも派手な行動だけは控えてくれ》
《肝に銘じておくとしよう》
現状、頼れる味方と言えば表向きはバルバロスだけだ。アルシュベイトは装備を点検し、武装企業より贈呈された推進剤と弾薬を可能な限り補充すると坑道拠点を後にする。
向かった先は、黄金の頂近隣区域。武装企業剣客として行動するようになってからは自由行動に制限があったが今となっては自由の身。ゴールドサァド管轄特例区域に指定されている黄金の頂にも容易に接近できる。警備員は配置していないようだ。
周辺にエネミー反応無し。アルシュベイトは塔を見上げる。
頂上と思わしき場所から微かに反応を検出した。似たような波長パターンを算出すると、それはシェアエネルギーに酷似している事が判明する。両腕を組んで、思案するのも無理はない。なにせ目の前の扉は沈黙を貫いている。軽くノックするも反応なし。押しても開かず、引いても動く気配はない。開けゴマ、も意味はなかった。
《ふーむ……》
考えられる可能性。
守護女神に成り代わって各地を統治する形となったゴールドサァド。ゲイムギョウ界の歴史から消えた守護女神達の痕跡。認識をすげ替えられた、という現象。魔法などと生半可な物ではない。それこそ大魔導師クラスの改変だ。
そうなれば、当然。この黄金の塔を開ける為にゴールドサァドの許可が必要になる。或いは、当人にのみ開閉が可能なのだろう。しかしあのエスーシャが果たしてそれを許可するだろうか?
──リーンボックスの教祖、箱崎チカがビジネス交渉に赴いている際に起きた事象改変。教会に戻ると自分の居場所はなく、それどころか不法侵入扱いで警備員に追われる始末。病弱だったことも相まって捕縛されるのはそう長くなかった。だが、その窮地を救ったのがアルシュベイト。もののついでと武装企業に保護してもらった。その時の出来事は、キャロラインが解決させている。
そんなこともあってか、エスーシャに対するチカの印象は最悪に等しい。その苛立ちが全てアルシュベイトにぶつけられていたが、本人は特に苦でもなかったようだ。
ぐるりと塔を一周して見てみるが他に入り口らしい場所は見当たらなかった。いよいよもって手詰まりか、そう思っていると、接近してくる生体反応を捕捉する。ひとまずアルシュベイトは身を隠すことにした。──とはいえ、二メートルを超えた巨体が隠れられる場所は限られるわけで。
「…………」
《…………》
あろうことか、ゴールドサァドのエスーシャとばっちり目が合った。なんとか隠れられないかと岩陰に身を潜めようと誠心誠意努力している姿だったので、お互いなんとも気まずい空気が流れているものの、エスーシャは黙っている。
アルシュベイトも咳払いを挟んで開き直ることにした。
《こちらから訪ねる手間が省けた。助かる》
「…………」
《エスーシャ。そちらに聞きたいことがある。よろしいだろうか?》
「…………はい」
《……?》
いつもと雰囲気が違うことに首を傾げる。いつもの無気力そうな態度と違い、おしとやかというかべきか柔らかい印象を受けた。
《この黄金の塔についてだ。問題ないか》
「……いいえ」
《ふむ? つまり、問題があるわけか。それは答えられないか》
「はい……」
《むーん?》
どうも、何か引っかかる。受け答えがいまいち機械的というか。人慣れしていないというか。会話というものがいまいち成立していない。模範的な質疑応答のようだ。
《確認したいことがある。そちらはゴールドサァドのエスーシャで間違いないか》
アルシュベイトのその問に、初めてエスーシャ(?)が困惑した表情を見せる。なんと答えるべきか困っていると、ポケットから携帯電話を取り出して何やら文面を打ち込み始めた。それから画面を見せてくる。アルシュベイトはズーム機能を使ってその文面を読み上げた。
《──ふむ。その質問に答えるのはとてもむずかしい、と》
「はい」
《エスーシャであってエスーシャではない》
「はい……」
《ならば、君は一体誰だ?》
「……」
再びカチカチと文字を打ち込み始める。
──私は、イーシャ。
そう短くメール画面には表示されていた。敵意が感じられないことから、アルシュベイトは背面ラックで外していたセーフティを戻す。
《ふむ……多重人格者であるならば納得できる。その見解で合っているだろうか?》
アルシュベイトの言葉に、イーシャはまたしても難しい表情を見せていた。遠からず合っているようだ。となれば、少々込み入った事情があることは容易に察せる。
《なるほど。大体把握した。では、そちらからの質問はあるだろうか》
「はい」
ここで何をしているんですか? ──その文面に、アルシュベイトはそのままに答えた。
