超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
魔法使いというものは、魔術の研鑽。魔法の研究などに没頭するがために運動不足がついて回るものだ。西沢ミナもまたその例に漏れない。ルウィーの首都から僻地まで軍に追われながらの逃亡劇を繰り広げたのは魔法使いとしての技量があったからこそ。
しかし、例外が存在する。
先を歩く大魔導師は浴衣一枚に風呂桶を持参していた。それが、どうにも理解できない。メガネを直しながら白い息を吐き出し、息を整える。
「寒くないのですか?」
「いいや、別に」
見ている方が寒くなってくる格好をしている大魔導師に、ミナは疑問が浮かんでいた。
「あの、あなた魔法使いですよね」
「そうだが?」
「先程のアヒルちゃん」
「アヒルさんだ」
「……アヒル、さん」
「アヒルさん」
そこは何か強いこだわりがあるのだろうか。ミナはおとなしく訂正した。
「コホン。アヒルさんの攻撃でしたが、魔法を込めて投てきという見解で間違いないですね?」
「そうなるな。特に属性効果は付与していなかったが」
「得意な魔法分野はエンチャント系ですか」
「得手不得手というものは考えたことがない」
「そうなのですか?」
「大抵のことはできるからな」
「むしろ不可能なことのほうが少ないと思いますが……」
先程の魔法にしたってそうだ。普通なら何かしら詠唱なり必要なものをノーモーションでやってのけた。そのうえ素振り一つみせなかったところから、魔術の腕は底知れない。
「大魔導師。先程、黄金の塔についても調査が終わったとも言っていましたけれど」
「ああ。それがどうかしたか?」
「あれはどういったものか、教えていただけますか。こちらもまだ情報を掴めていないので」
「どうせ温泉を見つけるまで暇だしな。道すがら教えておこう」
指を慣らし、膝下まで積もった雪を魔法でどかすとそのまま雪玉を作り上げて除雪機代わりにして進む。大魔導師の背丈ほどまでになった雪玉はそのまま雪像として設置された。帰り道の目印にもなるだろう。しかしなぜ八頭身のスノーマンなのか。しかも筋肉モリモリでポーズまで決めている。バリエーションも豊富だ。
無人の雪原に点々と建造されていく筋肉雪像。のちにルウィー珍百景のひとつとして知る人ぞ知る名所になったりするが──それはまた別なお話。
「あくまでも仮説。というのも、アダルトゲイムギョウ界を元にしたものだ」
「それでも構いません」
「結論から言ってしまえば、救済措置だ」
「はい?」
「ゲイムギョウ界は守護女神システムで成り立っている。それを第一の仮定とする」
四つの国をそれぞれの女神達が治める形で丸く収まっている。それを大魔導師は守護女神システムと呼称した。
「仮に。そのシステムを根底から覆すものが存在したとする。どうなると思う?」
「そうですね……ゲイムギョウ界的に考えるなら、守護女神が排する。でしょうか」
「その通りだ。信仰を守るために、得るためにそういった不穏分子の発生と排除は必然となる。肝心なのはここからだ。もしも、そのシステムを破壊するものが勝者となった場合だ」
「女神の存在が否定された場合、ゲイムギョウ界が瓦解する……?」
「話が早くて助かる、その結果が“コレ”だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! エキシビジョンマッチで女神様達が敗北しただけで存在の否定になるはずが──」
「だからこそ、その後押しとなった何かがある。それが件のゴールドサァドという連中だ」
恐らく、誰よりも早くその真実に大魔導師は到達している。解決に乗り出そうとすれば一人ですべて片がつくだろう。だが、そうしない。決して自ら動こうとはしていなかった。
「守護女神システムが否定され、ゲイムギョウ界が崩壊する。そうさせまいと急遽用意されたものがあの黄金の塔だ。女神の代理人を仕立て上げて事態の好転を待ち望む世界の意思だ。或いは、この次元に住まう人々の深層心理が無意識に繋ぎ止めたのかもしれんがな」
「解決策は、あるのでしょうか……」
「当然。問題が発生したということは、その原因がある。それさえ取り除けば元通りになるのは自明の理だろう? だが、そこが問題だ」
「ゴールドサァドを取り除くことで解決にはならないのですか?」
「先程も軽く触れたが、ゴールドサァドはあくまでも切っ掛けだ。システムを崩壊させたのは、その背後にある何かだ。それに心当たりがないわけではないが、確証が持てん」
「例の邪神では……?」
「いいや違う」
ミナの疑問に、大魔導師は間髪入れずに否定する。
「あいつなら、こんな回りくどい真似はしない」
「随分と、自信があるのですね」
「その半身とも言うべき存在を作ったのは他でもない私だからな。もしも、この事件をあの邪神が引き起こしたというのであれば、とっくに女神は消滅している。だがそうはなっていない。あいつもこの事件を楽しんでいるのだろう、私のようにな」
「今回の事態が、はぁ、一体どれほどの大事件、か……わ、わかっているんですか!?」
