超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
簀巻きにされたネコルーを哀れに思ったミナは落ち着かせようとなんとか身振り手振りで伝えようとするが、通じている気配がない。大魔導師は腕を組んでその様子を眺めていた。
「うぅ……あなたが原因なんですから、なんとかしてください」
「そうだな。目で語るか」
「ですから……あぁもう、好きにしてください」
大魔導師は絶え間なく威嚇してくるネコルーと見つめ合う。
「%$#&$&!!!」
「…………」
「$%&」
「………………」
「%#*」
「……………………」
「────」
暴れていた動きが落ち着きつつある。ミナはその様子を見守っていた。本当にネコルーと会話ができるのだろうか?
全身を縛り付けていた手ぬぐいが解かれ、大魔導師が膝をついて手を差し出すとしっかり握手を交わす。
「「ねこはいます」」
「喋ったぁぁぁぁぁっ!?」
「なんだ、ネコが喋るのが珍しいか」
「いや、あの、ねこ、えっ、しゃべっ……!?」
「とはいえ人語を学習させるのは流石にここらが限界か。あまり詰め込むと脳が破裂する。物理的な情報伝達はやはり長期的視野を持たないとな」
「えぇ……えぇぇぇ……」
「頭蓋骨をな、内側から脳が、パーンッと」
「そこは聞きたくないです!」
「なんだ。稀に見るぞ」
この人の国は本当に無法地帯なのだな、と。心底思った。和解(洗脳?)したネコルーは両手を振りながら大魔導師にジェスチャーを伝えている。しきりに頷き、その意図を汲んでミナに翻訳すると、その内容が過去に辿り着いたハンターの話だということが分かった。
「やはりあのハンターの話は本当だったようだな」
「それで、ネコルーはなんて言っていたんですか」
「ああ。瀕死のハンターを助けた時にもらったハッパがとても気持ちが良かったからこの辺りに自生していないかと血眼になって探し回っていたらしい」
「言い方」
「そこで交渉した。我々を温泉に案内してくれたら、そのハンターと再会させてやる、と」
「その結果はどうでしたか?」
「快諾してくれた」
「にゃ」
片手を挙げて挨拶をしてくるネコルーに、ミナはかがみ込んで手を差し出す。握手をすると柔らかい肉球の弾力に病みつきになりそうだった。
「これで問題なく秘湯にたどり着けるというわけだ。長い道のりだったな」
「ええ、そうですね」
心なしか大魔導師もテンションが上がっているようだが、ネコルーはしょんぼりと背中の羽を下ろしている。めそめそと泣く素振りに顔を見合わせ、どうしたのかと大魔導師が尋ねた。
確かに、この霊峰には秘湯が存在する。それは間違いない。だが、モンスター達の憩いの場でもあるその温泉が最近、凶暴化したモンスター達の溜まり場となっているようだ。そのせいで今や近づくこともできなくてストレスに耐えきれないネコルーはこうして気持ちよくなれる葉っぱを探していたらしい。
その話を聞いて大魔導師の目が細められた。肩に優しく手を置くと、目線を合わせる。
「安心するがいい。私は強いぞ? その秘湯を不法占拠するモンスター達などこの世の時間軸から消し去ってくれる。一匹残らず根絶やしにしてやろう。だから案内しろ」
「……冷静なようで、実はものすごく怒っていませんか?」
「万死に値する。足りないくらいだ」
「本当にお風呂が好きなんですね、ちょっと信じられませんが」
「裸になるのは気持ちがいいからな」
「ですから、言い方を考えてください……」
そもそも雪国のルウィーで脱いだら凍死しかねない。脱ぎたがる理由がわからないが、そういうものなのだろうか?
ネコルーの案内のもと、大魔導師とミナは霊峰の秘湯へ到着した。青々と生い茂った森林地帯から肌にまとわりつく湿気に源泉が近くなっていることがわかる。しかし、それと同じくして不穏な気配も濃厚になっていた。茂みに隠れるように覗き込むと、確かにオーラを纏った強力な個体である猛争モンスター達が縄張り争いをしている。一匹や二匹ではなく、それも大量に。
メガネを直して周囲の気配を探ると、歪んだ空間に気づく。その先はどこに繋がっているのかも定かではない。恐らくは他の次元に繋がっているのだろう。
「大魔導師、あれは」
「見えている。あのモンスター達はあそこから来ているようだな」
「あんなの見たことありません……どうしましょうか」
「にゃうー……」
「問題ない。目につく障害の全てを排除する。ここでネコちゃんを頼む」
(ネコちゃん!?)
