超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ルウィー雪原地帯・深部。
ショルダーバッグに入れたシェアクリスタルを気遣いながら、白い息を荒げて極寒の地を走る教祖、西沢ミナ。メガネを直し、杖を持って雪に足跡を残しながらルウィー軍の追手から身を隠す。
吹雪のおかげで視界が悪い。魔法で雪を操り、ダミーのかまくらを作りながらミナは火照った体を寒風で冷ます。
異常事態極まれる今回の事件、守護女神が人々の記憶から忘れ去られるという状況に先んじて動くことが出来たのは偶然だった。
ハァド大戦以来、魔法修行の旅に出てから戻ってきた直後の出来事。ブランの侍従であったフィナンシェは被害を免れたのはまったくもって幸運に他ならない、それを利用して教会を制圧しようと乗り込んできた反女神勢力に、女神の記憶を失ったフリをして潜入している。
「くそ、どこに行った!」
「どうする、やはり街のハンター達にも捜索依頼を出すように進言するか?」
「だが魔法使いは総じて体力が低い、まだそう遠くは行っていないはずだ。進軍!」
極寒の地で鍛え上げられたルウィー軍は悪路も悪天候も物ともせずミナを追い詰めていた。無我夢中で逃げ回るあまり、自分でもよく知らない風雪地帯にまで入り込んでしまっている。
モンスター調査団ですらあまり観測の進んでいない地域に踏み入るのはどんな危険が待ち受けているのか分からないが、背に腹は代えられない。ミナは深く息を吸い込み、一度だけ呼吸を整えるとかまくらから飛び出して駆け出す。
「いたぞ! あそこだ!」
「追え!」
防御魔法でルウィー軍の射撃を遮りながら、容赦なく吹雪く白銀の世界を二本の足で走る。雪に足を取られながらも、追撃を防ぎ続けていた。しかし、射撃だけでなく砲撃の気配に足を止めて防御に集中すると衝撃で雪の上に身体を放り出されてしまう。
アズナ=ルブもよほど必死なのだろう。教祖一人にここまでの大軍勢を用意するとは。だが、ミナは吹き飛ばされた身体を起こしながら諦めなかった。だが、ぼやける視界にメガネが無いことに気づく。
「あ、あわわ……メガネ、メガネ……」
ぼんやりとだが、赤縁の模様が見えた。手にして着用すると、レンズは割れていないようで一安心する。だがそれも束の間、迫りくるルウィー軍が目前に迫っていた。
大規模な魔法を使えば、窮地を脱することができるだろう。しかし此処に来るまで体力も魔力も消費してしまった。使えるとしたら一度が限度。一か八か──、ミナが杖に手を伸ばして意識を集中させようとする。自分を包囲したルウィー軍が銃口を向けて投降を呼びかけるが、聞く耳を持たなかった。
(これだけの悪天候、悪環境下なら、わたしの魔法で操れば魔力の消費も減らせるはず……!)
ミナが大規模魔法を発動させようとした矢先。
「おい貴様ら──こんなところで何をしている?」
天の助けか、或いは悪魔の囁きか。人里を遠く離れた極寒地帯で、その声は吹雪にかき消されることなくその場にいる全員の耳に届いた。だがそれは、脳に直接響くような声でもあったことに困惑の色を隠せないルウィー軍が四方を警戒する。
「……今の声、もしかして」
吹雪の中から、ぼんやりとした人影が現れた。のんびりと、それこそ散歩のような足取りで。
ルウィー軍の中の一人が指を差しながら声を張り上げた。
「お、お前はまさか──!!」
「ほう? 俺を知っているのか」
「ルウィー宿泊施設売上前年同期比二割増、的を得たレビュー投稿は皆中ハズレ無し! 丁寧かつシンプルにまとめ上げたお土産の実食レポは売り切れ御免!」
「まさか、アイツは……!」
「間違いない! つい最近ルウィー温泉協会観光大使に任命された、
「良きに計らえ、ルウィー軍の諸君」
「だが。だがなぜだ! なぜ──!!」
大魔導師は薄く笑いながら小首を傾げている。金の髪が垂れる様はどこか妖しく、ルウィー軍に属する女性兵士が生唾を飲み込んでいた。
「なんでアンタ、浴衣姿なんだッ!!!!」
あらん限りの声を張り上げて、兵士の一人が叫ぶ。豪雪地帯、寒風吹きすさぶ悪天候極まる環境下にあって、尚も常識の論外で大魔導師は佇んでいた。しっかり風呂桶を持ち、肩から手ぬぐいをかけて、更にはシャンプーとボディリンスも完備。そのアヒルさんはなんだ。
兵士の疑問に理解が及んでいないのか、大魔導師は眉を寄せている。
「なぜ? なぜかだと? 当然だろう、私は風呂に入りたいがためにここまで来たのだから」
…………はい? 今、なんて?
