超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
大魔導師となし崩しに登山することになったミナだったが、とうとう体力の限界を迎えてその場にへたり込んでしまった。一体いつになったら目的の温泉に辿り着くのか。もしかするとただのでまかせかもしれない秘湯を本気で探そうとしているのなら、それこそ時間の無駄というものだ。
「はぁ、ふぅ……い、一体いつ目的の温泉に到着するんですか? だいぶ登ってきましたけれど」
「聞いた話では特徴的なモンスターがいたらしいが、はて。どんなやつだったかな」
「最近だと猛争モンスターがいますが……」
「ああ、あのオーラを纏った個体か。倒すのにさほど苦労はしないから考えもしなかったな」
「ハンター達でも狩猟に一苦労している強力な個体のはずなんですけれど」
「人間は大変だな」
「わたしも人間です……」
「不思議なことに、私も人間だと言うと十割が驚愕する」
例に漏れずミナも驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
大魔導師は体力の回復を待ちながら周囲を見渡していた。一応警戒してくれていることに感謝しながら、ミナも深く息を吸い込む。そんな顔の前に差し出されるのは、大活躍したアヒルさんだった。何気なく受け取ると、ほんのりとした温もりに包まれる。
「……暖かいですね、これ、この……アヒルさん」
「だろうな」
「好きなんですか、アヒル」
「別に?」
「ならどうして」
「顔が気に入っただけの話だ」
愛嬌のある顔をしているアヒルさんのお腹を押すと、ぐぁーと間の抜けた鳴き声を挙げた。手にしているだけでも身体の芯から温まる。
「しばらく持っていろ。落としたりなくしたりしないようにな。宿にアヒルちゃんとアヒルくんが待っている」
「え、どういう設定ですか!?」
「聞きたいか? どうせまだ先がある──と、言いたいところだが邪魔が入ったな」
影が頭上を横切り、暴風と共に舞い降りてきた。ルウィーの僻地、その極寒地帯に適応した強靭な肉体と生命力を誇るドラゴンタイプのモンスターが二人の進路を阻む。エンシェントドラゴンがゲイムギョウ界の代表的なモンスターに挙げられるのは、巨体もさることながら体力も腕力も申し分のない個体だからだ。
しかし、二人の前に現れたのは四足歩行のドラゴンだった。ミナも書物でしか見たことのないタイプのモンスターと遭遇し、思わずアヒルさんを握りしめてしまう。ぐぁー。
「こ、古龍種……!? まさかルウィーで見ることになるなんて」
「なんだ、角とか持ち帰るか? 恐らく強力な霊薬になるぞ。具体的には龍の角を用いたのど飴とか丸薬とか」
「それも興味ありますが、もしかしてこの霊峰は古龍の巣なのでは……!?」
「ほう?」
「大発見ですけれど、それ以前に命の危険が──!」
大きく胸を仰け反らせてブレスを吐き出さんとする古龍に対し、大魔導師は肩にかけていた手ぬぐいをほどくと腕に絡める。そのまま手を返し、スナップを利かせると瞬く間に伸びた手ぬぐいが古龍の口を塞いだ。手を離し、大魔導師が小さく何かを呟くと手ぬぐいの表面を魔術文字が駆け巡り、ひとりでに口を抑え込む。行き場を失ったブレスが口腔から漏れ出しているが、もがいても爪で掻いても千切れない手ぬぐいに古龍が唸りをあげて暴れていた。
「さて。どう調理してやろうか。捕獲するなら少々難題だが」
「ルウィーの後学のためにも、なんとか捕獲できないでしょうか」
「よかろう」
大魔導師が指を鳴らすと、顔を覆って緊箍児のように締めつける手ぬぐいにますますもがいている。古龍が飛び立ち、その場から逃れようとするのを今度は頭上に発生させた重力波を叩きつけて妨害した大魔導師が足を広げて腰を落とした。一瞬だけ、足に魔力を集中させる。
雪がクッションになって落下の衝撃を和らげたのか、すぐに起き上がろうとする古龍に向けて大魔導師が跳躍した。そのまま脳天へ全身を使った踵落としを叩き込むと、大きく脳を揺さぶられたのか古龍は唸り声とともに身体を沈ませる。
「生け捕りは得意ではないんだが、こんなものか」
「ありがとうございます、大魔導師」
「活造りは得意なんだがな」
「あの、微妙に不安になる発言は控えてもらえないでしょうか……」
「捕獲はいいんだが。これを持って帰るわけか」
「あ……」
うっかりしていた。つい、見かけることが希少な古龍種の発見に気を取られて戻ることを考えていなかった。大魔導師からの冷ややかな視線に気づき、ミナが慌てる。
「あっ、あの、いえ、別にわたしは何も考えなしに捕獲をお願いしたわけではなくて」