「あとアヒルさん」
「あ、はい……」
風呂桶ごと手渡され、ミナが見守る前で大魔導師は無造作にモンスターの群れの前に歩み出た。そのまま五指を揃えると、挑発するように手招きをする。
「その秘湯に用がある。貴様らは邪魔だ、消えろ」
不法侵入者に対して敵意を露わにする猛争モンスター達だったが、大魔導師はまるで意に介さなかった。迫りくるオーラを纏ったモンスターに向かって重力波を付与して頭部からノーモーションで殴りつける。すると、全身を覆う魔法によって地面に沈んだ。それのみならず、内側に折りたたむように重力が一点へ向けて集中する。文字通り、その場からモンスターが消滅してしまった。
「ちょっとした重力波の応用だ。ブラックホールの彼方に消えたいやつから前に出ろ」
──控えめに言って、大魔導師は怒りを覚えている。明確に殺意と敵意を私情でぶつける相手など、それこそ剣姫くらいのものだ。が、しかし。それはそれ、これはこれとして。浴場を占領する不埒な輩共を前にした大魔導師は襲いかかってくる相手を拳一つで制圧した。
ミナもその様子を見守っていたが、心配するだけ杞憂に終わる。それよりもネコルーの肉球の柔らかさがクセになりそうだ。むにむにぷにぷにとさりげなく触っているうちに、目の前で繰り広げられている一方的な大惨事は決着が近づいてきている。
その場からほとんど動いていない、涼しい顔の大魔導師が髪をなびかせながら不敵な笑みを貼り付けていた。見ているものの心を凍らせるような、殺意を込めた絶対零度の微笑で。
「まさかお前ら、死んだ程度に謝罪になるとでも? 残念なことだが経験値稼ぎの雑魚に謝罪を求めるはずもない。そもそもにして死んだからどうだと言うのか。私は一刻も早く風呂に入りたいんだ。この秘湯に辿り着くまで多大な労力と面倒と時間の手間暇を注ぎ込んだのだから相応の報酬を求めるのは当然といえる。というわけだ、理解してくれなくて結構だ死ね」
蹂躙、或いは超常災害に見舞われた猛争モンスターの群れが消滅していくと、残されたのはゲイムギョウ界とは異なる次元に通ずるゲートだけだった。静寂を取り戻したところでミナがネコルーと風呂桶を持って茂みから出てくる。アヒルさんも無事だ。ネコルーが興味津々に猫パンチでちょっかいを出している。
「大魔導師」
「ああ、残るはアレだけだが……さてどうするかな。次元の通り道を塞ぐ手段など今はそうないのだが」
「なんとかできませんか?」
「アヒルさんの尊い犠牲とここいら一帯の環境を破壊してもいいのなら全身全霊ローエングリーンで消滅してやれるが」
「他の方法でお願いします。もっと考えてください」
「さて……」
ミナの厳しい言葉に対して大魔導師はこれみよがしに顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。
放置しておけば、必ず何かの事件が起きる。火を見るよりも明らかな現状から目を背けた方が絶対に面白いことが起きるのでは? ──というのは大魔導師の考え、しかし、背後で杖に魔力を充填しているミナの態度から察するにそれも許さぬ構えだろう。億劫なことに何かしらの対策を講じなければならないらしい。めんどい。
「直接的に手を加えるのは少々手間だな。準備が出来ていない。応急処置程度になるが、空間固定術式でコレ以上の被害を食い止める他にないな」
「もうそれで十分なのでは?」
「そうか。ただ維持するのに少々コストが掛かる。アヒルさんだけでは限界があるな」
「えっ」
「アヒルちゃんとアヒルくんによる結界生成が一番手っ取り早い。よって今は保留。解決」
「あなた、もしかして自分の国でもそんな調子なんでしょうか……?」
「何を言っている、真面目に取り組んでいるぞ? さて風呂だ。どれほどのものか計測してからだな」
モンスターからのドロップアイテムの獲得も無視して大魔導師は源泉に直接手を突っ込んだ。引き止める暇もなく、まるで検査でもするかのようにジッと待っている。
効能としては特に目立つ点はなく、しかし、人の手が入らない秘湯であることからここが貴重な天然の温泉であることに感心しているようだった。その大魔導師に、ネコルーがジェスチャーで感謝を知らせ、早速仲間達にも教えてくると伝えてどこかへと走り去っていく。
「よかったですね、ネコルーちゃん達もこれで一安心です」
「私としては少々肩透かしを食らった気分だ。どれほどの秘湯かと思えば、この程度か。しかし魔力回復や体力増強にも効能があるようだな。せっかくだ、漬かっていくか」
──ミナは最初、それが自分に向けられていた言葉とは欠片ほども思っていなかった。