今回起きている事象の解決に臨むための情報収集である、と。その下調べである旨を教える。
《……イーシャとエスーシャは、記憶を共有しているか?》
「いいえ」
──私の行動は、彼女にとって夢のような出来事です。
ならば、今夜ここで会ったことは内密に。その事を伝えると、イーシャは静かに頷いた。エスーシャにとっても勝手に行動するのは都合が悪いのだろう。
「……、────」
《む? どうした》
思いつめたような表情で必死にメールを打つ姿に、アルシュベイトは終わるまでの間じっと待っていた。
自分を追い込んだことに関する謝罪に《気にするな》の一言で流す。長文で誠意を見せてくれただけでアルシュベイトには十分だった。企業のしがらみから抜け出せたと考えればそう悪い事ではない。
しかし依然としてエスーシャの目的そのものは不明なままだ。アルシュベイトはそれだけが気がかりだった。
《ここまで、一人で? 帰路も十分に安全とは言い難い。街の近くまでであれば送ろう》
「……はい」
《機会があれば、またいずれ話そう。どうやらそちらも話せぬ事情を抱えているようだからな》
ごめんなさい──アルシュベイトは再度、気に病まないように進言する。元より痛む心などとうの昔に捨て去った。あるのはただ鋼の決意のみ。
イーシャと共にリーンボックスの街の灯りを目印に夜の街道を歩く。互いに会話をするでもなく質問をするわけでもなく歩く帰路は、沈黙に包まれたまま終わりを迎えるかに思われた。だが、不意にアルシュベイトの生体センサーが反応を捕捉する。即座に背面ラックのセーフティを解除して大型長刀を掴んだ。
《走れ、イーシャ》
「?」
《どうやら、良からぬ客らしい。ここで食い止める》
振り返りざまに抜刀、空中で火花と共に弾かれる相手にイーシャが驚いている。しかし、すぐにアルシュベイトに言われた通りその場から走って遠ざかっていった。
弾き飛ばされた相手はスラスターを吹かしながら姿勢制御と同時に着地する。月明かりに照らされて、宵闇の只中にあってなおも輝く白い機影──シロトラがそこには立っていた。
《…………》
《ほう、貴様か……話には聞いている。女神の天敵、とな》
《こちらも耳にしている。護国の鬼神と──》
《用があるのは俺の方か? それとも、ゴールドサァドの方か》
《邪魔立てするならば貴様からだ。敵を庇うなど酔狂なことを》
シロトラが背面の大型スラスターで加速をつけながらアルシュベイトに大型両刃剣を振り下ろすが、それを長刀で受け止めると互いの刃が拮抗する。しかし、すぐにその均衡が崩されてシロトラが弾き返された。
《俺はゴールドサァドを敵と断定したわけではない。勘違いをしてくれるなよ。もとを正せば世界を狂わせたのは貴様の背後にいるであろう男だ》
《それこそ勘違いだ。あの男は今回の件に関与していない》
《なに?》
《そして貴様がそれを知る必要はない──》
腰部のグレネードラックから手榴弾を取り出して投げつけると、シロトラは空中で撃ち抜く。エネルギー爆発を起こして衝撃に備えていたアルシュベイトに向かって接近する。すかさず左背面ラックの突撃砲を掴んで牽制射撃で足止めした。だが、大柄な両刃剣を盾代わりにして突っ込んでくる。そこへアルシュベイトは跳躍ユニットの加速をつけた前蹴りで押し返し、そのまま足場代わりにしながら後退しつつアンダーバレルグレネードを投射した。
それには堪らずシロトラも後ろへ下がって回避する。爆発の衝撃に、にわかにリーンボックスが騒がしくなった。
《国に追われる身でありながら、こうも派手にやるとは……正気か?》
《俺一人ならば問題だろう。だが、同じ穴のムジナだ。貴様もタダでは済むまい。退くなら追わんが? 俺は続けても構わんぞ》
リーンボックスのソルジャー部隊、ならびに武装企業の兵力を相手にしながら目の前のアルシュベイトと戦えるか──不可能な話ではない。だがリスクが大きすぎる。催促が思いの外高くついたことにシロトラは唸っていた。
《……この屈辱はいつか晴らす》
《いつなりとも承ろう。去れ》
黒い渦へと姿を消すシロトラの反応が消えてから、アルシュベイトは接近してくるヘリの音を聞きつけて跳躍ユニットで距離を稼ぎながら跳ねるようにその場から立ち去る。
《……今回の件にあの男が関与してない、か。ふむ……》
顎に手を当てながらアルシュベイトは思考を巡らせていた。
そして、案の定バルバロスの拠点に戻るなり軽いお叱りを受ける羽目になる。本当に話を聞いていたか。何を思って街の付近で戦闘なんてしたんだ、と。
まぁ許せ! ──その一言にガックリと肩を落とすことになったのはバルバロスだったが。