「知らん」
息を切らし始めた相手の怒りを僅か三文字で切って捨てた大魔導師は山道を登り始めた。しかしすぐに振り返る。膝に手を当ててミナが立ち止まっていた。
無理もない。ルウィーの首都から人里離れた此処まで軍の追撃を受けながら単身でシェアクリスタルを守っていたのだから。体力と魔力の回復もままならない状態でよくやりきったものだ。大魔導師は足を止めてミナの回復を待った。
「事態の解決に臨むにあたって必要事項がある。ひとつ、各国を治めるゴールドサァドの把握。ふたつ、黒幕の正体。みっつ、守護女神の信仰の回復だ。事と次第によっては大幅な戦力強化も夢ではないからな」
「はぁ、はぁ……と、言いますと?」
「うまいことゴールドサァドと守護女神が和解すれば、戦力二倍だ。ああ、私には期待するな? 正直言って今の最優先事項は秘湯巡りだ」
「は、はぁ……そうですか……でもあなたはすごいですね。流石です。この短期間で、そこまで辿り着いているなんて」
「アダルトゲイムギョウ界では、キンジ塔などと呼ばれていたよ。あの黄金の塔に似たものはな」
──それは、塔争と呼ばれていた。エヌラスがセロンとの契約によって抹消した概念。
際限なく膨らむ箱庭の世界の自滅因子。アダルトゲイムギョウ界の回帰現象。神格者達による血で血を洗うサバイバルバトルは、最後の一人がセロンの下にたどり着くまで繰り返される。
どう足掻こうとも神の掌の上だ。最後にたどり着くのはいつも黄金の玉座に坐する次元神の前。
嗚呼、飽いた。どれほどの工夫と試行錯誤を重ねた末に辿り着く結末が同じであることに。
だからこそ。そうだからこそ、世界の総てが。人生の全てが。生まれ落ちた己の命の凡てが。神の造り物であったことに気づいたその瞬間から色褪せてしまった。
生きる時間の全てが暇潰しだ。何もかもが退屈しのぎだ。もはや生きている時間に、何一つ価値など見いだせなくなってしまったのだ。
「守護女神のシェアクリスタル同様、ゴールドサァドのクリスタルもあの塔に保管されていることだろう。だが、ゴールドサァドがゲイムギョウ界の住人であるならば、女神に匹敵する権威を保持しているクリスタルを破壊した場合、元の人間に戻るかは分からん。そこは試してみないとな。ただ、そこに集約されていたシェアの行き先が問題だ。消滅か、はたまた守護女神の信仰に変換かどうかだ」
「いずれにせよ、今わたし達にできることは」
「女神のシェアクリスタルを守ること、だろうな。教祖様は苦労するな」
「あなたこそ、人のことは言えないと思えますが」
「暇なだけだ」
息を整えて顔を上げたミナはバッグを一度直して大魔導師の後に続いて山を登り始める。その道中で襲いかかってきたモンスターは問答無用で瞬殺されていた。裏拳ひとつで山から転げ落ちる姿を見て流石のミナも冷や汗を流す。
「……つかぬことをお聞きしますが、魔法使い、ですよね? 肉弾戦も得意みたいですけど」
「文武両道だ。あらゆる行動において真っ先に消耗されるのは体力、身体は資本だ。集中力の維持に読書もそうだ。本を持ったまま体勢を維持することにも体力は消費される。よって身体を鍛えるのは基礎中の基礎だ。どうでもいい話をするとだな。バカ弟子が底無しの体力なのは私が原因だ」
「ええ、よくわかります。あなたを見ていると」
「ちなみにあいつの性欲が旺盛なのは元からだ。銀鍵守護器官の自己再生能力のせいで拍車が掛かっているが、正直無くてもさほど変わらん」
「い、いまその話関係ありますか!? ないですよね、そうですよね! せ、性欲がどうとか、そういうのはちょっと、わたしは……」
「あいつに興味が無いと。それならそれで殊勝なことだ、賢明だな」
なにが面白いのか口角をつりあげている大魔導師に、顔を赤くしながらメガネを直して後に続いて坂道を登る。人の手が入らない荒れ放題の雪山だったが、モンスター達が跋扈しているだけに獣道ができあがっていた。それとなく人が通れそうな道を見つけながら奥へ奥へ進んでいく二人。
大魔導師が吐き出す吐息も白くなっていた。自分の体温を維持するために魔力を持続的に消費していたミナも限界が近づいてきているのか、寒気に身体を震わせる。ますます芯から温まるような温泉が待ち遠しくなっていた。汚れも目立ち、髪も傷んでいる。
「ほ、本当にこんなモンスターだらけの危険地帯に温泉が? というか、こんなところにある温泉を誰が利用するんですか」
「そこをどうにかするのがルウィー温泉協会観光大使の私の仕事だ。交通整備に関してはハンター協会と共同する他にない。あちらもハンター業に精が出ることだろう。貴重な素材も手に入り、仕事も入って報酬金で生活も潤う。その金銭で装備の新調をすれば武器・防具屋に仕事が入る。風呂に入れば金が回る、ルウィーが得をする。活気があるということは人が来る。よってシェアが集まる──どこぞの守銭奴吸血鬼ではないがそういうことだ。私が風呂に入れば国が儲かる」
「よくわからないということをよく理解しました……」
この人のことを理解することは無駄だということを、今理解した。ミナは額の汗を拭いながらそう確信する。