「そうか」
「はい……」
「いざという時はこいつを乗り物にして帰ればいい話だな」
「えっ」
「洗脳なり催眠なり、できないか? 心理判定でダイスロールどうぞか?」
「す、すいませんちょっとそういったテーブルトークな技能は無いです……」
「かまわん。さて、体力と気力と魔力も回復したことだろう。温泉探しぶらり旅続行だ」
立ち上がってから、ふと気づく。身体の疲労感と倦怠感がいくらか和らいでいた。その代わりにアヒルさんから熱が失われつつある。それが大魔導師の持っていた治療魔法だった事に遅れて気が付き、ミナはアヒルさんを風呂桶の中に戻した。
「なんだ、もういいのか」
「は、はい。ありがとうございました。あとは自分の足で歩けます」
「そうか」
大魔導師が立ち止まり、断崖絶壁を前にして振り返る。
「じゃあ、ここを登るわけだが頑張れるな?」
「…………ごめんなさい。手を貸していただいてもいいでしょうか」
命綱無し。目標地点は雲の上。過酷なロッククライミングをできるかと聞かれれば、全力で首を横に振るしかないミナは素直に頭を下げた。
大魔導師はミナを抱きかかえたまま断崖絶壁を駆け上がる。僅かな足場から足場へ次々飛び移りながら登り続け、その間、まったく生きた心地のしないミナは涙目でしがみついていた。だが、軽々と登り終えた先に広がる光景は雪原ではなく青々とした草原だった。一度自分が登ってきた断崖絶壁を見下ろすと、背筋が凍るような思いでミナが強くしがみつく。
「あ、あああの、お願いですからあんまり高いところから見下ろすのは」
「高所恐怖症か?」
「落ちたら死にますよね!?」
「多分な。摩天楼から叩き落とすくらい修行の一環だが」
「あなただけですよ!?」
エヌラスは果たして、どれほど過酷な修行をこなしてきたのか。その内容もさることながら、実行した本人も生還した相手も末恐ろしいものだ。
「ふむ……標高はさほど高くないはずだが、となるとこの辺りの環境は先ほどの古龍種による悪天候の影響下ではないと見た。しかし、また随分と景観が様変わりしたな」
「驚きました」
書物だけでは決して知りえない場所。こうして自分の足で辿り着いてみると、また違った感慨が湧き上がってくる。
激しい吹雪の豪雪地帯から一転した極楽のような穏やかな自然の霊峰の二面性に、大魔導師は腕を組んで何かを考えているようだった。ミナを抱きかかえている間、預けていた風呂桶を返してもらうとアヒルさんを鳴らす。ぐぁー。
「さて」
(なんで鳴らしたんだろう……)
「多分あっちだ。音の反響が少しくぐもっていた」
「えっ、そんな使い道が!?」
「わたしが使うアヒルさんがただのアヒルさんだと思うなよ。手を加えてある」
「あんまり真顔でアヒルさんって連呼しないでもらってもいいでしょうか。腹筋にとても悪いですよ……」
「アヒルちゃんとアヒルくんが待っているんだぞ?」
ミナは静かに顔をそらした。
「どうも、この地域一帯は女神のシェアの影響が薄い。だからこそモンスターによる独自の生態系による環境が構築されているのだろう。確かにこれは危険地帯だな。常人であれば辿り着くのも困難だろう、ましてや生還は至難の業」
「ですが、ここに温泉が?」
「ヒントはネコだ」
「……」
「なんだ? 私は至って本気だぞ?」
ハンターがその温泉に辿り着く事ができたのも、ネコの導きによるものらしい。ネコと和解することが発見に繋がったのだからやはりネコは偉大だ。
「ネコ……ネコと言えば、ヤンキーキャットやネコルーというモンスターがいますが」
「どちらかだろうな。さて探すか」
「話が通じる相手とは思えませんが」
「脳に直接語りかける」
「あなたの方が洗脳や催眠は得意なんじゃないですか!?」
「時たま相手が精神崩壊するか発狂するかだが、身振り手振りでコミュニケーションが取れない以上は仕方あるまい? さて、あそこにネコのしっぽが見えるわけだが」
「ネコちゃん逃げてー!!!」
「もう遅い」
草原の片隅、餌を探していたのか穴に頭を突っ込んでいたネコルーが大魔導師の手ぬぐいによって捕縛される。何が起きたのかまったく理解できずパニック状態に陥っていた。暴れだすものの、あっという間に簀巻きにされている。
「※$%&#$*!!!」
「何言ってるか全然わからん」
「いや、まぁ、そうでしょうけど……」
「ゴヂヅベ・デビジャバギ」
「すいません、ゲイムギョウ界で通じる用語でお願いします……」
「ネコと会話するのになぜ人語を喋る必要が?」
「わたしの脳の理解の範疇を超えない範囲で会話してくれませんか、お願いですから!」
西沢ミナ。順調に正気度低下中。なまじ言っていることに筋が通っているだけタチが悪い。