その場にいた全員が、我が耳を疑った。発言の意味が理解出来なかった。
「聞けばこの一帯は、ハンター達のモンスター調査団も手を入れることが中々困難と聞いた。悪天候に覆われた雪原ともなれば、生還は難しい。だが、運良く帰還した男からの話ではこの豪雪地帯で温泉を見た、と。そうと聞けば居ても立ってもいられず。私は風呂に入る準備をしてその温泉を目指していた。その道中で、まぁなんだ。貴様らを偶然にも見かけてしまっただけだ、運悪く」
果たしてその不運は自分を指しているのか、それともルウィー軍を指し示しているのか。深くため息をこぼしているところを見る辺り、大魔導師は自分の不運を嘆いているようだ。
言っている意味は理解できる。だが肝心なことはそうではない。
「貴様らのつまらん諍いやあれこれに巻き込まれるのは、興が削がれるというものだ。いやまったく、人が折角の秘湯巡りを楽しんでいたというのに、どうしてくれる」
「だ、黙れ! 我々はアズナ=ルブ様の命令でそこの反逆者、西沢ミナを追っているのだ! 邪魔立てするのならば、如何にルウィー温泉協会観光大使である貴様であろうと容赦しないぞ!」
ぐぁー。大魔導師がアヒルさんを鳴らす。
「貴様らなどこのアヒルさんで十分だ。ハンター御用達、愛され続けて早ン年。あなたの心を温めますがキャッチコピーのポケット温泉で売っていた。お値段なんとイチキュッパ、お求めやすい価格の割に高品質だ。おすすめする」
「いや、製品概要は聞いていない……!? 見ているこっちが寒くなってくるんだ、が……?」
そこでようやく、ひとつの不可解な事にルウィー軍が気づいた。
なぜ大魔導師がそんな薄着で平然と極寒地帯を出歩くことができるのか。そして、そもそもにして吹雪いている悪天候下で何故雪一つ積もらないのか。
──
「前略、ローエングリーン」
大魔導師がノーモーションで放ったアヒルさんから濃密な魔力の気配を察知したミナは即座に防御に全力を尽くした。
緩やかな放物線を描き、その頂点に達した瞬間アヒルさんが発光。まばゆい光と共にルウィー軍のど真ん中に向かって光速で突撃する。着弾と同時に大規模な魔力爆発が三層、異なる術式で展開された。防御する間もなかったルウィー軍は四方に吹き飛び、白雪の上で気絶する。
大魔導師は投げ放ったアヒルさんをしっかりと拾い上げると雪を払い除けて再び風呂桶の中に戻した。
「ひとつ、言い忘れていた事がある。ルウィーのお子様にも大好評だ」
「……多分誰も聞いてませんよ?」
「なんだ、いたのか。ルウィーの教祖」
「あなた今の今まで気がついていなかったんですか!?」
ミナの悲痛な叫びも大魔導師は右から左へ聞き流す。しかし、気を取り直して立ち上がるとひとまずのお礼を述べた。
「とにかく、助かりました。ありがとうございます」
「そうか。達者でな」
「それだけですか!?」
「今の私は、人の手が入らないという秘境の温泉で頭がいっぱいだ。それ以外どうでもいい」
「さらっととんでもないこと断言してませんか!? ほら、あの黄金の塔とか」
「ああ。アレについては調査済みだ。特に害はない。以上だ」
「あなた一人でいいんじゃないですか……?」
「面倒だ、暇潰しにもならん。そんなことより風呂だ風呂。秘湯巡りの旅がしたいんだ私は」
「どれだけお風呂好きなんですか……って、ちょっと待ってください」
さっさと歩いて立ち去ろうとする大魔導師に、ミナは一声呼びかける。
「なんだ。私は先を急いでいる」
「……帰り道、わかるんですか?」
「迷っているならそう言え。せっかくだ、一緒に入るか」
「…………はひぃっ!?」
「話によれば大体あの霊峰辺りらしい。いやしかし本当によく生きて帰ってきたものだな。さすがハンターだ。その一点についてはバカ弟子に匹敵すると称賛しよう。もっともアイツは全裸で雪原に放置して一月生き延びたがな、はっはっは」
スパルタ教育でもそこまでしない。顔を真赤にしながらどうするか考えている間にも大魔導師はずんずん一人で先に歩いてしまっている。ヘトヘトになりながらもミナはその後についていくことにした。他に頼れる相手もいない。疲れも取りたいと思っていたところだ。
かくして、奇妙な組み合わせの珍道中が始まる。